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第9章 百合園生の普通の夜……?

 9月上旬の夜。
 ヴァイシャリーのとある場所に、百合園女学院に所属する女性達が集まっていた。
 通っている学科も学年も、そして立場にも違いがある6人だ。
 たまたま休みが重なって遊んでいた桐生 円(きりゅう・まどか)パッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)桜井 静香(さくらい・しずか)の4人に、二次会から合流する形で雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)の2人が加わり、6人となっていた。
「それでは皆さん、今日は楽しくやりましょう!」
 マイクを片手にロザリンドが言う。
「いやー皆、今日はそれぞれお疲れさまー」
 リナリエッタは鈴子と同期の懇親会に出席した帰りだった。
 皆成人に達していることもあり、お酒が沢山出て大変だった。
 普段なら美味しく飲むところだけれど……鈴子が一緒だったから。
 酔っぱらって調子にのって、鈴子に飲ませてしまて、アノ姿を皆の前で暴露させてしまったら、申し訳なさすぎるので。
「二次会のカラオケからのお持ち帰りーとても楽……あ、いえ何でもありませんー」
 鈴子が睨んでいることに気付き、リナリエッタは笑ってごまかす。
「パッと遊んで、パッと仕事モードに入るのは大事だよね! 楽しもうー!」
 円もマイクを手に取った。
「まずは百合園女学院校歌斉唱で」
 ロザリンドがごく当たり前という風に言う。
「えっ、まじ!?」
 円がマイクを手に固まる。
「ロザリンドさん、普通カラオケで校歌は歌わないかな」
 静香が控え目に微笑みながら言う。
「……え? 何か違いますか?」
「いいえ、違いませんわ。良い心がけだと思います」
 ロザリンドの提案を鈴子が肯定した。
「まじ!?」
 もう一度言った円に、ロザリンド、鈴子が真剣な目を向ける。
「いやいいけど! で、では副団長に倣って」
 円は大きく息を吸い込むと、ロザリンド、鈴子と共に百合園の校歌を歌い始める。
「ホントに校歌、歌うなんてー。うけるー」
 笑っていたリナリエッタにも鈴子が真剣な目を向けてきた。
「はい、リナリエッタ、校歌歌いますー」
 そして、生徒であるリナリエッタ、パッフェルも校歌を歌い始めた。

 素晴らしい校歌の合唱を終えた後。
「……ということで、何歌おうかな。あっ、その前にドリンク頼もうか」
 チリンリン、と、円がベルを鳴らす。
「ご用でしょうか、お嬢様」
 すると、部屋の隅に控えていた執事が、円に近づき礼をする。
「ボクはこの炭酸飲料と、ポテチで。あとピザもお願い! パッフェルは何がいい? お酒?」
「……生ビールで」
「円ちゃんは可愛いものを頼むのね。ふふ。
 ここで私はクリームソーダ―で」
 パッフェルは生ビール、リナリエッタはクリームソーダ―を注文した。
「クリームソーダ―こそ可愛いんじゃ。なんで?」
 円が疑問を漏らす。リナリエッタはふふふと笑みを浮かべながら答える。
「なんでってあれよ、アイスが冷たすぎるーって意中の人にあーんさせてテンションあげるためよ。あとは激辛のつまめるものもお願い。わいわい騒ぎながらさり気なく密着がいいわけよ!」
「リナさん、この部屋に男性はいませんよ。あ、私はこちらで」
 鈴子が呆れ顔で言い、自分の飲み物を注文する。
「僕はオレンジジュースで。ロザリンドさんも同じのでいいよね!?」
「え? あはい」
 静香の言葉に思わず頷き、ロザリンドもオレンジジュースを頼むことになった。
 何故か皆がほっと息をついた。

