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若者達の夏合宿

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若者達の夏合宿

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 イルミンスールの森の中に、古代シャンバラ時代から生きているリーア・エルレン(りーあ・えるれん)が暮らす家がある。
 リーアの家の敷地内には、ログハウスに広い庭。そして大き目な池がある。
「こんにちは、リーアさんいらっしゃいますかー!」
 その日、明るい声で玄関のドアをノックしたのは、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)だった。
 ルリマーレン家の別荘で作ってきたふわふわ食感の食パンと果樹園の果物で作ったジャムをお土産に、彼女は――パートナーのレン・オズワルド(れん・おずわるど)達と共に訪れたのだ。
「いらっしゃい。占い希望のお客さん、じゃないみたいね」
 少しして。10代半ばの少女に見える魔女が、姿を現した。
 レン達とは殆ど親交はないが、知り合いではある。
「突然すまない。あ、これは土産です、彼女が今朝作ったパンです」
 ノアが作った土産はレンが持っていた。
 ……もう1人のパートナーのメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)に持たされていたのだ。車の運転もさせられていた。
「ありがとう。ちょうどお昼の時間だし、お茶を入れるわ。皆で食べましょう」
 どうぞ、とリーアは3人を家の中へと招く。
「おじゃまします」
「お構いなく」
 ノアとメティスはぺこっと頭を下げて、お邪魔することに。
 両手が空いたレンは、失礼のないようにとサングラスをとって、ログハウスの中へと入っていく。

 公務実践科へは、ノアのみ通っている。
 冒険屋ギルドのギルドマスターとして各校のイベントや行事、他校生の交流会等に積極的に参加し、自分の名前と顔を皆に覚えていってもらいたいから、と彼女はレンに言っていた。
 ノアにだけ苦労をさせてしまっていることを、レンは申し訳なく思っていた。
 そんな彼に、ノアを気遣うのなら、あれもこれもお願いしますと、メティスが荷物持ちや運転手をさせたのだ。
 現在、合宿参加中のノアの付き添いとして、レンも部屋を借りてルリマーレン家の別荘に滞在している。
 そして自由行動日初日の今日。共にここ、リーアの家を訪れたのだった。

 朝焼いたばかりのパンに、作ったばかりのジャムをつけて。
 頂いた紅茶と共に、楽しんでいく。
 窓の外には、心休まる美しい自然が広がっている。
「綺麗なところですね」
 と、ほっと息をついてから。
 レンは話し始める。
 彼はまず、事前に連絡が出来なかったことを謝罪した。
「ま、ここ携帯電話繋がらないし、一応お店開いてるから、突然のお客様は当たり前だから問題ないわよ」
 リーアは軽快にそう返してきた。
 それから、レンは神妙な顔つきで、折り入って話したいことがあると、告げる。
 レンは、アレナ・ミセファヌスの体調のことを気にしている。
 とある事件の後から、星剣を取り出せなくなってしまった、彼女の事を。
 ある時、彼はリーアがアレナのことを、観察するかのような目で見ている事に気付いた。
 それ以後、もしかしたら、リーアがアレナの治療法、もしくは彼女の過去について何かを知っているのではないか……と、古王国時代から生きてきたというリーアの知識と経験に勝手ながらも期待してしまっていた。
 そういった経緯を、隠すことなくレンはリーアに語った。
「何か知っていたら、教えていただけないだろうか?」
 レンのその問いに、リーアはゆっくりとパンを楽しみ、お茶を飲んでから答える。
「私は何も知らないわ。十二星華の存在くらいは知っていたけれど、その誰にも会ったことさえなかったもの」
 言った後、リーアは窓へと手を伸ばす。
「……でも、知ることが出来る」
 レンと、ノア、メティスも、窓……リーアが指で示している窓の外の池に目を向けた。
「この池の水には、弱い力ではあるけれど、過去の記憶をよみがえらせる効果がある。そして、私も過去見の能力を持っているのよ。力の大半を失ってしまっていて、今は大した能力はないのだけれど、力を受け継いだ相手。もしくはその子と同じ(神子)の力を持つ者の協力があれば、以前のような過去見の能力を発揮できるかもしれない」
「池の水は……飲ませられないな」
 アレナが過去を思いだしたのなら――多分、それに耐えられる心は今はないと思われた。
 だが、リーアが彼女の過去を見ることで、星剣が出せなくなった理由にたどり着ける可能性はある。
「あの子の事に関しては、実は桜井校長に頼まれてて」
 桜井静香が、密かにリーアに依頼していたのだ。
 アレナが友達と共にここに訪れたのなら。力になってあげてほしい、と。
「それで、観察していたのだけれど、まだその気はないみたい、ね」
 彼女の友達の多くは、ここの存在もリーアの能力も知っている。
 なぜなら、静香の引率で、ここを訪れたことがあるから。
「観察してみて、今は必要ないと私も思ったわ」
「必要ない?」
「桜井校長や、友人の鈴子さんからも話を聞いたのだけれど、彼女の身体を正常な状態に治すことが、皆と彼女にとって良い事につながるとは、限らないと思うの。それを判断できるようになるまで、長い年月が必要かもしれないわ」
 しかし、アレナ自身は治したいと思っている。
 そうレンが言うと。
「そうかしら。彼女の願いは、神楽崎優子さんのパートナーとして役に立つこと、だと思うわ。そして、優子さんは彼女を以前の彼女に戻すことが出来る。たとえ、星弓が取り出せなくても――」
 “神楽崎優子は、自分の星剣を自分で持っている”から。
 アレナが光条兵器を取り出せなくなった事件が起きた時。
 優子は別の場所で、自分の光条兵器を振るっていた。
 アレナが傍にいれば、アレナと通信機で繋がっていれば。
 今でもその力を振るう事が出来るのかも、しれない。
 いや、光条兵器が使えなかったとしても。
 優子が一言、キミは私の剣だ。常にそばにいてくれ、共に戦おうと。
 そうアレナに言いアレナを必要としたのなら、アレナの心は満たされて、たとえ体が治らなくても、彼女は苦しみから解き放たれ、レン達と出会った時の状態にもどる……のかもしれない。
「彼女と、それから彼女と一緒に生きたいと思っている子達のことを、もう少し見守ってみない? あなたと幼子のようなあの子だけの意思で決めることではないと、思うわ。急かしても良い事はないと思うの」
「……ありがとうございます」
 ただ……悠長にしている時間は、あるのだろうかとレンは思う。寿命のある人間故に。
「それでは見守るためにも、明日のパーティに、リーアさんも来ませんか?」
 アレナも静香校長達も来るんですよ、皆で遊びましょうと、メティスはリーアをパーティへと誘う。
「ふふ、そうね。そのパーティでも食べられるかしら、美味しいパン」
「はい! 喜んでいただけて、嬉しいです〜。あとふんわりメロンパンとかしっとりメロンパンとかマーブルメロンパンお勧めなんですっ」
 ノアが嬉しそうな笑みを浮かべる。
 それから、女の子3人で他愛ない話を始めて。
 パンを食べ終えても、話は続き、夕日が射し込むまで、ガールズトークは続いたのだった。

