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思い出のサマー

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思い出のサマー
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●スプラッシュヘブン物語(9)

 真夏のプールの思い出作りは、泳いで遊んで、ばかりではない。
 額に汗して働くのも、立派な思いで作りだといっていいだろう。
「こんな夏の季節、今が稼ぎどき!」
 神条 和麻(しんじょう・かずま)が本日、スプラッシュヘブンで営んでいるのは、真夏に嬉しい氷の贈り物、すなわち、かき氷屋であった。
「カズ兄、大繁盛なのです! もう、だーーーい繁盛、って感じなのです!」
 エリス・スカーレット(えりす・すかーれっと)は文字通り、嬉しい悲鳴を上げている。
 もちろん、山ほどグルメスポットのあるスプラッシュヘブンだから、かき氷を売るスタンドもほうぼうにある。ライバルは多数、それでも、和麻の店の売り上げは他に抜きんでていた。
 理由は明確には分からないが、その一つが、和麻の熱心さにあるといっていいだろうか。
 他の店はせいぜいアルバイト店員がマニュアル通り仕事をこなすだけなのだが、和麻は違う。
 男の子の客には、
「よし、坊や元気がいいからおまけしちゃおう!」
 と氷とシロップを増量、記念撮影しようとしているが、ちょうどセルフタイマーをしかける場所が見あたらないカップルには、
「カメラのシャッター? 押す押す」
 と店をエリスに預けて、飛んで行って手を貸し、新婚さんには、
「そうか−、新婚さんとあれば、おまけせざるを得ないな」
 と気をきかせる。
 こんな、一見利益度外視、けれどサービス精神旺盛なところが、結果として繁盛につながっているのである。
 加えて、
「いらっしゃいませなのです!」
 と明るく笑顔を振りまく看板娘エリスの愛想の良さ、
「はい、二個追加ですか。こちらに。では原料の氷も補充しましょうね」
 というように無駄なく働くマリアベル・アウローラ(まりあべる・あうろーら)の手際のよさ、
 これらが三位一体となって、店の繁盛に結実しているのだった。
 売り上げ集計が楽しみだ。ちょっとすごいことになっているかもしれない。
 めまぐるしい昼時が過ぎ、ようやく小康状態が訪れた。
 ここであらためて、エリスはマリアベルに頭を下げた。
「マリアお姉ちゃん、手伝ってくれてありがとうなのです」
「いえ、エリスも手伝っているようですし……まあ不本意といえば不本意なのですが、やってみるとそれなりに充実感はあるような気もします」
「そろそろ……だよね」
 エリスはクスッと笑った。
「そうですね」
 マリアベルは涼しい顔をしているが、ほんのわずか口元を緩めた。
「マリアお姉ちゃんも喜んでくれてるの?」
「さて……」
 曖昧な口調でマリアベルはそれ以上語らない。
 だが、彼女も待っているのは事実だ。その時を。
 このとき、ちょうど客が途切れたこともあって、和麻は手を止め、行き交う人々を眺めていた。
 ――本音を言えば……。
 ため息が出そうになるが、こらえる。
 ――本音を言えば、ルシアと一緒に楽しみたかった。
 でも今日は、稼ぐためにきたんじゃないかと我が身に言いきかせる。人間、諦めが肝心ということもある。
 このとき目の前に誰か立っているのに気がついて、和麻は反射的に笑顔になって、
「いらっしゃいませ! お味はなにを……」
 ここで言葉が消失してしまった。
 呆然、目が丸くなってしまう。
 目の前で豚が木に登ったところで、和麻はこれほど驚かなかっただろう。
「来ちゃった」
 えへへ、とでも言いたげな笑顔とともに、ルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)が立っていたのである。
「これが地球のプールというものね! 『pool』には『賭け金』という意味もあるから、ここのどこかに地下カジノがあったりするのかしら?」
 ルシアの水着は、トレードマークの緑と白をたくみに配色した白と緑のサロペット水着だ。ビキニではないが、胸のところはさりげなく強調されており、くっきりした彼女の瞳の色にもよく映えた。
「いや、スプラッシュヘブンは本当にただのプール施設で、そんなアンダーグラウンドなものはないだろう……ってそうじゃなくて!」
 真顔でルシアの言葉に応えかけて、和麻は突然現実世界に意識を戻した。
「会えて嬉しい! でも、どうしてここに!?」
「ふふ……じつはズ兄に内緒でこっそりとルシアさんをお呼びしたのです」
 エリスはピースサインを作って笑った。
「ええっ!? まさかマリアも知ってた?」
 マリアベルはさすがにピースサインはしないが、軽くうなずいた。
「エリスの計画は事前に聞いていましたわ。では、行ってらっしゃい」
「お店の方は私たちに任せて、カズ兄にはおもいっきり楽しんできてもらいたいのです!」
 もう今日は何度、驚けば足りるというのか、
「いいのか!?」
「もちろんなのです!」
「私は最初から、そのつもりで手伝いに来ておりますから」
 エリスもマリアベルも即答だ。ついでにマリアベルは、
「はい、これが和麻の着替えとタオルと水着のセットですわ」
 と言って和麻にビーチバッグを手渡したのである。
 なにからなにまで、計画されていたというわけだ。もうこうなっては和麻も、素直に従うしかないだろう。
 ――思ったよりも、エリスたちに心配されていたんだな。俺とルシアのこと……。
「じゃあ好意に甘えて、ルシアと楽しんでくるよ」
「やった!」
 と無邪気にルシアは、和麻の腕に自分の腕を絡めた。
「え……あ……いいのか……?」
 しかしルシアは屈託がない。
「だって私たち、『これからもずっと一緒にいる』って約束だったでしょ? このほうが離れなくていいと思うわ」
 と言ってもう、和麻の腕を引いて歩き出している。
「二人ともありがとね! いっぱい遊んでくるから!」
「で、ではそういうことで……」
 ルシアにリードされつつ和麻はエリスとマリアベルに手を振った。
「今日のこと、私、ずっと楽しみにしてたの。波の出るプールとかウォータースライダーとか地下カジノとか!」
「いやだから地下カジノはないって……」
 苦笑しながらも、そんなルシアといられるのはやはり嬉しい和麻である。妙に常識外れなところのあるルシアだが、それがまた、可愛い――もう和麻の心は、今日の日をルシアとどう過ごすかということでいっぱいだ。
 二人を見送ってエリスは腰に手を当てた。
「カズ兄とルシアさん、恋人のようなそうでないような微妙な関係なのですから、私としてはもっと仲良くなってほしいのです」
 これがそのきっかけになればいいのだが。
 一方、やれやれ、というようにマリアベルは首をすくめている。
「私は、和麻とルシアさんの仲にはあまり興味はありませんが……まあ、後で皮肉を言うネタにはなるでしょう」
 それは本心なのか、冗談なのか、マリアベルは謎めいた微笑を浮かべるばかりである。
 
