空京

校長室

【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)

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【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)
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リアクション


守りたいもの 1

 瞬間。
「ざっけんなぁ!!」
 怒気を孕んだ声が叫ばれると、南カナンの給水施設に焔が走った。炎は施設に傷をつけぬように意思ある者のごとく波打つと、神官兵を飲み込んだ。そのまま、敵を焼き尽くしつつ押し込んでゆく。
 その火炎の勢いには、他の神官兵たちもざわめいた。コントラクターの力を目の前にして、驚愕と恐れが同時に顔を出したからだ。
 それになにより――
「セット!」
 掛け声とともに指先に蒼紫の炎を爆ぜさせた青年は、もはやむちゃくちゃとしか言いようがないほどに神官兵へと攻撃を仕掛けてくるのである。特大級の火炎球を生み出して、ベースボールよろしくに打ち込んできた。
「どわああああぁぁぁ!」
「……どええええぇぇっ!?」
 傍若無人も甚だしく、敵兵とはいえ無慈悲に炎を叩き込む青年の名は――七枷 陣(ななかせ・じん)といった。
 彼だけではない。発起して攻め寄せてきた神官軍から給水施設を守るのは、数あるコントラクターたちとカナン軍の兵士たちだ。無論――そこには陣のパートナーであるリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)も含まれていた。
「久しぶりの大暴れだぁ〜っ!」
 まるでテーマパークにやってきた子供のように、リーズは龍骨の剣を振り回して敵兵へと突貫した。小柄な身体を回転させつつ、薙ぐ、突く、叩きつけるを繰り返すその様は、まるで小型台風でも直撃したかと思わせるほどだ。剣がひとたび振られる度に衝撃波が走り、更にその一太刀には煉獄とも言うべき炎を纏わせる。
「ぶっとんじゃえー!」
 ぶっ飛んじゃえどころの話ではないのだが、とにかく――リーズは次々と敵を蹴散らせていった。
 カナン軍の神聖都キシュ進攻。その事が公に表明されたとき、全ては動き出した。当然、ドン・マルドゥークを初めとした領主たちが、南カナンの巨大飛空艇エリシュ・エヌマとシャンバラの古代戦艦ルミナスヴァルキリー、それに大軍勢を引き連れてキシュへ向かったのは言うまでもない。
 だが、それは同時に神官軍さえも動くことを意味している。キシュの軍勢はマルドゥークたちを迎え撃とうと神官軍を編成し、キシュによる決戦に備えていることだろう。だが――残念ながらそれだけではなかった。
 各地の神官軍は、マルドゥークたち反乱軍の戦意消失と戦力低下を狙い、カナンの要所へと攻撃の手を送り込んでいたのである。無論――それを分からぬコントラクターと領主たちではない。攻められるのであれば、それを守り、返り討ちにするのみ。要所施設を守るべく、一部の兵とコントラクターたちは防衛に回っていたのだ。
 しかし、細かい事情はさておき、要はコントラクターたちの言い分は――
「オレらがどんだけ苦労して細々と作り続けて来たかお前等に分かるか!?」
 陣が泣くようにして叫んだ。
 はい? と言わんばかりの顔できょとんとする敵兵に向けて、陣はぶるぶると震える拳を握りしめて、在りし日の思いを語った。
「こちとらアドベンチャラーでも無いのに、今日も水脈を探す為のダウジングが始まるお……や、井戸掘りなう、穴ん中が暑過ぎて生きるのがつらい、とか携帯からツイートしつつ、必死扱いて施設作り上げたんやぞ! ……あと、オレらが救援に向かったユトの町にだって影響しちまうんだ! ポッと出の神官兵なんぞに滅茶苦茶にされてたまるか!」
 前半部分はもはや愚痴でしかない――と神官兵たちが思ったのは仕方がなかった。しかし……物事に大義名分があれば、愚痴も正論と成り代わるのが世の常。第一、苦労したものを壊されるのが我慢ならないのは人としてある意味当たり前だ。
