リアクション
歌声が響いている。
「これ、こないだの巨人族の秘宝の歌か?」
聞き覚えのある歌にトオルが思い出した。
クリストファーは、あらかじめ皆と、どの歌を歌うかを打ち合わせていた。
クリスティーと二人で背中合わせになり、彼等自身は楽器と『咆哮』の技能で、皆の歌を一層響き渡らせる。
鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、ケイオスブレードドラゴンでアトラスの上空を旋回していたが、クリストファー達の歌が始まったのに気付き、やや高度を下げた。
「始まったか……」
歌でアトラスを鎮めると聞いた時、『空の遺跡』で巨人族の歌に触れた者ならそう考えるだろうな、と思った。
尋人自身は歌には全く自信が無いが、クリストファー達の歌をいつも聴いていて、二人の歌が好きだった。
だから、地上で二人と共に歌う天音や呼雪の姿を確認し、その他の人達の様子も見て、邪魔にならないようにと思いながら、彼等の歌に添える形で自分も歌う。
クリムゾンブレードドラゴンに乗って同様に上空から、尋人のパートナー、西条 霧神(さいじょう・きりがみ)は、歌姫達の歌声に、一生懸命について行こうとている尋人に、歌の合間に宝石キャンディーを渡す。
尋人以上に歌う機会など無い霧神だが、尋人の姿を見ていると、自然と自分も口ずさんでいた。
色々な思いが、尋人の脳裏に浮かぶ。
龍騎士カサンドロスや巨人アルゴスの死は心に重くのしかかり、失って二度と帰らない人は他にもいる。
ウゲンは何度も死に、アイシャは、そのウゲンによって作られた。
何が大事で、何を諦めるべきかを、誰が決められるのか、尋人には解らない。
それでも、助けられる命があるなら、皆で助けたいと、今は、そう思う。
クリストファーが、伴奏、或いは指揮をするように皆の歌をまとめ、呼雪が天使のレクイエムでそれを増幅する。
アトラスは、じっと動きを止めている。聴き入っているように見える。
(また会えたな、アトラス)
美羽達と共に、アトラスとイアペトス、二つの灯を掲げながら、呼雪は心の中で呼びかけ、歌い続けた。
巨人族の秘宝の歌、ファル・サラームがぱらみいに聞いた巨人族の歌、ナラカでアトラスを弔った時の、旧い鎮魂歌、そして、パラミタを思い起こさせる、数々の歌を。
心優しく、永い間大陸を支え続けてきた彼に、地上を思い出して貰えるように。
このような形でも、再びパラミタの地上に現れることが出来た彼に、少しでも地上の息吹を感じて、安らいで欲しい。
――そして、こうして今、再会出来たことの喜び。
思いはひとつでは足りない。精一杯の気持ちを、歌に込める。
アトラスにも、アイシャの気配が分かるだろうか。
アトラスとは別の方向から、大陸の崩壊を食い止め、祈りを捧げてパラミタを支えていた存在を、アトラスもきっと感じていたはず。
彼女を救いたい。多くの者の願いを、祈りを、今度は彼女に届けたい。
(……貴方にも、歌って欲しい。共に世界を支えた彼女の為に)
「アトラス――!」
今しかない。
美羽はアトラスに向かって叫ぶ。
「私達、アイシャを助ける為に来たの。
アイシャもあなたと同じように、我が身を省みず、パラミタ大陸を支えていたんだよ」
そのアイシャの命が今、尽きようとしていて、そんなアイシャを救いたいと思う人々が集まっている。
それを、どうか解って欲しい。
美羽は渾身の思いを込める。
アトラスが拳を振り上げた。
「……駄目なの……!?」
美羽は絶望を感じたが、咆哮のように空気を震わせたアトラスの声が、攻撃的なものではないことに気付き、はっと顔を上げる。
振り下ろされたそれは、魔法陣を吹き飛ばす為のものではなかった。
◇ ◇ ◇
リネン・ロスヴァイセは、火のオウガの片腕を断ち落とした。
だが、落とされた腕が更にリネンに向かって来るのを見て剣を突き立て、地に縫い付ける。
暴れる腕を力を込めて押さえつけていると、氷結効果で腕の中の炎が固まり、それに伴って、腕も動かなくなった。
リネンはすぐさま腕を踏みつけて剣を抜き、本体に向き直る。
残された腕を振り下ろした火のオウガは、リネンに躱されて地面を叩き、そして、そこで動かなくなった。
「……?」
ぼろり、と突然火のオウガの体が崩れたのを見て、攻撃の手を止めることなく、火のオウガを魔法陣に近付けない為に奮戦していた布袋
佳奈子と
エレノア・グランクルスは驚いた。
「えっ!?
どうしたの!? 倒した?」
火のオウガは、ただの溶岩の山になり、ただブスブスとくすぶり続けている。
「多分……」
エレノアは、火山の中心を見た。
遠く浮かび上がっている、アトラスの影。その動きが止まっているのを見て、全てを察する。
「アトラスを鎮めることに、成功したんだわ」
佳奈子もアトラスの影を見た。
各魔法陣の、光の帆柱が勢いを取り戻し、広がって、円になって行く。
「そっか……。よかった」
佳奈子は、ほっと息をついた。
「まだ、安心するのは早いわよ。オウガが片付いたなら、召喚の手伝いに行きましょ」
「解ってる」
気を取り直し、二人は魔法陣の場所に戻る。
凶暴さが失われ、ゆっくりと周囲を見渡すアトラスに、ぱらみいが手を振る。
それを見て穏やかな表情を見せながら、アトラスの体が、色を失っていく。
大地に還って行くアトラスの影に、クリストファー達は感謝の歌を捧げた。
やがてこの火山が活動を終えれば、アトラスの力の片鱗も消えて行くのだろう。
全てが消える前に、永い間大陸を支えてくれた感謝の気持ちを伝えたい。
大地に溶け込むように消え行く寸前、アトラスが静かに微笑んだのを、見送る者達は確かに見た。
「騒がせてごめんなさい。今度こそ静かに眠ってください……」
ほっと息をつく尋人に、霧神が
「お疲れ様でした」
と労う。
「戻りましたら、皆さんに喉に良いハーブティーを用意しましょう」
「有難う」
尋人は礼を言って、霧神から渡されたキャンディーを頬張る。
各魔法陣が、光によって繋がった。
ぶわ、と一瞬光が広がって、ぐん、と持ち上がるような感覚の後、光が大地に吸い込まれて消える。
魔法陣のみが光を帯び続け、そうして召喚主達は、召喚が成功したことを感じ取った。
「やりましたぁ」
玉の汗を浮かべながら、ほっとする千返
ナオに、
「まだだよ」
と
エドゥアルトが言った。
「中に行った皆が戻るまで、この状態を維持してなくちゃならないからね」
「もう少し頑張ろう、ナオ」
「はいっ」
三人は、改めて手を繋ぎなおす。
「皆、あとは任せるよ」
発動した場の召喚状態を維持させる為、精神を集中しながらレキは、内部へ向かう者達に後を託す。
「絶対に、成功するって信じてる!」