空京

校長室

建国の絆 最終回

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建国の絆 最終回
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リアクション



神子の不和

 封印の間、入口。開け放たれた扉を背に、生徒達、そして十二星華やクイーン・ヴァンガードが急いで半円の陣形を組む。
 ここを死守するのが彼らの使命。吹っ切って来たはずの魔物は新しく召喚された魔物と合流し、次々と廊下の先で黒煙のように湧きあがり、迫ってくる。ダークヴァルキリーが旧宮殿に陣取り、闇龍も活動している今、魔物を「倒し切る」ことなどない。
 女王復活の儀式にかかる時間はおよそ数時間。そう、少なくとも数時間は戦い続けなければならない。友人を残して安全な場所で儀式を行うことに躊躇する神子もいたが、護衛役を引き受けた彼らの覚悟はとうに決まっていた。
「ここは任せて、早く入れ!」
「私達のことは心配しないで」
「エル、てめぇ一世一代の見せ場だぜ? 輝いてこいよ!」
 ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)もまた、神子である友人の背中をばしっと叩いて送り出す。
 援護と声援を受け、封印の間に神子とそのパートナーが次々と入っていく。
 ──その彼らに声をかけた生徒がいる。
「今、どんなお気持ちですか?」
 双葉 京子(ふたば・きょうこ)は自身のフレイルを腰に吊るしたままで、代わりにペンとメモ帳を握っている。当然のように、その問いに答える余裕のある神子はいない。彼女は同様の質問を護衛の生徒にもぶつけてみたが、こちらからも返答はない。
 けれど、彼等の横顔に秘められた決意や思いはしっかりと感じられた。京子はそれをメモに書き取る。
(人々を助けに戦いに行きたい、愛する人の元に駆けつけたい、ここにいる人の中にはそういう人もいると思うから……)
 全員が自身が神子であること、そのパートナーであることを望んでいるとは限らない。そして使命を優先してもなお、後ろ髪ひかれる思いを抱く人もいるだろう。彼らの覚悟を京子は知りたかった。と、同時に別の感情もある。
(神子じゃなかった事、少しほっとしてるんだ私……真くんを使命とか、そういう事に巻き込まなくてよかった……って)
 京子はちらりと椎名 真(しいな・まこと)の顔を覗き見る。彼は真剣な顔をして、ビデオカメラでこの戦いの一部始終を撮影していた。
 校長御神楽 環菜(みかぐら・かんな)の許可は既に得てある。どんな結末になろうとも、ここで行われたすべてを、ここ以外の地で動くみんなに伝えたい。その思いでカメラを回す。
(最初はこの女王にまつわる事件を、彼はどこかよそ事のように思っていた。けれどそんな甘い世界じゃなかった。だから、見届け、伝える。同じように思っている人や、この結末に同席が叶わなかった人に伝えるために。)
 彼は神子が封印の間に入りきると、今度はレンズを封印の間の中に向けた。
 そこは廊下とたった扉一枚を隔てただけなのに、血にまみれた外とは違い未だ美しく、中央に置いてある女王の像と祭壇には不似合にきらびやかだった。
 というのも、そもそも封印の間と呼ばれるようになったのは、神子が女王の魂を封じて以降。そして封印はイレギュラーで急な出来事であった。ここは封印の間となる以前、舞踏会などが開かれていた大広間だったという。封印の儀式を行うに当たり満足に改装する時間がなかったために、シャンデリアや絵画、タペストリなどの多くがそのまま残っていた。だから正確には、祭壇の方が不似合だと言った方がいい。
 つぶさに室内を録っていた真は、視界にひらめいた光と熱に思わずカメラを懐にかばった。何が起こったのかと目を向ければ、そこには──。
「無茶すんじゃねぇよ!」
 ウィルネストがとっさに炎の壁を立てて、廊下を塞いでいた。
 ほぼ同時に、炎の壁の向こうから少女の怒鳴り声が聞こえてくる。ウィルネストは声の主、同じイルミンスールの生徒に向けて怒鳴ったのだが、少女のそれは彼に向けられたものではない。
「これまでのこと全部、きっと古エリュシオンの手の上のことなんだろうね。死にたいくらい、気に入らない!」
 炎の壁が消え去ったのと、炎の向こうにぶちまけられたアシッドミストが拡散するのはほぼ同時だった。彼らはそこで、鏖殺寺院の元イルミンスール生徒メニエス・レイン(めにえす・れいん)が、呪術師の仮面を被った少女峰谷 恵(みねたに・けい)に背後から羽交い絞めにされているのを見た。
 メニエスの計画はこうだった。強襲して、警備している奴らは無視してまず結界内に入る。結界内に入ってしまえば、皮肉なことに警備の奴らは手出しができない。何と言っても、パートナーのミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)は神子なのだから。
 しかし、彼女達はその悪名と立場故に警戒されていた。
 恵もそんな警戒していた者の一人だ。神子プロファイルとイルミンスールの過去の生徒名簿を調べて、メニエスとその契約者について最低限の情報を予習し、護衛に参加しながらも力を温存、上空からこの機会を伺っていたのだ。
