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お月見の祭り

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お月見の祭り
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 たいむちゃんの元では、まだまだお餅がつきあがっていく。
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)はお揃いの浴衣を着て、たいむちゃんの手伝いをしていた。
「これくらいの大きさで、食べにくくないかな?」
 ゆかりはつきあがったお餅を食べやすいサイズに切りながら、マリエッタに訊ねる。
「ちょっとくらい大きくても、サービスよサービス」
 一方のマリエッタは、思いっきり杵を振り上げて餅をついている。最近嫌なことのあったマリエッタにとって、この餅つきは絶好のストレス解消イベントだ。
 良い音を立てて、ぺったんぺったんと餅がつきあがっていく。
「美味しそうなのだー」
「ポムクルさん、あんまり近寄ると間違えてついちゃうよ?」
「離れるのだー」
 マリエッタが次々とお餅をつき、ゆかりが切り分けていくと、あっという間に配れる状態の餅がたくさんでき上がった。
「たくさんつきあがったわね」
 たいむちゃんも、マリエッタの手際の良さに驚いている。
「さあ、次は配ってきましょうか」
「配り終えたら、お餅食べたいなあ」
 清楚な雰囲気の中にも仄かな艶の感じられるゆかりの浴衣姿と、可愛らしい、という表現が適しているマリエッタの浴衣姿。そんな人目を引く二人が、餅を切り分け終えて売り子としてお餅を配りに出かけると、すぐに行列ができ上がった。

「僕たち以外にも、餅つきの手伝いに来ている人は結構いるんだね」
 代わりに餅をつき始めたのは、風馬 弾(ふうま・だん)アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)だ。
「お月見を楽しむのも、お月見を楽しませるのも、どっちも楽しいからかも」
 アゾートも弾のつくお餅を返しながら、どことなく楽しそうにしている。
「新しいお餅下さいな!」
 早速お餅が売り切れたマリエッタが、帰ってきた。
「本当にたくさんの人が来ているみたい」
 すぐにゆかりも、戻って来た。
「ちょ、ちょっとまってね。急いでつくから!」
 弾は慌ててお餅をつき始めた。

「ねえ、そろそろ私たちも休憩にしない?」
 ゆかりの提案で、四人はつきたてのお餅とお茶でお月見を始めた。
 池の傍で見る月は遮る物がなく、綺麗に丸く浮かび上がっている。
「いまこうしてニルヴァーナで見る月と、地球で見る月とは同じものなのかな?」
「何となくだけど、この月は地球で見るものと違って特別なもののような感じがするよ。上手く言えないけど」
「やっぱりそう思う? 何が違うんだろう……」
「なんだか、いつもよりとても綺麗に見えるよ」
 ゆかりと弾、アゾートがあれこれと月のことについて話している間、マリエッタはお月見よりお餅、とばかりにお餅を頬張っていた。

「食べ終えたら、竹林に行ってみましょうか」
 休憩を終えたゆかりとマリエッタは竹林の方へと歩いていった。
「本当に綺麗だね。竹林の間から見ると、また少し変わった感じ」
 月を見上げているマリエッタを見ながら、ゆかりは内心、少しの不安を抱えていた。
 それは、ゆかりが教導団大尉である以上「これが最後のお月見になるかもしれない」という不安だった。
「あ、でもやっぱり池の傍で見る月が一番良く見えるかも?」
 散策路をぐるりと巡って池の畔に出てくると、マリエッタがそう呟いた。
 マリエッタの言葉につられて空を見上げたゆかりは、先ほどまでよりも強い輝きを放っている月に吸い寄せられた。
「……カーリー?」
 ゆかりはマリエッタに名を呼ばれるまで、足を止めて月の美しさに見惚れていた。
「小舟に乗りましょうか。水面に浮かぶ月も愛でましょう」
 ゆかりはそう言って、歩き始めた。マリエッタに心配をかけないように、と思いながら。


 一方の弾とアゾートも、ゆかりたちとは別の散策路へと向かっていた。弾はこっそり、ひとつだけ月うさぎのお餅を持って。
「竹林の間から見える月も、綺麗だね」
 弾はそう言いながら、自然とアゾートの手と自分の手をそっと繋いだ。
「ほ、ほら、一応夜道だから危ないしっ!」
 何か言い訳をするように焦る弾に、アゾートは小さく頷いて、その手を預けた。
 弾は何を話そう、とあれこれ慌てて思い巡らせる。
「地球から月まで歩いて行くと、11年ぐらいかかるらしいね。その、歩いては行けないんだけど……。えっと、それって一体、何マイルぐらいになるんだろうね」
 弾とアゾートは、どちらともなく頭上にきらめく月を見上げた。
「途方も無く遠い距離みたいなんだけど、まず一歩進まないと近付けやしないし、その一歩の繰り返しが、いつか月まで届くかもしれない。
 賢者の石を創ることや、他人のために命を投げ出せる強さを身に付けること……僕たちの夢が叶うまでにも、手に入れるためには途方もなく遠い道のりがあるかもしれないし、
 どんなに歩いても辿り着けないかもしれないけど、本気で求めるならやっぱり進むしかないよね」
 弾の話を、アゾートは真剣に聞いている。
「アゾートさんの心までは何マイルあるんだろう。でも、例えそれが途方もない距離だったとしても、僕は一歩ずつ、いや半歩ずつでも歩いて行きたいと思ってる」
 はっ、と弾は我に返って顔を赤くする。無茶苦茶なことを言ってしまった、という恥ずかしさが、急にこみ上げて来たのだ。
「ア、アゾートさん! はい、あーん」
 その恥ずかしさの勢いのまま、弾は月うさぎの餅を半分に割ってアゾートの口元に差し出した。
「……それは、告白……だと思ってもいいのかな?」
 アゾートは差し出された半分の餅を見て、確認するように訊ねる。
「え、えっと……そう、いうことかな……?」
「それなら、もらうよ。……これは恋人たちのおまじないだから、そういう関係じゃなかったら、食べないけど」
「えっ? それって……?!」
 硬直した弾は、差し出したお餅をアゾートが食べていくのを、弾は赤面したまま見ていることしかできなかった。

 アゾートとの心の距離は、弾が思っていたよりも遥かに近かったのかもしれない。