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戦乱の絆 第二部 第三回

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戦乱の絆 第二部 第三回
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リアクション


コリマ、空中ドック1、メニエス


 天御柱学院――。

(……やはり、そういう事だったか)
 エルシュたちからの報告を受け、コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)は送られてきた黒のリンガの画像を見据えていた。
「校長先生は、これに心当たりがあるの?」
 ミルト・グリューブルム(みると・ぐりゅーぶるむ)の問い掛け。
(この“黒のリンガ”と連中が呼んでいるものは、五千年前、私が作り出した霊槍の一種だ)
「では、これもコリマクリスタル……」
 ペルラ・クローネ(ぺるら・くろーね)は呟き、改めてその黒水晶の棒の画像を見やった。
(今はただの水晶だが、かつては数億のフラワシが込められた特殊な霊槍だった。
 常人では耐えられるものではない。
 受け入れ、行使出来ているのは、ドージェの弟としての潜在的な資質によるものだろう)
 ペルラは腕を組み、少し考えてから。
「ウゲンさんのフラワシ能力が特殊なのは、その数億のフラワシが幾通りもの気の遠くなるような重なり合いを経た結果……なのでしょうか」
(そう考えられるな。
 そして、おそらくウゲン自身、己が使えるフラワシの能力を全て把握してはいまい)
 ミルトが、くるっとコリマの方へと振り返り。
「校長先生に質問がありまーす」
(ふむ……)
「フラワシってなーに?」
(残念ながら、通常知られている情報以上に私が知っている事は無い)
「ご自分で霊槍を作ってらっしゃるのに?」
(あれは人類の潜在能力の研究の過程で出来たものであり、私自身がフラワシを把握し作ったものではないのだ。
 それに、コンジュラーがマインドシールドを有していることも、私がフラワシを把握出来ぬ理由の一つだ)
「じゃあ、フラワシが普通に貸し借り出来るものなのかどうかについても分からない?」
(それは、通常のコンジュラーでも可能であることが既に証明されているな)
「じゃあじゃあ、フラワシのダメージが持ち主に影響せずに、借りた相手に影響するのはどーして?」
(単純にフラワシとの繋がりを引き渡しているからだと考えられるが……
 ウゲンの場合は、そこに彼の持つ何かしらのフラワシ能力を用いて――
 完全に引き渡しているのとはまた違った状況を作っているようだと考えられる)
「じゃーあ、もういっこ質問。
 コリマ校長はウゲンの事、何か知ってるんですか?」
(…………)
 コリマが考えるように一拍置いてから。
(私がウゲン自身を知ったのは、つい最近のことだが、彼の存在自体は五千年前から知っていた)
「それって……どういうこと?」
(五千年前、私は奇妙な歪みを感じた。
 ――当時は把握出来なかったが、あれはウゲンの因果律への干渉によって引き起こされた歪みだったのだろう――
 私の予知は歪みを起こした存在が未来に現れると告げていた。
 だから私はその存在を確かめるため、自らを凍結し、時を待ったのだ。
 その後、私は現代で五千年前の歪みに触れていた波長と同じものを感知して目覚めた。
 そして、極東新大陸研究所の科学者に『偶然』自身を発見させ――今に至る)
「校長先生は、ウゲンの正体を探るためにコールドスリープされていたのですね」
「それで、ながーい時を超えて判明したその正体についてのご感想は?」
(ウゲンの力は私の想像を超えていた――
 だが、それも無限ではないだろう。
 例え、恐ろしいほどの潜在的な資質を持っているのだとしてもな)
「もしかして……最近になって七曜を作ったのは、自身の力の消費を抑えるため?」
(そう考えて問題ないだろう)


