空京

校長室

建国の絆第2部 第3回/全4回

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建国の絆第2部 第3回/全4回
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リアクション



二つの決着

 結からエンプティやモンスターたちを引き剥がしつつ、所定のポイントへ追い込む――その作戦は概ね巧く進行していると云えた。
「かなりの犠牲を払わされたけどね……」
 香取 翔子(かとり・しょうこ)は高台でドラゴンキラー作戦用の銃を構えながら、小さく呟いた。
 一拍の後、結がポイントに現れる。が、しかし――
 結を追いたてるように斬りかかっていた教導団員が、唐突に吹っ飛んだ。
「ジークリンデ様の同胞である児玉さんは理子様親衛隊が守ります!」
 高らかに宣言しながら姿を現したのはアシュレイ・ビジョルド(あしゅれい・びじょるど)。光学迷彩で隠れながら結の元へ近付いていたらしい。
 そして、悪いタイミングというのは重なる。
 戦場から少し離れた場所でダークヴァルキリーやジークリンデ、関羽などを警戒していたアルフレート・ブッセ(あるふれーと・ぶっせ)の声が無線に乗った。
 電波の乱れによる激しいノイズの中で――
『関羽と思しき影の接近を確認』
 赤兎馬が視認できる距離に表れたのだとすれば、もう数秒も間は無いだろう。
 翔子は無線に向かって、
「クレーメック」
『分かっている――だが、好機は今しかない。決行する』
 そのクレーメックの声をきっかけにして、翔子は耳に込めたイヤフォンに流れる時報の音粒を数えた。あらかじめ打ち合わせてあった数で引き金を引く。別所のクレーメックの発射と寸分違わぬタイミングで放たれる特製の弾丸。


 と――
「赤兎馬さん、あそこであります!! 自分を踏み台に!」
 光学迷彩で隠れ、クレーメックの位置を探り当てていたゆるやか 戦車(ゆるやか・せんしゃ)は叫んでいた。
 凄まじいスピードで迫っていた赤兎馬が跳び、関羽・雲長(かんう・うんちょう)の槍がクレーメックの弾丸を防ぐ。
 一方――翔子の弾丸は結の体に着弾していた。
「児玉さん!?」
「ぃ、ぎっ――」
 結が頭を抱えながら大きく痙攣し、地面に膝を付く。頭を掻き毟るようにした彼女の顔の皮がズルリとめくり上げられ、覗いた巨大な口。エンプティに似た怪物の顔が顎を引きつり開きながら、呪詛のような呻きをあげ悶える。その姿からは、彼女が幸福感を感じているようにはとても見えなかった。
 そして――怪物に改造されていた彼女に薬は効かなかったらしい。彼女は数秒ほど苦しみ続け、身体を様々に折り曲げた後、ふらり、と、その醜悪な顔を上げた。
「……今のが……なに? 例のとくせーのヤツ? ヒヒ……全然、ヒハハ……どこが、これの、どこが……幸せだって? ア? ッザケてんじゃねぇよ!! 嘘吐きども!! ただ、キマクを、ぶっつぶしたい、だけッ! また――嘘! 嘘嘘嘘ばっか!! カイブツは、あんたらじゃねぇーか!!」
 彼女の懐から転がり落ちたスフィアの色は闇に染まっていた。


「――遅かったようですね……」
 関羽と共に行動していたルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)は、表情を厳しくしかめた。
 オブジェラ・クアス・アトルータ(おぶじぇらくあす・あとるーた)がワンドを片手に、ドラゴンキラー作戦を行っていた教導団員たちの方へと視線を強め、
「せめてこれ以上、状況を悪化させないようにしないと」 
 言って、彼女は志を同じくする者ら数人と共に、結を守るように展開していく。
 ルディは結の方を見やり、表情の淀みを濃くした。結の様子からは激しい怒りと絶望の気配が色濃く感じられていた。
(やはり、ドラゴンキラー作戦は……)
 おそらく金団長もそれを感じていた。しかし、建国後の地球からの強い介入を考えれば、現段階で立場的に表立った反逆を行うことは出来ない。だからこそ、表向きは本作戦の命令を下しながらも、関羽に出奔という形で作戦の阻止を行おうとしたのだろう。
 それが金団長に唯一可能だった、本国への反抗。
 しかし、結への狙撃は行われ、彼女は怒りと絶望を強く感じてしまっている。このままでは闇龍の力によりキマクが甚大な被害を受け、その事態に追い込んだ教導団の立場――最終的に命令を下した金団長の立場は危ういものになるだろう。そして、キマクとの関係も決定的なものに……
(あるいは――それも”彼女”の狙いだったのでしょうか?)
 イェルネ教授。本国の意向を強く汲む者として、今まで行われてきた様々な悪策の根本に居る者。
 ドラゴンキラー作戦を行っていた教導団員らの方へと立ったの声。
「退いてください! この作戦の続行は、いたずらにキマクを攻撃することにしかなりません! ひいてはシャンバラに内戦を起こし、国内を混乱させるものです!!」
 関羽が声を張り上げる。
「確かに私も団長もドージェとの因縁はある! しかし――キマクの何の罪もない人民を虐殺するなど許される事では無い!! それでも、まだ続けるというならば、この関羽が貴殿らの首を斬り落としてでも止めてみせようぞ!」
 元より『結へ弾を撃ち込む』ことを目的としていたのもあってか、作戦に参加していた教導団員たちが更に結へ危害を加える様子は無かった。
 関羽が、ひとまず場が収まったことを確認してから、わずかにトーンを変え、言う。
「貴殿らの、その忠実であろうという心、あるいは、身中の虫を憂う心……それは認めよう。しかし、その為に今、何を切り捨てて良しとしてしまったのか。貴殿らは今一度、考えねばならぬ。――それを良しとしながら救えるほど、今のシャンバラの状況は甘いものではないのだ」

