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第3章 こどもたちのおみまい

 少しだけ動物園を見学した後、アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)は本来の目的である、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)のお見舞いのために、地球の病院に向かった。
「それにしてもアレナもこんなにちっちゃくなって……」
 手を繋いで歩きながら、恋人の大谷地 康之(おおやち・やすゆき)がアレナを見下ろすと、アレナは顔を上げてにこっととっても可愛らしく微笑んだ。
 途端、康之の心にいつもとは違うキュンとした感情が湧きあがった。
「将来娘ができたら、こんなカンジになるのかな? アレナ〜、パパですよ〜」
 にこっと康之はアレナに笑いかける。
「やすゆきさん、ぱぱですか?」
 きょとんとした顔でアレナが尋ねる。
「なんてな、冗談冗談! アレナは俺の娘じゃなくて、俺の恋人だもんな!」
「はい、わたしのぱぱは、ゆうこさんのおむこさん、です」
「優子さんのお婿さんか……」
 一体どんな人がアレナのパパになるのだろうと、優子の顔を思い浮かべて想像しかけたが、想像もつかなかった。
「だけど、ちっちゃくてもアレナが世界で一番可愛いってのは冗談じゃないってのは断言するぜ!」
 康之が言うと、アレナは植木鉢を大切そうに抱えながら、嬉しそうで恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
「さ、ママに会いにいこうな」
「はい……っ」
 アレナが持っているのはこの鉢植えだけで、あとの荷物は康之がもってあげていた。
 康之自身も、果物の詰め合わせを用意してきている。
(しかしこの鉢植えのカーネーション……持ち込んでいいんだろうか。確か縁起が悪いから、見舞いに鉢植えはダメって話を聞いたような……)
 アレナの腕の中のカーネーションを見ながら、康之は少し不安を感じる。
「こどもになっちゃいましたけど、このわかばぶんこうのみなからのぷれぜんと、ゆうこさんにちゃんとわたします〜!」
(ま、まあ問題があれば花瓶に移し替えるなりすればいいし、な)
 アレナがとても大切そうに持っていたので、優子が喜べばそれでよしだと、康之は特に何も言わないでおいた。
 
 大人の姿の康之が受け付けをしてくれている間。
 アレナは友人のキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)達と待合室で待っていた。
「きゃんでぃすさん、ど、ど……どさまり、できました?」
「ん? どさまりじゃなくて、どさまわりネ、あれなちゃん」
「はい、でもどさまわりってなんでしょう?」
「どさまわりっていうのはね……アラ? なんだったカシラ?」
 キャンディスも幼児化しており、動物公園にどさまわりに訪れたつもりだったのに、どさまわりの意味さえもよくわからなくなっていた。
「あ、そうそう、みんなとおはなしして、おひねりもらったのよ」
「おひるね?」
「ううん、おひねり……ってなんだったカシラ?」
 2人で一緒に考えるけれど、良く分からなかった。
「きゃんでぃすさん、きてくれてありがと、です。ゆうこさんもうれしいとおもいます!」
「いあんはとくいだカラネ! それにちょっとあれなちゃんを見てて、気になることがあったのヨ」
「はい?」
 不思議そうなアレナに、キャンディスは小さな声で尋ねる。
「あれなちゃん、おかあさん(優子)がにゅーいんしていたほうが安心だとおもってない?」
「……?」
「なんでかわからないけど、たいいんしてほしくないようにミエルノネ」
 ちらりとキャンディスはアレナの腕の中を見る。
「んん……と、ゆうこさんが、たのしいのがいちばんです。ゆうこさんがたたかうのたのしければ、わたしはゆうこさんといっしょに、がんばりたい、です。
 でも、ゆうこさんがすきでやってるわけじゃないのなら、もっとゆうこさんがたのしいことやってほしいです」
 難しそうな顔で、アレナはそう答えた。
 アレナはラズィーヤのことが好きではなかった。優子を利用して、危ない目に合わせてるようにも思えて。
 そして、優子はラズィーヤを庇って死にかけて、入院している。
 ある程度の事情は優子からは聞いてはいたが、幼い今の頭では……むしろ、普段のアレナでさえ、抱いている感情が複雑すぎて、思いを正確に言葉にすることはできなかった。
「ゴメンネ、あれなちゃん、そんなかおさせちゃって。だいじなおともだちのあれなちゃんが、だいすきなマミーのおみまい、ミーもちゃんとついていって、あれなちゃんがたのしくなれるほうほう、かんがえるワヨ」
「すまん!」
 直後、康之が皆の元に戻ってきて。
「キャンディスの入室許可は下りなかった!」
「がーん……」
 というわけで、中身は子供化したけど、かなりくたびれただぼだぼな着ぐるみにカツラとブラをつけた姿のキャンディスは、順調にお留守番決定となった。

「アレナさん」
 優子の病室に向かおうとしたアレナは、自分の名を呼ぶ声に振り向いた。
「……ユノさんっ」
 ぱっと顔を輝かせると、アレナは友人のユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)の下に走っていく。
 ユニコルノは病気の為に地球に向かった早川 呼雪(はやかわ・こゆき)に付き添い、数か月間パラミタを離れていた。
 アレナと会うのはしばらくぶりだった。
「小さくなってしまって……可愛いです」
 近づいてきて、目を輝かせて自分を見上げるアレナを、ユニコルノはそっとなでた。
「あ、呼雪とヘル、わかります?」
「あれなちゃんひさしぶりー」
 普段の姿のままのユニコルノの側には、6歳児と化したヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)。そして……。
「あ、こゆきまた変なのにくっついてるっ」
 同じく6歳くらいの呼雪も一緒にいたのだが、ヘルが少し目を離したすきに、呼雪はキャンディスに抱き着いて、お腹の部分に顔をうずめていた。
「なんでそういうの好きなんだろ?
 かわいい……? かもしれないけど……やっぱりぼくにはちょっとわかんないや」
 ヘルはううーんと眉を寄せる。
「やわらかい」
 どうやら、感触が気に入ったらしい。
「ミーはぬいぐるみじゃないのヨ、よーじなろくりんくんなのヨ。そうだ、どうぶつくっきーたべる?」
「うん」
「呼雪」
 普段は3人の中で一番小さなユニコルノが、呼雪に近づいて彼の手をとった。
「不衛生なものに触ったり、得体のしれないものを食べたり、はっしゃぎ過ぎたり、走り回ったりしてはいけませんよ」
 そして、呼雪とヘルに注意をするのだった。
「こゆきさん、ですか?」
 ユニコルノとアレナの言葉に、呼雪はこくんと頷いた。
 そして呼雪はリュックから風呂敷を出すと、アレナに近づいて、アレナが持っている植木鉢を包んであげた。
「……ん」
 これで大丈夫、というように頷いて、アレナに差し出す。
「ありがと、です」
「それじゃ、行こうか。上の階だけど、エレベーターは病気の人に使ってもらいたいからな、階段でいくぞ!」
 康之がアレナに手を伸ばし、アレナはその手を掴んで、もう一つの手に植木鉢を提げた。
 呼雪が包んでくれたおかげで、抱えなくてももてるようになった。
「ほら、こゆき手をつないで行こう」
 ヘルは今度こそちゃんと呼雪の手を取ると、一緒に階段を上っていく。

「……あ、パンダ。どうぶつこうえんにはいなかったワヨネ」
 お留守番のキャンディスは一人楽しく、ロビーで動物クッキーをもぐもぐと食べていた。