空京

校長室

開催、空京万博!

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開催、空京万博!
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リアクション

 美味しそうな匂いの漂う【シャンバラ料理の歴史】では、その名の通り、シャンバラ料理の試食会が催されていた。
 その歴史が長いため、あまりにも古い時代のものは現代風にアレンジされている。
「どうぞ、遠慮なさらずに食べてって下さい」
 と、幸田 恋(こうだ・れん)は試食用の皿を手に客へ近づいていった。
 差し出された肉料理と思しきそれを覗き込む無限 大吾(むげん・だいご)セイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)
「これは……」
「古くからザンスカールに伝わる家庭料理です。味は少し鳥に似ていますが、それとは別の動物です」
 と、もう片方の手で試食用の爪楊枝を差し出す。
 大吾とセイルはそれぞれに楊枝で肉を取ると、口へ運んだ。
「んー、確かに鳥肉っぽいな……でもこれは――」
「さっぱりしすぎですね」
 そう言いながら、再び楊枝を肉に刺すセイル。今度は底に溜まったソースをたっぷり付けての試食だ。
「中にも試食できる料理がありますから、よろしければどうぞ」
 と、恋は視線でそちらを指し示した。
「ああ、ぜひそうさせてもらうよ。セイル、行くぞ」
 と、大吾は口をもぐもぐさせているパートナーへ言ってから、先に中へ入っていった。
「ふむ、これくらいなら私でも作れそうです」
 そう言い残し、セイルは大吾を追って行く。料理が趣味である彼女には、食べただけでレシピが分かったようだ。しかし、実際に作るとなると余計な食材を入れてしまうのが彼女なので、まったく同じ料理を作ることは不可能だろう。

 十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は目的の展示を見つけるなり、その前で案内をしている恋に声をかけた。
「よう、セシルは中か?」
「はい、調理場で試食用の料理を作っています。調理場の場所は、入ってみれば分かると思います」
 と、さりげなく皿を差し出す恋。
 その意図に気づいたヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)はすぐに手を出した。
「いただきますわ」
 その様子を見た宵一も、それをぱくっと口に入れてさっさと中へ入っていった。
 すると、出来たばかりのタシガン料理を運ぶセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)にばったり出会う。
「あら、来て下さったんですね!」
 と、宵一へにっこり笑うセシル。
「ああ、せっかくの空京万博だしな。ところで、それは?」
「タシガンの吸血鬼一族がよく食べていた伝統料理ですわ。見た目はこんなですが、きちんと現代人の口に合うよう作っていますので、大丈夫ですよ」
 と、セシルはそれを宵一へ見せた。
「そうか……じゃあ、ひとつもらおう」
 黒いのか赤いのか分からない色のソースが不気味だったが、その反面、どこか高貴な料理にも見えた。
「出来たてですのね、美味しそうですわ」
 と、いつの間にやってきたのか、ヨルディアが横から手を出してくる。
「不思議な味でしょう?」
「……ええ、初めて食べる味ですけれど、とても美味しいですわ。食感も何だか、やわらかいですわね」
「そうなのですわ。先ほど、恋さんがお勧めしたザンスカール料理は食べましたか? シャンバラの料理はその地域によって多くの違いがあるので、とってもおもしろいのですわ」
 女の子たちがぺちゃくちゃと話をする間に、宵一もタシガン料理を口にした。ヨルディアの感想とほぼ同じことを思い、周囲へ目を向ける。
 シャンバラ料理、その食生活についてまとめた資料が壁に掲示され、その例として料理が置かれているようだった。出口付近には自由に持ち帰れるレシピブックがあった。
「せっかくだし、もらって帰るか」
「わざわざレシピなどなくとも、私がいつでも作ってあげますのに」
 と、大吾を苦笑させるセイル。
 友人であるセシルの展示に人々が訪れ、それぞれに楽しんでもらえていることを見て取ると、宵一はいつまでも話していそうな彼女たちに声をかけた。
「そろそろ仕事に戻った方が良いんじゃないか?」
「あ、そうですわね。すっかり忘れてましたわ」
 はっとしたセシルにヨルディアが言う。
「こちらこそすみません。では、他の料理も楽しませていただきますわね」
「ええ、ゆっくりしていって下さい」

