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リアクション
第3章 12時の鐘と王子様
9日目の夕方。
近くで喫茶店を営んでいるディオニウス三姉妹が、注文のスイーツを届けに、別荘へ訪れた。
「あらいい匂い」
「ささやかなパーティって聞いてたけど……料理美味しそう!」
匂いにつられて、キッチンを覗いたシェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)と、パフューム・ディオニウス(ぱふゅーむ・でぃおにうす)は、テーブルの上に並べられた美味しそうな料理に目を留めた。
「つまみ食いはダメだよー。……あ、スイーツ担当のお姉さんたちだね、いらっしゃい!」
キッチンにいたのは、小さな女の子1人だった。
「こんにちは、あなたがコックさん?」
長女のトレーネ・ディオニウス(とれーね・でぃおにうす)も顔を出して、女の子――ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)に優しい笑みを見せた。
「うん、静香さまに食べてもらいたくて、料理担当させてもらってるの! あ、私子供に見えるけど、そんなに子供じゃないから包丁や火を使っても大丈夫なんだよ」
説明をしながら、ネージュはこの日の為に用意しておいた、ブーケガルニと、ホールハーブをしっかりと挽いてハーブパウダーを作って。
ヨーグルトで柔らかくしてから、薄味の調味液に漬けこんだイルミン地鶏のお腹に、イルミンスールのキノコや野菜、ハーブを炊き込んだ、森の幸ピラフを詰め込んで。
表面にオリーブオイルとハーブパウダーを塗って、砕いた岩塩で塩釜にして、オーブンへ。
てきぱきと作業をしていく。
「やや低温でゆっくり火を通すの。固くならないように気を付けないとね」
「ほー……確かに、子供じゃないわ」
シェリエはネージュが働く様子にとても感心していた。
「折角だから、スープでも作りましょうか?」
「ワタシはサラダ用の野菜を用意するわ」
トレーネとシェリエが手伝いを申し出て、それぞれスープとサラダの準備を始めた。
「あたしも手伝うよ! 一番大事な仕事をねー」
パフュームは食器を用意して、ホークをくるくるっと回す。
「それは、あ・じ・み♪ 美味しくできているかどうかチェックしてあげる〜」
「ふふ、そうだね! お願いしちゃおっかな」
ネージュは焼きあがっている地鶏に、果樹園から調達したとてたてのベリーをソースにしたものを、かけて。
「これは味見分ね。食べてみてよ!」
ディオニウス三姉妹に食べてもらって感想を貰い。
静香への日頃の感謝の気持ちを込めて、更に美味しく焼きあげていく。
とくに畏まった挨拶もなく、料理が揃うとパーティは和やかに開始された。
主役とされている桜井 静香(さくらい・しずか)とパートナーのラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)が上座に座り、その周りに生徒会役員が腰かけ、あとは皆、親しい人達と自由に席を選んで、座っていた。
着席したままで、食事をする堅苦しいものではなく、席を移動しながら皆、談笑していく。
「うわっ、凄い料理。僕のために……ありがとうっ」
『パラミタ地鶏の塩釜焼き〜イルミンスールの恵み、ベリーソースを添えて』と命名された、ネージュが作った料理を前に、静香は驚きの表情を浮かべている。
ルリマーレン家の執事が、ナイフとホークを用いて、食べやすく切り分けてくれた。
「戴きます」
静香は、ソースを絡めて口に入れると、幸せそうな笑顔を見せた。
「柔らかくて美味しい。甘酸っぱいソースもとっても合ってるね」
「ええ、そしてとてもお洒落ですわ」
鶏のお腹の中の、森の幸ピラフにもソースを付けて、静香はラズィーヤと共に美味しそうに食べていく。
素敵なプレゼントになったようだ。
「一緒に何かをした者同士で、パーティーすると会話も弾んで楽しいですよね」
白百合団員と公務実践科に通う他校生が楽しそうに会話する姿を見て、橘 舞(たちばな・まい)はにこにこ笑みを浮かべる。
「あら、あそこにいるのは団長の瑠奈さん? 他校生とお話しているようですね。
そういえば、最近恋人が出来たって聞きましたが……残念ながら今回の合宿には、恋人の方はお見えになっていないようですね……」
「あっそ」
全く興味なさそうな返事をしたのは、パートナーのブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)だ。
「ミーティングでの大切なお話。恋人ができた報告かもしれないと思っていたんですが、違いましたねー」
「なわけないでしょうが」
島国根性丸出しの守旧派の娘なんて興味ない。
瑠奈のこをとそんな目で見ていたブリジットだけれど、ミーティングに出席し、瑠奈の話を聞いてから多少は瑠奈を見る目が変わった。
瑠奈は故郷を大切に思っているようだが、もう守旧ではないのだなと。
ある意味、百合園生では現時点で、一番の改革派じゃないかと。
でも彼女の事より……。
「タルベルト家って、かなりの名家なはずなんだけど……良く知らないのよね」
ブリジットは、隅の席にいるシスティ・ダルベルトが気になっていた。
「タルベルト家……うーん、名家の一つだとは聞いたことがありますけれど、システィさんのことは今までよく存じませんでした」
システィは契約者でもなく、目立つ活動もしていないため、年齢も違う舞は顔を見たことがある程度であった。