 プールサイドをゆくたくさんの花々。
 それが水着姿の女性たちである。
 そんななか、人々の目を惹かずにはおれない二輪の花が、泉 小夜子(いずみ・さよこ)泉 美緒(いずみ・みお)であることは誰にも否定しえまい。
 小夜子の水着は色っぽい紫の三角ビキニ、胸が布地から少しはみでるくらいのギリギリの布面積だ。妖艶という言葉がよく似合う。
 その配偶者美緒は、白いビキニで、こちらは可憐というのがよかろうか。コルセット風の編み上げ衣装の背中が、なんとも上品かつセクシーだ。
 ふたりは一通りプールを楽しむと、早々にシャワーを浴びて付設のホテルの部屋へと入った。
 同じスプラッシュヘブンの敷地内なので、水着のまま入ることもできる。
 部屋はスイートルーム、ちょっと値段は高めだが、個室のマッサージルームが付いているゆえここを選んだ。
 ベージュ色の内装の部屋に、なだれこむようにしてふたりは入る。
「誰か入ってきたら困るし鍵掛けましょ」
 そう言って小夜子は、わざとらしくマッサージルームの錠を下ろした。
 ここだってホテル室内の一部なのだから、本当はわざわざそんなことをする必要はない。だがあえてそうしたのは、『鍵をかける』という行動そのものが、どこか背徳的な香りを帯びるのを知っているからだ。
 美緒はそのことをすでに悟っていて、ルームがロックされた音を聞くなり、もう頬を薄桃色に染めている。
「さあ、うつ伏せになって……」
 得物を品定めする雌豹のような流し目で、小夜子は美緒をマッサージ台へと誘った。
 水着姿の美緒がうつ伏せになる。彼女の豊かな胸は、台からこぼれ落ちそうだ。
「さすが高級スイート。エステ用のローションもありますね。使わせてもらいましょうか」
 やや芝居がかった口調で言いながら、するすると小夜子は、美緒の背の編み上げ紐を解いていく。
「でははじめましょう」
 婚姻の誓いを交わした同士、遠慮することはない。
 小夜子はローションを手にとると、美緒の首から足まで順に、丁寧に塗っていく。
 同時に、泳いだ疲れを取るべく、優しくマッサージを施していく。
「さあ、力を抜いて……」
「は、はい……」
 いつだって美緒の反応は初々しい。それが小夜子の気持ちを、否応なくかきたてる。
 小夜子は格闘家、武医同術の知識は豊富だ。だから所見の女性であっても、どこを重点的にマッサージしていけばいいかはすぐにわかる。
 ましてやそれが配偶者、互いの体を知り尽くした美緒であればなおさらだ。
 どこが凝りやすいか。
 どこが感じやすいか。
「私はよく分かっていますわ」
 小夜子はつぶやいた。その言葉が美緒に届いているかは、正直怪しい。
 なぜなら美緒の敏感な体は、小夜子の指の動きすべてに反応し、びくびくと震え始めているから。じっくりと話を聞く体勢とはいえまい。
「美緒は気持ちよさそうね? 我慢しなくていいのですよ?」
「あ、はい……あぁっ」
 それにしても柔らかい美緒の肌だ。小夜子の手に吸い付くよう。
 愛し合いはじめたころ、まだ美緒は蕾のようだった。硬く、冷えていた。
 それがもう、いまでは数分もせぬうち、こんなにも柔らかく、熱くなっている。
「凝りもほぐれたようですわね……」
「はい、もう、とっても」
 でしたら……と、悪戯っぽく、小夜子は美緒のヒップなど、敏感な部分も手を這わせてみたりする。するとまるで電気が走ったように、美緒の体は大きく反応するのだ。
「あら、ごめんね美緒。あまりに可愛い反応だから思わず我慢できなくなっちゃったわ」
 小夜子は優しく美緒を仰向けにして、愛おしいあの場所、つまり彼女の可愛い唇に、蜜を吸いに来る揚羽蝶のようにして口付けした。
「んっ……んんっ」
 美緒はもうなすがままだ。でも、本番はこれから。
「マッサージはまだ終わってませんよ?」
 小夜子はくすりと微笑んで、さらにローションを垂らした。
 透明の液体が、美緒の胸に、太股にしたたり落ちる。
「美緒、可愛くて素敵よ」
 もうたまらなくなって、小夜子は自身もローションまみれになるのにも構わず、美緒の体を抱きすくめた。
 ――美緒、愛しい美緒、私の、大切な人。
 まだ陽は高い。明日まで、二人だけの天国(ヘブン)でたっぷりと楽しもう。