■空中ドック

『なあ、聴こえるか?』
 アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)は、ぼんやりとした意識の中で大谷地 康之(おおやち・やすゆき)の声を聴いていた。
 とても暖かい感じ。
『……康之さん……?』
『正解。
 な、今どんな感じなんだ?』
『どんな……。ふわふわ、してます。
 意識が、大きなところへ繋がっている、感じ……』
『怖くねぇか?』
『怖くは、ないです。
 他の十二星華の気配もあって、それにさっきのテストではアイシャ様のそれも……
 そういえば、アイシャ様は?』
 もう随分前に気配が消えたまま、かなりの時間が経っているような気がする。
 それにアレナは、康之の周囲の気配も感じていた。
 漂う張り詰めた緊張感。
 返って来た康之の声は明るかった。
『女王さんは調整の打ち合わせだとか、なんとか。
 ポータラカ人と頭突き合わせてる。
 あの様子じゃ、もう少しかかりそうだな』
『……そう、ですか』
『そう不安になるなって。
 大丈夫、何が来ようとアレナを傷つけたり怖がらせたりするような奴らは、俺がぶっ飛ばしてやるさ!
 だからさ、安心してくれよ。アレナ』
『康之さん……』
『っと、あんまり長く話して邪魔するのもわりーか。
 今は一端終えて、また頃合いみて、な。
 じゃ、がんばれよ、アレナ』
『はい……!』


「――確かに、現状を真正直に伝えても、イタズラに不安がらせることしかできないからな」
 匿名 某(とくな・なにがし)は、神騎による通信を終えた康之を見やりながら言った。
 二人のやりとりは神騎を通し知ることが出来ていた。
 康之が振り返る。
「……アレナは、この神騎の周囲の声とか皆の感じも分かるみたいだった」
「迂闊に使えば彼女に現状を知られるということか」




『……美味しい焼きラーメン?』
 リフル(佐野 実里(さの・みのり))は何か黒く濁ったものに触れられている気分で、伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)に問い返した。
『……そ……です……報酬で……』
 神騎との距離があるのか、藤乃の声と黒ずんだ気配は途切れ途切れといった様相だった。
 じっとその言葉を聞き止めて、彼女が言いたいだろう内容を把握する。
 どうやら、彼女は自分に同調作業を失敗するように促しているらしい。
 その報酬が美味しい焼きラーメンだという。
 もちろんラーメンの話は非常に気になったが、実里が一番気になっていたのは、藤乃の気配だった。
 おそらく、彼女のそばに居るオルガナート・グリューエント(おるがなーと・ぐりゅーえんと)のものも混じり合っている。
 途切れ途切れに伝わる黒い塊。
 と――
『リフル、大丈夫?
 ゾディアックの中で不自由してない?』
 今度はハッキリとした久世 沙幸(くぜ・さゆき)の声が聞こえた。
 その気配が黒い塊を押し弾く。
『……不自由はないけど、麺もスープもない』
『それは、どうしようもないなぁ。
 何か変わったこととかは?』
『……誰かが、私に同調作業を失敗しろ、と。
 そうしたら美味しい焼きラーメンを食べさせてくれると言ってる。
 距離が遠いのか、途切れ途切れだけど』
 実里が沙幸に告げると共に、スッと藤乃の気配が消えた。
『消えた』
『っ、逃げたのかなっ?』
『……分からないけど、多分』
『ううー、次は絶対に捕まえてやるんだもん!』
『沙幸』
『うん?』
『ありがとう』
『えへへ』
『……美味しい焼きラーメン』
『どこまでも気になってるんだね』

「まさか、リフルをたぶらかそうとするなんて!」
 憤慨する沙幸を見やりながら、藍玉 美海(あいだま・みうみ)は自身もうっすら怒りをあらわに片目を細めていた。
「私たちの親友をたぶらかそうなど、許せませんわね」
「とりあえず、報告してくるね!
「もしかしたら、侵入してくるかもしれませんものね」
 ここの警備を潜り抜けての侵入は並大抵のことではないだろうが、万が一ということもある。
「絶対に私はゾディアックを……ううんリフルたちを守りきるんだもん!」




「神騎でセイニィと意思疎通を行う為には、セイニィと同じ格好をしなければいけないらしいぜ」
 と言ったのは呂布 奉先(りょふ・ほうせん)だった。

『…………』
『それで、あんたはそれを真に受けたってわけね』
『後悔はしてません』
 シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)はプロミネンストリックを通じセイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)と交信を行っていた。
 ブラキャミ、ホットパンツにくまさんアップリケ、リボンでまとめたツインテール。
 ついでにセイニィ人形というセイニィ尽くしの格好で。
『率直に言っていい?』
『どうぞ』
『はずいっっっっ!』

