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リアクション
獣人民話を聞いた客たちが口々に良かったというのを耳にして、リゼネリ・べルザァート(りぜねり・べるざぁーと)は言った。
「ルヴェ、獣人の民話を聞きにいくよ」
と、パンフレットの地図を見ながら歩き出す。
ベリアリリス・ルヴェルゼ(べりありりす・るう゛ぇるぜ)はあからさまに嫌な顔をした。
「うへぇ。こんな人間の多いところに連れてきておいて、何を言い出すかと思えば……興味ないね」
「僕はてめぇの付き合いで来てやってんだよ、こんな人がうじゃうじゃいるところに。そこら辺酌めよ低能」
こちらを振り返ることなく返すリゼネリに、ベリアリリスは言い返した。
「人間言語がまだいまいちなんだけど、喧嘩売ってるの?」
「残念、7秒前に売り切れました。ほら、向こうだ」
と、彼の指さした方向へ仕方なく付いていくベリアリリス。
魔鎧であるベリアリリスに、現代社会を理解させようとするリゼネリだったが、生憎とパートナーはすでに帰りたそうだ。
そんなことお構いなしに、リゼネリは伝統パビリオン内、【獣人族の神話と歴史】へやって来た。
「獣人民話ねぇ……やっぱ興味わかないなぁ」
「他の種族について知るのも大事なことだ。いいから大人しくしてろ、始まるぞ」
と、ベリアリリスを注意して、リゼネリは民話を語り出す学芸員の声に耳を澄ませた。
「――次回の獣人民話は三十分後になります。もう一度聞きたい人も、そうでない人も、ぜひ楽しんでいって下さいねっ」
にこにこと客に呼びかけるのは猫の獣人サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)だ。
主催者でもある彼女は、獣人の歴史や生き方を知ってもらおうと懸命に働いていた。その姿を横目に、白砂 司(しらすな・つかさ)は並んだ解説パネルをじっくり読んでいるマイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)に声をかけた。
「一説によると、獣人族の成り立ちというのはシャンバラ古王国の生物兵器だそうです」
少しびくっとして、マイトは司に顔を向けた。
「生物兵器、か……」
と、影に隠れてしまったターリア・ローザカニナ(たーりあ・ろーざかにな)を見やる。キジトラ毛並みの猫の獣人である彼女の、遠い祖先が兵器だったとは……。
「しかし、獣人族にはまだ謎が多いのも事実だ。もしかするとここには、古王国の歴史に繋がる資料もあるかもしれないしな」
「……それが本当だったら、すごいね、マイト」
と、ターリアはパートナーを見上げてはっとした。今日は獣人族の一員としてマイトに説明をしようと思っていたのに、逆に感心してしまった。
慌てて誤魔化そうとした彼女は、すぐに自分でも説明できるものを見つけてマイトの手を引く。
「あ、そ、そうじゃなくって……あ、あれなら私も知ってるの!」
「おい、ターリア――!」
司に申し訳ない顔を向けながら、マイトはターリアに連れられ、別のパネルの前へ行く。
「これ、よくお話に聞いてたから、分かるよ。あのね、えっと……」
と、パネルを睨みながら、拙い言葉で補足の説明を加えていくターリア。
マイトは相槌を打ちながら彼女の声に聞き入っていた。……サクラコも猫の獣人だが、ターリアとは少し違った系統のようだ。彼女たちのように、その身に宿す動物の種類によって性格や文化が異なるのも、獣人族のおもしろいところだった。
そんなことを思いながら、司は他に声をかけられそうな相手がいないか周囲を見回す。
「ふぅん、獣人族にもいろいろあるのねぇ」
「そうだな。こういう機会がなきゃ、俺たちの知り得ないことだな」
きゅっと手を繋いでいるレン・カースロット(れん・かーすろっと)とシオン・グラード(しおん・ぐらーど)だ。彼女たちへ声をかけようかと思う司だが、すぐに思いとどまった。
「きっと他の種族にも、それぞれ、おもしろい文化があるんでしょうね。あ、次は食生活についてだって」
「ああ、動物の種類によって食べるものは変わるしな」
と、興味深げにパネルを読んでいくレンとシオン。獣人と直接関わりのない者たちが、こうして展示に訪れてくれるのはありがたかった。
ふと視線を感じて司が振り返ると、サクラコが嬉しそうに笑っていた。伝統パビリオンの中でもそこそこの賑わいを見せていること、それだけの人々が興味を持ってくれているということが、彼女を自然と笑顔にしていた。
「マイト……ちゃんと、分かったかな?」
「ああ、いい説明だったよ。やっぱり、獣人の口から直接聞く方が説得力あるしな」
