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リアクション
2.会談
珊瑚城では、マーカス・スタイネム(まーかす・すたいねむ)と木・来香(むー・らいしゃん)が、一生懸命掃除に励んでいた。
まだあちこち人手も足らないだろうし、レモとともにタングートから帰るにあたって、今まで使っていた部屋を中心に、感謝をこめて掃除することにしたのだ。
「あんたたち、物好きだね」
「え、そうかなあ?」
「そうだよ。あるいはお人好し」
掃除道具を貸してやるついでに、一緒に掃除をしながら、窮奇があえてつっかかるような物言いで、マーカスをじろりと睨む。
(あ、あれ? 今ちゃんと女装してるよね、僕)
引き続き女装姿のままのはずだが、窮奇の態度は頑ななままだ。それでいて、マーカスが掃除しやすいように、あらかじめ椅子やテーブルをどけたり、すすんで手伝ってくれてはいる。
好意的なのかそうでないのか、いまいちわかりにくい。
「アヴ姉、まだお話中なのかなー?」
来香が、雑巾で窓をきゅっきゅと磨きながら、無邪気にマーカスに尋ねた。
「そうだね。もう少しかかるんじゃないかなぁ」
マーカスはそう答えて、アヴ姉、ことアーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)たちがいるだろう共工の大広間の方向をつい見やる。
アーヴィンは、レモに同行して、共工と今は話し合いの最中だ。レモの考えについては、事前に聞かされているけれども、果たして共工が素直に理解してくれるかどうかは、まだわからない。
「大丈夫かな……」
つい、そんな言葉が口をついて出た。
「大丈夫だよ」
「え?」
断言したのは、窮奇だった。
「共工様は、理不尽なことはなさらないもん。あんたたちに助けられたのは、ホントだし。あたいだって、だから……前よりは、あんたたちのこと、嫌いじゃない」
窮奇はそう言うと、耳まで真っ赤になって、「……ゴミ捨てしてくるっ」とゴミ箱を掴んで部屋から逃げ出してしまった。
ぽかんと口をあけて、マーカスはそれを見送る。
「……アヴ兄が言う、つんでれっていうの? 今の?」
「うん。あってるけど、あってるけどそんな言葉は覚えなくていいからね」
「はぁーい」
マーカスの忠告に、来香は小さな両手をあげて良い子なお返事をした。
でもたしかに、来香の言うとおりなのだろう。
「さっきね、お城の中庭にお花の種を植えるときも、手伝ってくれたんだよ。お花、いつか芽が出るといいなぁ」
「そうなんだ。……よかった」
マーカスはふふっと微笑んだ。最初はどうなることかと思ったけれども、タングートの人々も、心を開いてくれつつあるようだ。
同じように、共工もまた、こちらを信頼してくれているといいのだが。
「でも、大丈夫だよね」
「うん!」
窮奇が言ったように、きっと大丈夫だろう。そう、マーカスも信じることにした。
「……つまり、そなたは我への感謝を示すつもりはない、ということか?」
大広間の玉座に腰掛け、緋扇を揺らしながら共工は言った。
「いえ、そんなつもりはありません」
レモはあくまで、真摯な瞳で答えている。
(頑張れ、少年)
アーヴィンはレモの背後に控え、ひとまずは成り行きを見守っていた。同じく、カールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)と、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)も、同席している。
先ほど、レモは自分の考えを共工に告げたところだった。
ナラカの太陽を、消滅させてしまいたいのだ、ということを。
「共工様には、心から感謝しています。僕一人では、この記憶を取り戻すことはできませんでした」
「ふむ。……しかし、その礼は言葉だけで済むものかの?」
「…………」
レモは目を伏せる。
たしかに、共工とて女王だ。単なる善意だけで、手を貸したわけではない。それによる見返りを期待してのことであり、おそらく最終的な目的は、ナラカの太陽のエネルギーをタングートも手に入れることだったろう。
しかしそれを、レモは断った。
「そなたの命は、まだ我が手のなかにあるのじゃ。それを忘れぬようにな」
「そらまぁ、そうやな。利用するだけしといて、なんのこっちゃってのは、一番あかんわ」
「え……泰輔さん?」
