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リアクション
少々恐ろしげな雰囲気を放つ【干し首展】は、パラミタに住む首狩族のことに触れながら干し首に関する資料を展示している場所だった。
文化的に見れば興味深くもあるが、地球の先進国で育った者にはただ気味悪く思われるだろう。
そんなことにも構わず、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は怖いもの見たさで訪れる人々ににこやかな笑みを向けていた。
「ようこそ、干し首展へ。どうぞ、ごゆっくり見ていって下さい」
甲斐 英虎(かい・ひでとら)と甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)は干し首の吊られているそれにびくびくしながらも、そっと中へ入ってみた。
中には干し首の制作工程をまとめたパネルや、それに用いる道具などが展示されていた。
一口に干し首と言っても様々な種類があり、さくらんぼやだんご、けん玉など、いろいろあるらしかった。
首狩族の日々の生活や祭儀などについてまとめた資料なども並べられており、ただ恐ろしいだけはないことも伺える。
干し首習俗が社会的にどのような意味を持つのか、ということについて知見を述べたパネルの前で瓜生 コウ(うりゅう・こう)は唸った。
「地球で首狩りを行っていた部族による干し首は、その人物を守護する精霊を束縛、使役し、また復讐の精霊の攻撃から逃れるという意味を持っていたけど……」
似たような意味を持ってはいるようだが、地球の環境とパラミタのそれによる違いがあるようだ。
じっとパネルの文章を追って行くコウに、リナス・レンフェア(りなす・れんふぇあ)はやや退屈そうな様子を見せていた。
優梨子が『根回し』したおかげで、訪れる人々の多くが野蛮な外見をしていた。その中で真面目に資料を見ていくコウは、少し浮いて見えた。
裏方仕事をしていた宙波 蕪之進(ちゅぱ・かぶらのしん)は彼女みたいな人も珍しい、と気に留める。これでも真面目な展示なのだから、それは純粋にありがたいことなのだけれど。
ふいに優梨子がコウへ声をかけた。
「干し首にご興味がおありなのですか?」
「え、ああ……干し首というか、その意義や自然、生命の精霊やそれを利用する術が知りたくて」
と、優梨子をちらっと見た後で、再びパネルに目をやるコウ。
「そうでしたか、よろしければ干し首の制作に関するコツでもお教えしようかと思いましたが……こちらにもあるように、パラミタの首狩族は呪術的意味合いを持って、干し首を制作し――」
優梨子の説明が始まったのを聞いて、蕪之進は胸をなで下ろした。見識を求めようとするコウには、それ相応の説明をしてくれるらしい。
一歩間違えれば犯罪になりうる【干し首展】。万博が終わるまで、苦情の一つも入ってこなければいいのだが……と、蕪之進は杞憂していたのだった。
しかし今はコウも彼女の話にきちんと耳を傾け、パラミタにおける首狩り族および干し首に関する知識を吸収している様子だ。
そうしたまともな人々が訪れてくれるのなら、優梨子の変質的嗜好も少しは大目に見てもらえるだろうか。
「干し首に宿るとされる精霊は、やはり魔術における火や電気の利用と同等であるわけだ」
「そういうことになりますね。ですが、近代に入ってからはさくらんぼなど、お守りの一種として使われることも増えたんですよ」
と、展示していたそれを手にとって見せる優梨子。
「お守りか……地球では見られない利用方法だが、このパラミタでなら効果もありそうだ」
「ええ、もちろんです」
裏でひっそりと雑務をこなしていく蕪之進。不安は多々あれど、万博開始前に優梨子から提案されたマスコットキャラクター「☆首くん」にだけはならなくて良かったと、心底思うのだった。
* * *