と、にこっと笑ってターリアの頭を撫でるマイト。
「なかなか奥が深いわね……私、民話も聞いてみたくなっちゃった」
「そうだな。記念撮影なんかもあるようだし、次の回まで待つか」
と、デートを楽しむレンとシオン。そのきっかけがどうであれ、サクラコの訪問者に対する想いは変わらない。
「空想で浪漫を感じてもらい、少し未来に活かしていただければ、これ幸せってもんですっ。さあ、獣人族についての質問があれば、なんなりとお尋ね下さいっ」
一日に多くの人々が出入りをする空京万博。
万が一、怪しい人物が紛れ込んでいたら、何が起こるか分かったものじゃない。何も起こらなくとも、警備に手を抜くことは許されなかった。
伝統パビリオンの警備に当たっていた叶 白竜(よう・ぱいろん)は人々の視線を集めていた。それというのも、彼が馬に乗っていたからだ。びしっと着込んだ警備員の制服も相俟って、舞台上で見るような演技めいたものを見る者に感じさせている。
彼のパートナーである世 羅儀(せい・らぎ)もまた、同じように馬に乗って白竜と二人組で警備についていた。
パビリオンを訪れる人々の邪魔にならないよう、注意しつつ馬を歩かせていく彼ら。賑わっている展示も、そうでない展示も、一つ一つに目を光らせ、有名人の姿があればすぐに注意をそちらへ向ける。――何かが起きてからでは遅かった。今年は何もないと思いたいが、そうして気を抜いたが故に取り返しの付かない事態を招くことだってありうる。
「珍しいな、そんなに気にして」
と、羅儀が言うと、白竜が顔を向けた。
「そうか?」
分かっているのかいないのか、すぐに視線を前へ向ける白竜。
相変わらず仕事に真面目な彼に、羅儀はそれ以上の私語を慎んだ。警備員が無駄話をしていてはおかしいし、それで事件や事故を見逃すわけにもいかなかった。
* * *
【「オペラの歴史」展】ではその名の通り、オペラに関する歴史が展示されていた。
ヴァイシャリーの娯楽の一つであり、王国時代から今に至るまで上演されてきたオペラの題材や内容を年代別にまとめ、当時の小道具やセット、宣伝広告なども写真やイラストで紹介されている。
特設コーナーには歴史的事実を題材にしたオペラについて、契約者として復活した当の本人とのインタビュービデオなども設置されている。
「これらの展示物は、過去に使われた物を借り受けたり、お願いをして譲り受けてきた物なんです」
と、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は歩きながら言う。
その煌びやかさや歴史を感じながら、桜井 静香(さくらい・しずか)は目を輝かせていた。
「そしてこちらのミニチュアは、徹夜作業で作った物なんですよ。百合園の友達も手伝ってくれましたし、今も案内に手を貸してくれています」
「へぇ、すごく素敵だね」
と、静香はそれを覗き込んで笑った。ヴァイシャリーに縁あるオペラは、百合園女学院とも縁が深い。
メリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)もまた、静香の隣で設備解説用のミニチュアに目を奪われていた。
「あともう少ししたら、オペラの上演会が始まります。その前に、オペラで着る衣装の試着や撮影もできますよ」
「そっかぁ……着るのはちょっと恥ずかしいけど、見てみたいな」
「では、こちらへどうぞ」
と、ロザリンドが静香をそちらへと案内していく。
カトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)は地球にいた頃に何度か見たことのあるオペラを思い出しながら、展示を見て回っていた。
地球のそれも衣装は豪華絢爛だが、シャンバラのそれにはまた違った美しさがある。明智 珠(あけち・たま)もまた、オペラに興味を持つ者として熱心に見入っている様子だ。
「よければ説明しましょうか?」
と、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が彼女たちに声をかけてきた。
「ええ、ぜひお願いするわ」
と、カトリーンが頷き、亜璃珠は向かって右方向を指す。
「そちらのパネルにもあるように、オペラの演目にはさまざまなものがあるんですの」
年代別にまとめられた資料には、その時代に好まれたタイトルがいくつも並んでいる。
「創作のみならず、その時代で起こった出来事を題材に作られる物も、数多くありますわ。単品で楽しむのはもちろんのこと、多くのオペラを知ればそれぞれのつながりや、時代の流れを見ることも出来る」
それはシャンバラの、ヴァイシャリーの歩んできた歴史。世界が今の形に落ち着くまで、様々な人々が演じ、目にしてきた数々の人生。