ともに説得してくれるとばかり思っていた泰輔に出し抜けに言われ、レモは目を丸くする。
「おい」とカールハインツも、その肩に手を置いた。だが、泰輔はにやりと笑って、言葉を続ける。
「せやろ? 共工はん。……僕らもかなり、タングートの都のために協力したんやないかなぁ? それをなかったことにされんのは、おかしな話や」
バレリーナ姿の泰輔が、一歩を踏み出す。きちんと化粧も施した完璧な女装だが、いかんせん体格はあるため、某女装バレエ団的なおかしみと、一種異様な迫力に満ちている。その上、きちんと足も一番のポジションに決め、背筋もぴんと伸ばした姿勢だ。
「…………」
共工は目を細め、愉快そうにしつつも、口をつぐむ。
「それにや。そもそもは、共工はんがおっしゃってはったやないですか。レモをこの地に呼ばはったんは、世界を救うためやって。あれ、単なるええかっこしいでしたん?」
たしかに、泰輔の言うとおりだ。あくまで共工は、レモの封印を解くのは、ソウルアベレイターの企みを阻止するためと説明していた。
「そらまぁ、折角のパワーや、エネルギーや。もったいない、とは思う。けど、制御しきれるかどうか、100パーセントの確信がもてんままに、黒い太陽の力を使い続けることは、レモの直感通りに、多分、良ぉない」
泰輔の目が、鋭く細められる。
そのまま、やおら、泰輔はその場で優雅に踊り始めた。
「え、え??」
突然の展開にレモとカールハインツはあっけにとられているが、その動きは至って優美、かつ、ダイナミックだった。踊っているのが、黒鳥のヴァリエーションというせいもあるだろう。冒頭のフェッテを美しく回りきると、高々と足をあげて踊り続けながら、泰輔はさらに語りかける。
「ソウルアベレイターの連中が、よぉない手段に、アレを使おうとしてることは、これまでの経緯で御存知でいらっしゃいますわな? 共工はんにも、なんや考えがあってレモをこの地に呼ばはったんでっしゃろけど、レモは、自分の意思で、自分が管理しうる力の処分を決めましてん。無理強いで、それを止める程に、共工はんは…無粋な方ですかいなあ?」
「泰輔さん……」
こんな特技があったとは知らなかったが、レモは次第にその踊りを真剣に見つめていた。一方で、その間にそっと顕仁は共工に近づき、やや声をひそめるようにして言う。
「レモがおのれの意思によって、おのれの存在する所以を封じ、安全に黒い太陽を消失させたいと願うは、なかなかに健気ではないか? あれは、存在してはならないモノであるにもかかわらず、生まれおちたおのが身を、自分なりに世界のために「処分」しようというのじゃ」
瞳だけは、恋人の舞う姿を追ってはいるものの、どこかその眼差しは遠いものだった。
『存在してはならないモノにも関わらず、生まれ落ちた身』という言葉が、顕仁にとってはシンパシーを感じるものだからだろう。
その出生が故に疎まれ、身に覚えがないにも関わらず、呪いの元凶とされるうちに、いつしか本当に魔の力を手にしてしまったのが、彼だ。
レモにしても、もし周囲の人々が『ウゲンの身代わり』として扱ってきたならば、きっとレモもまた、ウゲンと同じ存在として変化していただろう。だが、レモはそうならなかった。
「あれなりにもがいておる様が、それ、それなりにおもしろいではないか。やるだけやらせみてもよかろうよ……ソウルアベレイター共の好きにはならぬだろうとも、そうたやすくは」
顕仁は、忍び笑いを漏らす。そしてちょうど、泰輔もヴァリエーションを踊り終えた。
はぁはぁと肩で息をする泰輔に、レモたちは思わず拍手を送る。共工も扇を揺らし、軽く肩をすくめるようにして口の端をあげた。
「やれやれ……まさかこのように説得をされるとはな。おもしろいものよ」
「ひとつ、よろしいかな」
そこで手をあげたのは、アーヴィンだった。
「よかろう。なんじゃ?」
一礼をして、アーヴィンは軽く咳払いをする。
「たしかに、ナラカの太陽については、そのエネルギーをそのまま利用することはできなくなるであろう。しかし、パラミタにはそれ以外の技術もある。たとえばではあるが、他国の砂漠化に対して、緑化を促進させた実績もあるのだよ。そういった技術面において、タシガンは今後ともタングートに対し、協力をしていけるであろう」
「……ふむ」
砂漠の緑化に関しては、共工も興味のあるところなのだろう。やや思案するように、彼女は目を伏せた。
「それに……これは個人的な意見だが、少年もきいてくれるか?」
