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人魚姫と魔女の短刀

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人魚姫と魔女の短刀

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【追撃・3】


「変態さんは、逃がさず全員撲滅するのーっ!!」
 勇ましい宣言をするパートナーを横目に、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は額を抑えながら約一時間前の出来事を思い出していた。

「変態さん?」
「そう、変態さん」
 首を傾げる及川 翠(おいかわ・みどり)を抱き上げ人員輸送用の車両へ乗せながら、アレクはトーヨーダインの隠し施設の職員並びに警備員らをそう評価した。
「敵さんは――」
 今度はサリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)を乗せて、アレクは続ける。
「皆変態さん。嫌がるお姉さんやお兄さんを捕まえて、これから行く場所に閉じ込めて虐めてる。沢山悪い事をしてるんだ」
 その言葉を聞いて、サリアは先に乗り込んでいた翠と顔を見合わせぷんすかと怒りの煙を吹き出した。
「むぅっ、敵さんが変態さんなら容赦はいらないよねっ!」 
「殺したら駄目だよ」
「……えっ、一応捕まえた方が良いの?」
「変態さんなのに?」
 キョトンとして瞼をしぱたかせる翠に、車に寄りかかったままで何時もと小さな彼女たちと違い目が合う様になった『おにーちゃん』は、二人の不思議そうな顔ににっこり笑ってこう返したのだ。
「撃滅。
 撃滅だ俺の可愛い妹達。目に入るもの全てを攻撃し、全滅させろ。
 雷神ソーのトールハンマーは、振り上げた音すら巨人を恐れさせた。翠、俺がお前に望むのはそれだ。
 腐れ外道の変態さんには、ただ捕縛するだけでは足りないだろう。
 恐怖を、教導団の収容施設という安全なヨトゥンヘイムにあって尚、逃げ切れないと思う程の恐怖をお前のその大槌で植え付けてやれ。小汚ぇケツごと醜穢な研究を打擲し、押し潰せ。
 被害者の前に一人残らず跪かせて、大荒野の土を舐めさせろ」

 そう、確かにアレクはあの時笑顔だったが眼差しはやけに鋭利だったのを、ミリアは感じ取っていたのだ。
「――全く、翠もサリアも純粋と言うか単純と言うか……
 『敵は皆変態である、撃滅せよ』って普通信じないと思うんだけど……」
「ふぇー、変態さんって言われればぁー
 翠ちゃんもサリアちゃんもやる気になりますよねぇー……
 アレクさん、わかっちゃってますねぇー」
 ミリアの考えにうんうんと頷きながら、スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)は、翠とサリアを見事に運転してみせたアレクの手腕もとい方便に感心している。
「まぁ、今更言っても仕方が無いし――、私達は私達でやれることはやりましょうか、お姉ちゃん?」
「ですねぇー、ミリアちゃん、一緒にやっちゃいましょうかぁー」
 ほんわりしつつも巨大な召還獣をそこへ喚び出しやや物騒な言葉を吐くスノゥに頷くと、ミリアは裁きの光を翠が警備員と戦うついでに押し潰した車両に向かって発する。すると最早粉塵としか言えない愛車を前に固まっている研究員が横目に映った。
 あの顔を見れば誰だって同情してしまうかもしれないが、彼等はやってきた事がやってきた事だと、ミリアは思う。
 協力を申し出た翠たちをアレクが室内――とりわけ実験室に行かせたがらなかった事を考えれば、そこで一体どのような事が行われているのか、厭でも想像がついてしまうのだ。
「人体実験までしてるってお話だし、撃滅はやぶさかじゃないものね?」
 そう呟いた時だ。
 一陣の風が吹いたかと思うと、ミリアの視界に先程まで無かった筈の影が横切り、彼女の顔面目掛けて迫ったのだ。
「はあっ!」
 冷気を帯びた剣をなんとか見えた影に向かって横薙ぎにすると、何かと搗ち合ったらしく攻撃を弾く事は出来たが、その衝撃にミリアの身体が向こうへ吹き飛ぶ。
「あああッ!」
 ミリアの悲鳴を聞きつけ、早々にそこへ駆けつけのは皐月だ。
「大丈夫!?」
「……ええ、足を捻っただけ」
「良かった。――動ける?」
 皐月に質問に身体を動かしてみると、受け身が取りきれずに打ち付けてしまった足に鈍い痛みが走り、ミリアは顔をしかめてしまう。
「――ッ。
 ……残念だけど、ちょっと難しいみたい」
 しかし幸い大事には至って居ないミリアの傷を確認し、回復に移ろうとした皐月は、迫りくる殺気に気がついた。
 夜の闇の中、ぼんやりとした人影が宙に浮かんでいる。
「――改造強化人間!!」
 ヤバいと思った瞬間にはあちらはもう既に攻撃に移っている。再び体当たりをしようとしてきたそのスピードは凄まじい。恐らくあれはエースが見た足を失った少女の犠牲の上に成り立った、スピード強化型の完成体なのだろう。
 あれは並の強化人間の持つ早さでは無い。しかしこちらは動けないミリアを連れている。皐月が避けきれないと覚悟を決めた時――。
(こっちですよ!)
 激しい曲調の歌声で誘いながら、歌菜が改造強化人間の前を横切った。
 改造強化人間が虚ろな瞳で歌菜を見据え追いかけようとすると、今度は蚕養 縹(こがい・はなだ)がチカチカと瞬く光りのようにあちこちに現れては消え現れては消え改造強化人間を撹乱する。 
「ひゃー……
 ずいぶん物々しいもんでさぁねぇ」
 縹が言いながらこちらを向いたのを合図と受け取って、皐月は駆けつけてきたプラヴダの兵士とミリアの足を治療する為に安全な場所へ運んで行った。
「そろそろ良さそうだな」
 囁くような声で一人ごとを言ったのは羽純だった。
 ミリアと皐月らの影がその場からすっかり消え失せると、彼はこれを期と動き出す。手にしているのは光条兵器だ。これで改造強化人間の正気を失わせている石を破壊するつもりだったのだ。
 縹の姿を追い、歌菜の歌が生み出した槍に囲まれている改造強化人間に向かって、羽純は剣を上段から思いきり振り下ろす。
「はああっ!!」
 かまいたちのような光りの奇跡。だが改造強化人間はそれを持っていたナイフで寸での所で弾いてしまう。
「……なっ!?」
 羽純が行ったのは精密な攻撃だ。
 それを避ける努力もせずにギリギリで弾けば、逆に自分にナイフが当たる可能性がるにも関わらずだ。
 ミリツァが使った『お友達』を――自分の我が侭を通すための手駒を増やすなんてものが生易しく思える程の、洗脳石の持つもっと恐ろしい可能性に、羽純の背中に冷や汗が落ちる。
「あんなもの……!」
 誰もがあれを早く破壊しなければと思った時だった。
 カシャンと音を立てて、改造強化人間を縛っていた石が砕け散ったのだ。
「狙撃!?」
 羽純に歌菜、縹が振り返ると、遺跡の影からサリアが自らの左腕をスナイパーライフルと変えた姿でひょっこりと顔を出してみせた。
「おにーちゃんに教えられた変な石さんがくっついてたから、狙ってみたの」
 なんとも緊張感を削ぐホヤホヤとした発言に、三人は肩をがくっと落として、それから漏れてくる笑いに肩を震わせた。

