校長室
建国の絆第2部 第3回/全4回
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砕音との会談 4 一通り会談が終わると、鈴子は白輝精に礼を述べた。 「貴重なお話をありがとうございました。……なんだか、あなたとは初めて会ったような気がしませんわ」 「あら、こんな美人の団長さんにそんな事を言われるなんて光栄だわ」 ヘルローズに似ている、と口には出さなかった鈴子に白輝精は素知らぬ顔をして笑ってみせた。 「実に良き会談でした」 いんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)はそう褒めた後、そこで、とアーデルハイトに切り出した。 「今回得た情報を冊子にまとめて、各学校にお配りしませんか? たとえ目からウロコな情報を手に入れても、各学校に広まらなければ意味がありません」 ちょうど会談も録音されていることですし、とぽに夫は円の機材を指した。 「いあ、いあ、今こそイルミンスールの情報収集力を他の学校に示す時です。百合園の皆さんにもご賛同いただけるはず!」 「冊子のう……」 考える様子のアーデルハイトに、波羅蜜多ビジネス新書 ネクロノミコン(ぱらみたびじねすしんしょ・ねくろのみこん)がヒヒヒッと笑う。 「『十二星華のことだけではなく、失われた知識を補う情報収集は世界樹を育てたイルミンスールがふさわしい』とは以前のアーデルハイト様のお言葉です。神子と女王はまさに失われた知識ではございませんか? これを広めてこそのイルミンスールでございます」 「ふむ。そう言われればそうじゃのう。しかし百合園はどう考える?」 アーデルハイトが、ラズィーヤとつながっているマイクへと問いかけるのに、ネクロノミコンも口添えする。 「各学校が新たな知見を得ることができれば、闇龍に対しても力を合わせて正しい対策ができることでしょう。百合園の皆様にもご賛同いただけると信じております」 「まあ隠し立てするようなことでもありませんわね。そちらでまとめるというのなら、反対する理由はありませんわ」 「では早速まとめさせていただきます。皆様に喜ばれるおまけもつけて刷るとしましょう」 恭しく頭を下げるぽに夫の脳裏に、冊子につけるおまけ……『おとこのこうちょう! 2020〜戦国野球編』の構想が繰り広げられているとは、その時の誰も知ることはなかった……。 そんな会話の後、砕音もアーデルハイトとラズィーヤに向けて、頼み事を切り出した。 「情報開示した代わりに、という訳ではありませんが、私にもラズィーヤ様、アーデルハイト様にお願いしたい事がございます。ご返事いただくのは、ジークリンデ様の無罪が明らかになり、教導団や蒼空学園が態度を改めた後でかまいません」 「わたくしに頼み事とは何でしょう?」 「何じゃ? 大仰に」 「セレスティアーナ──鏖殺寺院の長アズールを名乗り、偽アズールとも呼ばれている少女ですが、彼女をヴァイシャリーかイルミンスールの森で保護してはいただけないでしょうか? または、条件さえ整っているのならば、パラ実に任せられないか、口利きをお願いいたします」 砕音の頼みへの返答は、ラズィーヤ、アーデルハイト共に、『考えておく』だった。 ここで約束してしまえば、鏖殺寺院側と取引したとして問題になる。砕音もそれは心得ている。 「よろしく検討を願います」 それだけを言って、頭を垂れた。 会談が無事に終わると、白輝精はお疲れ様と皆に声をかけた。 「せっかく温泉があるんだから、良かったら堪能していってちょうだい。飲み物と軽食も用意させてあるわ。帰りはザンスカールとヴァイシャリーに送ればいいのかしら?」 他にどうしても希望があれば、別の場所でも構わない、と白輝精は機嫌良く言った。 会談を終えた皆が思い思いに散ってゆく中、いちるは砕音へと近づいた。 「前に助けてくれた小さなおじさんは砕音先生だったんですね……。あの時はありがとうございました」 礼を言われた砕音は、 「いや、怪我がなくてよかった」 と答えた。その様子に他意はなさそうだったけれど、いちるに警戒心がない代わりに、とパートナーのエルセリア・シュマリエ(えるせりあ・しゅまりえ)は砕音に不審の目を注ぎ続けた。いちるに嫌われたとしても、守ることを優先したい。その思いをこめて。 「あの時聞かされた話がずっと気になっていたんです。私が託された聖冠……あれを返すべき人のことを教えていただけますか?」 アーデルハイトに聖冠の話を伝えたら、気になっている様子だった。いちる自身も気になっていたことを、砕音に直接尋ねる機会ができたのは嬉しい。 「聖冠は、女王が自分の次に王冠を託せる者に渡そうとしていたそうだ。といっても、少女時代の冠だから実際の権力どうこうでなく、思い出の品を信頼のおける人物に、絆の証しとして贈った物、だな」 砕音の語る話をいちるはしっかりと焼き付けるようにして聞いた。 「ただ……本人の手に渡る前に、あの冠は渡せない状況になってしまったんだ。渡されるはずだった人物は、それで女王から見捨てられたように感じてしまったんだと思う」 「見捨てられた……?」 「ああ。きっと深く絶望したに違いない」 僅かに眇めた目で砕音が考えているのは誰のことか。聖冠……次に託せる者……思い出の品……届かなかった絆の証……深い絶望……。 受け取るべきだった相手の名を砕音が口にすることは無かった。代わりにいちるに約束する。 「それを渡すのに危険が伴うようなら、俺も協力しよう」 「はい……」 自分の託されたものの重みを思い、いちるは掠れそうになる声を励まして肯くのだった。