空京

校長室

【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)

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【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)
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リアクション


黄金と白銀 4

「取舵一杯! 艦をルミナスヴァルキリーの右舷側方に占位! 対空火器は相互に援護を!」
「了解! 右舷推進システム速射――角度修正!」
 巨大飛空艇エリシュ・エヌマの指令室では、艦の操縦一切を任されたローザマリアの指示に従って、オペレーターたちの声が交錯していた。
 その中には、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)の姿もある。彼女はオペレーションシステムとテクノコンピューターを繋ぎ合わせ、独自の索敵システムから収集された情報を、ルミナスヴァルキリーへと送信していた。
「ルミナスヴァルキリーより応答! 敵機小隊……こちらへ近づいています!」
 フレデリカの声を聞き取って、ローザマリアが指示を出す。
「甲板のアルマイン・マギウスを守れ! 後方支援イコン部隊の一部を、ルミナスヴァルキリーの援護に回せ!」
「狩生機――イーグリットがアルマイン・マギウスの援護に向かいました。後方支援部隊もルミナスヴァルキリーへと回ります!」
 苛烈を極める戦いにおいては、情報は必要不可欠の戦術要素であった。膨大な数々の情報が、一瞬一瞬の間に駆け巡り、それを管理するだけでも艦内はせわしなく指示と応答が繰り返される。
 フレデリカもまた、そんな情報収集に一役買っていたが……心のどこかでは、エンヘドゥのことが気がかりなままだった。シャムスが艦を降りて戦場に出たのを見送ってからというものの、不吉な予感が絶えず渦巻いていた。
「ルイ姉……エンヘドゥさんの行方は、分かった?」
「いえ……それが、ルミナスヴァルキリーのほうの監視システムともモニターを繋いでいるんですが……姿は見当たりませんね」
「そう……」
 隣でいくつもの電子モニターと睨みあっているルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)は、シャムスが艦を降りてから独自にエンヘドゥの行方を探っていた。だが、期待した結果は今のところ得られていない。
 半ば小さく……フレデリカの口からため息がこぼれた。だが、そんな彼女に向けてルイーザは続けた。
「だけど、手がかりが全くないわけではありません」
「え……?」
 フレデリカが顔を上げると、彼女に答える代わりに、ルイーザは同じくオペレーションモニターを前にしていた久我 浩一(くが・こういち)へと視線を向けた。
 浩一はルイーザの言葉を引き継いでフレデリカに応じた。
「結果としては……良いのか悪いのか、微妙なところだけど」
 先ほどから、独自でシステムを弄っていた浩一は、その成果とも言える画面をフレデリカに見せた。それは、かつてモートの中にあったエンヘドゥの光を見つけたときの、エリシュ・エヌマが搭載するレーダー画面だった。
「これは……?」
 だが、フレデリカの知っているものとは微妙に違う。光の光点は確かに点滅しているが、それと同時に、闇の光点とも言えるものが表示されているのだ。
「エリシュ・エヌマの自動操縦システムは、火器管制レーダーがモートの闇を感知するように組み込まれていた。普通なら、それは同時に組み込まれる言わば『心魂情報』なんだけど……どうやらエリシュ・エヌマに搭載されてる魔力回路は、自動操縦のときにその負担を大きく依存されるらしいんだ」
「えっと……?」
「つまり、人の手にゆだねられずに全てを自分で制御する分だけ、エリシュ・エヌマのシステムには制限がかかってるってことです」
 首をかしげたフレデリカに、ルイーザが捕捉する。なるほど、と合点がいったフレデリカに、浩一は続けた。
「ルイーザさんが制御を外してくれたおかげで、そのシステムを統合させることには成功した。だけど、これは……」
 光点と闇点が同じ場所で重なって明滅している。
 そして、浩一によると光点の情報はエンヘドゥを記録しているという。それが意味するところはつまり……
 隣で通信情報を管理していた浩一のパートナー、希龍 千里(きりゅう・ちさと)が静かに告げた。
「エンヘドゥは闇――モートとともにいる。そしてその位置は……敵イコン部隊」
 浩一が認めたくはなさそうに頷いた。
 だが、情報は事実としてそれを教えている。フレデリカも一度は戸惑いを見せた――だが、すぐに彼女は、決然として言った。カナン軍の兵として、そして、搭乗員として。
「ルミナスヴァルキリーにも伝えるわ。レーダー情報は送信できる?」
「少し待ってくれ。もともとこのレーダーの回路は複雑なんだ。互換させるまでには、時間がかかる」
「なら、事実だけでも伝えておくわね」
 フレデリカはまずローザマリアへと内部通信した。ローザマリアも多少は予期していたことだったのだろう。驚きはわずかに間を置くだけにとどまり、すぐに彼女は艦内にも情報を回すように指示を出した。
 皆、己が役目を担っている。そして、己の役目を理解しているのだ。それは、フレデリカたちもまた……同様に。
「浩一、ギルガメッシュが出撃準備を整えたようだ。そちらにも通信を開こう」
「ああ、頼む」
 そして――浩一たちもまた、己が役目を果たそうと、イコンパイロットたちに向けた通信を展開した。


