校長室
戦乱の絆 第二部 第三回
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ウゲンとアイシャ2 樹月 刀真(きづき・とうま)は、押さえこまれた生徒たちを挟んでウゲンと対峙した。 「ウゲン・タシガン……訊いておきたいことがある」 「どうぞ」 「テメエがパルメーラに御神楽環菜を殺させたのか?」 刀真の眼差しをウゲンが見返す。 ろくりんぴっくの際に御神楽環菜を暗殺した世界樹アガスティアの化身、パルメーラ・アガスティア。 彼女は絶対中立であり、誰かがそそのかさない限り自ら世界に干渉するはずは無かった。 つまり、ナラカでパルメーラを環菜暗殺へと導いた者がいるということ。 そして、ウゲンはタシガンの黒き迷宮とナラカの負の力をエネルギーとして利用する変換器を作り上げている。 自らが得た情報と友人の早川呼雪から得た情報を組み合わせ、刀真はナラカでパルメーラをそそのかしたのは、ウゲンであると、ほぼ確証を持って問いかけたのだった。 ウゲンの口元へ、にんまりと笑みが浮かぶ。 それは明らかな肯定の笑みだった。 瞬間、前後も無く踏み出そうとした刀真の前へ漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が静かに一歩出る。 「……彼女を殺すことで、あなたはどんなメリットを得たの?」 刀真は歯を噛み擦り、ゆっくりと細く息をついてからウゲンに問い掛けた。 「シャンバラへ干渉したがっていた鏖殺寺院や十人評議会の都合なのか?」 十人評議会のことは天音から、その存在を聞いていた。 ウゲンが片眉を曲げ。 「僕が評議会と繋がっているのは認めるよ。 直接、というわけではないにしろね。 でも、僕が彼らの手先のように思われるのはシャクだな。 大体、御神楽環菜の排除が彼らにとってメリットがあったかというと、答えはノーだ。 彼らは、いずれそういった選択をするつもりだったかもしれないけど、あの頃は、まだ彼らにとってタイミングが早過ぎた。 彼らは御神楽環菜によるパラミタ経済のコントロールのおこぼれで力を蓄えているようなものだったし…… シャンバラに干渉する機会そのものは手に入ったとはいえ、彼らだけで学校勢力を相手にできるほどの力はまだ無かった。 結果的に、彼らは足りない分を補うため、エリュシオンと組まざるを得なかった」 「なら、何故テメエは環菜を!」 「単純に、邪魔だったんだよ。 今のシャンバラの状況を作り出すのにね。 僕は君たち契約者の力を…… 外側でふんぞり返って傍観しているだけのハゲのように過大評価もしないし、 運命に頼るロマンチストなリーゼント親父のように過小評価もしない。 こう見えて、案外、色々と準備しているんだ。 契約者だった自分の兄貴に、いきなりぶっといモン突き刺されて一度殺された経験を活かしてさ」 「準備……。 女王アイシャのことも、その一環だというのか」 姫神 司(ひめがみ・つかさ)の言葉に、ウゲンの笑みがピクリと震える。 「タシガンの吸血鬼たちが、そなたに創り出された生命体であるというならば…… 女王アイシャもまた、そなたの道具として用意されたものと考えられる。 道具は使い道があってこそ生み出されるもの―― ウゲン・タシガン! そなたに問う、アイシャは何者だ!」 「君は、このタイミングでそれを僕に訊くのか……」 ウゲンが軽く項垂れるようにして、額に手を置きながら低く漏らす。 「……もう、あまり無駄な力は使いたくなかったんだけどなぁ」 ボヤくウゲンを見る目を強め、姫神は更に語気を鋭くした。 「答えよ!」 深く長く呼吸をしてから、ウゲンがゆっくりと顔を上げる。 「……アイシャは、確かに僕が準備した“モノ”だ。 ゾディアックの力を使って、僕の望み――世界の消滅を叶えるためにね」 「なん、だと……」 ウゲンがクスと笑んでから、目を細める。 「アイシャは、実際、産まれてまだ一年も経っていない。 彼女の用途は特殊だったから、作成には因果律の操作とはまた別の力を使ったんだ。 そして、彼女の記憶を作ったのは僕だ。 『女王様のために生きる』よう調整した記憶を彼女に施し、アムリアナのそばに置いた。 追い込まれていたアムリアナが、一刻でも早くゾディアックを復活させ、自身の願いを叶えようとするだろうってのは分かっていたからね」 「そして、そなたの思惑通り、前女王はアイシャに力を渡し…… 女王となったアイシャは、ゾディアックの復活を急いだというわけか……」 「そう。後は、“その時”が来るまで待っていれば良かった」 そこで、ウゲンが少々忌々しげな調子で哂った。 「だけど、アイシャは君たちと慣れ合っている内に、僕の予想を超える速度で自我を発達させていた。 それは僕からしてみたら、厄介なバグそのものだったよ」 ウゲンの様子と言葉に、姫神は眉根を寄せた。 「……どういうことだ?」 「僕はアイシャの創造主だけど、基本的には彼女を操ることは出来なかった。 下手に干渉を行えば、周囲の目ざとい連中に感じ取られてしまう可能性があったからね。 それに女王の力は、とても強力だ。 だから、誰にも気付かれず、女王の力にも邪魔されない領域に、僕は、ひっそりと仕掛けを施しておいたんだ。 アイシャがアムリアナの願い通りにゾディアックを使う、“その時”に僕が干渉出来るようにね。 でも―― アイシャの自我はその領域に影響を与えるくらいに育っちゃったってわけ。 