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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

リアクション

3.再会


「単純に考えるとパンダっぽい気がするのだけど、毛がふさふさしているホルスタインか、シマウマっていうのも考えられるからねぇ。僕の予想だと、テンみたいな感じだと思うのだけど」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が、顎に指をかけて呟く。
 白黒の獣、というのが花魄から教えられた情報だ。パンダじゃないかとスレヴィは言うし、自分も最初に思い描いたのはそれだった。けれども、思い込みは禁物だ。
 それと、もう一つのヒントがあるとしたら、『厨房にふさわしくない』ということだろうか。
「厨房にふさわしくない生き物って、なんだろうねぇ?」
「……害虫とかか?」
 {SFM0004907#佐々木 八雲}の予測に、「たしかにそれは嫌だけど、白黒の毛皮はしてないでしょ」と弥十郎は苦笑する。
 とにかく、見かけない料理人がいたら教えて欲しいとタシガンの料理人仲間に根回しを済ませて、弥十郎と八雲は、研究所近くで花魄を待っていた。
 今のところ、黒い靄はこちらではそれほど観測されていない。市街のほうではいくつか発見され、すでに避難誘導も始まっているようだ。あまり悠長にしている時間はないだろう。
「佐々木!」
 無事、花魄を連れ出した
 スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)と、手はずどおりに落ち合わせる。花魄は緊張しきった表情で、再び前髪を下ろして縮こまってしまっていた。
「なんとかやっては来たけど、またこの調子でさ」
 ぼそ、とスレヴィが弥十郎に耳打ちする。なるべく警戒されないように、つとめてにこやかに、弥十郎と佐々木 八雲(ささき・やくも)は花魄に挨拶をした。
「すみません。なんか、妹達がお世話になったみたいで…手伝えることありませんかぁ?」
「あ……よろしく、お願いします」
 スレヴィの背中に隠れるようにしながら、ぺこりと花魄は頭を下げる。だが、すぐに小首を傾げて「……似てますね」と呟いた。
「あ、妹に顔が似てるって?そりゃ、兄妹だしね。妹も君のような子と居たら楽しかったんじゃないかな」
 あくまでそうしらを切りながら、八雲はつい癖で花魄の頭を撫でる。
「…………」
 その手の感触は、ますますタングートで出会った、ごついながらも頼りになるあの人を花魄に思い起こさせ、花魄は少しだけ前に出ると、じぃっと八雲の顔を見上げた。
「どしたの? 僕の顔に何かついてるかい。そんなに見つめられると照れるんだけど……それに顔近いよ?」
 さりげなく花魄から離れ、八雲は微笑んでみせる。
「それでぇ、情報は集まったのですか?」
 話を変えようと、スレヴィが弥十郎にそう尋ねた。相変わらずの裏声っぷりに、弥十郎はつい可笑しくなってしまうが、なんとかそれは堪えて口を開く。
「それが今のところ、まだ店長らしき人は見つかってないんだよねぇ。タシガン市街は、今は避難勧告がでているから、避難先にでも行けば見つかるかもしれないけど」
「……つ、連れていってください! お願いします!」
 花魄はそう頭を下げ、弥十郎たちに懇願する。
「もちろんだよ。そのためにここで待ってたんだからねえ」
「じゃあ、タシガン市街に戻るか」
 八雲が一同を先導し、彼らは研究所から離れる。その移動中、花魄はこっそりとスレヴィに囁いた。
「兄弟って、本当に似るんですね。私、家族とかいないから、こんなに似てるって知らなかったです」
「……まぁ、特別よく似てるらしいですよ?」
 あはは、と若干乾いた笑いをしつつ、スレヴィはそうフォローしてやったのだった。



