校長室
【四州島記 外伝 ニ】 ~四州島の未来~
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【西暦2024年 11月下旬】 〜闘舞、世界へ〜 「まぁ、そうですか。ご結婚されて、しかもお子様まで……。おめでとうございます、千代さん」 「おめでとうございます」 夫、広城 豊雄(こうじょう・とよたけ)の大統領就任に伴い、図らずも大統領夫人という大役を担う事になった春日(かすが)と、その息子にして東野共和国首相広城 雄信(こうじょう・たけのぶ)は、揃って御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)とセシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)に祝賀を述べた。 今年の6月に結婚したばかりの千代とセシルは、新婚旅行に、四州を選んだ。 8月1日の晩餐会に招待されていた千代は、それに合わせて新婚旅行とする予定だったが、妊娠している事がわかり、大事を取って延期したのである。 しかしそのお陰と言うべきか、四州の美しい紅葉を満喫する事が出来て、千代もセシルも大変満足していた。 四州の四季の移ろいが美しいのは、北の白峰輝姫(しらみねのてるひめ』と南の火山との力のバランスが、上手く取れている証拠である。 「6ヶ月くらいまでは一番気をつけないといけない時期ですから、くれぐれも無理をせず、お身体を大切にして下さい」 「はい。お気遣い、有難うございます」 春日の心のこもった言葉が、千代の心にしみた。 初産で、しかも高齢出産になる千代にとっては、今回の妊娠は嬉しい半面、また不安な側面もある。 そんな千代にとっては、一児の母である春日の気遣いと助言が、とても有難い。 今回の四州への旅行の目的の一つが、春日との再会であった。 『景継の災い』において、雄信が首塚大神(くびづかのおおかみ)に憑依されていた、春日にとって一番辛い時期に、千代は春日の側にいなかった。 その事を内心悔いていた千代は、「春日に嫌われてはいないだろうか」と心配していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。 四人は、千代が手土産に持参した『ベリアル堂のプルプルプリン』をお茶請けに、よもやま話に花を咲かせた。 『景継の災い』が話題となった時は、主にセシルが質問し、他の3人が語り部となった。 話が子育てに及んだ際には、雄信ですら知らなかったような苦労話を春日が披露し、雄信が号泣して春日に頭を下げ、千代とセシルがもらい泣きするという一幕もあった。 母親になる心構えを訊ねる千代に、春日の返した「子供を愛し抜く事。子供を信じ続ける事」という言葉は、千代の胸を強く打った。 「昨日、千代と闘舞の試合を見たんだが――あれは、素晴らしかった」 その内、セシルが闘舞(とうぶ)の話を始めた。 闘舞というのは、東野の中でも提唯(ていい)という街にのみ伝わる、日本舞踊と相撲と合気道をミックスしたような、女性にのみ習得が許される武術である。 「あの芸術を、小さな街に閉じ込めておくのは、世界にとって大きな損害だ」 セシルの手には、千代の扇子がある。 千代が、闘舞の練習に使っていたものだ。 「俺は、こういう方面にさほど造詣が深くはないが、その俺ですら、そう感じた。なぁ、春日さん。闘舞の美、広い世界へ披露してみる気はないか?」 「世界中……ですか?」 いきなり「世界中」と言われても、四州しか知らない春日には、今一つ実感がわかない。 「そうだ。世界中に、テレビ放送するんだ。テレビは、もう見ただろう?あのテレビで、闘舞を放送するんだ。パラミタはもちろん、地球へも配信していきたい。必要な設備や機械は、俺が用意する。なんなら俺の空団に闘舞の舞手を乗せて、巡業に出てもいい。そうして、あちこちまわって宣伝すれば、きっと大人気になる」 セシルは、熱っぽく説いた。 「空団というのは?」 今度は、雄信が口を挟んだ。 「俺は、『自由空団エル・ソレイユ』の頭領をやっている」 セシルは、太陽の徽章をあしらった、自分の真紅軍服を示す。 「エル・ソレイユには、『神に代わって戦い、その戦いを奉納舞として捧げる』という『神楽戦隊』という一団がある。そのリーダーは、かつてロイヤルバレエ団で稀代のプリンシパルと呼ばれ、常に至高の舞を求めているような人間だ。あいつなら、きっと闘舞きっての舞手になれる」 そこまで一息に言うと、セシルはガバっと、畳に両手をついた。 「頼む。俺たちも、この島の発展に協力したいんだ!俺達エル・ソレイユは空団といっても、怪しげな空賊じゃあない。教導団とも協力関係にあるし、色々と役立つこともあるだろう。なんなら、ここに永住しても構わない。どうか手伝わせてくれ!! 畳に額を擦りつけんばかりに、頭を下げるセシル。 「頭をお上げ下さい、セシル様」 いきなり頭を下げられて、春日はすっかり動揺している。 「そのように言われましても、私には何の力もありません。ただ、昔闘舞を嗜んでいたというだけの事」 「あなたは昔、闘舞の名手として名を馳せたと聞いている。そしてあなたのご主人は、四州連邦の大統領だ。あなたが、豊雄殿に話を通してくれれば、きっと上手く行く。春日さん。あなたから、ご主人に話をしてみてはくれないだろうか?」 「そういう事なら、私が直接聞こう」 廊下から威厳のある声がして、部屋の襖がガラリと開く。 「父上!」 「あなた……!」 そこに立っていたのは、広城豊雄その人だ。 「済まない。悪気は無かったのだが、だいぶ熱が入っていたようだったので、話の腰を折ってもと思ってな。立ち聞きさせてもらった」 そう言いながら豊雄は、悠揚と座についた。 「セシル殿。貴殿の言いたい事は、よく分かった。私からも、是非お願いしたい」 「豊雄殿、それでは――!」 「そういう事であれば一度、御上殿に相談するのが良かろう。御上殿は、四州の文教総監だ。四州独自の文化である闘舞を広宣したいというのであれば、御上殿の職掌となる。あの御仁に相談すれば、間違いはない。無論、私や春日に出来る事があれば、なんなりと協力させてもらう」 「あ、有難う、豊雄殿!」 「いや、礼を言うのは私の方だ」 豊雄は、セシルの手を取り、頭を下げた。 「よくぞそこまで、我が国の闘舞に惚れ込んでくれた。東野の民として、そして闘舞の舞手を妻に持つ男として、これ以上嬉しい事はない」 「豊雄殿――!」 思いもよらない豊雄の言葉に、セシルの顔にさあっと血が上った。 小なりとはいえ、一国の大統領に、しかも豊雄ほどの人物にここまで言われて、誉れに思わねば男ではない。 「そうそう、セシル殿。先程の、『島に移り住んでも良い』という話、あれは真であろうか」 「も、勿論!」 「聞いたか、春日。良かったな。これからは、いつでも千代殿と茶が飲めるぞ」 「はい。これ以上嬉しい事はございません――よろしくお願いしますね、千代さん」 「ハイ!」 千代としても、春日が側にいてくれるのは心強い。 「セシル殿も、これからは、気楽に会いに来てくだされ」 「有難うございます。これから、よろしくお願いします」 どうやらセシルも豊雄も、相手の事が気に入ったようだ。 (やっぱり、東野に来て良かった――!) 千代は、心の底からそう思った。