空京

校長室

戦乱の絆 第2回

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戦乱の絆 第2回
戦乱の絆 第2回 戦乱の絆 第2回

リアクション



打破


 門の正面を陣取っているのは、パートナーのシー・イー(しー・いー)を伴った王 大鋸(わん・だーじゅ)だった。
 大鋸は空京大学に在籍しているが、諸般の事情で、東シャンバラのロイヤルガードを勤める羽目になっている。
 クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)達は、門を突破する為に、大鋸を倒しにかかった。

 真っ先に、そして速やかに行われたことが、相沢 洋(あいざわ・ひろし)による、正門前の橋の確保だった。
 自分を含めて、飛行する術を持つ者が珍しくない状態でも、ある意味で、もっとも重要な場所だ。
 堀を飛び越え、塀を乗り越えようとすれば、塀の上に陣取っている東の生徒達が、ガンガン魔法を撃ってくる。
 既に何人もが強引に橋を越えて、目的の人物と刃を交えていたが、洋の目的はこの橋そのものだ。
 一方でパートナーの乃木坂 みと(のぎさか・みと)が、香取 翔子(かとり・しょうこ)達仲間をトナカイで堀の向こう側まで運ぶ。

 更に同時、ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)は大鋸の横に回り込み、しかし大鋸ではなく、そのパートナーのシー・イーに攻撃を仕掛けた。
 大鋸のサポートをしようとしていたシー・イーは、自分への攻撃に気付いて応戦しようとするが、ケーニッヒはそれよりも早く、一気に間合いを詰める。
「ワタシを狙って来るとはな!」
 ウィザードであるシー・イーは、接近戦に持ち込まれると痛い。
 フン、とケーニッヒは笑った。
「貴様がいなければ、王などただのトサカ頭に過ぎぬのだよ」
 王程度の者が、ロイヤルガードにまで上り詰めたのには、シー・イーのサポートがあってこそだと、ケーニッヒは踏んでいた。
 笑ったのか、悔しんだのか。表情の解り難いドラゴニュートの顔が歪み、――そしてドサリと倒れた。

 ケーニッヒのパートナー、天津 麻衣(あまつ・まい)が、痛ましそうにシー・イーを見る。
 教導団員の義務とはいえ、こうして、契約者同士で戦い合うことに、心が痛んだ。
「……こんな戦い、早く、全部終わってくれたらいいのに……」
 心の中での祈りが、広く遠くまで、伝わってくれたらいい。

「おい、ワンちゃん!」
 そして一方では、アルフレート・ブッセ(あるふれーと・ぶっせ)が大鋸に対して挑発を仕掛けていた。
 直接戦えば、自分より大鋸の方が強いに違いないが、一見弱そうな方が、挑発には向いているというものだ。
「まんまと帝国の犬に成り下がりやがって、お前は、ドージェの仇を取ろうとしないばかりか、仇である龍騎士にへつらって尻尾を振ってるワンコロだぜ!」
「ワンじゃねえッ! キングと呼べ!!」
 大鋸は、あっさり怒りゲージを振り切って、アルフレートに怒鳴り返す。
「仕方ねえだろうが!
 俺がロイヤルガードにならなきゃ、誰が孤児院の子供守るってんだ!」
 アルフレートに突進して行こうとした大鋸に、アフィーナ・エリノス(あふぃーな・えりのす)が目くらましのバニッシュを放った。
「うお!」
 大鋸は身を竦ませ、その隙にアルフレートは大鋸から距離を取る。
「ふ。こんな安い挑発に乗ってくるとはのう」
 ヴァルキリーの天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)が、上空からけらけらと笑った。
 大鋸は、がばっと幻舟を見上げる。
「つけあがってんじゃねえぞ、てめえら!」
 こめかみに血管を浮き出しながら、ズカズカと飛び出して行きかけた大鋸は、
「……だーじゅ」
という小さな呟きにはっと振り向いた。
 ドサリ、と、倒れるシー・イーの姿にぎょっとする。
「おい!!?」
 そこを、ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)が狙いを定めていた。
 挑発と、牽制と、動揺。
 そこに生じた大きな隙に、ゴットリープは大鋸の身体を撃ち抜いた。

「……がっ……!」
 突然の狙撃に、大鋸はビクリと動きを止めた後で、周囲のアルフレート達をその隻眼で激しく睨み付け、
「……ちくしょう」
と呟いて倒れた。
 急所は外した。致命傷には至らないだろう。
 だが、役目を果たしたゴットリープは、苦々しい溜め息を吐いた。
「……まだまだですね、私も……」
 命令に準じ、遂行することを納得しているのに、心のどこかでこの戦いに疑問を抱いている。
 迷いとなって心の中に引っ掛かっている。
 パートナーの幻舟に、
「あれこれと考えるのは戦いの後にせい」
と叱責されたが、悩みが消えることはなかった。

