校長室
建国の絆 最終回
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復活の儀式 時はネフェルティティの解放より遡る。 封印の間に集った神子達が女王より復活の儀式の説明を受け終え、今まさに儀式を行おうとするとき、一人の神子が女王に問った。 「手順は分かりました。でも、それって神子が足りてた場合の話ですよね?」 教導団の神子ルケト・ツーレ(るけと・つーれ)だ。 封印の間はかつて闇龍を封じた女王が絶命した場所。そして神子による封印の儀式が行われた場所。 その時封印した神子の数は、14人。このうち今この場にいるのは、11人。 参加していない神子三人のうち、砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)のパートナーであった守護天使キュリオは故人。鏖殺寺院のミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)は捕えられたが儀式への参加を拒否している。もう一人、葦原明倫館の木花 開耶(このはな・さくや)はダークヴァルキリーの元へ行っており、参加するかどうか定かではない。 「足りないことによる影響というのはあるのですか?」 「儀式には、数時間かかります。復活は、封印よりも、短い時間で……済むのですが……やはり神子が、足りない、分の、力……を、パートナーで補っても、更に、2〜3時間は……余計に、かかるでしょう」 苦しげな息の女王に、ルケトは来てよかったな、と思った。 神子の実感なんてまだ薄いけれど、人助けとこれも役目、と思ってここまで来た。やっぱり困ってる人を少しでも自分が助けられるんだ。意味はあったんだ、と。 「っつーと、俺も手伝った方がいいのか? 肉壁役のつもりだったんだけどな」 女王の言葉を受け、封印の間の入り口に立って敵の侵入防いでいたデゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)が、ルケトの顔に視線を移す。パートナーと同じくどっちかと言えば、建国とか女王とか派手なこととかは好きではない。ちょっと時間稼ぎと、裏切者の警戒、くらいで済むと思っていたのに。 「お願いします」 「……ったく……あ〜…メンドクセェ……」 デゼルは頭をぼりぼりかくと、祭壇の前に円陣をつくる神子達に近づき、ルケトの横に立った。 「俺みたいな不良学生が復活なんかに参加していいのかね?」 教導団の機晶姫の神子ネージュが頷くと、デゼルは溜息をついてから、儀式の準備に入った。 「でしたら、私も儀式に参加します」 百合園のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は封印の間入口から少しずつ下がりつつ、申し出る。彼女もデゼル同様、いつものように盾役を務めていたのだ。彼女は自分が攻撃を受け止めれば、戦えば、誰かの幸せを守れるかもしれないと願っていたが、儀式に手助けが必要とあらば参加するまでだ。 「皆さん、知り合いの、仲間の、大切な人のため。そのために全力を出しましょう。帰る場所を護るため、愛する人の笑顔を護るために、シャンバラの騎士となり戦いましょう!」 「まぁまぁ、ロザリー」 気合を入れるロザリンドの頭を、神子のテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)がなだめるように撫でる。そして神子の顔を見渡し、 「……この子はそう言ってるけどさ。結局五千年前の姉妹喧嘩の続きじゃない。だったら当事者同士でさっさと終らせて、その後はごめんなさいして復興させよう。ほらほら、アムリアナさんもとっとと儀式終わらせて、どーんとお姉さんとして妹に向かって行ってこよー」 テレサは話を(かなり)はしょって、朗らかに笑って、その場の緊張をほぐすように、ぱんぱんと手を叩く。 「ということで、私も儀式に参加するから、護りはよろしくね〜!」 入口に向かってその手を振るテレサに、 「静かにしてください」 そう真面目な顔で言ったのは、何故か波羅蜜多実業高等学校の不気味で陰気な青黒二色ピエロクラウン ファストナハト(くらうん・ふぁすとなはと)。普段の彼女を知っている者ならぎょっとしただろう。いつでも軽薄な口調を崩さないのに、今日はひどく真面目な顔をしている。 