 上空に広がるイコン部隊の戦いは激しさを増していた。一機が墜とされれば、次なる一機が撃墜される。光粒子と弾丸が飛び交い、地上からもアンズーのキャノン砲がカナン軍のイコンを狙い撃ちしていた。
 それでも――コントラクターを抱えるカナン軍のイコンは負けてはいない。
 ワイバーン部隊を前にして、夜薙綾香のイコンは巨大なライフルを構えた。機体型番SCUV-ARJ【アルジュナ】――イクス・マグナと名づけられたそれは、魔術師たる綾香が操るに相応しい魔力強化された機晶炉を有している。
 独自の魔力プログラムが機体の周りを囲み、照準を制御した。更に、機体の外装に纏われるのは魔鎧の防護結界『異法の殻』である。紋術を描いた魔力の外殻が、イクス・マグナの防御壁となる。
「綾香、敵機捕捉完了! 防護結界も準備OK!」
「よし……!」
 サブパイロットのヴェルセ・ディアスポラ(う゛ぇるせ・でぃあすぽら)の声を聞いて、綾香はアサルトライフルを放った。数体のワイバーンを纏めて撃破すると、続けざまにプラズマライフルへと武器を転換させる。
「へへーん! ヴァラヌスだからって、負けてられないんだから!」
 ヴェルセの陽気な声がコクピット内に響く。プラズマライフルが敵を捕捉するその間に、敵機からの反撃は受けているものの……防護結界はそんな攻撃をモロともしなかった。
 ライフルが放射されると、プラズマ粒子の渦がヴァラヌスの束を巻き込んで撃墜していく。
 このまま、綾香たちコントラクターの部隊は城門へとさしかかろうとしていた。
 と――爆発的なエネルギーがその前方をかすめたのは、そのときである。
「な……!?」
 それは、一気に味方兵の乗っているワイバーン部隊を殲滅した。悲鳴も音もなく、まるで蒸発するかのように消え去った味方兵の部隊。それを呆然と見やって、綾香はエネルギー砲を放った正体をモニターに捕捉した。
 そこにいたのは――白銀に輝く外装を纏ったイコンだった。
エンキドゥ……!」
 伝説のイコンは、その存在感だけでも異彩を放っていた。まるで、人が神を前にしたときのような、隔絶された圧倒的な力の差が感じられる。現に、エンキドゥが先ほど放ったエネルギー砲は、並みのイコンが限界までエネルギーをチャージしたところでも、同等に至るかどうか……。
 思わず立ち尽くす味方のイコンたち。
 瞬間。
 エンキドゥは加速した。
「……っ!?」
 その速度は、到底そこらのイコンの比ではなかった。機動性タイプのイコンでさえも、機体反応を捕捉するので精一杯だ。いつの間にか上空へと飛び上がっていたエンキドゥのエネルギー砲が、味方機を次々と撃ち落していった。
「く……後退だ、後退しろ!」
 もはや誰が叫んだのかすら分からなかった。イコンたちはとにかくエンキドゥに対抗しようと、その攻撃を避けるのに全力を尽くす。
 たった一機だ。たった一機に――戦況はがらりと覆されていた。それほどまでの圧倒的な力の差が、エンキドゥにはある。白銀の残像を生み出して、ビームサーベルを手にしたエンキドゥは味方機を次々と貫いていった。
 このまま……このままあの一機にやられるのか……!
 金色の影がエンキドゥの目の前に現れたのは、そのときだった。
「あれは……!?」
 綾香は思わず声を洩らした。
 そこにあったのは、エンキドゥと対を成すかのような黄金の外装。同じく運命を共にしてきた伝説のイコン――ギルガメッシュだった。と、いうことは……
「エヴァルト、レン……! 間に合ったのか!」
「遅れてすまん」
 味方機の通信を介して聞こえてきたのは、レン・オズワルド(れん・おずわるど)の声だった。続けて、ギルガメッシュがなぜかポーズを取り始め、それに合わせるように熱き叫びが聞こえてきた。
「黄金英雄! ギルガメッシュ参上!! 俺たちが来たからには、好きにはさせん!」
 メインパイロットを務めるエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)の声だ。通信からでも、どことなく彼が何をしているのかは分からないではない。コクピットにいながらも、情熱を燃やしているのだろう。
 そして、その闘志のままにエヴァルトはエンキドゥへと突撃した。なぜか……エンキドゥは立ち尽くしたままだ。
「いくぞ、エンキドゥ! 貴様の相手はこのギルガメッシュだ!」
「待て、エヴァルト!」
 ギルガメッシュの動きを止めたのは、他ならぬサブパイロットを務めるレンだった。突然の制止に立ち止まったギルガメッシュ。
 戸惑いの声がエヴァルトから洩れた。だが――すぐにその表情が驚愕へと変化した。それまで白銀の光を放っていたエンキドゥの体躯から、ぼんやりと闇の力が垣間見えてきたからだ。
「こ、これは……!」
 そしてそのとき――味方イコン部隊に通信が届いた。
 それは、エリシュ・エヌマに搭乗している千里からのものだった。その通信はある意味で、それを予測していたレンや綾香にとっては、予感を確信へと移すだけのものに過ぎなかった。だが――出来れば杞憂であって欲しかったと、そう思う。
 その通信はこう告げた。
 ――エンキドゥに乗っているのは、シャムスの妹であるエンヘドゥ・ニヌアだと。
 機体から洩れる闇の影。
 正吾がはっとなって、思わず呟いた。
「まさか……あいつは……死んだはずじゃ……!?」
 そいつは、闇の底にいる存在。まるで泥沼の奥底からはいずり出てきたような不気味な声色が、エンヘドゥの声色と重なる。エンヘドゥであって非なる者である“そいつ”は、嘲るように告げた。
「ひゃはは…………皆さん、あの程度でこの私が本当に消滅してしまうとでも思っていたのですか?」
 嘘だと、信じたかった。だが、現実は“奴”の声で嘲笑していたのだ。
 闇が……嗤う。
「闇は、終わりなど迎えはしないのですよ。言ったでしょう? あんな最後……認めないとねぇ」
 “奴”は……かつてカナンに災厄をもたらした闇――モートは、底すら見えない闇の奥から紅き瞳を覗かせていた。