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思い出のサマー

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思い出のサマー
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●サバイブ・ザ・サバイバー

 燃えたぎる太陽はそのままに、舞台は、パラミタ内海のとある島に移る。
 サバイバル。
 その島にテーマを与えるならきっとこれになる。
 なにせ北は草原で巨大な野牛がいて、南は砂浜で巨大イカ、東は森で巨大蜂が棲息するという過酷な地であるのだから。
 なお西は盆地だが、ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)はその安全地帯は選ばず、北方の草原に上陸していた。
「三年半ぶりか……」
 ふう、となだらかな丘陵を駆け登ってハイコドは額の汗を拭った。
 あのとき、つまり以前ここでサバイバル生活をしたときは、まだ彼も弱く、道具系も一つしか持ち込めなかった。
 たった一頭の老いた野牛を仕留めるのに、八人がかりだった。
 だが今は、違う。
 あまたの戦場をかけぬけ、生と死のシーソーゲームを何度もくぐりぬけ、死闘激闘それこそ山のように経験した今のハイコドは、すでに一人前の戦士だ。古兵(ベテラン)といっていい。
 そうして、今の体でこの島に来ればどうなるか、確かめるためこうして上陸を果たしたのである。
「さて、サバイバル頑張りますか」
 と言ってパンパン手をはたきながら立ち上がったのは、ハイコドのパートナー藍華 信(あいか・しん)だ。地獄の釜の底にいるようなこの熱気に包まれながらも、信なんとも涼やかな顔をしている。
 二人は丘をくだって歩き出した
「まずは燃料と食料の確保だ」
 肩を回しながらハイコドは言った。
「あの頃とは動植物の棲息地図も変わっている状況があるが……」
 このときハイコドの視界の先に、なにか黒いものが動くのが見えた。
「いや、そうでもなさそうだ」
 地平線が見えるほどの、まっすぐな草原の向こうだ。
 バイソン、と言ったらいいだろうか。つまり野牛である。
 まあ、タンクローリーほどのサイズがある野牛をバイソンの仲間に入れるべきかは大いに迷うところではあるが!
 野牛は興奮していた。この距離からでもわかった。こめかみに血管を浮き立たせているであろうことが想像できる。
 その証拠に、バイソンは大きな岩を後ろ蹴りに蹴り飛ばして弾みとすると、大砲のような勢いでこちらに突進してきたのである!
 つぶされればひとたまりもないだろう。猛牛は怒濤の鼻息で天を焦がし、地面を踏み砕くその脚力で、マグニチュード7級の地震を発生させた。
「おー、変わらずドでかいことで」
 信はのんきな口調でそんなことを言っている。だが、
「やべ、気づかれた。さっさと逃げるぞ」
 ハイコドは足をもつれさせて逃げ出した。哀れっぽく両手で頭を覆っている。
 それを見て突進をやめるような野牛ではない。むしろこれでますますいきり立ったかのように爆走する。
 猛追。それはまるで、大津波が小屋を呑み込むときのよう。
「……と、見せかけて」
 ハイコドの口が笑み崩れた。
 野牛がハイコドをとらえ踏みつぶした……そう見えたときには既に、ハイコドの姿ははるか上空にあった。
 ほんの一跳び。
 そこから彼はシャッと触手を伸ばしてワイヤーのように野牛の首に巻き付け、首が千切れるほどの勢いで締め上げた。
 繰り返すがタンクローリー級の野牛である。
 それが、牛からすれば豆粒ほどの大きさのハイコドに締め上げられてたまらず、地響き立ててどうと横倒しに倒れた。
 すでに事切れていた。
「って、おい? こんなデカいの確保しても俺たちじゃ食いきれないだろ?」
 やれやれ、という調子で信が言う。彼はいつの間にか牛の胴の上に乗っていた。
「まあ、不可抗力だ」
 と言ったときにはもう、ハイコドの触手は収まって姿を消している。
「お前の触手、進化したというかときどき心配になるほどだな」
「そうか?」
 と言いながら無造作にハイコドは頭上まっすぐに手を伸ばした。
 否や、延ばしたのは触手だ。
 カメレオンの舌のように、しぱっ、と触手は空中の、今まさに彼らの頭上を横切ろうとしていた鳥を捕まえていた。このとき触手は髪の毛ほどの細さだった。