「ヘイッ!」
 円がマイク片手にジャンプして、ノリノリでロックを歌いだす。
「円ちゃん、可愛いー」
 リナリエッタがマラカスを振って盛り上げる。
 パッフェルはビール片手に、もう片手にはマイクを握りしめている。
 歌いたいらしい……?
「私もまずはソロで……そうですね」
 ロザリンドはバラードを選択。
 胸に響く愛の歌だった。
「ロザリンドさん、キレイな声」
 何故か静香が照れている。
「次は私の番ね」
 続いてリナリエッタが曲を選ぶ。
「ふふ、ちょっと前に流行った可愛い系の女の子女の子してるポップがいいわね」
「リナさん、色々無理があるような気が」
「この場ではそうかもしれませんが、練習ですよ! 女の子同士盛り上がってるのを男性陣に見せ付けるのがいいんですのよ鈴子さん!」
 と言いながら、リナリエッタの本性に全く合わない、可愛らしい女の子の歌を歌いだす。
「リナちゃん可愛い声ー!」
 今度は円がマラカスを持って、盛り上げる。
「パッフェルは何歌うの?」
「……皆で、歌う、歌……」
 パッフェルが選んだのは一昔前の、グループソング。
 円達も聞いたことがある歌だった。
「パッフェル……やっぱり凄く歌上手い!」
 円は興奮してマラカスを両手で振りまくる。
「よし、パッフェル次はあれやろう、あれ!」
 次に円が選んだのは、宴会用に、ひそかに考えていた曲。
 パッフェルに合った淡々とした曲、そして円が好きなロック系でデュエットする緩急の激しい曲だ。
 2人でステージに立って、息の合った歌、振り付けて魅せていく。
「凄いですね……私達も一緒に歌いましょうか」
 ロザリンドは円達を観ながら、ケーキを小皿に取り分けて皆に配っていく。
「その前に、喉が渇いたので、追加でカクテルを……」
「あ、これ飲みたい。シンデレラで、カクテルのシンデレラ2つでお願いします!」
 すかさず静香がまたロザリンドの分も注文してくれた。ノンアルコールカクテルだ。
「静香さん、気を使っていただきありがとうございます」
 礼を言いながら、ロザリンドはケーキを差し出す。
「うん、今日は普通に楽しみたいよね。練習してないし、あんな風に楽しく踊るのは無理だけど」
 静香がケーキを受け取りながら微笑む。
「静香さん! 男の人の歌うたってーカッコイイやつー」
 歌い終えた円が、静香にマイクを差し出してきた。
「ぼ、僕はこっちの方が」
 静香が選んだ曲は、男女のラブソングだ。
「では一緒に歌いましょう」
 ロザリンドもマイクを持ち、歌いだす。……男性パートを。
 静香も当然のように女性パートを歌う。
「校長、可愛いー。2番は交換してみてー」
 リナリエッタが言うと、ロザリンドと静香は顔を合せて頷いて、2番は静香が男性パートを、ロザリンドが女性パートを歌う。
 それはそれで違和感がなかった。
「さてそろそろ、鈴子さんにも歌ってもらわないと。私が勝手に決めちゃいまーす」
 リナリエッタが歌本をめくる。
 鈴子はまだ1度も歌っていなかった。
「和服=演歌もいいけど、やっぱ男受けを目指すなら、第一歩としてバラード系のデュオね!
私が片方やるので鈴子さん、ここから好きな曲選んでくださーい」
 リナリエッタが歌本をばっと鈴子に向けた。
「リナさん」
「……え?」
 背筋が凍るような声に、リナリエッタの身体がびくりと震える。
「男受けを目指すために、カラオケの練習をするなんて間違っていますわ」
 バチンとテーブルを叩いたかと思うと。
「その足! 女性同士とはいえみだらにそんなに見せるものではありません。背筋は伸ばす! 胸はもっと控え目に!」
「す、鈴子さん? 背筋はともかく胸は……あっ! その手の中にあるのは……っ」
 炭酸ジュースっぽい、酒だった。
「足は組まない、揃えて上品に! 姿勢が悪いですわ」
 帯を外した鈴子は、リナリエッタの身体をぐるぐる縛っていく。
「鈴子さん、何をー! いやー……っ」
「ふふ、ようやく歌う姿勢ができあがりましたわね、さあ、歌いますわよ!」
 マイクを手に、鈴子は歌い始める……。
「ううう、苦しいです、鈴子さーん」
 胸をぎゅうううっと思い切り縛られたリナリエッタは、蚊の鳴くような声で歌うしかなかった。
「す、鈴子さん尋常じゃない……リナちゃんい任せるしか!」
 円はパッフェルを連れて、鈴子達から距離をとる。
「悪酔いはいけませんよねー」
 ロザリンドはほんわり微笑む。
「う、うん」
 静香は何故か苦笑していた。
「ごめんね、つき合わせて。楽しかった?」
 少し離れた場所で、円がパッフェルに問いかける。
 勿論楽しかった、というように、パッフェルは首を縦に振った。
「騒いでるだけだけど、こんな時間も、二人の思い出として、大切にしていきたいね。
 あの時はこうだったねーって笑えるような、ね」
 円がそう言うと、パッフェルは優しい目でこくりと頷いた。

「それではお疲れさまでした」
 鈴子とリナリエッタのデュエットを最後に、カラオケはお開きとなる。
「そして奏者の皆さんもお疲れさまでしたー」
 ロザリンドが拍手をし、皆も。そして楽団の演奏者も立ち上がって拍手を始め、指揮者は礼をする。
 ……このカラオケ。伴奏は、全て生演奏だった。

「みんなお疲れ様、明日も頑張ろうね!」
「おやすみ……」
「おやすみなさい」
「お疲れ様」
「良い夜を……ふふふ」
「ううっ、鈴子さんー、許してー……」
 そして、百合園に所属する女性6人は、仲良く。ある者は引き摺られながら、百合園寮の一室(!?)を後にしたのだった。