空京

校長室

戦乱の絆 第二部 第三回

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戦乱の絆 第二部 第三回
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空中ドック2


 空中ドック――。
 姫神たちからの連絡を受け、ゾディアック付近は緊急体制が取られつつあった。

 バキンッ、とゾディアックの女王のコックピット周辺の空間が鳴る。
「――ちぇっ、やっぱり弾かれるか」
 舌打ちと共に現れた侵入者に、いち早く反応したのは、菅野 葉月(すがの・はづき)だった。
「ウゲン!!」
 剣を抜き放ちながら素早く構える。
 視線は鋭くウゲンに据えたまま、彼はゾディアックを意識した。
 その中には、先ほど同調作業を終えたばかりの十二星華が居る。
 と――。
 ドックとゾディアックを繋ぐケーブルが、見えない力によって次々に派手な音を撒き散らして切断された。
 それは、十二星華をゾディアックに搭乗させたまま、外部からのコントロールを断たれたことを意味していた。
「ッ!?」
「葉月――ウゲンが持ってるのって、女王じゃない?」
 ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)の声に、葉月はハッとウゲンの方へと意識を戻した。
 ミーナの言った通り、空中に浮かんでいるウゲンの手には、無造作にアイシャが掴みぶらさげられていた。
 周囲の警備を行っていた生徒たちが武器を構えながら、ウゲンを取り囲んでいく。
「大人しく通しておいた方がいいんじゃないかな?
 こっちには女王が居るんだよ?」
 ウゲンの言葉に、数人の生徒は戸惑いを見せたようだった。
「人質、だとでも言うつもりですか?」
 葉月の問い掛けに、ウゲンが面倒くさそうに片目を細める。
 構わず、葉月は続けた。
「こうして現れたのは、君の狙いがゾディアックにあるからでしょう?
 どうやって操るつもりかは分からないですが――
 ゾディアックを使おうと考えている以上、君が女王を殺すことは無い」
「殺す以外の酷いことについては?」
「関係無いな」
 言ったのは羅 英照(ろー・いんざお)だった。
 生徒たちの間を抜け、ウゲンの前へと立った英照が続ける。
「状況はアイシャ奪還に向かったものから連絡を受け、把握している。
 ゾディアックがお前の手に落ちれば、世界に未来は無いのだろう?
 何が重要かは、赤子でも分かることだ」
「赤子だから割り切れる、の間違いじゃない?
 ともかく、そういうことなら今はただのお荷物だね。コレは」
 ウゲンがアイシャを虚空へ放る。
 彼女の身体は虚空の何かに捕まれ、空中にぶらさがった。
 同時に、生徒たちが一斉に動いた。
「省エネを心がけてる場合じゃないかな。
 ……こういうことになるから、なるべくスマートに事を運びたかったんだ、俺は」
 ウゲンが忌々しげに吐き捨てる。


(既に十二星華をゾディアックから切り離し、解放する作業を進めているところだったが――
 ケーブルが切断されたために、それは中断された)
「つまり、この事態を想定しての事だったのね」
 荒井 雅香(あらい・もとか)は、目の前の巨大な予備ケーブルを見やりながら言った。
 数分前、英照がポータラカ人へ、すぐに使用出来る状態にしておくように命じていたものだ。
(時間が無かったため、用意できたのは一本だけだがな)
「手伝えることは?」
(ケーブルをゾディアックの所定の位置へ接続させるための作業だ。
 しかし、こちらから細かなサポートをしている余裕はない)
「その辺は大丈夫。
 こっちは、ただボーッとあなた達の作業を見学していたわけじゃないんだから。
 私たちシャンバラの技師は勤勉よ?」
 言って、雅香は大きくウィンクしてみせた。
「そういうわけで。そっちはオレたちに任せろ。
 他の作業を急いでくれ、ガッハッハハ」
 イワン・ドラグノーフ(いわん・どらぐのーふ)の大らかな笑い声が緊迫した現場に響いていた。
 そして、空中ドックに居たシャンバラの技師たちは、すぐにその作業へと取り掛かっていく。


