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第10章 ヴァイシャリーのカフェで

 生徒会の仕事で、百合園女学院を訪問した後、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はパートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)と共に、ヴァイシャリーを散歩していた。
「あ、あの店にしようか!」
 ゴンドラ乗り場の近くにあった高級カフェ『イリス』を美羽が指差す。
 夕食は既にすませていがが、せっかくヴァイシャリーに来たので、ヴァイシャリーらしいお洒落な店に入ってみたくなったのだ。
「ヴァイシャリーのスイーツ食べたいね」
「うん」
 コハクと一緒に、美羽はそのカフェへと近づく。
 店の前には植木鉢が沢山置かれていて、可愛らしい花々が2人を歓迎してくれた。
 ドアを開けると、からん、ころん、と優しい音が響く。
「いらっしゃいませ〜」
 すぐに、エプロン姿のメイドさんのような店員が顔をだし、2人を席に案内してくた。
「あれっ?」
 4人用のテーブル席に案内された美羽は、すぐ近くの2人用のテーブル席に、知り合いが座っていることに気付いた。
 その人物は、コーヒーを飲みながら窓の外の通りの方をじっと眺めている。
「まさか……アイリス!?」
「ん?」
 声に振り向いて、その人物が美羽に顔を向ける――アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)だった。
「どうしたの? 今日はヴァイシャリーに何か用事?」
「よかったら、こっちで一緒に食べない?」
 美羽が問いかけ、コハクが誘う。
「そうだね」
 アイリスは店員に断りを入れると、美羽達のテーブルに移ってきた。
「買い物に来ただけ。今は、瀬蓮を待ってるんだ」
 アイリスはパートナーの瀬蓮に誘われて、ヴァイシャリーに買い物に来ていたそうだ。
 彼女は今、パラ実の校長の1人として、キマクで暮らしている。
 キマクでの暮らしには満足しているが、時々キマクでは手に入らない必需品を求めて、ヴァイシャリーにも訪れているらしい。
 それぞれ違う店で買い物を済ませた後、ここ『イリス』で合流しようと約束したそうだ。
「そちらは最近どう?」
「新入生も入ったし、先輩として頑張ってるよー。生徒会の仕事も沢山あって大変だけど楽しんでる。校長の仕事はもっと大変だよね」
「そうでもないよ3人いるしね。こっちも結構楽しんでる」
 ふっとアイリスは笑みを浮かべた。
「ああでも、ちょっと瀬蓮のことは心配だな。なんか最近『おぶつはしょうどくだ』なんていう言葉覚えてたりして」
「瀬蓮ちゃん、パラ実生化したら大変……あっ、何か頼もうか」
 美羽は苦笑しながら、コハクと一緒にメニューを見る。
「あ……知らない名前のメニューばかりだね」
 コハクはメニューを見ながら眉を寄せる。
 どんな材料で作られた、どんな味のスイーツなのか見当もつかない。
「本日のケーキセットがお勧めだよ。長い名前がつけられてるけど、今日のケーキはティラミスだ」
「それじゃ、それで。飲み物は……」
「エスプレッソがお勧めだけれど、君達にはカプチーノが良いかな」
 コハクが迷っていると、アイリスがカプチーノを勧めてくれた。
「うん、それにするよ」
「私もケーキセットで」
 アイリスの勧めもあり、2人は本日のケーキセットを注文した。

 カプチーノは、泡の表面に花の絵が描かれていた。
 見ているだけでも楽しい気分になり、甘くて柔らかいケーキと共に、少しずつ口に運んでいく。
「キマクにはこういう店、なさそうだよね?」
 食べながら、コハクがアイリスに尋ねる。
「あまり見かけないな。というか、喫茶店の中にいるのも……」
「モヒカン達だしね! 雰囲気がー」
 美羽が笑い、コハクとアイリスも笑みを浮かべた。
「それにしても、瀬蓮遅いな……」
 アイリスが店内の時計を見る。
 待ち合わせの時間はもうとっくに過ぎているそうだ。
「瀬蓮ちゃんのことだから……道に迷ってたりして」
「百合園に通ってたんだし、この辺りの土地勘はあるはず」
 美羽とコハクも心配そうに窓の外を見る。
「買い物に夢中になっているんだろう。もう少ししたら、電話してみるよ」
 アイリスはそう言って、珈琲をもう1杯注文した。
 夜も深まってきたため、美羽とコハクは先に店を出ることにする。
「それじゃ、またね。仕事頑張ってね!」
「美羽と僕も、頑張るよ」
「ああ、また会おう」
 微笑み合った後、席を立って。
 美羽とコハクは会計をすませると、外へ出た。
 振り向くと、窓の外を見ていたアイリスが、2人に気付いて手を上げてきた。
「またねー」
「おやすみなさい」
 手を振って、笑顔で美羽とコハクは店を後にする。