校長室
リアクション
◆ ◆ ◆ 南カナンの沿岸部では、シャムス・ニヌア(しゃむす・にぬあ)率いる南カナンの精鋭達が怪物と戦っていた。 「怯むなっ! ここはオレたち、南カナンの守るべき土地だ! 決して、怪物どもなどに足を踏みいれさせるな!!」 シャムスは漆黒の鎧に纏うマントを翻しながら、そう叫ぶ。 南カナンを守る男たちは、その声を聞いて一斉に頷いた。 「はいッ!!」 それはまさに、『黒騎士』の名にふさわしい戦いぶりだった。 シャムスは薄桃色の髪を靡かせて戦場を駆け抜けると、そのまま馬に跨がり、跳び、背後へと回り、剣を振り下ろす。その閃光は怪物を貫き、さらに振り上げた剣がまた別の怪物の腕を叩き斬った。 「うはー……さっすが、シャムスー! すごーいっ!」 そう言って彼女を賞賛するのは、かつて戦場を共に戦った仲間であり、かけがえのない友人でもある飛鳥 桜(あすか・さくら)だった。 桜は両手をぱちぱちと叩き、やんややんやとシャムスを持ちあげる。 そんな友の態度に、シャムスは呆れたような目を向けた。 「褒めすぎだぞ、桜。それより、おまえのほうはどうなんだ? そっちは任せたはずだが?」 「……へへー」 ふと見れば、桜の足下には踞った怪物たちがいる。 彼女は小太刀を軽く振るい、手慣れた様子でそれを掴んだ。 「なんてったってヒーローだからね! シャムスにだって負けないよ!」 「まったく……。お前には調子が狂わせられるよ、ほんと」 シャムスは頭を抱えるように言う。 「おーい、桜ー! シャムスー!」 ちょうどそのとき、桜のパートナーのアルフ・グラディオス(あるふ・ぐらでぃおす)が追いついたところだった。 「はぁ……はぁっ……。二人とも、先に行くなよー……。俺ってば、すげー怪物どもの相手されたんだぜ……」 「もう、アレフ! それはみんな一緒だよ! 僕もシャムスも、ほら! こんなに退治したんだから」 「うえっ、すげえな……」 二人が積み上げた怪物たちの姿を見て、アルフは絶句したように言う。 彼にしてみれば、自分も頑張ったほうなのだが……。二人はそのさらに上をいったようだった。 そんな三人が集まったその時。 「シャムスさん! 危ないっ!」 「……レジーヌっ!?」 いつの間にか接近していた怪物の攻撃を、レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)が受け止めた。 彼女は幻槍モノケロスの槍を振り回すと、怪物を押し返し、そのままその身を叩き斬った。 全身鎧に身を固める少女の一撃は、光の怪物を一瞬にして消滅させる。その凄まじい戦いっぷりとは反して、彼女は心配そうな顔でシャムスに振り向いた。 「だ、大丈夫ですか、シャムスさん……! お怪我はありませんか……!?」 「あ、ああ……。それよりレジーヌ、どうしてお前がここに……。 確か……本部のほうで情報収集と索敵をしてたんじゃなかったのか?」 シャムスは言った。 そう。レジーヌはもともと、前線に出るようなつもりでいたわけじゃない。仲間のために、情報担当を買って出ていたのである。 しかし―― 「そんなの、アナタが心配だったからに決まってるじゃない。あの光の怪物がアンタのほうに向かってるのを見つけてから、レジーヌってばアンタを助けるんだって聞かないんだから」 そう言ってやって来たのは、エリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)だった。 彼女はレジーヌのパートナーで、良い意味でも悪い意味でも、レジーヌの事をよく知っている。 そのレジーヌが一にも二にも「シャムスを助けるんだ」と言って前線に飛び出したが、いまのエリーズには不満なのだった。 (まったく、レジーヌってば……。まあ、シャムスはまだ女だからいいけど、これが男だったらどうしてたものか……) エリーズはレジーヌに近づく男が大嫌いなのだ。 もちろん、実際にそうなったらどうなるかは分からないが、少なくとも今のところは、レジーヌはエリーズの守るべき対象だった。 「ご婚約おめでとうございます。噂で聞きました」 レジーヌはシャムスに微笑みながら言った。 それを聞いて、シャムスはどぎまぎする。まだ、慣れていない事も多いようだった。 「う、む……まあな」 「結婚のときは呼んでよねー。私、結婚ってどんなもんかも知りたいから。楽しいのかとか、面白いのか、とか」 エリーズが楽しんでいるように訊く。 「あ、そのときには僕も僕もー! シャムス、婚約おめでとうー! 結婚もおめでとうって言いたいんだー!」 桜も混じって、彼女たちはわいわいと騒ぎだした。 が、しかし。やがては、再び戦いに目を向けねばならないだろう。 「……さて、行くか」 ひとしきり女の子たちにからかわれた後で、シャムスはそう言って剣を握り直した。 「待ってよ、シャムス! 僕もいくよ!」 桜がそれを追う。シャムスは遠慮がちな目を向けた。 「しかし……」 「僕だってヒーローだよ、シャムス。それに僕だけじゃない。