校長室
リアクション
● きみたちはダイジェストというものをご存じだろうか? たいていの場合それは、書物や映像で、たいへん時間のかかってしまうことを要約するときに使われる。 長々と見たってしょうがない。連鎖的に続く同じことの繰り返しは、ぎゅっとしぼって提供されるのだ。濃縮するみたいに。 穴に落ちた人たちというのも、そういうことだった。 ● いいアイデアというのは、そうそう出るものじゃない。 だから、審査を通らない提案というのも、次々と出てくる。仕方ないことだった。 「はい! 14番、日下部 社(くさかべ・やしろ)! 響 未来(ひびき・みらい)! イーダフェルトにポムクル劇場を造ろうと思ってます!」 社は元気よく、ハキハキと自己紹介した。 「それっていったいなんなんです?」 たいむちゃんが小首をかしげながら訊いた。 「増えすぎたポムクルたちの処理……ああ、いや、活かすために、劇場でどんどんパフォーマンスしてもらったらいいちゃうかな〜って……」 「そう! つまりアイドルポムクルさんをつくるのよ!」 ずびしぃっと未来が言った。しーんとして、床がパカン。 なぜか社のところだけ開いた。 「なんでやああぁぁぁ〜!」 「……あらら、マスターったら、素敵な落ちっぷり♪」 奈落の底に落ちていった社を見て、ちゃっかり無事な未来はくすくす笑った。 「はい、次!」 真理子が部屋の外にいる提案者を呼ぶ。 ガチャッと、昆虫をモチーフにしたスーパーヒーローのコスプレに身を包んだ男があらわれた。 「17番、風森 巽(かぜもり・たつみ)とティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)だ! 我はかねてからイーダフェルトに交通網を張らなければならないと思っていた! よって、電車を走らせることを提案する!」 「電車?」 真理子が顔をしかめる。たいむちゃんは軽くぱちぱちっと拍手した。 「おおー、いいんじゃないかなー、電車。意外と便利になって、ポムクルさんたちも喜ぶかもしれ――」 「そしてなによりバイクを! バイクで電車を牽引する! 宇宙刑事がいるんだから、バイクがあってもおかしくないだろ!? ライダーなポムクルさんを! バイク乗りを育てるのだぁ!」 「そしたら戦隊つくるよ、戦隊! ゴー! シュゴーッ! って、変形する秘密基地なんだ! 五色のポムクルさんを用意して、チーム戦で戦うぞー!」 巽とティアは二人でやけに盛り上がっている。 しばらく黙りこんでいた審査員たちは、全員が一斉にボタンを押した。 「なぜだああぁぁぁぁぁぁ!」「わぁぁ、すごおおぉぉぉいぃぃ!」 ヒーローオタクの二人の夢は叶わなかった。 「食は文化デース。文化無くして知性体の存続はないのデース。食のバリエーションを増やす贅沢。これが大切デース」 アーサー・レイス(あーさー・れいす)は審査員たちに猛アピールした。 だけど、カレーだった。食と言ってるが。 「食は味覚と心を豊かにしマース」 だけどやっぱり、カレーだった。 「ぜひぜひ皆さん、食べてみてくだサーイ」 アーサーは自慢の特製カレーを審査員たちに振る舞った。 それから、日堂 真宵(にちどう・まよい)にも。真宵はそれほどカレーに興味はなかったが、あまり流れているのも癪だな、と思っていた。 「あら? おいしい」 一口カレーを食べた真理子は、驚きながら言った。 真宵も、アーサーのアピールに便乗することにした。 「大事なのは、文化的な日常生活よ。必需品を嗜好的なレベルに高めた些細な贅沢な嗜好品が伴った私生活。その私生活の充実無しに、発展は無いわ」 要するに、ちょっぴり贅沢な生活をしましょう、という提案だ。 カレーに使える食器店とか、雑貨屋とか、そういう文化的な店が出来ると良いんじゃないだろうか? 審査員たちは、うんうん、とうなずいていた。なかなか好感触だ。 「デハ最後ニー、お近づきの印に特製スパイスを……」 アーサーは真理子のカレーに、瓶に入った赤い粉をぱっぱっと振った。 もう一度、真理子は一口カレーを食べる。すると、今度はいきなり、叫び声をあげた。 「ぎゃああああぁぁぁぁからいいいぃぃぃっ!」 「オヤ? アララ……コレ、激辛スパイスだったデース」 アーサーはアハハハハと笑った。 ぽちっとな。真理子がボタンを押す。 「カレーは文化ああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 アーサーと真宵は奈落の底に落っこちていった。 真理子の舌は腫れたみたいに真っ赤っかだ。ヒーヒーと、水を飲んだ。 ユーリ・ユリン(ゆーり・ゆりん)は、うさぎや猫などの動物とたわむれることのできる施設を造ることを提案した。 「働くポムクルさんたちのためにも、癒やしは大切だと思うよ!」 「きゃー、ユーリちゃん頑張ってー!」 後ろでトリア・クーシア(とりあ・くーしあ)が応援している。チアガール風の格好に、ポンポンを両手につけて。 フレーフレーと、トリアはダンスを踊った。 「言いたいことはわかる……わかるけども……」 真理子とたいむちゃんは、うーん、と顔をしかめた。 「なぜに、その手にうさぎを?」 「へ?」 ユーリは大量のうさぎを腕に抱えていた。 もふもふと手足を動かしたり、口をぴくぴくさせたり、草を食ったりしてる。 と、油断したユーリの手から、うさぎが飛びだした。 「あっ!」「げっ」「バカっ!?」 ユーリが驚き、真理子たちが飛び退いたときには、もう遅かった。 うさぎは部屋中をぴょんぴょん跳びはね、暴れまわり、テーブルの上をしっちゃかめっちゃかにし、そして、ボタンを踏んだ。 「え……」 パカンっとユーリの足もとの床が開く。 「あんぎゃああぁぁぁぁぁぁぁっ!」 ユーリは穴の中に落っこちていった。 「あれー? 大丈夫ー? ユーリちゃーん」 トリアは急いで駆け寄って、穴をのぞき込んだ。 下からなにか音がする。しゅうしゅういう音。それから光がぽわわんっ。 「あ、あれ……なにか……石化してるよっ!? だ、だれか! 助けてえぇぇぇぇぇぇ!?」 真っ暗の闇の底から、ユーリの絶叫が聞こえてきた。 だ、大丈夫かしら? トリアはあたふたした。が、あることを思いだした。 「あ、でも…………死なないって言ってたから、大丈夫ね」 ぽんっと手を叩いて、トリアはほほ笑んだ。 「それじゃあ、戻ってユーリちゃんの帰りを待とうっと」 さっさと、トリアは引き上げてしまう。部屋からトリアは出ていった。 「だ、大丈夫じゃないいぃぃぃ!」 ユーリの声は、穴の底で寂しく反響した。 |
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