「救援は、出てこなかったわね」
 中から門が開けられて、後続部隊が出てくるのではと踏んでいた香取翔子は、注意深く門とそれに続く塀を見上げながら言った。
 簡単に門を開けることは自殺行為になる。
 こちらの作戦が速やかに行われたということも要因としているのだろう。

 大鋸が倒れるや、クレーメックと翔子やパートナーの白 玉兎(はく・ぎょくと)らは門に飛び付いた。
「開けるぞ!」
 クレーメックのパートナー、島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)が、携帯を開き、羅英照に、今にも正門を突破することを報告する。

「――待って!」
 門の側で、戦うロザリンドに護られながら、桜井静香がそれに気付き、声を上げたが、無論、待たなかった。



「門を突破しました」
 携帯を閉じて、羅英照が金鋭峰に報告した。
 鋭峰は頷く。
「第一関門を突破したか」
 門を開けてしまえば、館に突入したも同然だ。
 程なく、アイシャ確保の報も入るに違いなかった。


 光臣翔一朗と火口敦の攻防は続く。
「……てゆーか、もういいっス」
 敦が疲れたように言った。
 お互い、互いの相手をしている間に、事態はすっかり動いてしまった。
 門も破られてしまったし、もうこれ以上戦うのは無意味ではないだろうか。
「こんな厄介なのを、ここまで抑えておけただけで殊勲賞、ってことで」
 それはこっちのセリフじゃ、と翔一朗は思ったが、敦のようにあっさり口にはできない。
 色々どうでもよく、喧嘩ができればそれでよかったのだから、とりあえず目的達成というべきか。
「じゃ、そういうことで」
 翔一朗の返事を待たずに、敦は踵を返す。
「……次は勝つけぇ」
 その背中に言うと、敦は振り返らず、勘弁してくださいっス、と肩を竦めた。


 開かれた門から生徒達がなだれ込む。
「くっ!」
 対処に向かおうとする優子に向かって、正面から走り込んで来る者がいた。
 ダンボールを被って正体を隠した、一人と一匹。
 いや、動物ではなく、身長1メートルほどのゆる族だ。
 上段から振り下ろされたクレセントアックスを、優子は難なく受け止めた。
「ロザリィヌ!?」
 頭にダンボールを被ったところで、元は同じ組織に属していた者を、見間違えるわけもない。
 優子は眉を顰める。
 何故、百合園の生徒が、生徒会執行部『白百合団』に属した彼女が、敵に回っているのか。
「……あなたも、これでおしまいですわ!」
 ロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)は叫んだ。

 西だの東だのという勢力争いは関係無く、ロザリィヌの目的は、この作戦で東側を負けさせることにより、神楽崎優子をロイヤルガードから失脚させることだった。
 それが、優子の背負う重荷を無くし、彼女を救うことになると、ロザリィヌは信じている。
「あなたは……こんなことが! 周りの百合園の子も……自分自身も傷つけてまで、やるべきことだと思っていますの!?」
 正体はバレた。もとより優子相手に隠せるとも、隠すつもりもなかったが、感情を吐露して叫ぶ。
 優子にも、百合園の生徒達にも、こんな戦いをさせたくない。
 優子は一瞬表情を険しくし、受け止めた剣を払った。
「きゃっ!」
 ロザリィヌはたたらを踏んで後退する。
 パートナーのシュブシュブ・ニグニグ(しゅぶしゅぶ・にぐにぐ)が、援護射撃を放ってきて、優子も一旦後退した。
「……やるべきことだ」
 剣を持ち直し、苦い顔をして、優子は答えた。

 百合園女学院を、ヴァイシャリーを護る為に。それを願い、誓いながら、自分は戦っている。


「全く、西側の連中は、態と対立路線を作ろうとしているとしか思えないわ」
 吸血鬼の娘一人に踊らさせて、あろうことか東の首都に攻めこむなんて、何を考えているのかしら……。
 アイシャが女王の力を手に入れたところで、アムリアナ女王が戻って来るわけではない。
 ――まるで、彼女を女王の座から引き摺り下ろそうとしているようだ。
 奮闘敵わず、西の者達に門を突破されてしまうのを苦々しく見つめ、レッサーワイバーンに乗って、上空から前線での攻撃に加わっていた崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、小型飛空艇でギリギリまで近寄って来たパートナーの叫び声に振り向いた。
「おねーさま! 優子様が!」
「!?」
 はっとする。
 優子を護るつもりでいたが、前線にいて、自然、距離があいてしまったのだ。
 崩城 理紗(くずしろ・りさ)の叫びに、慌ててレッサーワイバーンの手綱を引く。
「怪我をしたんですの!?」
 優子が誰かに襲われてるよっ! と叫んだ理紗は、ダンボールを被った誰かが優子に斬り付けるところを見て、慌てて亜理珠を呼びに来たのだ。
「うっ、ううん、傷は、なかった!」
 その言葉に安堵しつつも、急ぎ、優子のところへ向かう。

