空京

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戦乱の絆 第二部 第三回

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戦乱の絆 第二部 第三回
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4.城内・七曜〜横島 沙羅の場合〜


 異変に気付いたのは、白砂 司(しらすな・つかさ)が連れてきたポチだった。
 
「どうしたんですか? ポチ……」
 ポチに近づいて、サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)は絶句した。
「う……わ! なにこれ!」
 絶叫をこらえて、たたらを踏む。
 足下に、何人もの学生達が倒れている。
 
 タダのではない。
 滅多刺しの上に、体中切り刻まれている。
 
「タシガンの龍騎士達と同じだ」
 司は龍殺しの槍を構えて、周囲を警戒する。
 
 【超霊ラブマイナス】――。
 偶然とはいえ、司達は探し求める七曜と遭遇してしまったようだ。
 
「『愛する者』に刺された、男達の末路か……」
「本当に愛したかどうかも分からないですけど?」
 サクラコはスウッと司の影に爪を立てる。
 そのまま滑り込むように、影の中に隠れた。
「じゃ、司君、囮役よろしくです!」
「ああ、巧くやってくれ。
 信じているぞ」
 
 司は、沙羅の超霊の性質を知る、唯一の学生だった。
 自分ならば、偽りの愛を嘘の記憶だと、自覚できるかもしれない。
 相棒と友のため、偽りとはいえ愛情に打ち勝つことができれば、勝機はあるのだ、と彼は考える。
 
(だが、本当に、勝つことなんて出来るのだろうか?)

 司はコンジュラーではない。
 当然「超霊」の姿は見えない。
 下手をすれば、サクラコ共々先程の学生のような目にあってしまうことも有り得るのだ……。
 一抹の不安は残る。
 
 物陰から声をかけられたのは、ちょうどその時のことだ。
 
 ■
 
 数分後、司は予定通り、道の奥で佇む横島 沙羅(よこしま・さら)に近づいた。

 ■
 
「きた!」
 
 言ったのは沙羅だ。
 司はその声音の暗さに、一瞬立ち止まる
 
「1人で来てくれたんだね!
 沙羅の為に?」
「え? あ、ああ……」
 
 答えたのは、反射的だったが。
 
 あはははっ!
 
 断頭の巨鉈を握りしめたまま、沙羅は振り返った。
 薄闇の中で、少女の肢体だけが鮮烈に浮かび上がる。
 その姿は、男達の返り血を浴びて、この世の物とも思えぬほど美しい。
 
 目があった。
 狂気を宿す瞳。そこはかとない色香が漂う。
 その瞬間、司の中で、何かが壊れて行った。
 
(き、綺麗だ……横島……)
 
 目が離せなくなる……催眠術にかかったように。
 沙羅はミラージュを使ったようだ。
 幾重にも分裂してゆく。
 幻と共に、少女の存在も、司の中で次第に変わって行くようで。
 
(まけるな! 司。
 こらえろ! 司!
 罠だぞ! こいつは!!
 ロリになって、どうする!?)
 
 司は必死になって、頭を振り続けた。
 だが抵抗もむなしく、「過去」は怒涛のように作り上げられて行く……。
 
 ■

 ――……くん。つ・か・さ・く・んっ!
 
 ハッと振り向いた、
 ここは、イルミンスール。
 夕暮れの下駄箱。
 沙羅が切なそうに、斜陽の中で佇んでいた。
 
 ――あれ、ここは……俺は確か「魔王のお城」に……
 ――「魔王のお城」?
 
 沙羅は大きな目を見開いて、緩やかに弧を描く。
 
 ――ああ、最近新しく遊園地にできたアトラクションだね?

 ふふっと、悪戯っぽく笑った。
 
 ――司君、意外と子供っぽいんだね?
 ――そ、ば! 馬鹿な! 僕は断じて、遊園地などは……っ!
 
 真っ赤になって否定する司。
 沙羅は額に、不意打ちのキス!
 