「ありがとウございましマシタ」
 カルマの言葉はやや舌っ足らずだ。動きもまだぎこちなく、日常の動作そのものは頭に入っているようなのだが、実際に動くのは下手だった。
 ハルディア・弥津波(はるでぃあ・やつなみ)デイビッド・カンター(でいびっど・かんたー)は、そんなカルマを気にかけて、今日は一緒に気分転換を兼ねて散歩をしてきたところだった。
「疲れてないか? 大丈夫か?」
 今日も何度か転びかけて、そのたびにデイビットは手を貸していた。大丈夫、と首を横に振って、カルマはハルディアがすすめてくれた椅子に腰掛ける。
「なんだカ、不思議デス」
「不思議?」
「ハい。レモを通じて見ていタ景色だケド、自分が歩くトハ、思ってなかったカラ」
「そっか。知ってはたんだよな」
「そうデス」
 カルマはそう微笑むが、デイビットにしても不思議な感じはある。
 カルマのことは、なんだかレモの弟のように思える。レモが成長したという噂は聞いているし、二人がそろっているのを見たら、なおさらそう感じるかもしれない。
(オレより背、伸びてんのかな)
 密かにそのことも気になっている。
 そんな二人を微笑ましく見守りつつ、ハルディアは部屋に備え付けの簡易キッチンで、コーヒーを淹れていた。
「カルマ君は砂糖やミルク、必要かな?」
「えっト……お願いしマス」
 レモもブラックは飲めないままだったけど、今はどうなのだろう? とふと思いながら、ハルディアはコーヒーカップを3つ、テーブルに並べた。
「もうすぐ、レモ君にも会えるね」
「ハい!」
 カルマは瞳を輝かせる。それから、そうっと両手でカップを持った。
「すぐ飲むなよ? 熱いから、冷ましてからな?」
 デイビットがすかさずそう言う。すっかり、優しい兄貴分といったところだ。
 本体はあくまであの巨大水晶であり、カルマの人間体は分身なのだが、こうして普通に食べたり飲んだりもできるらしい。
 ふーふーと息を吹きかけてコーヒーを冷ますカルマの手首には、あのミサンガが今も揺れている。
「ミサンガっていうのは、願掛けをして願いが叶った時、切れると言われてるんだ。君にも願いはある?」
「願イ……ですか」
 カルマは少し考えて、それから。
「……もウ、人を傷つけたク、ないデす」
 目を伏せて、そう言った。
「カルマ……」
 思えばカルマは、その起動条件がウゲンによって設定されていたとはいえ、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)の血を必要としていた。清家もまた、血によってカルマを呼び覚まそうとしていたのだ。その際の悲しみや痛みを、半覚醒であっても、カルマは感じ取っていた。そしてそれが、なによりカルマのトラウマらしい。
「大丈夫だよ。今は街が危ないから無理だけど、状況が落ち着いたら、清家さんのお見舞いに行こう。君が来てくれたら、彼もとても喜ぶと思うよ」
 研究員の清家とは、ハルディアはあの日一番多く接していた。研究について語る瞳は一途なもので、その一途さを利用されただけだとハルディアも理解している。
「ハい。ボクも、会いたイです! 清家サンは、とってモ、優シい人だかラ」
「じゃあ、約束だな」
 デイビットが小指を差し出す。きょとんとしてから、カルマはその行為がなんだか思い当たったようで、同じように小指をデイビットに絡めてきた。
「……はじめテの、約束デす」
 嬉しそうに、カルマは笑った。
 そこへ、「ただいま」と声がした。
「……レモ!!」
 ハルディアとデイビットは、立ち上がりレモを出迎える。
「おかえりっ、レモ!」
「お帰り、レモ君。本当に立派になったね……」
「うん。お久しぶりです」
 三人の身長は、もうほとんど変わらない。ハルディアとデイビットに、照れくさそうにレモは笑う。それから、カルマに向き直った。
「久しぶりだね、カルマ」
「うン。……こうやっテ会うのは、はじめテだネ、レモ」
 カルマはテーブルに手をついて立ち上がり、二人はぎゅうっと抱き締め合った。はじめてであり、同時に久しぶりに会う、半身だった。他に言葉はいらないように、ただ二人は、お互いを確認しあっている。
「……よかったね」
 ハルディアはデイビットにそう囁いた。
 すると、デイビットはその場に膝を折り、その手に剣をとる。
「デイビットさん?」
 レモは驚くが、デイビットはそうすると心に決めていたのだ。
 再会したら、この剣を捧げて、誓おうと。
「オレはパラディンとして、レモとカルマを守ると誓う。……だから、エネルギーの事が終わっても、消えたりするなよ。オレ達はずっと仲間だ!」
「……うん」
 レモは頷き、その誓いを受け取った。同じように膝を折り、デイビットを見つめる。
「僕らも、同じように、みんなを守ると誓うよ」
 この姿をくれた、みんなの想いに応えると、レモとカルマは改めて誓ったのだった。


