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リアクション

 化学工学科のキャンパスで発生した事件に関わった者のうち、まだ何人かはパラミタに戻れず、地球の病院に入院していた。
 テロリストとの交渉に向かった神楽崎優子達の前に立ち、攻撃を防いでいた遠野 歌菜(とおの・かな)は、捕らえられていた伴侶の月崎 羽純(つきざき・はすみ)よりも重傷だった。
「羽純くんが早く回復して嬉しい!
 私も早く退院したいな……」
 そう思いながら、体を起こすと少し眩暈がした。
 傷は殆ど癒えているのだけれど、毒と出血の影響、身体ストレスによる体調不良が続いていた。
 最近ようやく、皆と同じ食事がとれるようになったばかりだった。
「歌菜」
「羽純くん!」
 見舞いに訪れた羽純に、歌菜は笑顔を向ける。
 彼の顔色はよく、やつれたりもしていなくて、普段通りに見えた。
 ほっとする歌菜に近づいて、羽純は荷物を置くと、彼女の背に腕を回して横にならせる。
「無理はするな」
「大丈夫だよ。走ったりは出来ないけれど、座って話すことは問題ないよ」
 歌菜はそう言うけれど、羽純は黙って首を左右に振った。
 自分を見つめる彼の目は本当に心配そうだったから。
 歌菜もそれ以上抵抗はしないで、横になったまま、羽純を見つめた。
「本当に、大丈夫だよ。私だってもうすぐ退院だし」
「……ああ」
 羽純の目が、包帯が巻かれたままの歌菜の手に向けられた。
 羽純の脳裏に、自分の下に駆け付けてくれた時の、歌菜の姿が思い浮かぶ。
 心配そうに自分を見る目。そして傷だらけの体――。
 その時、羽純は焦燥感、怒り、後悔の念に駆られていた。でも、ガスの影響で動くことさえ出来なかった。
 自分の身も顧みず、羽純達を助けようとした歌菜。
(……俺は歌菜を泣かせてばかりだ)
 羽純はその場で「有難う」と「すまない」の言葉しか出すことができなかった。
 羽純の声を聞いた彼女は、泣いていた……。

(羽純くん、やっぱり私の怪我をかなり気にしているみたい……)
 羽純はにこりともせず、無言で歌菜の側にいる。
(羽純くんを無事助けられたんだし、これくらいの怪我、何てことないのにな)
 そう思っていた歌菜だけれど、羽純から感じる空気――彼の想いに同調してあの時の事が、歌菜の脳裏にも思い浮かんでいく。
「大丈夫、体は本当に大丈夫だよ、羽純くん。今は本当に元気なの……だって、羽純くんがこうして傍にいてくれるから。
 羽純くんが捕まっていて、命が危ないって知った時。本当に怖かった。
 私だけ、羽純くんのお蔭で捕まらなくてすんで……」
 元気だと言っていた歌菜だけれど、あの時のことを思い出し、体が小刻みに震えていく。
 今まで危険な事は何度もあった。
 だけれど、武器も魔法もまともに使えなくて、羽純の状態も分からない。
 そんな事は初めてだった――。
「羽純くんを失うかもしれない。
 自分の命より何より、それが一番怖かったの……何としても助けたくて、無我夢中だった」
 震えている歌菜の手を、羽純は優しく握りしめた。
「俺はここに居る」
「うん……だから、今は隣に羽純くんがいてくれているから、幸せなの」
 歌菜は淡く微笑んだ。羽純の温もりを感じて、震えも止まっていた。
「……有難う、羽純くん」
「すまない。
 助けるつもりが、助けられて……こんな怪我を」
「どうして謝るの?
 こういう時は、有難う、だよ。
 羽純くんが、無事でよかった。有難う」
 歌菜は羽純の手を握り返して、嬉しそうに微笑んだ。
「そうだな、有難う、だな。
 ……有難う」
 羽純の顔から緊張が抜けていく。
「怪我なんてせずに、格好良く助けに行きたかったんだけどねー」
 少しおどけて歌菜がそう言うと、羽純の顔に苦笑のような笑みが浮かんだ。
「退院したら、二人で美味しい物を食べに行こう」
「そうだね! 美味しいもの、食べよう」
 歌菜は羽純の誘いにそう答えた後、ちょっと考えて。
「食べに行くのもいいけど、2人でお料理したいな」
 一緒にいる幸せと、食べる楽しみと……一緒に作る幸せも感じられるから。
 歌菜の言葉に、羽純は穏やかな顔で頷いた。
 そしてもう片方の手を歌菜の頭に伸ばして、優しくなでた。
「二人一緒に居られる今に、感謝する」
「うん」
 歌菜の表情が満面の笑みに変わった。
 2人で過ごす日常は、もうすぐ戻ってくる――。