 ――っ!!
 ――……だって、可愛いんだもん♪

 スッと手をつなぐ。
 一緒に帰る、森の小道――。
 
 それが沙羅との「馴れ初め」だった。
 
 2人の中が進展したのは、それから間もなくのこと。
 沙羅の試験勉強を、司が見ることから始まる。
 誰もいない彼女の部屋で、司は幼い彼女の紅い唇に……唇に……唇……くち……。
 
 ■
 
 ……とそこで、司は現実に引き戻された。
 
 ■
 
「ブラインドナイブス……どうして!」
「だって、憎いんだもん! 司君!!」
 
 脇腹に、違和感があった。
 ざっくりと斬り裂かれていて……このまま動けば、明らかにマズイ。
 
 渾身の一撃を加えるつもりなのだろう。
 幾重にも分裂した沙羅は、龍殺しの槍を天高く掲げる。
 
「愛しているのなら!
 沙羅の為に死んでよね? 司君!」
 
 あはははっ!
 笑い狂った沙羅は、とどめの一撃を加えようとする。
 
 だが、次の瞬間、沙羅の刃は空を切っていた。

「光術? 誰が?」
「こ、こっちですぅ!!」

 再び、眩い光。
 目を押さえる沙羅。
 気が散った拍子に、幻は消え去る。
 
 ■

『いまです! 杏さん』
『わかってるわよ! 早苗』

 精神感応での短いやり取り。
 直後、柱の陰から、その者――葛葉 杏(くずのは・あん)はとてつもないスピードで近づいた。
 腕に、流星のアンクレット。
 天御柱学院の彼女は、トップスピードのまま拳を振り上げる。
 
「他人から貰った力でいい気になるから、周りが見えなくなるのよ」
 ブラインドナイブスで、死角にはいる。
 そのまま、攻撃!
 きゃっと短い悲鳴をあげて、沙羅は蹲った。
 その彼女の手元目掛けて。
「うにゃにゃにゃにゃー」
 キャットストリートで容赦なくパンチを繰り出す。
 
「お、おのれ!」
 沙羅の手から、刃がこぼれおちた。
 更に力の差で、足がふらつく。
 
「とどめの一撃です!」
 サクラコが司の影から躍り出た。
 相手の後頭部目掛けて、渾身の一撃を叩き込む。
「サクラコ・カーディ……隠れていた……なんて……」
 
 沙羅はなすすべもなく、意識を失った。
 
 ■
 
「助かったぜ、葛葉」

 正気に返った司は、真っ先に伏兵・葛葉杏に礼を述べた。

「だが、俺の恋人を、一撃とは……」
「だから、恋人じゃないって」
「ああ……『作られた過去』だったか」
 まだ混乱する頭を振りつつ、司は大きく息を吐く。
 沙羅への想いも。
「しかし、なんともはた迷惑なフラワシだな」
「でも助かってよかったね?」
「葛葉達のお陰だ、すまない」
 司は礼儀正しく、一礼する。
 えへへ、と杏は満足そうに笑った。

 ――やるなら、一緒にやらない?
 
 司達が決死の覚悟で、沙羅に立ち向かわんとしていた時。
 2人はそう言って、司達と共闘してくれたのだ。
 
 ――早苗、時間を稼ぎなさい。
  その間に、私が移動して相手を射程距離に捉えるわ!
  
 彼女は有言実行し、精神感応で沙羅との距離を図ることに成功した。
 お陰でサクラコは止めを刺すことが出来、司の命は助かって、「七曜」は倒れた。

「そうだ! 橘は?」

 司は橘 早苗(たちばな・さなえ)の姿を探す。
 早苗はやや離れた位置から、心配そうに4人の様子をうかがっていた。
 そのパートナーに向かって、杏は差し指を突き上げてみせる。
 早苗は、おお! と驚いて、来た道を戻り、後から来るはずの学生達に勝利を告げるのであった。
 
「あ、杏さんだ。 よく解らないけれど七曜を倒したのは杏さんだ!」
「俺もなんだがな……」

 だが司の呟きは、早苗の大声の前にかき消されてしまうのであった。
 
 ■
 
 西城 陽(さいじょう・よう)は、倒れた沙羅のそばにしゃがみ込んでいた。

「沙羅に敵対を宣言しようと思っていた。
 シャンバラの敵に回った七曜と俺が無関係だったら、
 いつか沙羅が戻って来れる場所を天学に残せるかもしれないと思ったから」
 そして、いつか自分が沙羅を一発ぶん殴って止めさせたかった。
 それでも、さっき司たちと一緒に戦えなかったのは、
 ウゲンが用済みの七曜をどうするか、今はまだ分からなかったからだ。

「これから、どうするつもりだ?」
 司の問いかけが聞こえ、陽は静かに言った。
「……俺は、偶然、倒れている沙羅を見つけた。
 って事にしてもらっても、いいか?
 シャンバラ側の人間として、七曜の沙羅を拘束して回収する」
 倒れた彼女を放っておくことは出来なかった。
 それに、いずれ他の誰かが同じ事をしただろう。

「……そうか。分かった」
 そう答えが返り、先を急ぐ司たちの足音が遠ざかる。
 陽は沙羅の目を布で覆い、その手足を拘束してから、彼女を担ぎ上げた。