空京万博スタッフの制服と案内係の腕章を身に着けたカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は、先ほどから一人できょろきょろしている少女に声をかけた。
「もしかして、迷子になっちゃったの?」
「……ううん、おにーちゃんがまいごなの」
どこか生意気な返答に苦笑しつつ、カレンは手を差し伸べた。
「じゃあ、お姉ちゃんたちがお兄ちゃんを探してあげるから、ひとまず迷子センターに行こっか」
すると、幼い少女はやはり心細かったようでカレンの手をぎゅっと握ってきた。
「えーっと、迷子センターは……あれ、ジュレ、どっちの方向だったっけ?」
と、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)に助けを求めるカレン。どうやら、興味の引かれる展示が数多くあったせいで自分が迷子になってしまったらしい。
ジュレールはやや呆れた風にカレンを見ると、すぐに地図を取り出して現在地を確認し始めた。
「というわけで、一緒に来たお兄ちゃんとはぐれちゃったみたい」
ジュレールの案内でどうにか迷子センターへとたどり着くことが出来たカレンは、そう言って少女を日向 朗(ひゅうが・あきら)へ引き渡した。
「おう、分かった」
と、腰を上げて少女の前へしゃがみこむ朗。
カレンと繋いでいた手を離され、少女は不安そうな表情になる。
「まずは名前を聞かせてもらおうじゃねぇか」
「……っ、うぅ」
朗に対する恐怖心もあってか、今にも泣き出しそうになり、仕事へ戻ろうとしていたカレンは後ろ髪を引かれた。
すぐに少女のそばへ寄って、泣き出すのを止めようとするが……。
「大丈夫だよ、悪い人じゃな――」
「うあぁぁーん!」
泣き出した。
センターの奥で内職をしていた零・チーコ(ぜろ・ちーこ)が顔を出し、状況を把握するなり風船をとってきた。
「ここに来て泣くのかよ……」
「ほら、風船だぞ」
嘆く朗の横から風船を差し出す零。そこにプリントされた空京たいむちゃんを見て、少女は喚くのをやめた。しかし涙は未だやまず、おそるおそるといった様子で風船に手を伸ばした。
「ね? だから大丈夫だって言ったでしょ」
カレンの言葉に頷く少女。
その様子を見ていたジュレールは、放送席へ向かった。また何かのきっかけで泣き出す前に、今ある情報だけでも場内に流すべきだと判断したからだ。
「……迷子のお知らせだ。ピンク色のTシャツに青いスカートを履いた女の子を迷子センターで保護している。覚えのある保護者はすぐにこちらへ――」
風船をくれた零を良い人と認識した少女が彼に懐くのを見て、朗は立ち上がった。
「どうせそのお兄ちゃんとやらも探してるだろうし、ちょっと行ってくる」
と、朗はセンターを出て行った。こうした出来事も、空京万博というイベントならではである。
* * *
【パラミタ給仕文化館】では、シャンバラ地方だけでなく、地球やエリュシオン帝国における執事やメイドに関する資料を展示していた。
給仕としての衣装はもちろん、家事道具やバトラーの護身用暗器なども見ることが出来るため、【ランジェリー・ラボ】とは別の意味で人々の関心を引いていた。
「パラミタ給仕文化館へようこそ」
パラミタパビリオンのコンパニオン衣装に身を包んだアイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)が口を開くと、通りがかる人々の視線が彼女へと集まる。女王である彼女は万博に現われること自体、とても珍しかった。
そのおかげか、次々に給仕文化館へと人が集まってくる。
「メイド&執事喫茶も併設しているので、ゆっくり休んでいただくことも出来ます」
「『一日給仕さん体験コーナー』にて、メイドや執事の仕事を体験できるイベントもありますよ」
と、ふと隣に立った騎沙良 詩穂(きさら・しほ)に顔を向けるアイシャ。
「今日はありがとう、アイシャちゃん」
と、詩穂は彼女を振り返ると微笑んだ。アイシャもにこっと笑って仕事に精を出す。
「パラミタ給仕文化館、どうぞゆっくりご覧になっていって下さい」