○     ○     ○


「……っ……ここはどこ……」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、見知らぬ部屋の中にいた。
 真っ白な天井に、真っ白な壁。
 ベッドを覆うカーテンに、ブザー……。
 どうやら病室のようだ。
(なんでこんなところに……? ええっと……地球の大学に見学にいって……)
 全身に痛みがあって、起き上がることもできない。
 事故にでもあったのだろうかと、眉間に皺を寄せながら考える。
「う……痛い……」
 小さなうめき声を上げた時。
「……セレン、目を覚ました……戻ってきてくれたのね……」
 買い物袋を手に現れた人――大切な恋人の、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は涙ぐんでいた。
 セレアナは事件後、セレンフィリティがこの病院に運ばれてからずっと、つきっきりで看病をしていた。
「セレアナ……あたし、どうしたのかな?」
 不思議そうに問うセレンフィリティに、セレアナは事件のことを話して聞かせた。
 テロリストに襲われた時。
 セレンフィリティはガスを吸わされ、朦朧とした意識の中で抵抗をしたため、テロリストから暴行受けたそうだ。
 セレアナが彼女を発見した時、セレンフィリティは酷い怪我をしていた。
 発見が遅れていたら危なかったかもしれない。
「……また、心配かけちゃった……なんか……また助けられちゃったわね……」
 話を聞いたセレンフィリティは、ため息をついて呟く。
「あたし、なんだか弱くなっちゃった……」
 セレンフィリティの言葉に、セレアナはただ首を左右に振った。
 セレンは何も悪くない、というように。
「それで、セレアナと一緒に救助活動に当たった人や、ロイヤルガードの神楽崎隊長は?」
「皆無事よ。神楽崎隊長はまだ回復に時間がかかりそうだけれど、あとの皆は、殆ど退院したわ」
 優子の下に、代わる代わる見舞い客が訪れていることも、セレアナは話していく。
「この間は病室に幼児化した契約者が沢山来ていて、楽しそうだったわ」
「幼児? なんで?」
「実際は、神楽崎隊長の仲間や、友達なんだけれどね。先日、契約者の遠足が行われたのよ」
 契約者としての能力を一時的に抑える薬として、幼児化、動物化する薬が与えられ、契約者達は子供の姿で地球への遠足を楽しんだそうだ。
 セレアナがそう説明をすると。
「あたしもこんな怪我しなければ参加したかったな」
 とっても残念そうにセレンフィリティは言った。
「……セレアナの子供の頃ってどんな子だったか見てみたい」
「写真で見れるでしょ」
「生で見たいのよ生で、一緒に遊んだりできて……楽しかっただろうなあ。いいな、みんな」
 起きあがることも出来ない状態なのに、セレンフィリティの瞳は活き活きとしていた。
 そんな彼女の姿に、セレアナはほっと安堵の息をついた。
「あたしも子供の頃に戻ったら、今度はどこか別の学校へ入って青春やり直そうかな……少なくとも教導団卒業程度の学力はあるから。楽して優等生になれるし、また美少女に戻れるし」
「まったく、何を……」
 セレンフィリティの言葉に、セレアナの表情が苦笑に変わる。
「少女ではないけど、今でも十分すぎるくらい美人なのに」
「そう? あああ、でも体が動かなくて鏡を見ることもできないー」
「ふふふ、少しの辛抱よ。意識が戻れば、直ぐに回復するだろうって医者も言っていたから」
「直ぐって明日? ご飯食べたら元気になる?」
「子供のようなこといわないの。もう」
 2人は顔を合わせて笑い合った。
 そして。
「セレアナ」
 セレンフィリティがセレアナを見つめた。
「ん?」
「……助けにきてくれてありがとう」
 愛しい人の言葉に、セレアナはただ首を縦に振った。
 言葉を出したら、感極まって泣いてしまいそうだった。
 眠り続けているセレンフィリティを見ているのは、とても辛かった。
 もしこのまま、目を覚まさなかったら……と最悪なことばかり考えてしまって、怖くて仕方がなかった。
「……」
 涙をこぼしたらまた、彼女の涙も誘ってしまうかもしれないから。
 セレアナは言葉を飲み込んで、自分を落ち着かせてから。
「それじゃ、消化に良い食べ物、頂いてくるわ……大人しくしていてね」
 “もういなくならないで、お願い”
 そんな切実な想いを込めた言葉を、目を細めて言った。