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タングートの一日

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タングートの一日
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リアクション

6.みんなでお茶を


「落ち着いたの……かな?」
 レモが階下を覗いつつ、呟いた。
 外の不穏な空気は二階にも伝わってきていた。
 カールハインツたちが念のため外まで見に行ったのだが、どうやら一段落したようだ。
「そうみたいね」
 祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)が優雅に微笑む。
 食事は一通り済ませて、今は隅に用意されたテーブルで、レモとカルマ、そして祥子の三人はゆったりとお茶を飲みながらあれこれと近況を話していた。
「祥子さんも、このあたりを歩いて来たんですか?」
「ええ。でも、どちらかといえば、のんびりお店で待たせてもらっていたわ。……でも、不思議ね」
「え?」
「いただいたお酒や食事もそうだけど、地球でもパラミタでも、似たようなものはあるのよね。それでいて、時間が経てばいろんな事が変わるわ。たとえば、この街も、男性がある程度受け入れられるようになって、レモもおっきくなったものねー」
「まだまだ、見た目だけ、ですけど」
 微笑みかけられ、レモは恐縮して頭を下げる。
「カルマはどんなことがきっかけになって成長するのかしら?」
「……ボクも、大きク、なレるの??」
 きょとん、とカルマは大きな目を瞬きさせる。
「その可能性は、あると思うよ。僕も、予想してたことじゃなかったし」
「そうナノか……」
 カルマは不思議そう呟いた。まだこの形になったのも最近のことだし、成長するというイメージが掴めないのだろう。
「レモにそっくりなのは聞いていたけど、違うのは瞳や髪の色くらいなのね」
 カルマをしげしげと見つめ、改めて祥子が言う。
「やっぱり、似てます?」
「似てるわよ」
 自覚がないの? と驚く祥子に、レモは「あんまり自分の顔って、良く見たことなかったから……」と自嘲気味に笑った。
 おそらくは、『ウゲンに似ている』姿は、レモにとってあまり好ましいものではなかったのだろう。それを察し、祥子は話を変えた。
「そうそう、レモはちゃんと日記つけてる?」
「あ、はい。できる限り、つけるようにしてます」
「イエニチェリになってお務めも増えたと思うけど、その分だけ物の見方が変わってきたと思うの。日記を読み返した時、それが感じられるといいわね」
「……はい」
 レモは何故か、少しだけ頬を赤らめて頷いた。
 どうやら日記には、ただ『日々の記録』だけが綴られているわけではなさそうだ。
「タシガンに戻ったら、カルマの分の日記帳も買いに行こうかしらね?」
「そうですね。字の練習にもなると思うし……」
「日記っテ、なにヲ書くの?」
「その日にあったことや、感じたことを書くのよ。絵とかを書いても良いし」
 ふぅん、とカルマが頷いた。
「おい、レモ」
 そこへ、カールハインツとかつみが戻ってくる。すぐにそちらにレモは振り返り、「どうだった?」と尋ねかけたときだった。
「あらぁ、美形揃いで、いいじゃなぁい」
「あんまりはしゃぎすぎないでよ、みっともない」
「我は酒をいただこうか」
 ……ニヤン、ラー・シャイ、そして共工というある意味豪華すぎるメンバーが姿を現し、思わずレモは絶句する。が、すぐにはっと思い直し、祥子に「すみません」と目で詫びてから、席を立って三人の前に進み出た。
「こんにちは」
 この挨拶でよいのだろうか、と一瞬迷いつつも、レモは丁重に頭を下げる。
「久しいな」
「あら、魔導書の子だっけ。あ、今日はあたしら、ただ食事に来ただけだから。ほっといていいわよ」
「一緒にご飯食べるぅ?」
「あ、いえ、僕はもう十分いただいたので……」
 なにがなんだか半分わからないが、とりあえず穏便にことは進みそうだ。さっさと食事を選びに行く中、さりげなくラー・シャイは祥子の傍に来ると、「元気そうね」と声をかけた。
「おかげさまで」
 祥子も、悠然と返す。
「ああ、あたしはホントに、終わったことには執着しないタチだから。あの子が消滅したのは、あの子が馬鹿だっただけのことだしね。……じゃ、お互い、楽しみましょ」
 ひらひらと分厚い手を振って、ラー・シャイはそう言い切ると、祥子に背を向ける。のしのしと歩き去る巨体を、祥子は黙って見送ったのだった。