 *  *  *

 伝統パビリオンの中でも、特別妖しい雰囲気を放つのが【タシガンの薔薇】だった。
 タシガンの伝統あるアクセサリーなどの工芸品や、芸術的な装飾の施された本などを展示してあり、奥には喫茶室があった。そこでは好きなコンパニオンを指名して、タシガンコーヒーやお菓子を食しながら彼らとのおしゃべりを楽しめた。
 責任者であるエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は、訪れる女性客に微笑みかけては案内をしていた。
「ようこそ、いらっしゃいませ。奥の喫茶室では、生演奏を聞きながらタシガンコーヒーをお楽しみいただけます」
 コンパニオンの身に纏ったダークゴシック調のタシガン伝統衣装もまた、女性客の目を惹いていた。
そういった意味では混雑している中、美しい装飾で飾られた本に見入っている女性客に、リュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)は説明をしていた。
「この本はね、タシガンの貴族に皆でお願いをして借りてきたんだ」
 それほど価値の高い物なのかと目を丸くする彼女へ彼は言った。
「この本の為に何人も死んでるらしいよ。……怖いけど、確かに凄味があるし綺麗だよね」
 声を失った相手にリュミエールは微笑んだ。
「……ふふ、触るのも写真も厳禁。後でこの本の逸話を劇でやるから、見に来てね」
 その本が歩んできた歴史はとても興味深かったが、奥の部屋から漏れ聞こえてくる談笑が遠くに聞こえてしまいそうだ。
「え、えーっと、タシガンには霧が多いですが、美術館も劇場もあって、古い伝統が守られている街、です……」
 と、顔を真っ赤にさせながら必死で口を動かすのは鬼院 尋人(きいん・ひろと)だ。そのメンツからか、女性客の方が圧倒的に多いおかげで、彼は苦手な女性の接客に四苦八苦していた。
「そ、それでですね……え、えっと、こちらが――」
 と、エメから受け取ったカンニングメモに目を落とす尋人。
「はーい、こちらから順にお巡り下さいねー」
 と、女性客を案内していく西条 霧神(さいじょう・きりがみ)は、それでもがんばって口を動かす尋人を見て口元を緩めた。尋人には辛いかもしれないが、度胸をつける良い機会だった。
 喫茶室では早川 呼雪(はやかわ・こゆき)がピアノの生演奏をしていた。そのBGMは、その場をどこか格式高く思わせる。
「お待たせ致しました」
 と、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は机へ置いたカップにタシガンコーヒーを注ぎ入れた。その所作は洗練されていて、女性でなくても見入ってしまう。
「どうぞ」
 芳ばしく香るコーヒー。客がそれに手を伸ばすのを見ると、ヘルはちらりと周囲を見やった。その間に呼雪へ目配せをし、今はまだ何も問題がないことを伝えあう。
 美しいピアノの音色を背に、清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)が相手をしている客の元へクッキーを運んだ。
「コーヒーだけでなく、こちらもどうぞ」
 と、北都はそれをゆっくり客の前へ置く。執事らしく、きちんとその場で頭を下げてから離れていく北都。
 すると、クナイが客に説明を加えた。
「このクッキー、手作りなんですよ。タシガンコーヒーにもよく合います」
 再び裏へ入ろうとする北都だが、喫茶室に新たな客がやってきたことに気づき、とっさに異色を放つ展示物を身体で隠した。
「いらっしゃいませ、二名様ですね」
 アルコールのないホストクラブとも称せる場に、その展示物はまったく釣り合っていなかったのだ。それどころか、女性が見るには少々……相応しくなかった。
 すぐに給仕を務めていたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が彼女たちを空いた席へ案内していくと、北都は安心して裏へ入っていった。
 ピアノ曲が終わり、少しの休憩の後にまた別の曲が響き始める。
「ありがとう、また来てね」
 と、先ほどまで話をしていた客を展示の外まで見送る黒崎 天音(くろさき・あまね)。すぐに客が人混みの中へ紛れると、視界の隅に気になる人物を見つけた。
「たいむちゃん、客引きも兼ねて僕たちの展示へ来てくれないかい?」
 声をかけられたたいむちゃんは、頷いた。
「ええ、いいわよ」
 そうして喫茶室に訪れた彼女を、呼雪はそれとなく見ていた。天音が何をしようとしているのか、たいむちゃんがどういった人物か、など、気になることがあったからだ。
 ブルーズが注いでくれたコーヒーを眺めるたいむちゃんに天音は言う。
「すまないね、あまりゆっくりもできないだろうけど、ここのコーヒーは本当に美味しいよ」
 隣で微笑みかけてくる天音にちらっと視線を寄越しながら、たいむちゃんはカップを手に取る。
 そんな彼女をじっと見つめ、天音は女の子たちの笑い声を聞きながら口を開いた。
「万博マスコットなんて、夢を与える立派な仕事だよね……そんな君の夢に興味があるな」
「え?」
 驚いた様子のたいむちゃんへ天音は問いかけた。
「何か『叶えたい夢』はあるのかい?」
 たいむちゃんはカップをそっと机へ戻すと、いつもと変わりない口調で答えた。
「そうね……少しでも多くの人が笑顔になってくれること、かしら」

 *  *  *

 会場内では飲食が可能なためか、あちこちにゴミや汚れが広がっていた。
 清掃員の制服を着たレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は水の入ったバケツを床へ置くと、もう片方の手に持ったモップを中へ突っ込んだ。
「ちゃんと綺麗にしなきゃね」
 ジュースをこぼしたと思しき汚れを、腰を入れてきゅっきゅと拭いていく。
 設置されたゴミ箱のゴミを収集していたミア・マハ(みあ・まは)は、取り出した袋を見て呟いた。
「うぬぅ、燃えないゴミを燃える方に入れるとは、マナーがなっとらん!」
 その声を少し離れたところで聞いたレキは、思わず苦笑してしまった。気持ちは分からないでもないが、これだけ多数の人々が集まればそれも仕方のないことだ。
 ミアは文句を言いながらも、きちんとゴミ袋を収集用の台車へ入れ、ゴミ箱へ新しいゴミ袋を被せていく。
 すっかり汚れを拭き取ると、モップを水につけて近くにまた汚れている箇所はないかと見回すレキ。人々の行き交う床にガムらしき塊を見つけ、レキはバケツとモップを手にするとそちらへ向かった。道具を床へ置き、ヘラを取り出す。
 そしてレキは、がしがしと床にこびりついたガムをはがしていく。
 こうした地道な努力があるからこそ、空京万博は多くの人々に楽しんでもらえるのだった。