 優子を見付けた時、彼女によって一蹴された、ダンボールを被った誰かが、パートナーのゆる族共々撤退するところだった。
「……ロザリィヌ?」
 亜理珠にも、それが誰か一目で解った。
 優子は逃げたロザリィヌを追おうとはせず、館へとなだれ込んで行く西側の生徒達を見て、苦々しく顔を顰める。
 彼女一人ではもう、この波をどうにもしようがない。
 亜理珠はレッサーワイバーンから降りて優子に走り寄った。
「お怪我は」
「あるわけがない」
 溜め息を吐いて、短く答える。
 その溜め息の意味が解って、亜理珠はロザリィヌが逃げた方を見た。
「……馬鹿な子」
 ロザリィヌの処分は免れないだろう。
 百合園女学院を放校、というのは早計にしても、白百合団を除籍になることは確実だった。


 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は優子と共に門の内側の護りについていた。
 ロイヤルガード正装のマントを纏うことで、その覚悟を表す。
 戦う覚悟、だけではない。
 見極めた後に、自らに恥じない行動を取る、その覚悟だ。
 実際のところ、アイシャをエリュシオンに連れて行かれれば、シャンバラにとっては痛手だ。
 それを抜きにしても、アイシャを助けてあげて欲しいと純粋に思う。
 だが、はいどうぞと西の者達を館に通すわけにはいかない。
 東の自分達を倒し、アイシャを託し、ひいてはシャンバラの命運を託すに足りるかどうか、それを見極めたかった。
「カレン」
「来たよ、ジュレ!」
 門が突破され、パートナーのジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)と共に身構える。
 ジュレールも、思いは同じだ。
 ロイヤルガードとしてここで戦うことを誇りに思っている。
 だが、それが果たして正しいことなのかを考えると、辛い。
 だがせめて、全力で戦おうと。
 目前の出来事に最善を尽くそうと、それが、導き出した結論だ。
 カレンの放つブリザードの魔法を避けた者に向けて、レールガンを構える。
 それでも、全員を相手にはしきれずに、その横を通り抜けて行く者がいる。

 はっと気がついて、カレンは思わず手を伸ばした。
 西のロイヤルガード達は、後方に控えている者が多かったが、彼女は他の生徒達と先を争うように走ってくる。
 あまり見かけたことは無いが、東西に分かれているとはいえ、同じロイヤルガードなのだ。見間違わない。
 突然腕を引かれて、ティファニー・ジーン(てぃふぁにー・じーん)ははっと身構えた。
 カレンはすぐに、ぱっとその手を離す。
 戦うつもりで引き止めたのではない。
 ただ一言、伝えたかった。
「アイシャは最上階よ」
「……!?」
 驚くが、ティファニー! と呼ばれて、彼女は再び館に向かって走り出す。
 彼女が、他の人達に伝えてくれればいい、と、カレンは思った。




 門は突破されてしまった。
 桜井静香はふう、と溜め息をついて、館に向かって行く西の生徒達を見送る。
 もう、見送るしかできない。
 ごめんなさい、ラズィーヤさん、と心の中でラズィーヤに謝った。
「校長……」
 ロザリンド・セリナが頭を下げる。
「申し訳ありません」
「あなたが謝ることはないのに」
 言ってから、何かを思い出したように、静香はくすりと笑った。
「……?」
 ロザリンドが首を傾げると、
「ロザリンドさん、少し手抜きしてたでしょう」
と言われ、ぎょっとした。
 見抜かれていた。
 東ロイヤルガードとして戦おうという気持ちは本気だったが、西の代王とアイシャとの邂逅は成せればいいと思っていた。
 その程度には隙を見せてもいいだろう、と。
「……申し訳ありません……!」
「あ、違うんだ、責めてるんじゃないよ」
 静香は慌ててぶんぶんと両手を振る。
「それに、僕のことは本気で護ってくれたから。
 お陰で、無事だったし」
「……桜井校長……」
 ありがとう、と、微笑まれ、礼を言われて、胸が詰まった。