「吸血鬼ってティモシーみたいな人ばっかりなのかなぁって印象だけど、他の種族の労働者もいるんだよね」
 もともと交易地ではあったタシガンだが、昨今は以前ほどの閉塞感がなくなったためか、移住者も増えている。住人たちの調査リストを見ながら、東條 梓乃(とうじょう・しの)は呟いた。
 万が一……タシガンそのものが吹き飛ぶかもしれないという規模の避難だ。タシガン港からへの船の手配や、乗船についてなどの計画はこちらで整えておく必要がある。ルドルフからも「頼んだよ」と言われ、梓乃はきびきびと書類を作成していた。
「まずは、お年寄りや子供とか、病人からだよね……ええと、入院患者の資料は……」
 コンピューターの画面を切り替え、リストを呼び出す。
 そんな梓乃の横顔を、ティモシー・アンブローズ(てぃもしー・あんぶろーず)は含みのある笑みで見つめている。
「ちょっと、手伝ってよね」
「はいはい」
 そうは答えるものの、とくになにかする様子でもない。ティモシーとしては、こうやって真剣な表情を浮かべている梓乃というのは、そそるとしか言いようがないのだ。きまじめな横顔や、きびきびと動く白い指先が乱れる様は、ギャップがある分なまめかしさは否応にも増す。まだあくまで想像に過ぎないが、想像だけでも十分に愉しいものだ。
 そんなティモシーの思惑をほんの微かに感じ取りつつも、梓乃は無視して、チタンフレームのメガネの位置を指先でくいとなおした。
 すると、不意にざわめきが耳に入り、顔をあげる。すると、レモとカルマが、連れ立って緊急対策室へとやってきたところだった。
「ほう、ついにご到着か」
「レモさんと、……あの人がカルマさんなんだね」
 レモの成長した姿を見るのもはじめてだが、カルマに会うのもはじめてだ。
 そっくりな青年と少年が連れ立っている様は、不思議な一対だった。
「じっくり見てもやっぱり綺麗だね……」
 ウゲン・タシガンとうり二つなのだとは知っているが、どちらにせよ美形には違いない。とくに、カルマはまだ頼りなく、儚げな雰囲気を纏っている。
「……って、ティモシーいないし」
 先ほどまで隣で秋波を送っていたティモシーの姿がない。嫌な予感に、梓乃は慌てて席を立った。
「ルドルフ校長、ただいまもどりました。ご迷惑をおかけして、すみません」
「おかえり、レモ。立派になったね」
 ルドルフは微笑んでレモを出迎え、その肩を叩いた。
「緊急時に申し訳ございませんが、お時間をいただけますか?」
「もちろんだよ。……校長室に行こうか」
「はい」
 ルドルフの誘いに頷いてから、レモはカルマに向き直る。
「少し、待ってて? 話をしてくるから」
「うン」
 カルマも事情は了承している。大人しくカルマが頷いたときだった。
「はじめまして。キミがカルマか、よろしくね」
 膝をつき、ティモシーは恭しくカルマの手をとると、その甲にキスをした。
「あ……はじメましテ」
 戸惑いつつも、カルマはそう答える。そして、同じようにちょこんと膝をつこうとした。
「キミは座らなくて良いんだよ」
 初心なカルマに微笑んで、ティモシーはカルマを立たせてやった。そして自分も立ち上がり、レモに「僕が傍にいてあげるよ」と告げながらカルマの肩を抱いた。
「まだあまりタシガンのことは知らないんじゃない? ボクが教えてあげるよ。色々とね」
 色々と、に含みをもたせつつ、ティモシーは肩に置いた手を頬から髪へとそっと滑らせる。くすぐったそうに、カルマは首をすくめて、不思議そうにティモシーを見上げた。
 真面目な子を堕とすのも愉しいが、何も知らない相手を淫蕩に育てるのも悪くない……そんなことをティモシーが考えているとも知らず。
「ああ、そうだね……」
 カルマよりは遙かにタシガンに慣れているレモとしては、ティモシーの思惑はなんとなく察せられている。どうするかな、と微かに迷っていると、真っ赤になった梓乃が飛んできた。
「ちょっと、馬鹿じゃないの? 馬鹿じゃないの? 馬鹿じゃないの!?」
 べしべしとティモシーの背中を遠慮なく叩いて、梓乃はわめいた。
「本当に、ごめんなさい」
 レモとカルマに侘びつつ、梓乃はティモシーを引きはがす。本当に、油断も隙もあったものではない。
「妬かなくてもいいよ?」
「そういうんじゃないから! ほら、仕事に戻るよ!」
「でも、カルマを一人にするのは可哀相じゃない?」
 それもそうで、梓乃は言葉に詰まる。しかし。
「……でしたら、私たちがご一緒しますよ」
 そう助け船を出したのは、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)リュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)だった。
「ありがとう。お願いするね」
 レモも若干ほっとした様子で、エメに礼を言う。
「いえいえ。そうですね、ここでは落ち着きませんでしょうから、喫茶室でお待ちしています」
「うん、そうしてくれる? 僕も、ルドルフ校長と話が終わったら、そっちに行くから」
「はい」
 エメは頷いて、カルマを伴って喫茶室へと向かった。
「なんだ、残念」
「ティモシーは、こっち!」
 ぐいぐいと梓乃はティモシーの手をひっぱって、持ち場へと戻るのだった。