 シャーロットは、すかさず、そばでニヤニヤしていた奉先に、ぼふっと拳を叩きつけた。
 くっくっく、と奉先が笑みこらえるのが聞こえる。
 シャーロットは小さく深呼吸して、改めてセイニィに語りかけた。

『セイニィ、あなたが剣なら、私は何者からもあなたを護る盾です』
『い、いきなり真面目になるし』
『真面目です』
『…………はぁ、分かってるよ。
 頼りにしてる』




「はっはーーー!
 神騎だなんだという道具なんぞ無くとも、拙者の想いをつたえるに不都合無し! でござるよ!」
 坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)は全力だった。
 巨大な白布を手にゾディアックの方へと走っていく。
 ゾディアックを巫女装束に飾りたいのだという。
 姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)は冷ややかな目で、そんな彼を見ていた。
 鹿次郎曰く、
『前女王に巫女装束を着てもらう約束をしている=前女王に関わっているゾディアックを巫女装束にするべき』
『巫女姿のエメネア・ゴアドー(えめねあ・ごあどー)が乗る=ゾディアックを巫女装束にするべき』
 ということらしい。
「…………」
「聴こえるでござるかエメネアさん!
 否ッ、聴こえているはずでござるよ!
 拙者、巫女さんだからエメネアさんが大好きでござるが、
 誰でもおぬしほどの面白巫女さんにはなれぬでござるからしてエメネアさん結婚してくださいでござ――」
 バキンッ、と。
 ゾディアックに向かっていた鹿次郎の体が、何かに弾かれてスッ飛んだ。
「あれは?」
 雪の問いに、いつの間にかそばにいたポータラカ人が答える。
(同調作業の最終段階は非常にデリケートなため、ゾディアックの各コックピット保護のシールドを有効にしてある。
 十二星華と女王以外は、あの付近で弾かれる)
「それで、先ほど作業装置を移動させていたのですね」
 雪は得心して、床に伸びている鹿次郎を見やった。




「何故、ブライドシリーズに関してはシャンバラだけが動いているのかしら?」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)はポータラカ人に問いかけた。
(かつて、ポータラカはシャンバラについていたために、
 ブライドオブシリーズ自体がシャンバラに散らばっているからだ。
 また、たまたま花音・アームルートが我々の手の内にあったことにも原因があるといえなくもないか。
 しかし、既に彼女に施した我々の洗脳は解除されてしまった。
 洗脳を解いたのは、愛の力、らしい)
「……は?」
(愛の力により我々の洗脳を打破し、ついでに愛する者の子を身篭ったらしい)
「…………」
(我々もよく解っていない)
 リカインは指先を軽くこめかみに触れ、目を閉じ、しばしの間を置いてから、ゆっくりと目を開けた。
「それはひとまず置いておくとして。
 こう協力関係を結んだ今、ブライドシリーズの探索についてのサポートを君たちポータラカ人から受けられると思って良いのかしら?」
(必要であり、我々にそれが可能であればそのようにする)
 言って、ポータラカ人がソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)の方を見やる。
(だから、あなたの持つ問いには、あなた方が知る必要があると我々が判断した時に伝えよう)


「くっそー、ナノマシン操作ばっかなのが悔しいなー」
 天王寺 沙耶(てんのうじ・さや)は、うきうきと文句を口にしながらポータラカ人たちの作業を眺めていた。
「にしても、ゾディアックは、やっぱでかいなぁ。
 女王に加えて、十二星華が必要になるのも分かるかも」
(現在は、十二星華の数が足らずともチャージ時間で補えるよう調整されているようだな。
 しかし、出力後の処理の事は考えられていない。
 ゆえに最大出力を行えるのは一度きりだろう)
 と――
 横をパタパタと飛んでいたアルマ・オルソン(あるま・おるそん)が、ポータラカ人技師へと問いかける。
「不思議なんだけれどる。
 カンテミール公の要塞は、どうやって機晶技術を取り込んで自らのものとしているのる?」
 彼女の妙な語尾が気になったようにポータラカ人技師がそちらを見やる。
(あれは確かに面白い技術だ)
「応用はできなそう?」
 面白そうな話に沙耶は、ぐいっと二人の間に顔を割り込ませた。
(あの技術は、おそらくカンテミールの持つ血筋の特性と神としての力に依存して構築されている。
 また、現状の稼働も、自身の命を惜しみなく削り、可能としているようだ。
 我々では再現できないし、出来たとしても実用化は不可能だ)