気になる展示が多いあまり、ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)はうろうろしていた。
「……ランジェリー・ラボなる展示も気になりますが、メイドとして給仕文化館に行かないわけには――ああ、ですが身体は一つしかないのです」
と、頭を悩ませる優柔不断な彼女を見かねて、フロッ ギーさん(ふろっ・ぎーさん)が助言した。
「こう、いっぱい展示があっちゃ目移りしちまうのは分かるが、ランジェリーなら、旦那とまた来ればいいだろ?」
「……そうですね、フロッギーさん様の言うとおりなのです。では文化館へ行きましょう」
と、ようやくナナは一つの方向へ歩き出す。
人波に紛れるように中へ入ると、その時代や地域ごとに様々な色や形のメイド服が飾られていた。反対側には執事の衣装が並んでおり、そこを過ぎると道具の展示が見えてくる。
最近は便利な道具がたくさんあるが、少し前まで使われていた道具はとてもアナログだ。
「箒ひとつでも、昔とはずいぶん変わってきているんですね」
と、ナナは感心して呟いた。
「パラミタと地球ってだけでも違いがあるのにな」
と、フロッギーさん。
同業者だけでなく、直接関わりのない人にも一見の価値ありの展示内容だった。
「疲れたでしょう? さあ、ゆっくり休んで」
と、詩穂はアイシャに椅子を勧めた。
アイシャが腰を下ろすなり、セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が問う。
「お茶をお入れしましょうか?」
「はい、ありがとうございます」
にこっと笑うアイシャに、セルフィーナも微笑みを返してお茶の用意を始める。
アイシャの向かいへ座った詩穂は、ロイヤルガードとして、彼女の身を案じていた。それを知るセルフィーナは、ただ彼女たちの邪魔をしないよう努めるのだった。
「お茶の用意が出来ました、お嬢様」
と、執事服を身に纏った蔵部 食人(くらべ・はみと)はエルフォレスティ・スカーレン(えるふぉれすてぃ・すかーれん)の前へカップを置いた。
手にしたティーポットを傾け、カップへ注いでいく食人。その顔をエルフォレスティはじーっと見つめていた。
「本日の紅茶は……えーと、ダージリン?」
「お嬢様に聞くでない」
エルフォレスティに言い返されて言葉に詰まる。
「しょ、しょーがねぇだろ。――で、えっと……砂糖はこちらにございますので、お好きなだけどうぞ」
「ふむ」
エルフォレスティは頷くと、お嬢様気分でカップを手に取った。香りを楽しむようにゆっくりとカップの端に口を付け、一口飲む。
「……お味は、いかがでございましょう?」
「ふむ、なかなか上出来じゃな。このクッキーも、食人が作ったんじゃろ?」
と、テーブルの中央へ置かれたクッキーに手を伸ばす。少し不安に思いながら、食人はそれを口にする彼女を見ていた。
するとエルフォレスティはにっこり笑った。
「うむ、いい味じゃ。紅茶にもよく合うぞい」
執事とお嬢様ごっこを楽しむカップルを放置して、神楽 祝詞(かぐら・のりと)と魔装侵攻 シャインヴェイダー(まそうしんこう・しゃいんう゛ぇいだー)は近くの土産物屋を見ていた。
「見て、シャインさん。こんなものまであるよ」
と、空京たいむちゃんを象った陶器の置物を指さす祝詞。
「あ、かわいい。でもあれは……誰が買うの?」
「え? いや、確かにちょっとサイズが大きいけど……あ、たいむちゃんのファンは買うんじゃないかな」
と、祝詞はシャインヴェイダーに顔を向ける。
「なるほど。それにしても、持ち帰るのが大変そうだよね」
何の他意もなくそう言った彼女に、祝詞は少し微妙な気持ちになった。
パラミタパビリオンに並んだ展示は、他よりも個性的なものが多いようだ。
まだこの地へやって来て間もない冒険者には、一度こちらのパビリオンを回って見るといいかもしれない。
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