 彼女は羽交い絞めにしたまま、酸の霧を呼び出した。酸が二人の顔を包み込み、メニエスの顔面をただれさせ、恵の長い黒髪が焼き切っていた。仮面を被っていても、恵とてダメージがないわけではない。痛みに力が緩んだ恵の腕を、メニエスは必死に振り払う。
「メニエス一味は引き受けます。あまりかの者達に気を取られ魔物の侵入を許すことが無きよう」
 恵のパートナーエーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)が驚く生徒達にそう告げ、顔を抑えて呻くメニエスの腹に、則天去私を乗せた拳を叩き込む。
 メニエスの体は一メートルほど吹き飛ぶが、彼女とて手練れ。床に足裏を滑らせながら着地する。両手で覆われた顔の合間から見える赤い目が、憎しみを込めて二人に向けられた。額に鏖殺寺院の紋章が、周囲を威嚇するように浮かび上がる。
「やぁね。これじゃあ、楽しい楽しい『復活の儀式』に遅れちゃうじゃない」
「ボクはお前が邪魔で、ボクもお前にとっての障害物なだけ。お互い邪魔なものを除けるだけで最後の舞台が終わる端役なんだ!」
「端役ですって?」
 メニエスはにいっと、半分溶けた唇を歪にゆがめた。そして顔から外した右手の指先から、ブリザードを呼び出す。
「吸血鬼こそ至高! 取るに足らぬ人間風情が!!」
 廊下に氷の嵐が荒れ狂った。対抗するようにウィルネストのファイアストームが放たれるも、逆に氷に吹き消される。同じネクロマンサーだが、今、魔法自体の難易度はおろか、魔術を扱う技量は彼女の方が圧倒的に高い。
 ウィルネストは舌打ちし、二度、三度と炎を呼び出す。ここをメニエスに抜けられなければそれでいい、妨害されなければいいと思っていたが想像していたより厄介な相手だ。
「誰か手を貸してくれ! ……よぉ、元イルミンの鬼っ子さん。元気そうだな?」
「そう見えるかしら? あら、邪魔すると怪我するわよ?」
 メニエスは彼女に駆け寄ろうとするヨヤ・エレイソン(よや・えれいそん)を見咎める。彼はウィルネストの詠唱援護をしようとしていたが、ブリザードに阻まれ近づけていなかった。彼の得物である暗黒ギロチンは接近戦用の暗器だが、魔法に対する抵抗力に欠ける今無理に飛び込めば、ぼろ雑巾のようになることは目に見えている。
「俺がこうして戦うのは、この1年で見知った顔が欠けるのが嫌だからだ。それがお前たちのような手のつけられない問題児でもな。ま、こんな感傷、ただの偽善でただの傲慢なのだろうが」
 彼は言葉で時間を稼ぎながら、ブリザードが途切れる瞬間を見計らって、メニエスの懐に飛び込んだ。
「お人好しねぇ。それとも仲良しごっこがしたいのかしら?」
「取り戻したいと願うのは、実際ちっぽけなものだよ。下らない事を言って笑いあう日々の楽しさが恋しいんだ」
 ナラカから呼び出されたギロチンの刃がメニエスの頭上に現れる。それを彼女はすんでのところで杖で受け止める。
「どうやらイルミンスールの人間はお人好しばかり、のようだな」
 そう言ったのは神子の一人ネージュを無事封印の間に送り届けた高月 芳樹(たかつき・よしき)だった。
「誰のことですか?」
 パートナーのアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が思わず頭一つより高い芳樹の顔を見上げる。
「戦う必要はあるが、双方傷つかずに済めばいい……そう言ってただろう」
「はい。神子が女王復活に反対するのもそうですが、同じイルミンスールの学び舎にて席を共にした人たちですから」
「神子は届けた。一応、一安心だ。行って来い」
「はい」
 彼女は微笑むと、ヨヤと同じようにメニエスに呼びかける。
「儀式の邪魔をしないでください!」
「この期に及んで、まだ甘ったれたこと言ってるの?」
「何が君達を変えたっていうんですか!?」
 アメリアの小さくも勇敢な背を送り出してから、芳樹は油断せず周囲を見渡した。
 今この時も、実はメニエスの他にもキメラや瘴気は次々封印の間に押し寄せていた。十二星華やクイーン・ヴァンガードはそれらの相手に努めており、メニエスだけに特に注目していない。芳樹はメニエスと、彼女のパートナーの動きに気を配る。
 神子を殺さずとも、一人でも多くの神子が儀式に参加できないようにすれば、彼女達の目論見はそれで成功と言える。隙を突かれるようなことがあってはならない。
 その時気付いた。神子ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)の気配が先ほどから断たれているということに。
 はっとして背後を振り返る。……神子は、全員無事。アムリアナから儀式の手順の説明を受けている最中だ。
「じゃあどこに……!?」
 呟きとほぼ時を同じくして、メニエスの体から暗闇が噴き出す。その暗闇──エンドレス・ナイトメアが彼女と戦う生徒たちの体を負の意識となって蝕む。芳樹はカイトシールドで自身の頭部と封印の間の入口を庇いながら、一瞬でも視界を奪われたことに不安を感じた。
 そして、風が彼の横を通り過ぎた。
 まずい、とそう思った時には──、
「うわああああ!!」
 彼の背後で、セレスティアーナの悲鳴が上がった。

