空京

校長室

【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ
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リアクション

 シャンバラに送還し、相応の処罰を受けさせるということで、志方 綾乃およびそのパートナーのラグナ・レギンレイヴはナナ・マキャフリーの預かりとなった。
 人は人の法によって裁かれなければならない。頭が冷えた今なら、ロノウェにもその理屈は分かる。
 自分たちが来るまで綾乃を食い止めてくれていた八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)に、礼として何かしてほしいことはあるかと訊くと――レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)とそのパートナーはいつの間にか姿を消していた――彼女は「何もいらない」と首を振った。そしてスナイパーライフルを肩に立ち去りかけて、ああ、と思い出したように振り返り、こう言い残した。
「気が向いたら『八ッ橋優子は素晴らしい人格の持ち主で空京大学にふさわしい人物である』と推薦状でも書いてくれりゃあいいよ」
 その後、傷ついた民たちの救護の手配をし、城に戻ったロノウェを待っていたのは、ロノウェの取り計らいにより客分扱いでロンウェルに滞在中の高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)だった。
「事情は伺ったのですが、あえてこちらで待たせていただきました。お疲れのところ、申し訳ありません」
「どうしたの? 玄秀」
 いつになく厳しい表情で居住まいを正している玄秀に、ロノウェもただ事ではないと察知する。
 執務室に場を移し、2人だけとなったところで玄秀は、テレパシーによって得たメイシュロットの戦況をロノウェに伝えた。浮遊要塞メイシュロットが西カナン勢によって墜落し、城内部へ南・東カナン勢が進攻したこと。そしてバルバトスが斃れるのも、もはや時間の問題だということ――
「バルバトス様が!?」
 ロノウェは机に手をつき、衝撃によろけた体を支えた。
 メイシュロットとベルゼビュートで戦いが起きていることはロノウェも知っていた。ただ、そうと知っていても、具体的に「人間が勝てばバルバトスは死ぬ」というところまで考えが及んでいなかった。
 それは、バルバトスがザナドゥ最強の不敗の魔神だから。
 まさか彼女が人間などに斃されるはずがない、という思いが心のどこかにあった。
「100年後に会いましょう」
 その言葉どおり、また会えるとばかり思っていた。

(――なんておろかなの!! あのときでさえ、きっとバルバトス様はこうなる可能性に気付いていたに違いないのに!)

 なのに自分は、決して果たされない約束に、彼女の許しを得たと安心しきっていた。
「……私は、いつも……終わってしまうまで、あの方の思いに気付けないのね……」
 あのアガデの日。なぜ彼女はロノウェに作戦を打ち明けなかったのか。自分を憎ませることで、彼女を自己嫌悪から救おうとしたのだということを、ロノウェは、別れの間際になってようやく悟ることができた。
 あのときと同じだ。
 愕然とするロノウェの心の機微を読むように、玄秀はじっと見守る。そして机上についた手を握り込むのを見て、ここぞとばかりに告げた。
「ロノウェさん。今、ここは中立ですが、だからこそできることがあります。兵を進め、両軍問わず負傷・敗走する者たちの治療・回収をしたく存じます。僕にその許可と、軍をお貸しくださいませんか。
 それとも……あなたも一緒に来られますか? 気になるのでしょう? 戦いの行方が」


 ロノウェの執務室のドアが開き、中から玄秀が出てくるのを見て、ティアン・メイ(てぃあん・めい)が駆け寄った。
「シュウ、どうだったの?」
 玄秀は難しい顔をしていた。
 廊下に出たきり、動かないで少し考え込んでいる。その様子からすると、うまくいかなかったようだ。
「やっぱりロノウェは動かないのね。仲間意識のない、薄情な魔族なんてそんなもの――」
「いや。軍は借りられた」
 玄秀の手にはロノウェの命令書が握られていた。衛生兵のみで構成された衛生大隊を編成し、玄秀の指揮の下すぐにメイシュロットまで出立せよ、という内容だ。
「だがロノウェはここに残るそうだ。てっきりバルバトスの元へ駆けつけたがると読んだんだが……読み誤ったな」
 ふむ、と口元に手をあてる。
 あの2人のつながりはそこまでではなかったということか。それとも――
「まぁ、どうでもいいさ。ロノウェの助力がない以上、バルバトスは斃れる。死ぬ者について考えても意味はない。
 さあ行こう。メイシュロットの敗残兵をこちらに取り込むいい機会だ」
 身をひるがえし、玄秀は速足で軍舎へと向かう。
「あ、待って、シュウ」
 ティアンがあわててあとを追ったが、玄秀に耳に入れている様子はなかった。
(ふん……いろいろと誤算だったね。まぁいい。ザナドゥでの足掛かりは確保したんだ。今は力を蓄える時さ。そしていつか……)


 ロノウェは1人、部屋の中央でたたずんでいた。
 バタン、と窓枠が内側の壁に当たる音がして、強めの風が部屋の中を渡っていく。昼に壊れたはずの窓は翔の手配でロノウェのいないうちに修復され、元どおりになっていた。
「もう夕方の風ね……」
 窓に近づき、鍵を閉めようとしたロノウェの目にはっきりと、バルコニーで手すりによりかかるバルバトスのあざやかな幻が見える。
 身をねじり、彼女を振り返っているバルバトス……いつも、彼女はああしてバルコニーを玄関がわりにしてはロノウェを驚かせ、執務の邪魔をして……。
『ねぇロノウェちゃん。あなたのやり方と私のやり方、どちらが正しかったか……100年後には分かるわね?』
「はい、バルバトス様。
 100年後、もしバルバトス様の方が正しかったと分かりましたら、私は今度こそ、真実バルバトス様のお考えに忠実に動くことをお約束します」
 そんなロノウェの決意を受け入れるように、バルバトスの幻はほほ笑む。彼女にだけ見せてくれていた、あのからかいを含んだ親愛の笑み。ふんだんに与えられていた昨日までは、それがどれだけ彼女の孤独を埋めてくれる貴重な贈り物であったか知らないでいた、あの微笑を。
「100年後……必ず、またお会いしましょう。それまで、私はあなたを忘れます」

(バルバトス様のことは決して忘れません。けれど、思い出すこともないでしょう――その時まで)

 消えていく幻を見送って窓を閉じると、ロノウェはいつの間にか開いたドアの向こうで彼女を心配そうに見ている人間たちの元へと歩いて行ったのだった。