 改造強化人間との戦いから数メートル離れた位置では、未だ契約者たちによる破壊活動が行われていた。
 やがてT部隊が持ち出してきた機晶戦車が現れたが、セレンフィリティとセレアナの連携はそれに一切の狂いを見せず、輝の機晶姫たちは遂に――、というか何時もの合体をして更に派手に動き回る。
 そんな中で薫のパートナー考高はヘリコプター関係を(尊に勝手にそちらへ行けと言われ渋々)叩き壊していた。
 普段は人間の姿でいる事の多い彼だったが、今日は獣人の――熊の姿になり、それを分身の術で増やす事で効率的に?高価なヘリコプターに片っ端から傷をつけていく。
 一方そんな考高に一方的な指示を送った尊は、車両関係を担当していた。
 永久凍土で発見された氷柱を切り出して刀の重さで打ち付けた車のボンネットは、真ん中でメコッとひしゃげてしまう。
 施設職員の所業は、全く以て気に食わない。だから容赦などするつもりは一切なかった。
 こんな風に契約者達に暴れ回られては堪らないのはT部隊をはじめとするトーヨーダインが雇った警備要員達だ。
 後一歩で車両に辿り着くというところで足下に突き刺さった矢に、警備員らは無表情で両手を上に挙げる。
 矢を放った薫が一歩ずつこちらへ近付いてくるのに、警備員らに護られていた職員が食って掛かった。職員は上質なスーツを着用している事から、社内でも『上』の人間なのだと推察出来る。
「おい! どういうことだ! お前達は会社に雇われているんだぞ!
 私を逃がす義務がある、なのにあんな小さな少女に脅されたくらいで――」
「やってられないんですよ!!」
 大声でそう切られて、スーツの職員は吐き出し掛けていた言葉を飲みんだ。
「会社のやってた事は仕事だと割り切ってるつもりだ。
 でも俺達に出来るのはココ迄だ。
 勿論金の為にこんなもんに手を出してた俺達にも責任はある」
 そう言って、警備員達は薫に追いついてきたプラヴダの兵士たちへ投降する。
「くそッ!!」
 悪態を吐き出して尚も車両へ向かおうとする職員だったが、その腕が横からバシッと音がする勢いで掴まれた。
「職員さん!」
 語気と同じく、握ってきた掌の力は強く、職員は微動だに出来ない。脅し付けようと睨み見下ろした少女は、静かな怒りを宿した緑の目で職員を逆に射抜いてくる。
「悪い事をやるだけやって逃げるのは卑怯なのだ!
 あなた達がして来た事は……決して許される事ではないのだ!」
 薫の言葉を聞いた職員は、自らの罪を自覚して荒野の土に力なく膝をつくのだつた。