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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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 ――そんなわけで。。
 究極、そして至高の輝きを放つ弁当を手に、光一郎はニヤンの前にいるわけである。
「ニヤンだっけ? あんたのとこにいた料理人と、その弟子と、うちの最高の料理人が作った完璧な弁当だぜ? ほら、ンまそうな匂いさせてんだろ」
「……う……」
 ニヤンの顔には、思い切り『欲しい』と書いてあった。
 なにせ、美食家を自称している上に、珍しくて美味しいものには目が無いのだ。
「ちょーだい」
 悩んだあげく、はっきりきっぱりニヤンは言い切る。
「はぁ?」
「ちょーだいったら、ちょーだい!!」
 ついにはじたばたと地団駄をふんでだだをこねはじめた。そんなニヤンに、光一郎は「だったら俺様から奪って……」と言おうとしたが、それを横から弥十郎が遮る。
「もちろんですよ〜。ただ、これ、お弁当にはなってますが、できればすぐ召し上がってほしいんですよねぇ。いや、デザートに、最高級の【プリティプリンセス】が手に入ったんですよぉ。ほんとぷりっぷりで」
「デザート? え、ってことは、それスイーツなの? しかも、プリティプリンセスって……あたしにぴったりじゃなーい!?」
 ニヤンのテンションが俄然あがる。
「え、食べてみたいんですか? じゃ、ちょっと写真を撮っていいです? あ、これ料理に必要でして。熱々を用意しますので、そのあいだお弁当を召し上がっててくださいね!」
 にっこりと笑うと、弥十郎は一端その場から姿を消す。ふよふよと降りてきたニヤンは、意気揚々と光一郎にむかって手を出した。
「……どうぞ」
 いささか計画は狂ったが、弥十郎なりの作戦なのだろう。なるべく仰々しく、光一郎は弁当をニヤンに差し出す。
「い、やーん!! 美味しそーーー!!」
 実際、その弁当は光輝くばかりの代物だった。色、艶、香り、盛りつけ、その全てにおいて一級品といってよいだろう。
「いっただっきまーす♪」
 ニヤンはにこにこで箸を割ると、さっそく口をつける。
「あーん、やだ、超美味しい〜〜!! え、やばいこれ〜!!!」
 表現こそ可愛らしくはしているが、食べるスピードは確実に野郎のソレである。あっという間にたいらげてしまった。
 すると。
{font bold}「イーーートミーーーーー!!!!!!」{/font}
「……げぇっ!?」
 大絶叫しながら走って来たのは、『プリティプリンセス』……またの名を、呪いの4足歩行フォンダンショコラだ。しかも、弥十郎の想いをこめて特大である。
「ちょ、やだ、なにあれキモい!!」
 ニヤンは顔をひきつらせるが、フォンダンショコラの動きは素早かった。叫び続けながらニヤンに飛びかかると、その口のなかに自ら潜り込んでくる。
「ぐはっ」
 熱々のビターチョコレートが喉いっぱいにふさがり、強烈な甘さにニヤンの目が回る。気絶こそしないものの、ニヤンはその場にひっくり返ってしまった。
「やってやったじゃん」
「まぁね」
 弥十郎の肩を腕でこづき、光一郎が笑う。弥十郎も、まんざらではなさそうだ。
 だが、そのニヤンに手をさしのべた人物がいた。
「……大丈夫か?」
 それは、呼雪だった。
「も、もー、なんなのよぉ」
 げほごほと激しく咳き込むニヤンに手を貸し、座らせてやると、その隣に呼雪は片膝をつく。
「お前がニヤンか。話は聞いている、会ってみたかったんだ……初めまして」
 微笑みかける呼雪に、ニヤンの目がハート型になった。
「あ、ありがとぉ。やだ、いい男じゃない」
 あわてて口元のチョコレートを拭い、ニヤンは呼雪にむきなおる。そして、呼雪のあまりに真剣な瞳に、また照れて俯いた。
「え、やだ。なぁに? 告白?」
「話をしたかったんだ」
 呼雪はそう前置きをしつつ、『ソウルビジュアライズ』でニヤンの心に触れようとした。……しかし、そこにはなにも見えない。殻があるのではない。ただ、空虚なのだ。なにも、見えない。
「どうしたの? 黙り込んじゃってぇ」
「ニヤン。光条世界に牙を剥いて、その先お前達がどうしたいのかは知らない。だが、どの道最後は何もかも滅ぶのだろう? ……お前はそれで良いのか? それで、満たされるのか?」
「え……」
 この空虚さを埋めるために、ニヤンは暴れているのかもしれない。それは、とても、悲しいことのようにも見える。
 呼雪はさらに語りかけた。
「お前の生まれた世界は失われてしまった。それはもう、変えようのない事。……でもな、ニヤン。失われたものの中にも、取り戻せるものはあるかも知れない。俺の知覚出来る世界は小さなものだけれど…俺はお前にも、そこに住んで欲しい。ナラカの淀みよりも、お前に似合いの庭だって整える事が出来る。美味しい料理も、華やかな服もな…お前が望みさえすれば」
「……なに? なんなのよ、あんた……」
 聞いたことのない言葉をかけられ、ニヤンは戸惑い、怯えている。
「あんたになにがわかるのよ! どうしたって、なにしたって、ぜぇんぶなくなっちゃうのに!」
「そんな当たり前の事言われてもねぇ」
 そう口をはさんだのは、ヘルだった。
「そりゃそうさ、どんな存在も生まれたらいつかは終わるんだ。大丈夫だよ、呼雪。彼らにはまだ望みがある。……ま、本当の絶望を知ってたらそもそもこんな事する気も起きないよ」
「あんたは、本当の絶望を知ってるっていうの?」
 それについては、ヘルは答えなかった。かわりに、呼雪は怒りをあらわしはじめたニヤンに、穏やかに語りかける。
「分かるだろう? だって絶望を知り尽くしたという事は、それに見合うだけの希望や喜びをも知っているという事だから。」
 呼雪の左腕に、どこからか生えてきた茨が絡みつき、一輪の透き通るような青い薔薇が咲いた。それを手折ると、ニヤンの髪に挿してやる。
「諦めないで欲しい。己の幸せを」
 呼雪が、囁いた。
(確かに強大な力を持つ相手に対抗するには、同等の力を持つ存在を引き入れようとするのは自然な流れだけど……呼雪さんはそれだけじゃないのね)
 タリアはそう思いながら、そっと歌い始めた。『幸せの歌』が、ニヤンに届くように。 マユもまた、同じように歌い始める。
(ぼくはただ、仲良くできたらってだけだけど……呼雪さんからは、もっと深くて強い気持ちみたいなの、感じます)
 二人の歌声が、美しいハーモニーを奏でる。
「……わかったわよぅ。ここからは、帰ってあげる」
 ニヤンはそう言うと、ぷいっと拗ねたように顔をそらした。
「薔薇、綺麗だし? お弁当も美味しかったし。最後のはちょっと、キモかったけど」
「ニヤン」
「あんたのことは、覚えとくから」
 すっくと立ち上がり、ニヤンはその姿をかき消した。
 果たして、どこまで呼雪の言葉を受け入れたかどうかはわからない。けれども。きっと、届いたに違いないとヘルは思う。
(どんな狡猾さも、呼雪の相手の心を射抜くような想いには意味がない。僕がそうだったように……。一度囚われたら逃げられないさ。絶望も人の弱さも愚かさも醜さもみーんな知ってて、それでも手を伸ばすんだ。それでも愛するんだ。慈しむんだ)
「……人類愛かぁ。敵わないよね」
 そう、ヘルは苦笑した。