「どういう方なのか、ちょっと瑠奈さんから人柄とか聞いてみましょうか?」
「そうね、とりあえず社交辞令で瑠奈にも挨拶くらいしておこう」
「ブリジット、瑠奈さんは日本の良家のお嬢様ですし、白百合団の団長なのですから、ちゃんと礼節をわきまえて……あ、待ってください」
舞の言葉を無視して、ブリジットは先に瑠奈の元へと向かった。
「ご機嫌よう、合宿の疲れはもうとれたかしら?」
「こんばんは、ブリジットさん。大丈夫、ほとんど疲れていないわ」
瑠奈はブリジットに笑みを見せた。
「ところで瑠奈、あなたタルベルト家の令嬢と親交あるのよね?」
「……えっ? 勿論、システィは団員だし」
「ちょっと私達をそのシスティ嬢に紹介してもらえないかしら?」
「お願いします」
ブリジット、そして遅れて瑠奈の元に到着した舞の頼みに、瑠奈は少し戸惑いの表情を見せた。
「何か問題でも?」
「あ、いえ……。いいわよ」
瑠奈は2人を連れて、隅の席で近くの席の子と談笑しながら料理を食べている、システィへと近づいた。
「システィ、お2人がシスティにご挨拶したいそうよ。こちらは、パウエル家のブリジット・パウエルさん。そして、こちらは、橘舞さん」
ブリジットと舞が挨拶をすると。
「こんばんは、システィ・タルベルトです」
システィは立ち上がって、両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げて礼をした。
「あら? 声掠れていますよね、風邪でもひかれているんですか?」
舞が心配そうに尋ねる。
「……いいえ、地声なんです」
「そうですか。身長も高いですし、宝塚のトップスターの方みたいです。あ、宝塚というのは……」
「知っていますよ。男役、似合うかな」
「似合うと思う……」
体系的にも。と続けそうになり、ブリジットは言葉を飲み込んだ。
白百合団員として鍛えているせいか、結構体格も良いのでアイリスに続く、男装の麗人になれそうな逸材に見えた。
「光栄だね」
ハスキーボイスでそう言って、システィは軽くウィンクしてみせる。
「……! なんだかドキッとしました。システィさん、女の子が沢山寄ってきて大変じゃないですか?」
「そんなことないよ。好きな子がいるし」
システィがちらっと瑠奈を見た。
「もしかして瑠奈さん? そういえばそんな噂を……」
「あっ、そろそろ校長に花束を渡す時間! ほら、行きましょー!」
瑠奈が舞の言葉を遮って、舞とブリジットを引っ張っていく。
「また、お話出来るかしら?」
「キミが望むのなら」
振り向いて問いかけたブリジットに、システィは微笑んでそう答えた。
「お客様、お飲物はいかがですか?」
要人席の後方に座っている男性――ファビオ・ヴィベルディ(ふぁびお・う゛ぃべるでぃ)のもとに、日本の大正時代の女学生のような格好をした女性が、ジュースを乗せたワゴンを押して現れた。
「ありがとう、アイスティーをいただくよ」
「はい、どうぞ」
ファビオの前に、アイスティーを置いたのは橘 美咲(たちばな・みさき)だ。
美咲は服の上にエプロンを纏い、給仕として働いていた。
彼女は諸事情により休学しており、百合園の行事に参加するのも……ファビオと会うのも、約1年ぶりだった。
「久しぶりだね」
「はい! ファビオさん、元気でしたか?」
美咲は上気した顔で言う。
およそ1年の間、美咲は地球の実家で暮らしていたのだ。
久しぶりに見た彼は、1年前とほとんど変わらなった。
彼はシャンバラ教導団――国軍に所属しているが、ラズィーヤの側で見かけることが多い。
ラズィーヤと一緒に、彼が訪れるかなって思ったこともあり、
美咲は合宿に参加して、久しぶりに会った皆と楽しく稽古をして。
いざ始まったパーティにて!
メイド達を手伝い、給仕を行っていた。
大好きだった彼の側で、沢山話をしたかったのに。
つい、パーティを楽しむより、働いている人のお手伝いをしたくなってしまう。
それが橘美咲という人なのだ。
「俺は元気だよ。しばらく見なかったけれど、どうしてたのかな? ……まさか実家に何かあって、百合園に通えなくなって、使用人として働いているとか?」
「そんなんじゃありません。あ、でも実家のトラブルでパラミタにいられなくなってしまったことは、事実です。父が勤めで留守にしていたので(塀の中に入っていたので)、家を支えていました(組をまとめていました)……。パラミタにはつい先日戻ってきたばかりなんです」
「そっか、大変だったね」
「はい、でも体は元気でしたし、こうして戻って来られましたから」
話をしながらも、テーブルの上の皿を下げたり、グラスを交換したり、美咲は給仕としててきぱき働いて行く。
「給仕、役割ってわけじゃないんだよね? キミもパーティ、楽しんだらどう?」
話し相手がいなくて、寂しいんだけどと、ファビオは隣を指差した。
「ふふ……そうですね、与えられた役割ではないのですが、でもこれが私なんです」
美咲は輝く笑顔を見せた。
「だからファビオさんは、笑って私の仕事が終わるのを待っていてください。仕事が終わったら、ゆっくり話をしましょう」
「わかった。キミらしく頑張って」
「はい! ――さぁ! サービス☆ サービス☆」
美咲は明るい笑顔で、料理と飲み物を運んでいく。
ファビオは穏やかな笑みを浮かべて、美咲を見守っていた。
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