「え、ええ。もちろん」
「では、話させてもらおう。エネルギーの無力化については、俺様はかまわないと思う。どんなに便利なものでも不安要素があるものについて自分がどうにか出来る自信がないものは利用するべきではないと思うからな。ただ、それを例えばだが…レモ少年やカルマたちのエネルギーとして放出することは出来ないだろうか。俺様のイメージだと空気のようなものなのだが。……つまりエネルギー結晶体のように凝縮されたものではないが、生きるために必要なものとしてのエネルギーに変換というなのだが」
「エネルギーを、放出……?」
レモは同じ言葉を繰り返し、小首を傾げている。
考えてもみなかった案を前にして、戸惑っているようだった。
「ああ、今すぐ出来るかどうかの答えはいらないのだよ。挑戦してみくれないか、という、俺様からの願いだ」
「わかりました、アーヴィンさん」
レモは頷き、アーヴィンを頼もしげに見上げた。
「……そなたらは変わっておるな。誰も、その力を手に入れようとは思わぬのか?」
「身に余る力など、持っていたところでろくなことにはならぬよ。それに、俺様が欲しいものは、力などというものではないのだよ!」
アーヴィンは胸をはって言い切る。その様は男らしさに溢れているが、つきあいが長い分、どうしてもレモは『欲しいもの』がなんとなく予想がついてしまうのだった。
(……たぶん、萌えるカップリング妄想なんだろうなぁ……たしかにそれって、力があってもどうにもならないし)
なんとなく、マーカスさんの気持ちがわかってきてしまった気がする、とレモは内心で思った。
「レモ」
「は、はい!」
つい明後日のことを考えていたせいで、反応がやや遅れてしまった。若干頬を染め、レモはあわてて共工に向き直る。
「たしかに、我らもそなたらには恩義がある。それについては、認める他ないようじゃ。それに、あの太陽をそのままにしておくわけにはいかぬことも、事実」
「……はい」
ごくり、とレモは唾を飲み込み、続く言葉を待った。
「タシガンに戻るがよい。それと……良き友を持ったようじゃな、レモ」
「はい!」
力強くレモは頷いた。
「失礼します」
そこへ、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)を伴い、黒崎 天音(くろさき・あまね)
が到着した。
「おお。なんじゃ? 使者殿」
共工は、天音のことはルドルフの使いとしてどうやら認識しているようだ。
「急ぎ、ご報告したいことがございます」
そう前置きをして、天音は簡潔にタシガンの現状を報告する。
タシガン市街に新たにゲートが開き、黒い靄が再びタシガンを穢しはじめている、と。そのための対応はすでに動きだしているが、ソウルアベレイターの動きは再び活発になりつつあるようだ。
「……穢れた奴らめ」
そう、憎々しげに共工が吐き捨てた時だった。
「わ……っ!」
突然、大きな揺れがタングートを襲う。
「地震か?」
カールハインツがあたりを見回す。激しい揺れは、しかし、数秒でおさまった。
「共工様、ご無事ですかぁ!?」
窮奇が広間にかけつけ、共工の身を案じる。共工は首を振り、「大事ない」と答えつつも、その表情は険しいものだった。
地震はほとんどないタングートだ。今の揺れは、おそらく、ソウルアベレイターがなにかしか企てたものだと、共工はほぼ確信をしていた。
「レモ。時間はないようじゃ。急ぎ、タシガンに戻り、あの太陽を砕くが良い。……我も、まだ戦は終わらぬようじゃ」
立ち上がり、緋扇を投げ捨てる共工は、再びその瞳を勇壮に燃え上がらせていた。
「はい。必ず」
答えたレモが、天音を見上げる。
「タシガンに戻ります。天音さんは?」
「僕は、タシガンとタングートを往復して、双方の連絡がとれるように動くつもりだよ。ひとまずは、タングートで状況を調べてから、ルドルフ校長のところに戻ろうと思ってるよ」
「わかりました。よろしくお願いします」
レモはそう言うと、踵を返す。ひとまずは、タシガンに戻ることだ。
「気をつけろよ、レモ」
カールハインツは、レキとレモとの通話を思い出し、そう忠告する。
「もちろん。でも、なにかあったら、よろしく」
「……お前、オレに甘えすぎだぜ」
呆れつつも、カールハインツはまんざらでもない様子だった。
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