 ◇

 関羽らから離れた場所で。
(……パラ実など滅びた方が良いに決まっている)
 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は、パートナーのリース・バーロット(りーす・ばーろっと)と共に、ずっとその時を待ち続けていた。新星らによる襲撃が終わり、警戒の薄くなるその時を。
 彼は、脳内麻薬を投与して殺すことでスフィアの問題が解決するなどといった話は初めから信じてなどいなかった。
 だからこそ――彼は、これをパラ実を潰す絶好のチャンスだと捉えていた。
 と、関羽らのそばから、エンプティが浮かび上がってくるのが見えた。その背中には、何やらクシャクシャになった包みを強く抱いている結の姿。
 もう一発叩き込めば、殺せるかもしれない。殺すに至らぬとも、スフィアへの影響はあるはずだった。
 狙撃体勢を取っていた小次郎の指が、引き金に薄く触れた、その時――
「小次郎さん!」
 銃声。それは別所から聞こえた。禁猟区などで警戒していたリースが小次郎を庇って、肩口に銃弾を受ける。
「――チッ」
 先ほどの銃声でエンプティらにもこちらの存在が気付かれた。今から狙うのは難しいだろう。しかも、こちらも何処からか狙われている。小次郎はリースと共に、素早く撤退を決めた。


「……漢升さん」
 迦 陵(か・りょう)が、立ち上がった黄 忠(こう・ちゅう)の服裾を軽く握る。
 スナイパーライフルを手に、黄忠は小さく息を吐いた。
「大丈夫だ。上手くやった」
 団長の真意を叶えたいという陵の言葉を受け、黄忠は関羽と共にドラゴンキラー作戦の阻止のために行動していた。
「だが……」
 黄忠は遠ざかるエンプティらの影を見やって、表情を強めた。
 結のスフィアは、経緯はどうあれ、教導団員のために闇色に染まってしまった。
 それが今後どんな事態を招くことになるのか、想像に難くはなかった。

 ■

 イングリッド・スウィーニー(いんぐりっど・すうぃーにー)は、高台でドラゴンキラー作戦用の銃を構えテティスの合図を待ちながら、ジークリンデの強さに驚いていた。
 遠くでは、テティスとジークリンデが激しく斬り結んでいる。
 ジークリンデの持っている槍は何の変哲も無いフェザースピアに見えるし、実際にそうなのだろう。初心者にも扱いやすい軽い槍で、特別な力の宿った品には見えない。だというのに、彼女は魔剣スレイブ・オブ・フォーチュンを振るうテティスと、ほぼ互角以上に戦えてしまっていた。
 そして、妙なのは……その事に彼女自身も驚いている様子だったということ。
 と――ジークリンデがテティスに打ち弾かれ、テティスを援護する者の攻撃がジークリンデの逃げ場を奪う。
 そして、テティスからの合図。


 高台から放たれた弾丸が混戦模様の頭上を越え、ジークリンデを狙う。
 しかし、
「そう――狙うなら、ここだろうな」
 天城 一輝(あまぎ・いっき)は、一連の流れを完全に読んでいた。
 常に狙撃のみに意識を向け、それを防ぐためにパートナーのユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)と駆けまわっていたのだ。
「プッロ」
「分かっておる」
 彼とプッロの掲げた盾が、先読みされたタイミングで弾丸の軌道を塞ぐ。
 衝撃は一拍の間も無く訪れた。
 一輝は、すぐさま第二射への警戒のために周囲へ視線を走らせながら、親衛隊のメンバーへと高台に潜む狙撃手の存在を合図で知らせた。
 ジークリンデが一輝たちの方へ短く礼を言いながら体勢を立て直す。
 その向こうで鋭く舌打ちを落としたテティスが、駆け、再びジークリンデへと斬り掛かる。