 そうでなくとも……陣がカナンを守ろうと己の腕を振るわんとしていることは変わらない。それは、彼とともに戦うリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)たちも、よく理解していることだった。
「陣くんの言うとおり、ここを落とされるとユトの町の人も困るんですよ。オレ、ユトの町の人を助けたこともあり、無駄にしたくないんですよねー。……という訳で、あなた達は殲滅します」
 にっこり笑顔で悪魔の単語を告げたリュース。
 え? と、神官兵たちがお互いを見合わせる間もなく――光の刃が彼らを襲った。
「ぎゃあああああぁぁすッ!」
 断末魔の叫びとともに容赦なく浴びせられる刃の嵐。そこに混じるのは、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)ウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)の追撃でもあった。
「陣くん、バックアップをお願いするよ」
「了解! 任しとけっ!」
 ヴィナがウィリアムと陣に目配せする。同時に彼の手のひらが床に触れると、あらかじめ給水施設に設置されていた機晶石製追撃装置が作動した。
 ヴィナの指先から漏れるのは、オパールの複雑な青みを帯びた光だった。いや――正確には、彼の指先から、青みある光を纏った光精が姿を現していたのである。光精はヴィナの指輪から飛び出すと、そのまま追撃装置全域に光の魔力を奔らせた。
 途端。
 機晶石の追撃装置を介した光の魔法が、神官兵たちを――ぶん殴る。
「げはあああぁっ!」
 無邪気にきゃっきゃっと笑う光精に応じて、拳のように形を変えた光の魔力は神官兵をぼっこぼこにしていった。そこに繋がるのは、ウィリアムのギロチンだ。美麗と言うに相応しき容貌の青年が使うとなにかとおぞましいが……漆黒のギロチンが敵を敵を切り裂く。
 そして、そこに陣の放った蒼炎が畳み掛けられた。
「お前等……覚悟して来てる人、だよね……施設を破壊しようとするって事は、逆にNice boat.されるかもしれないって危険を常に覚悟して来てる人って訳だよね……?」
 あなたの言葉に混じる、所々の単語の意味を説明してくれ! と神官兵の怯えた瞳は訴えていたが……そんなことは今となっては無駄な抵抗だった。
 炎に刃に光の魔法と、次々とぼこぼこにされてゆく神官兵たち。見る者によっては神官兵たちが可哀想に見えるのだから、不思議だった。
 神官兵たちを迎撃するのはそんな――可哀想なまでに攻撃の手を休めない陣たちだけではなかった。
「す、砂鯱……砂鯱だあぁっ!」
 神官兵の集団の中から、どよめいた声があがった。彼らが振り向いたそこにいたのは、砂地を走る刃のごとき背びれを持った二匹のシャチだった。そして、それを勇猛果敢に乗りこなすのは、コントラクターの仲間――ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)ユイリ・ウインドリィ(ゆいり・ういんどりぃ)である。
「必ず……ここは守ってみせましょう、ユイリさん」
「ええ……必ず」
 砂鯱はその大きさとスピードを生かして、神官兵たちをかく乱させた。
 戦場で群を抜いたそのスピードを捉えることは難しい。まして、ジーナたちは鯱の背に乗りながらも、その手から魔法を紡いでいる。
 イナンナの加護たる光がカナン兵たちを包み込み、口から発せられる魔力の歌は兵士たちの怒りから通ずる活力を高めていた。
 そんなジーナたちの戦いに呼応するかのように、砂鯱が声をあげた。
 思えば……彼らと出会った頃はまだまだ未熟であったと、ユイリは思い起こす。今はこうして自分でも砂鯱を狩り、ジーナとともに自分たちが築き上げたもの、そしてカナンを守るために戦っている。そこには――自分たちの歴史を振り返る感慨深き思いがあった。
 当然――それは自分たちの力だけではない。仲間のコントラクターたちがいてこそだ。