うざーい、って思ったね、じっさい」 「下衆が……ッ」 ウゲンを睨み、姫神は苛立ちで肩を震わせていた。 その苛立ちを鎮めるように、グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)の手が、そっ彼女の肩に置かれる。 グレッグがウゲンを見据え。 「……もしかして、空中ドックで女王をさらう時に使ったのは、その仕掛けですか?」 「簡単な操作は、まだ受け付けてくれたからね。 魔王のお城は、良いアイデアだと思った。一度やってみたかったっていうのもあるけど。 邪魔な自我を用済みの記憶ごと掃除して、改めて干渉領域を作るには時間が必要だったし―― 戦力を引きつけている内にシャムシエルがゾディアックを起動してくれたなら、それはそれで僕好みの展開ではあった。 もちろん、最終的には、融合した世界も残させる気は無かったけどね」 ウゲンは、ふぅ、と何処か満足げな息を吐き。 「少し、スッキリしたかも。 ……これから貴重なエネルギーを消費してしまうことへの対価とでも思っておこうかな」 姫神たちの方を見返す。 「悪いけど、シナリオのエンディングは変えさせてもらう。 というより…… ここまで話したってことは、僕がこれから何をするか、分かるよね?」 言って、ウゲンが玉座から立ち上がる。 と――その身体が、ぐんっと何かに伸し掛られたように曲がった。 裁には、ウゲンの身体を押さえ込んだのが、例の不定形生物だと分かった。 そして。 「ゥオラァアアア!!」 「貴様に痛みというものを教えてやるッ!!」 いつの間にか不定形生物の拘束から逃れていたラルクと岩造がウゲンへと距離を詰める。 手応えのある音が鈍く響き―― 間髪入れず、二人の身体は、ウゲンのフラワシによる強烈な力に吹き飛ばされた。 彼らの身体をそれぞれの仲間が受け止めた向こうで。 「……生憎さぁ、こういう演出は好きじゃないんだよ、高崎悠司」 ウゲンは口元の血を拭って、口の両端を吊り上げていた。 ■ 悠司は悪夢の中で力無く笑っていた。 「少しは喜べよ。 ……俺からのサプライズを。 こっちは精神が擦り切れそうだってのに……必死こいて、フラワシ操ってんだぞ?」 そばには無数の声が溢れていて、それらは絶え間なく耳孔を叩き続けていた。 見るも無残な姿の小さな亡者たちがまとわり、重く伸し掛っている。 悠司は、頭上、遠くにある鈍い光の中を大量の蠅が飛び回っているのを見ていた。 ずぶずぶと自身は沈み続けている。 ゆっくりと見下ろす。 沼だと思っていたものは、やはり、数え切れないほどの亡者だった。 蝉時雨のような喚き声が一層大きくなる。 「……そうか、おまえらは――」 迷路内の一室。 簡素なベッドで苦しげに眠っていた悠司の体が、雷に打たれたように大きく跳ねた。 ■ ウゲンの身体に伸し掛っていた不定形生物が、それを操る者に何かが起きたように、震え、捻れ、消滅する。 おそらくウゲンがフラワシの使い手に何かしらの『罰』を下したのだろう。 そして、ウゲンは姿を消した。 アイシャの元へウゲンが現れた時、契約者たちはまだ右天を突破出来ずにいた。 ウゲンがアルカへと告げる。 「アイシャを連れて行くよ」 「え……?」 ウゲンは、横たわっているアイシャの身体に触れた。 「どうせ時間に間に合わなかったんだ。 ペナルティの方向を変えるだけさ」 零し、ウゲンはアイシャと共に再び姿を消した。 右天は幾つもの攻撃を受け、次々に記憶を失っていった。 後に残ったのは、彼の本質であるただの破壊衝動だけ。 そして、彼はそこら中に強烈な衝撃波を撃ち放ち、自らが埋もれることなど構わず、城を崩壊へと導いていったのだった。 その後、右天とアルカは崩壊した城跡からシャンバラ側に回収・拘束されることになる。 ■ 「こっちで合ってるのかしら〜?」 崩壊を始めた城内で、アスカたちは、寝返りの交渉をすべく裕司を探していた。 「案内役が急に倒れてしまうとは……」 ルーツが、白目を向いて意識を失ったままのレティシアを背中に担ぎながらボヤく。 「パートナーの七曜の方に何かがあった感じよね〜」 やがて、アスカたちは、ある一室に横たわる裕司の姿を発見した。 部屋にあったのは簡易なベッドのそばの床に、裕司の体がダラリと落ちている。 激しくもがき苦しんだ後だというのは、周囲の状況からすぐに分かった。 「どうするんだ?」 問いかけたルーツの方へアスカは手を伸ばした。 「私がそっちの子を担ぐわ〜」 「了解した」 ルーツが手早くレティシアをアスカへと渡し、悠司を担ぎにかかる。 そうして、彼女たちは二人を連れ、崩壊していく迷路を駆けて行ったのだった。 そうして、城の崩壊の前後で、 以下の七曜とそのパートナー、七名がシャンバラ側に囚えられることとなった。 茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす) レオン・カシミール(れおん・かしみーる) 横島 沙羅(よこしま・さら) 高崎 悠司(たかさき・ゆうじ) レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ) 横倉 右天(よこくら・うてん) アルカ・アグニッシュ(あるか・あぐにっしゅ) その他の七曜たちは、 自力で逃亡したのか、ウゲン側に回収されたのか、 城が崩壊して後、姿を消していた。