というのもパートナーで色違いピエロのナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)に儀式の参加を頼まれたからだ。理由はたったそれだけ。それだけで、儀式だけはやり抜こうと決めた。ナガンは彼女にとって絶対な存在だ。彼女が側にいないために、余計にその思いは強くなる。 ナガンはと言えば、そんな命令を下した理由はひとつ、「復活させて欲しいって奴が多かったから」だけ。ナガンにとって女王なんてどうでもいい。復活するなって奴が多かったら参加させなかった。 「ちげーよ仕方なくだよ仕方なく」 今ナガンは封印の間で遠く離れた場所で、舎弟にそう言った。離れたのは敵を迎え撃ち引き付ける為。武器を握らず格闘戦を繰り広げているのは儀式を血で汚さすのが癪なため。どこからどう見ても善人そのものだが、本人はそう思われるのが不服らしい。しがみ付いてでも敵を止める覚悟があるくせに、である。 (ところで女王サン、これが成功したらシャンバラの英雄とか名乗ってもいいんですかね?) ナガンは機晶姫の腕でできた拳をキメラの横っ面にぶち込み、吹き飛ばしながらそんなことを思っていた。 「あー、ごめんね。じゃあさ……終ったら皆で美味しい物食べに行こう!」 テレサがクラウンにそう言うと、彼女は一瞬だけ意外そうな顔をして無言で小さく頷いた。 「ごめん。私も儀式を始める前に質問……というか、お願いがあるの」 今度はイルミンスールの神子のパートナー十六夜 泡(いざよい・うたかた)だ。泡はクラウンからアムリアナに体を向け、 「あなたが女王としてシャンバラを治めることになったら、どの学校にも所属せず、シャンバラに住む民を平等に扱ってほしいの、各学校も……鏖殺寺院も民の考えの1つとして。そしてダークヴァルキリー……あなたの妹も取り戻しましょう」 泡はそこまで言うと、片膝を滑らかな床の上についた。 「この2つを約束してもらえるなら、私は今後『あなたを守るべき牙を持ちて戦う剣』になると誓います」 アムリアナは、だが彼女の申し出に残念そうに首を振った。 「それは素晴らしい考えだと……思います。また……妹を気遣ってくださり、ありがとう、ございます。ですが、理想として掲げる事と、実際に……現在の、シャンバラで可能な事は、異なります。今の私は、人々の未来に関わる事を私だけで、軽々と決める事はできないのです」 「泡、そろそろ儀式を行いましょう」 彼女のパートナーである精霊の神子レライア・クリスタリア(れらいあ・くりすたりあ)が促す。 「うん……」 泡はレライアの隣に立つと、儀式に意識を集中させた。 「大丈夫ですよ。今まで出来なかった事でも、泡達『人間』と共に力を合わせて行えば、全て出来るようになる……そんな気持ちになるんです」 レライアは泡に微笑みかける。そして表情を引き締め、 「絶対にこのシャンバラの大地を守りたいです……いえ、守ってみせます。人、精霊、様々な種族の皆で力を合わせて!!」 イルミンスールのもう一人の精霊の神子サティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)も、土方 伊織(ひじかた・いおり)と顔を見合わせ、頷き合った。 神子が所定の位置につくと、部屋の中央、祭壇の前で跪くアムリアナの頭上に光の玉が現れた。これは女王の魂と力を封じたものだ。 同時に、それを見た神子の脳裏に、封印解除の呪文が浮かぶ。 神子達の真剣な視線がアムリアナと光の玉に注がれる。 手順通り、アムリアナの合図に合わせて呪文の合唱が始まった。 「ここに集いし我ら、敬愛する我らが女神の目覚めを願う……」 詠唱の始まりと共に魔法陣が現れた。始めは神子の足元それぞれに現れた小さなそれは、光の線を伸ばして繋がり合い、女王の元へもう一つの魔法陣を描いた。それらは部屋全体へ広がる更に大きな円となっていく。 神子は各々の体内で何か自分とは違う力が共鳴し目覚め始めるのを感じた。 所属学校も種族も性格もそれぞれ違う。けれど同じ目的のために、同じ力を使うために、それぞれの思いを抱いて儀式に参加していた。そしてパートナーも同じく。 薔薇の学舎のドラゴニュートファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)のくりくりした瞳には、必死で祈りを捧げる女王アムリアナが映っていた。 (神子として役目を果たして、女王様を早く辛くて痛いのから助けてあげるんだ。