「なんであいつらが!?」
 背中の毛を逆立てたのは、窮奇だ。タリア・シュゼット(たりあ・しゅぜっと)からパーティに出席する旨の手紙をもらい、うきうきとやってきた矢先のことだ。
 共工が傍に居る以上、滅多なことは起きないだろうが、それでも気が気ではない。そんな窮奇に、タリアは微笑んで話しかけた。
「ねぇ、窮奇ちゃん。前に言っていた地上の服の一種を作ってきたんだけど、良かったら着てくれないかしら?」
「え? タリアさんが?」
「ええ。ね、こっちに来て?」
 優しげに手をひかれては、窮奇はとても逆らえない。多少後ろ髪をひかれているようだったが、窮奇はタリアとともに、店の奥に一端姿を消した。
 その間に、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、「お前も来ていたのか」とニヤンに声をかけた。
「きゃー! やーだー、久しぶりっ!」
 両手をぶんぶんと振って、ニヤンは呼雪にあっけらかんとした笑顔で答える。
「大丈夫なのか? その……」
 つい先日まで闘っていた相手であり、窮奇の反応を見ても、大胆な事をするものだ。だが、ニヤンは。
「だって、ここの料理長は元はあたしのとこにいたのよ? たまには食べたいじゃない」
 相変わらず食い意地のはったことを口にして、皿に料理を盛りつけようとする。しかし、意外と不器用なのか、なかなかうまく掴めないようだ。
「貸してくれないか? ほら、これも美味しそうだ」
 呼雪がさりげなくニヤンから皿を受け取り、見た目にも彩りよく料理を取り分けてやった。
「やーん、優しい〜♪」
 フリルのついたドレスを揺らし、くねくねと身体をよじってニヤンは大喜びだ。
「ね、一緒、食べよっ?」
 さっそくテーブルを陣取ると、呼雪に『隣に来て!』とニヤンが手招きする。
「食べられないものはないのか?」
「あー、あたしね、なんでも美味しくいただけちゃうの! ね、貴方は? なにが好き?」
「俺は、さんまのみりん干しだ」
「えー、そうなのぉ!? あたしも!! ね、あたしたち、気が合うねっ」
 きゃっきゃとはしゃいでみせるニヤンに、呼雪は暖かな眼差しを向けている。
 騒がしいほどの明るさと、派手な装いの下には、空っぽな中身があると呼雪はもう知っているのだ。それが、ソウルアベレイターという存在の宿命なのかもしれない。ただひたすら、虚無にいる存在。
 けれども。
 美味しそうに食事を頬張るニヤンからは、その虚無を埋めたいという衝動が微かに感じられる。だから、呼雪はそっとニヤンに告げた。
「もしニヤン達がパラミタに、少しでも楽しい事や気に入ったものがあるなら、俺はそういうのもひっくるめてこの世界を守りたいと思う」
 そして、その空っぽになってしまった中身を、取り戻す手伝いができたら良いと、呼雪は心から思っているのだ。
「なぁニヤン、お前の生まれた大陸は、どんな世界だった?」
「お、覚えてないわよ。そんなこと。ぜーんぜん、なんにも」
 何一つ、記憶すらないのだと、ニヤンは唇を尖らせる。
「そうか……でも、俺は、ニヤンのことを覚えておく。ずっと」
 ニヤンの目をまっすぐに見つめて、呼雪は微笑んだ。
「…………」
 呼雪の赤い瞳を見つめ、ニヤンは不思議そうにしている。ただ、その頬はほんのりと、化粧以外のもので赤く上気していた。
「ちょ、ちょっと!何やってんの!?」
 そこへ、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)がぬっと間に割って入った。
「だめだめ、距離が近すぎるー!」
「ちょ、なにすんのよぉっ!! せっかくゆっくりお話してるのに、邪魔しないでっ!」
 呼雪の前からひっぺがされ、ニヤンはきーきーと掠れ声でヘルにくってかかった。しかし、ヘルも負けてはいない。
「あんまり呼雪にくっつかないでよー、オカマの癖にー!」
「オカマのなにが悪いっての!? きー!!!」
「中途半端なところだよっ」
「しっつれいね! あたしはオカマとしてやりきってるわよ!!!」
「オカマとしてやりきるってそこどこだよーー!」
「……ヘルくん、何やってるの?」
 低レベルな口喧嘩を繰り広げている二人へ、窮奇とともに戻って来たタリアが、そう声をかける。
「「だって、こいつがっ」」
 二人同時にお互いを指さす二人に、タリアは思わず笑いながら「なんだか、こう……この二人似てない? 派手好きだったり、レベルが近いのかしら」と言う。
「「似てないっ!」」
 残念ながら、その返答までも綺麗に重なっていた。苦い顔で黙る二人に、呼雪とタリアは笑ってしまう。
「それより、ね。窮奇ちゃん、可愛いでしょう」
 タリアがプレゼントした服は、フリルがたっぷりの可愛いエプロンドレスだ。スカート丈はやや短めで、髪には共布で作ったリボンが揺れている。
 日頃機械いじりのほうがメインで、あまりオシャレの心得がなかった窮奇は、タリアに両肩に手をおかれて前に出されながら、もじもじしながら、上目遣いで立っていた。
「似合うと思ってたのよね。想像通りで、嬉しいわ」
「ホントですか? あたい、こんな可愛い服、初めてで……」
「窮奇さん、とても似合ってます」
 マユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)も、にこにこしながら褒め言葉を口にする。
「まぁいいんじゃない?」
 ニヤンも何故かそうコメントし、窮奇はまだ警戒をしつつも、とりあえずは「ありがとう」といやいやながら答えている。
「そういえば、呼雪さん。花魄さんに、お祝いは渡したんですか?」
「ああ、さっき渡した」
 マユに問われ、呼雪はそう答えた。
 用意したお祝いの品は、今は一階の入り口に飾られているはずだ。特大の和紙と額を持参して、先ほどその場で、妖幻の筆を使い、魔力を墨に変え、商売繁盛に演技が良い動物とされている『梟』の絵を描いた。そこに、さらに祝いの文章を添えたものだった。
「喜んでもらえて、よかったね……」
 ヘルはそう言いつつも、若干微妙な表情だ。
 それというのも、呼雪は文字は達筆なのだが、絵に関しては悪い方の意味で『画伯』レベルなのだ。見ると正気度が下がると定評があるほどに。だが、その迫力が、かえって悪魔の感覚からすると好ましいらしく、花魄は心から喜んでいたし、なかなか好評でもある。
「え、あれって、呼雪が描いたの? やーん、芸術的−!!」
 ニヤンがしなだれかかろうとするのを、「もー!」とすかさずヘルがひきはがす。タリアや窮奇も混ざり、テーブルはひときわ賑やかだった。