■メニエス・レイン


 ヒラニプラ――。
 独房。

 外の様子が酷く慌ただしい。
 厳重に拘束具で固められたメニエス・レイン(めにえす・れいん)は、かすかに聞き掴むことが出来た情報から事態を把握していた。
(……カンテミールが、ね)
 逃れるなら、今が好機なのだろう。
 だが、まずはこの拘束具を解かなければ話にならない。
(ティアが居れば星剣が使えるけれど――)
 パートナーのティア・アーミルトリングス(てぃあ・あーみるとりんぐす)は、別の場所に拘束されてしまっている。
 今のところ、自力で逃れる術は無さそうだった。
 メニエスは嘆息して、頭を垂れた。
 銀髪が彼女の顔横を覆う。
「あなたなら、何とか出来るかしら? ウゲン」
「僕に手伝えと?」
 声はメニエスの後ろから聞こえていた。
 この部屋はカメラで監視されている。
 おそらくウゲンは姿は消しているか、カメラの死角に居る。
「もちろん借りは貴方の望むように返すわ」
「ふぅん?
 そういえば、君のパートナー。降霊の資質があるみたいだね」
「それは初耳ね」
 メニエスは、わずかの間、思案してから。
「あれをあたしが所有してる限りは、貴方に付き合ってあげてもいいわよ?
 貴方の事、そこまで嫌いじゃないし」
「…………」
 ウゲンは少し笑ったようだった。
「いや、やっぱり止めておこう。
 アルコリアにも言ったけどさ。
 君も強いでしょ。フラワシなんていらないじゃん。
 僕たちの妹が生きていたら、君みたいに暴れまくってるんじゃないかって思うよ。
 兄貴はミツエを見てそう思ったみたいだけど……」
「ここへは感傷に浸りに?」
「というより、興味かな」
 わずかな音がして、メニエスの拘束具の鍵が密かに解かれる。
「それじゃあ、見返りはどうしたらいいかしら?
 『おにーちゃん』とでも呼んで欲しい?」
「――君以外の連中は既に脱走したみたいだ。
 カンテミールの要塞に向かってる。
 多分、あの英照ってヤツの企みだろうね。
 要塞の攻略に使えるって考えて、逃亡出来るように手を回しておいたんじゃないかな」
「あたしの待遇とは大違いだわ」
「英照が君を逃がしたくは無いのは確かだね――
 だから、君の逃亡を手伝ってあげるよ。
 なんとなく、あいつには嫌がらせしてやりたいんだ」
 と、メニエスの目の前に何か、小汚い白いものが転がされる。
「……ひっ、あ……ご主人様?」
 ウゲンが既に助け出して来ていたらしいティアが、こちらへいつもの怯えた顔を上げる。
 彼女は何やらメモを握らされていた。
 ともあれ。
 メニエスは命じた。
「星剣を出しなさい」
 同時に、己を覆っていた拘束具を床に落とす。
「ひぃっ……」
 ティアが慌てて取り出した星剣フランベルジュを奪うように取り、メニエスは独房の扉を斬り裂いた。
 背中にウゲンの声を聞く。
「そいつに渡したメモの経路なら、少し小細工しておいたから逃げやすいんじゃないかな。
 僕は急がなきゃいけない作業があるから、してあげられるのはここまでだ」
「十分よ」
 メニエスは強く笑って、駆け付けた監視の兵を星剣でなぎ飛ばし、ティアを引きずるように独房を出た。

 その後、彼女は追っ手との何度かの戦いを経て、ヒラニプラを後にしたのだった。