「邪魔、ですわよ……」
 ミストラルは悔しげに彼を睨みつけた。彼女のカタールは、セレスティアーナの咽喉元を掻っ切っていた筈だった。
 けれど刃先は届かず、むしろ貫かれたのは彼女の方だった。ぴりぴりした電撃の感覚がまだ皮膚を這うように残っている。
 パートナーアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)を盾にして後方から電撃を放ったのはイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)
「……だ、大丈夫か、イーオン!?」
「出るな、セレスティアーナ! 奥に行け!」
 慌てて結界の外に出ようとするセレスティアーナを、イーオンは叱咤する。
「あ、ああっ……」
 こくこくと頷き、彼女は封印の間の奥、女王の像の背後に慌てて身を隠す。
 彼女の無事を横目で確認して、イーオンはミストラルに向けてふん、と鼻を鳴らす。
「彼女は女王のパートナーだ。彼女を害せば女王に影響が出る、そう思ったのだろうが……」
「お見通しだったって訳ね」
「その通り。……彼女は俺が守る。そう決めたのだから!」
 イーオンはギャザリングヘクスで魔力を高める。そして再び、ミストラルに向けて今度は必殺のブリザードを浴びせる。何処で手に入れたのか、ミストラルの着込んだヴァンガード強化スーツに氷のつぶてが打ち付けられる。
 ──メニエス達は作戦を成功させるには有名すぎ、孤独すぎた。
 敗北は、もうすぐそこだった。