あんなに息も切れて、大変そうな人を見捨てられないよね。でも……) ファルは目をしばたたかせる。 (うん、大丈夫だよ。きっと、砕音先生は元の先生に戻るよ。それに、ボクを神子として見出してくれたコハクの気持ちにも応えなきゃ!) 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、乱れたパートナーの赤い髪をそっと撫でつけた。 「……心配するな。友人を信じよう」 彼は自分にも言い聞かせるようにそう言うと、重力に耐えるように自身の体を支える女王に向けて、ヒールをかけた。 ファルは雑念を振り払い、言いにくい古い言葉でできた呪文を、他の神子から遅れないよう必死に紡いだ。 「畏(かしこ)きシャンバラの女神、国家神にして女王たるアムリアナ・シュヴァーラ……」 イルミンスールの神子ホワイト・カラー(ほわいと・からー)は、アムリアナを見つめながら心で語りかけた。 (おぼろげな記憶では、私と貴方様は、女王と臣下というより、友人という方がしっくりくるように思います。きっと儀式が成功し、女王様が完全に復活すれば、記憶が戻りはっきりするでしょう) 後に訊ね判明するが、確かにアムリアナとホワイトは個人的な友人関係にあった。だからと言っても、パートナーや血縁関係者とは違い、周囲から特別扱いはされないのだが。 (お互い変わってしまったところもあるとは思いますが、記憶が戻ったのなら、また友人として……いえ、もっと仲良くなりたいものです。それに、儀式が成功すれば一人でも多くの人が救われるでしょう) 彼女のパートナーエル・ウィンド(える・うぃんど)は、ホワイトと女王たちを背にガードラインを敷き、封印の間の殺気と、女王へ害をなす武器が持ち込まれないか、目を光らせていた。そんなエルも、ここに来るにあたって最愛の恋人を仲間に任せてきている。 「良い判断だ。ここにいる者達は後衛が多い」 生徒たちの上空を抜け、部屋に入ろうとしたキメラの羽が、根元から分断されて宙を舞った。浮力を失って落ちるキメラはすぐさま気付いた生徒達に焼かれてしまう。 エルが刃の出所を見れば、長身の騎士・薔薇の学舎の藍澤 黎(あいざわ・れい)が栄光の刀を手に彼の横に立っていた。左手には紋章の盾でファランクスの構えを取っていた彼は、同時にエルの半身を自分の背後に入れ、ディフェンスシフトで庇う。 「諸々の先祖、御霊に我ら神子は慎みて申し上げる……っと、みんな、疲れたら遠慮なく言うてや〜。口紅塗ったるからな〜」 「無駄な言葉を混ぜるな。復活に影響が出たらどうする」 パートナー軽く叱責され、から元気のフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)は心で半べそをかいた。 (なんでこないな展開なんや! 命狙われてこんな危ないとこまで来させられて! その上黎まで叱らんでもええやんか。咽喉も乾いたし、もー泣きたいで) それでもいっぱしの男として──見た目こそ可愛い男の子だが──へこんでる場合じゃない。 彼自身、部屋に至るまでの戦いで、ミンストレルとして歌いづめ・働きづめで肩にも疲労がずっしりと圧し掛かっている。ハーモニカを吹いたりタンバリンを叩いたり、最大音量にしたマイクで歌ったりと、ハタから見れば愉快そうな仕事だったが。 (けど気張って来い言われたしな! 女の子も小さい子もたくさんおるんやから。……にしてもきついわ。呪文唱えてるだけやのに……ってもう何時間か経ってるんや、当然やなぁ) 「……五千の月日はあれども、風の音も爽けき今日の生く日を選びて……」 そこに、今までにない声が加わった。 「遅れてすんまへんどした。……うちらも、参加します」 扉の人波が僅かに開いた。黎の盾の裏側から迎えられたのは、葦原明倫館の神子木花 開耶(このはな・さくや)と橘 柚子(たちばな・ゆず)。二人は急いで神子の輪に加わる。 そしてもう一人遅れて姿を現したのは、神子達が見たことのない──正確には、面影もほとんどなく変貌を遂げた美しい少女の姿だった。 アムリアナの目が驚きに大きく見開かれる。 「ネフェルティティ……!!」 「ただいま、姉さん」 ネフェルティティはアムリアナに駆け寄ると、彼女の肩に腕を回し体を支えた。 「私も闇龍封印の為に祈るわ。もう二度と間違いは繰り返さない」 二人は抱き合うように祈りを捧げる。その目には喜びの涙が溢れていた。 