 カモメに似ているが、もっとずっと太った鳥だった。
 鳥は自分が死んだことにも気がついていないだろう。
 あっという間に首を落とされ、ぼとっとハイコドの足元に落下している。
「よし、こいつのモツを取って血抜きすれば、とりあえずディナーには充分だ」
「なあ、やっぱりお前の触手、すごいことになってないか? 飲まれたりするなよ?」
「まさか」
 などと笑って、ハイコドは触手を出し入れしている。ちょうど、子どもが遊ぶ紙笛のように。
 そこからハイコドは裳之黒をまとって飛んで、一気に草原の草を刈ってしまった。これを燃料や寝床として使うのだ。
「さて休むにしても、野牛が寄ってきちゃかなわないからな」
 言いながら彼は手近な野牛(もちろんこれもコンボイと言いたいほどのサイズである)を見つけると、脳天を打って捕獲し、さんざんに怒らせてから放した。
 野牛は力の差を思い知り、もうハイコドには襲いかかってこないだろう。だがやり場のない怒りを、他の野牛にぶつけるに相違ない。野牛同士ケンカしていてくれれば、しばらくは静かに過ごせるという計算だ。
「なんていうか……大陸級のアイデアだな」
 信は呆れ半分、感嘆半分といった口調であった。
 火術で火をおこして鳥を焼く。棒に突き刺して、ぐるぐると丸焼きにする。
「鳥、美味いな」
「うん、油の乗ったいい鳥だ」
 男二人だマナーはいらぬ。手づかみで手をベタベタにさせながら、柔らかい肉にかぶりつく。握る手のところから肉汁があふれしたたって、ぼたぼたと大地に落ちた。
 肉は良く焼けていてほのかな甘味がある。筋がほとんどないのもいい。どんな焼き鳥屋だって、これほどの肉は出せないだろう。
「そういえば信」
 唐突にハイコドが言った。
「前にここ来たときは、まだ一人称が『ワタシ』だったよな」
「だー、昔のことは言うな!」
 信は仰天したようで、手にしたモモ肉を落としそうになった。負けじと言う。
「そういうお前だってあのときまだ義手やら触手やらなかったろ! あと一人称も『僕』だったな!」
「……変われば変わるもんだ」
「まったくだ」
 バリッと皮を噛み千切り、ハイコドは青い空を見上げた。
「あれから随分たった……ここでソラに告白されて恋人になって、今じゃ父親か」
「そうだな。お前の子供が育ったらこの島に投げ込めばいい、きっと鍛えられる」
「馬鹿野郎! 可愛い我が子をこんなところに行かせれるか!」
 声高に言って肉の残りを口に放り込むと、腕組してハイコドは言う。
「あの子たちは戦いを知らない世界で生きてほしいさ」
 と豪語するがハイコドはまだ知らない。将来息子は格闘忍者、娘は双剣使いになるということを。
 彼らは野牛の一部も平らげた。といっても肉の一部だけだ。
「……で、ちょっと前にも言ったがこの野牛、どうすんだ?」
「このへんは夜になると、豹や狼、山猫がざっと百単位でやってくる。覚えてるか?」
「全部人間サイズはあるやつな」
 まるでその言葉を待っていたかのように、暮れゆく夕陽を背に、野獣たちがぞろぞろと姿を見せ始めた。どうやら最初の客は狼の集団のようだ。
「裳之黒、交渉は任せた」
 ハイコドの言葉に応じて、彼の影から体長三メートルはある巨大な黒い狼が現れた。
「これは島の滞在料ってやつさ。野牛と引き替えに、ここにいる許可をもらう」
「ああ、なるほどね。こいつらのために野牛を取ったのか。豹はともかく、狼はお前にとって家族だからな」
 王者の風格をまといながら、黒い狼は野生の狼に近付いていった。
 やがてハイコドは親指を立てた。
 交渉が成立したのだ。
 狼たちはハイコドにも信にも手を出してこない。ただ、一族郎党で仲良く野牛肉のパーティをしている様子である。彼らが一種の防壁になって、他の猛獣は寄ってこない。
「さて、すっかり暗くなったな」
 満点の星空を見上げながら、ハイコドは大の字になって草原に寝そべった。
 草の匂いがする。懐かしい薫りが。
「夜の散歩といくか、それとももう寝てしまうか」
「さあなあ」
 その横でやはり寝そべり、信は深呼吸した。
「ま、気が向いたらってことにするか。予定を決める必要はない」
「だな。サバイバルなんだから」
 明日はどうすごそう。
 明後日はどこを探検しよう。
 そんなことを考えているうち、ハイコドのまぶたは重くなってきた。