○     ○     ○


「私はもう団員でも百合園生でもないので……ゼスタさんと、優子さんのお手伝いとしての参加でしたが、楽しかったです」
 森の中を歩きながら、アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)は、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)に笑顔を向けた。
「稽古は武術の稽古だけじゃなくて、オリエンテーリングとかもあったんです」
 皆が迷子になったりしないよう、事前にロープを張ったり、目印をつくったり、地図を作ったり。
 そういった準備も、アレナはゼスタ達と行ったらしい。
「公務実践科には、私もちょっとだけ通ってお手伝いしてるんです」
 アレナは、アルバイトの事務スタッフのような立場だという。
 だが、既に公務についている人物として、生徒達には講師の様にも見られているらしい。
 康之もパートナーの匿名 某(とくな・なにがし)も今のところ公務実践科には通っていないのだが。
(アレナが働いているのなら、たまにはキャンパスに差入れでも持っていこうかな)
 などと康之は考える。
「それじゃ、この辺りのことはアレナの方が俺より詳しいかな。お勧めの場所、あるか?」
「はい。あっちに、細い川があるんです。落ち葉の絨毯と丸太のベンチもあって、涼しくのんびり過ごせそうです」
「それじゃ、そっちに行ってみよう!」
 2人は、小川の方へと歩き出す。
 道に迷うわないように、手を繋ぎあって歩いていた。

 小川の側で、丸太のベンチに座って、靴を脱いで。
「おっ、冷たい。気持ちいいー!」
「ふふ、キレイなお水です」
 康之とアレナは小川に素足を入れた。
「お魚さん、お留守なので、遊んでも大丈夫ですね」
「ああ」
 ちゃんぷんちゃぷんと、2人は足を動かして笑い合う。
 少しの間、2人は子供の様にそうして遊んでいた。
 聞こえてくるのは鳥の鳴き声や、虫の声と風の音だけ。
 互いの他には、誰もいない。
「星を見た時と同じですね。今日はお昼で、鳥さんたちも一緒ですけれど」
 何の気なしにアレナはそう言った。
「ん。あの日の話の続き、したかったから」
 今日、康之がアレナを呼び出したのはその話をするためだった。
 誘う時に、アレナにも伝えてある。
「はい」
 アレナが康之に目を向ける。
 康之はふっと、軽く笑みを浮かべてから、話し始めた。
「アレナはあの時、俺に他に一番の相手ができたら嘘つかなきゃならないって言ってたけど、それはきっと俺も同じなんだ」
 視線を自分の足下に移す。
「俺はアレナに幸せになって欲しい。それは嘘じゃないし、アレナにとって優子さんが一番だってのもわかってる」
 優子からアレナを奪おうとも、アレナに優子を嫌いになってほしいとも、全く思わない。
 アレナが幸せであることが、康之にとって一番、だから。
 だけれど……。
「だけど、もしアレナにとって『男として』の一番が出来たって聞いたら、俺もきっと嘘ついちゃう。アレナ自身がそれで幸せになれるってわかってても……」
 弱い笑みを浮かべながら。
 康之は手をアレナへと伸ばして。
 少し、躊躇した後で、彼女の頭の上におろした。
「でも、俺にとってアレナが一番大切な女の子だっていう事も絶対に嘘じゃない」
 そっと彼女の頭を撫でながら続ける。
「もう一つ言うと、俺が幸せを共有したいと思って、最初に浮かんだ子はアレナなんだ」
 瞬きをしながら、真剣な表情でアレナは康之を見ていた。
「俺は、アレナとの絆も深めていきたいし、特別な幸せも共有したいって思ってる。
 自分でもわがままだなと思ってる。けど、それが俺の本当の気持ちでもあるんだ」
 手を離して。
 強い瞳で、康之はアレナを見る。
「だから、アレナが俺に嘘をつかなきゃならない事にはならない! それだけは絶対に約束できる!」
 はい、と。
 頷いてからアレナは弱く微笑んで言う。
「私がいなくなったら、康之さんは他の誰かと幸せに楽しく生きられるのかなって思うんです。でも、私がいた方が、康之さんは幸せだって、思っても……いいですか?」
「勿論、当たり前。当然だって!」
「嬉しいです」
 康之はアレナの頭を抱いて、ぽんぽんと優しく叩き。
 それから顔を合わせて2人は、幸せそうに微笑み合った。