 ウゲンのフラワシが扱う能力は数えきれぬほど多岐に渡っていた。
 そして、凄まじく強力だった。
「ケンリュウガー! 剛臨!!」
 魔鎧龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)を纏って、ウゲンへと距離を詰めていく武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の視界の端では、実力者である数人の生徒が為す術も無く吹っ飛ばされていた。
 向こうの方では、ボロボロの葉月とミーナがそれでも立ち上がろうと必死でもがいている。
「ウゲンはカンテミールと一緒だ。
 女王も十二星華も道具としてしか見てねぇ」
 牙竜が吐き捨てるように言った言葉に、灯の憤る声が返る。
「魔鎧である私も、ある意味道具なのかもしれません、だけど、私が私であるために精一杯生きてます!
 勉強に遊びに……そして、恋にも!
 だから、セイニィ嬢を十二星華としてでなく、一人の友として……女の子として守るために戦います!」
 目に囚えられない力が、まるで豪風のように吹き荒れる中へと踏み込み、牙竜はギガントガンレットの重量を乗せた二振りの無光剣を激しく唸らせた。
「いい加減に、しやがれぇーーー!」
 しかし、その切っ先がウゲンへ届く前に、ウゲンのフラワシによる力で弾き飛ばされた。
 身体の内部が嫌な軋みを上げるのを全身で感じながら、牙竜はなんとか身体を立て直し、着地した。
 が、間髪入れずに襲った横殴りの力に叩かれ、地を転がる。
「ッ……この」
「いいことないよね。お互いに。
 大人しくゾディアックを明け渡してくれれば、君たちは痛い目を見なくて済むし、僕は力を温存しておける」
「ゾディアック、じゃねぇ……。
 俺は……セイニィを守りに来たんだ。
 心から……愛……一人の女を……」
 彼らの声は神騎プロミネンストリックを通し、セイニィへと届けられているようだった。
 だが、牙竜の言葉は、フラワシの力に身体ごと押し潰された。
「ァグ……!?
 ッ……俺は、セイニィの、ロイヤルガード……だ」
 セイニィが懸命に牙竜の名を呼んでいるようだったが、彼の意識はそれをハッキリと捉える前に落ちた。


「――こんな時に訊くのもなんですが」
 長谷川 真琴(はせがわ・まこと)はゾディアックに予備ケーブルを接続する作業を急ぎながら、ポータラカ人へと語りかけていた。
 手は一度たりとも止めない。
「ゾディアックが作られた本当の理由は何なのでしょうか?」
(本当の理由?)
「何故このような装置が作られたのか、です」
(主な理由は、それが可能となったから、だ。
 イコンの開発技術の進歩、そして女王の力の解析や剣の花嫁の研究が進んだ結果、ようやく出来たのだ。
 古代シャンバラ滅亡の直前に、な)
「……ウゲンは世界を消滅させるために使おうとしているようですが、そんなことが本当に可能なのですか?」
(可能だ。
 シャンバラと地球。
 ゾディアックが二つの世界に干渉した際、意図的に暴走を起こせばいい)
 と――ウゲンの放つ攻撃の余波が周囲を大きく振動させた。
「――っ」
 硬い音を立てて足場がひしゃげる。
 気づいた時には、体が虚空に投げ出されていた。
「真琴!!」
 クリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)の手が真琴の腕を掴む。
 ぶらん、とぶら下がった体の真下に見えたのは、遙か遠くのゾディアックの足先。
 真琴の安否を確認する仲間の声がする。
「あ、はい、こちらは大丈夫です。作業の方を続けてください!」
「気を付けな、ほんとさぁ……しょっと」
 相当肝を冷やしたらしいクリスチーナがやれやれといった調子で真琴を引き上げる。
「あは、はは、すみません」
 ポータラカ人からテレパシー。
(接続が完了した。
 同調レベルの低かったものから順次解放を行う。
 ――まずは、山羊座だ)


「まさか、こいつが来るとはな」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、キリッと奥歯を鳴らしながら呻いた。
「シャムシエルでも裏切り者の生徒でもなく、とはね。
 ――逃げるなら、今のうちだよ?」
 魔鎧那須 朱美(なす・あけみ)が、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)に纏われた状態で言う。
「ティセラねーさんたちが自分の意志で選んだ道だ。
 それを妙な事に利用されるわけにはいかねぇよ」
 シリウスは迫るウゲンを見据え、魔術を組み上げながら言った。
 レブリカ・ビックディッパーを構えた祥子が頷く。
「そうね……。
 アムリアナ様の願いの実現とティセラを脅かす者は絶対に許さない」
「ティセラお姉さまは渡しません。
 例え、刺し違えることになったとしても」
 リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が【偽星剣・オルタナティヴ7】を構えながら静かな決意を零す。
 彼女たちの声は、祥子の神騎ビックバンダッシャーを通じ、ティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)へと届けられていた。
 ティセラが必死に彼女たちを制止しようとしているのが伝わってくる。
 祥子が言う。
「ティセラ。あなたは……いえ、皆は私が護る。護ってみせる」
 そして、彼女たちはウゲンへと一斉に攻撃を仕掛けた。


 だが――


 しばらくの後、
 その場に立っていたのは、ウゲンとアイシャだけだった。
「……リフルを欠いた、か。
 まあ、一人くらい見逃してやるよ。
 世界の寿命がほんの少し伸びただけのことだ」
 ウゲンは、色味の悪い乾いた指先をゾディアックのコックピットへと向けた。
 アイシャが、倒れた契約者たちの間を歩んでいく。
「さあ、ゾディアックを動かしておくれ。
 この世界をすっきりと消滅させるためにさ」