カトリーンはふと呟いた。
「時間があれば、すべて見てみたいわね」
「ええ、わたくしも同じ気持ちでございます」
遙か彼方に思いを寄せる二人を見て、亜璃珠はくすっと微笑んだ。
「それはもしかすると、ちょっとした時間旅行になるかもしれませんわね?」
面白そうだとカトリーンは笑みを浮かべる。そうすることで、地球とシャンバラにおけるオペラの違いについてもよく分かることだろう。
亜璃珠がカトリーンたちと談笑している最中、崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)は入り口付近で頑張っていた。
「オペラのれきし展へようこそー」
と、やって来た客に付いて案内をする。
「じゅんろがあるので、きちんと守ってすすんでね。あと、てんじ物にはくれぐれもさわらないように――」
そんなちび亜璃珠に微笑ましげな視線を向ける客もいるが、だいたいは素通りだ。それでもちびはめげずに頑張る。
「たいむちゃん、ぜひオペラの歴史展も見てってよ」
と、会場を回っていた空京 たいむちゃん(くうきょう・たいむちゃん)の前へ立つ桐生 円(きりゅう・まどか)。両手を出して握手を求めると、たいむちゃんは快く応えてくれた。
「これからオペラの上演もあるし、客引きついでにお願いできない?」
「イベントがあるのね、分かったわ」
と、たいむちゃん。
円はそんな彼女の手を引いて中へ案内した。
「オペラの歴史について資料や小道具、衣装まで揃えたんだよ」
たいむちゃんは彼女の後を付いて歩きながら、内部を見回していた。
「その時代に起きた出来事をオペラにしてるものもあるから、歴史を知ることも出来るんだ」
「……なるほどね」
オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)は、タイミングを計る円を見ていた。オリヴィアもまた、たいむちゃんには聞いてみたいことがあったのだ。
「ところでさ、たいむちゃんの実家ってどんな場所なの?」
はっとするたいむちゃん。着ぐるみなので表情は分からないが、彼女は俯いた。
「友達とか、家族とかもたいむちゃんの姿だったりするの?」
「……ごめんなさい、言いたくないわ」
何やら事情がありそうだと察知する円とオリヴィア。
「では、別の質問をしましょう。本当にたいむちゃんさんは、時を渡ったり出来るんですの? 想像だと、大きなエネルギーが必要な気がするわ」
その問いにたいむちゃんは言葉を返す。
「さあ……どうかしらね?」
たいむちゃんは俯いていた顔を上げ、ふふっと笑った。
他にも気になることは多々あれど、円とオリヴィアは聞くだけ無駄なことを悟っていた。たいむちゃんにはたいむちゃんなりの、考えや事情があるのだろう。
「上演会にはまだ早かったみたいね」
展示内に足を踏み入れた橘 舞(たちばな・まい)はオペラグラスを手に呟いた。もう片方の手には差し入れ用のカエルパイを持っている。
「少しその辺を見ていましょう」
「私、オペラが始まったら適当なスタッフとおしゃべりしてるわよ?」
と、少し不機嫌そうに口を挟むブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)。
「そう、分かったわ。でもオペラの上演と言っても確か――」
「さわりの部分だけだから、そんなに長くないよっ」
舞の言葉を遮って登場する七瀬 歩(ななせ・あゆむ)。端役として舞台に立つため、彼女はメイド服を着用していた。
「まぁ、その衣装……」
「うんっ! 今回やる『騎士ヴェロニカ』で、ヴェロニカの旦那さんになる貴族のメイド役をやるのよ」
舞だけでなくブリジットも歩を見ていたが、それでも興味がわかないらしい。
「やっぱりいいわ、それよりおしゃべりしてる方が退屈しないもの」
と、さっさと一人で歩き出してしまう。
その様子に少し寂しいものを感じる舞に、歩は元気よく笑った。
「あたしもそろそろ戻らなくちゃ。ぜひ、オペラを楽しんでいってね!」
「ええ」
にこっと笑い返す舞に背を向けた歩は、すぐに舞台の裏へ入っていった。
「おかえりー、歩ねーちゃん」
と、裏方を手伝っていた七瀬 巡(ななせ・めぐる)が声をかける。
「もーすぐで始まっちゃうよ? 他の人たちも位置に付いてるし」
「うん、そうだね。お客さんも結構入ってるし、頑張らなきゃねっ」
何があったのか、歩はやけに張り切っていた。悪いことではないが、巡はしばらくパートナーから目を離せないでいた。
上演開始のブザーが鳴り、オペラの幕が開いていく――。
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