 テティスの放った衝撃波の余波が辺りを乱雑に駆け抜けていく。
「これ以上は厳しい、か」
 葛葉 翔(くずのは・しょう)は吹き荒ぶ礫に目を強く細めながらうめいた。
 彼の横で厳しい表情を浮かべていた酒杜 陽一(さかもり・よういち)がうなずき、後方へ振り返る。
「理子様。ここは親衛隊に任せ、もう後方にお下がりください」
「でも――っうわ!?」
 ジークリンデの方を心配そうに見やった理子が、近くを走った衝撃波の余韻でよろけて、彼女を守る親衛隊のメンバーに支えられる。
 フィオナ・ストークス(ふぃおな・すとーくす)ら親衛隊の面々やアリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)と共に理子をここまで連れては来れたものの、この先――ジークリンデと話をさせることの出来る距離にまで理子を連れて行くことは、やはり難しそうに思えた。
「魔剣の力が強過ぎる――それをしのいでいるジークリンデもとんでもない、とはいえ……」
 小さくつぶやき、翔は、テティスと戦闘を続けているジークリンデを目で追った。テティスを援護に回る者が増え始め、ジークリンデは少しずつ押されているようだった。
 フィオナの肩に捉りながら、理子が彼の横に立ち、
「あたしが魔剣に呼びかけてみる」
「呼びかける?」
「心に強く念じたら魔剣に届くかもって」
 言って、理子はテティスの手に握られた魔剣を強く睨み、強く息を吸い込み――
「あたしは、ジークリンデを守りたい。守りたいのよ。だから――とーーまぁああれぇえええええッッ!!!」
 念じる、というか、吠えた。


 ジークリンデと斬り結びながら、
「――ッ!?」
 テティスは、魔剣の変化に気づいた。バラリと解れるように不安定になった”力”。今まで従順だったものが、そわそわと落ち付きを失い始めている感じ。
 そちらに気を取られた一瞬の隙に、テティスはジークリンデの石突きに体を突き打たれ、吹っ飛んだ。強く咳き込む口を食い縛る。そして、彼女は生理的な筋肉の収縮を無理やり抑え込み、体勢を取り直して思い切り魔剣を振った。
 ゴゥッと巨大な衝撃波がアトラス火山の表面を薙いでいく。そして、テティスは短く、強く息を吸い、呟いた。
「……従いなさい」
 己の体と同様に、ゾワゾワと落ち着かない魔剣の力を無理矢理、押さえつける。
 魔剣の力を乱暴にまとめあげ、テティスは、またジークリンデへと駆けた。
 

「今のって……効果あったって、こと?」
 テティスの様子を見て、理子は翔やフィオナへ問いかけた。
「ああ、おそらく――」
「効果有りだと思いますわ」
「っし! なら……」
 と、理子が更に息を吸おうとした刹那。
「……卑怯者」
 離れたところから言われた言葉。
 理子が振り返った先に居たのは、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)
 アリアが月夜から守るように理子の前に立つ。が、彼女に攻撃を加えて来る様子は無かった。
「卑怯者……?」
 問い返した理子へと、月夜が静かに視線を強める。
「……家の事は受け入れないのに、親衛隊や新日章会の力は借りている。自分の嫌なモノは受け入れず、力だけを借りる理子は、卑怯者だわ」
 向けられた言葉に、理子は息を飲んだ。
 音が良く聞こえた。
 ハッとして周りを見渡す。
 親衛隊の面々が自分とジークリンデのために必死に戦い、あるいは守ってくれている。彼らに「頼んでない」とか「当然だ」などと言えるはずが無い。
「否定するモノを受け入れてでも前に進もうとする覚悟が無い、そんな人に、私たちは負けない」
 月夜の言葉が、聞こえた。


 影野 陽太(かげの・ようた)はジークリンデを守ろうとする者たちの妨害を掻い潜り、固く尖った地面の先を靴底で削りながら身を捻った。振った銃口の先がジークリンデを捉える。
 引き金を引く――が、その攻撃はジークリンデの体に触れることなく虚空へと流れて行った。陽太を狙った坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)の氷術が阻む。
 テティスの振った切っ先から放出された力が一帯の硫黄臭さを散らかしながら、陽太の肩先を掠めていく。爆ぜるツブテに頬を打たれながら、陽太は銃口をジークリンデへと向けた。
 テティスの動きに合わせて、銃先を揺らめかせながらタイミングを計る。
(決めたんです――例えそれが血塗られた道でも、俺は環菜会長と……)
 ジークリンデが、近づいて来ていた理子たちに気づいた――その、ほんのわずかばかりの隙。それを機と捉え、陽太は引き金を引いた。
 ジークリンデが陽太の弾丸に対応しようと身をよじった瞬間、テティスは彼女の懐へと深く踏み込んでいた。相討ち覚悟、という無謀な踏み込み。そして、魔剣が振り上げられる。

 
 魔剣スレイブ・オブ・フォーチュンがジークリンデを斬った刹那――
 光が爆ぜた。
 ジークリンデの体から溢れた莫大な光の奔流。
 それらに呑み込まれ、テティスを含む、その場に居た全員は座り込んでしまった。