「奉り、仰ぎ祭り、掟定められし封印を解きて長き世を寿がんとす」 ──力が、吸い取られる。 蒼空学園の封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)は天井が回るような眩暈にふらりと倒れそうになったが、一歩踏み出し何とかこらえる。 (……うん、大丈夫) 儀式前、パートナーの樹月 刀真(きづき・とうま)に着せてもらったブラックコートに残る彼の匂いと抱きしめてもらった温もりが、はかなげな彼女の心を奮い立たせる。渡された光条兵器は持ち主の手を離れたから、白花が握りしめたらすぐに消え失せてしまったけれど、彼の心は確かに受け取った。 (封印の神子として生きた時間は、この場の誰よりも長いはず。せめて皆の不安を取り除くくらいはしないと……) 「皆さん、気をしっかり持ってください。もうすぐです」 白花は神子達を励ますように声をかける。 (それにしても、もう予定時間を上回っているのに、復活の気配がないなんて……力が足りていないのでしょうか……?) (儀式が長引いている。……まずいな) 扉の外で、疲弊する十二星華や生徒達と魔物は既に混戦の様相を呈していた。刀真は打ち漏らした敵が白花やネージュらに危害を加えないようバスタードソードを振っていたが、こちらに押し寄せる敵の数は増える一方で、やがて皆の体力が尽きれば押されるであろうことは目に見えている。 (悔いを残したくない。環菜の為に) 「心平らに穏やかに魂を静めたまえ、障り禍を鎮めたまえ」 教導団の神子レジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)もまた、全身を襲う倦怠感と戦っていた。 (駄目。しっかりしないと!) 「レジーナ、絶対に成功させるでありますよ! そうでないと皆様方に申し訳が立たないであります!」 パートナーの金住 健勝(かなずみ・けんしょう)は、儀式が始まる前にそう言っていた。彼の期待を裏切りたくない。 それでも息苦しさはまずばかりだ。呼吸は荒くなり、ともすれば脳裏に浮かぶ呪文に声が追いつかなくなりそうだ。 そのレジーナの手を握る彼の手が、ぎゅっと強く握りしめられた。 「大丈夫であります! レジーナは強いから、まだ頑張れるであります! 自分も、皆様方も!想いは一緒であります!」 健勝の顔を見上げれば、同じく“神子の波動”を光球に注ぐ彼の額にも汗の玉が浮かんでいた。 レジーナはこくんと頷き、女王に呼びかける。 「……陛下、あの約束を果たす時がようやく来ました。もう一度未来を手にしましょう!」 レジーナは、旧宮殿で仕えていた神官の一人だった。ある日上司に呼び出されたのがこの封印の間。そのまま女王を封印する神子となったが、自身も追っ手から逃れるため封印の眠りにつくことになった。 (五千年前の約束を、闇龍を封印するという願いを今度こそ。そして……) 「健勝さん、本当にありがとうございます。ここまで付き合ってくれて……」 普段は強気な彼女の微笑みに、健勝も微笑み返した。 「パートナーでありますから」 (自分の力は、封印の手助け程度かもしれないであります。でも、自分の役割は自分の役割は彼女を傍で支えること。前回ラングレイ殿はそう教えてくださった。彼に報いるためにも、闇龍を封印して呪いを解いてあげたいであります) 二人は再び共に女王が封印されている光の玉を見つめた。そこから放たれる光も魔法陣の光も、神子の力を得て次第に輝きを増していた。 その変化には、シャンバラ中の人々が気づいた。 正確には、シャンバラの住民とコントラクターが。 彼らが与する巨大な円環に、火が灯った。 浮遊大陸パラミタにおいて壊死していたシャンバラが、今、生きた大地として蘇ったのだ。 だが後々、人々は、この時にパラミタを支えるアトラスが一歩よろめいた、はたまた掲げ持っているパラミタを取り落としかけたのだと伝えるようになる。 シャンバラ地方の西側、トワイライトベルトの地球側の地域に変化が起きたのだ。 もともと、シャンバラには地球のテクノロジーが影響を与える事は不可能だった。 地球の諸国がいかに核弾頭を撃ちこむと脅したところで、実際に被害を与える事はできない状態だった。 しかしパラミタ大陸が動き、シャンバラの位置が変わった為に、核爆発レベルの巨大エネルギーならば、シャンバラに影響を与える事が可能となったのだ。 トワイライトベルトの西側は、地球の核の傘に入った。 後刻、それがまた重要な意味を持つ事になる。