君も、アルフも、みんなもそうだよ」 桜は言いながら、アルフやレジーヌ、エリーズのほうへと目線を送った。 「やらせてよ、みんなの笑顔のために。みんなの未来のために……」 「…………」 しばらく、シャムスは逡巡するような顔で黙りこむ。 が、やがて彼女は、決意したようだった。 「……ああ、わかった。行こうか」 「シャムス!」 「どうせ言っても聞かないだろうしな。それに桜、確かにおまえはヒーローだよ。オレにとっても、みんなにとってもな」 そう言って微笑むシャムス。 彼女は馬に跨がると、一声かけて一気に戦場まで駆け抜けていった。その後ろ姿を追いながら、ふとアルフが言う。 「ヒーローか……。桜、確かにお前はヒーローだよな」 「なに? どうしたの急に?」 桜はきょとんとした顔でアルフを見る。 少し気恥ずかしそうに、けれど、確かに伝えようとして、アルフは言った。 「……忘れんなよ? お前には俺がいる。俺は、お前だけのヒーローにだってなりたいんだからな」 「アルフ……」 「みんなの笑顔を守るヒーローは、実のところ、迷子になりやすい泣き虫だからな。俺が支えてやらねえと……」 「ああーっ! もう! なんでそんなこと言うかなー! 今はもうそんなに泣き虫じゃありませんー!!」 イーッと舌を出して怒る桜。それを見て笑うアルフ。 見つめあう二人の心は、ただ、一つになって。この青空の世界に広がった。 さすがのシャムスも、長期戦ともなればその体力も徐々に削られる。 怪物どもをねじ伏せ、切り倒し、やがて彼女の黒い甲冑にはくすみが目立つようになった。さらに、マントもぼろぼろになっている。顔には疲労の色が見え、彼女はその場に倒れるように息をついた。 「はぁっ……あ……く……っ……!」 剣を支えになんとか二本の足で立ちながら、彼女は自分の弱さを恥じた。 (たったこれだけの戦闘で、これほどふらつくとはな……。オレもなまったものだ……) かつてはたった一人、戦場を駆け抜け、南カナンにその人ありの黒騎士と恐れられたというのに。 今となってはその異名も畏れ多く感じるようになった。 それはある意味では、彼女が優しさを知り、愛を知ったからかもしれない。 しばらく身体をなまけさせていたのが、ここにきて痛手となっているのだ。 まったくしょうがないとシャムスは思った。しかし、どこか心地良い気持ちでもあった。確かに、戦いを疎かにしていたかもしれないが、それだけこのしばらくの間のシャムスには数多くの思い出があった。それは恐れを持って黒騎士と呼ばれていた時とは違う。エンヘドゥとの日々、友との日々、愛すべき人との日々。全てがあり、今があった。 と、考えている間に、現実は残酷なものである。 怪物がシャムスを捉え、その巨大な拳を振り上げてきた。 いま、仲間は近くにいない。このままオレはやられてしまうのか? と、彼女がそう思ったその時であった―― 「……これはっ……!?」 ヒュゴッと音を立てて地面に突き立ったのは、一本の槍。 それは地面に突き立ったその瞬間、凄まじい衝撃波を放って怪物を押し返した。 そして、遅れて現れる一人の影。降り立ったのは、不敵な笑みを浮かべる金髪の青年だった。 「ずいぶんとつまらん姿だな、シャムス。貴様の力はそんなものだったか?」 「おまえは……モードレットっ……!?」 シャムスの目の前に、モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)が立っていた。 そして遅れて―― 「まったく、モードレット……。先に行かないでくださいと言ったでしょう」 「……久我内、椋……」 久我内 椋(くがうち・りょう)が姿を現した。 「お久しぶりですね、シャムス。それに、少し綺麗になったようだ」 椋は穏やかな顔でそう言った。まるで、旧友に出会ったときのように。 二人の姿を見て、シャムスは驚きが隠せなかった。なぜなら、彼ら二人は、元々はシャムスの敵だったからだ。 かつて、カナンが征服王に支配されていたとき、邪悪なる化身モートに与していた者たち。しかしそれは、決して無味乾燥な理想のもとにあったわけではなかった。二人の剣に迷いはない。だから、二人は戦うことを恐れなかったのである。モートと運命を共にしていたときも、そして今も。 「どうも風の噂で、人のものになったと聞いたがな……」 モードレットが不遜な顔で言った。 「俺は貴様との決着を忘れたわけではないぞ、シャムス。いずれ貴様は、この俺が、俺自身の手で倒す。それまで……せいぜい、覚悟しておくんだな」 そう言うと、彼は近づいてきた怪物へ向けて槍を一閃する。血塗られた刃は怪物を切り裂き、さらに彼の手の中で踊る。空を切り裂く刃は、二体目も切り屠った。 「モードレットは相変わらずですが……、俺も同じ気持ちです」 椋は言って、シャムスを見た。 彼も変わらない。もとより共にしてきたこの命。二人はまるで血を分けた兄弟のように、そこにいた。 「婚約おめでとうございます。いずれまた、その時がくれば……」 彼はそう言ってモードレットの後を追う。 二人はまるでシャムスを守るように立ちはだかり、怪物たちを戦った。 その様子を見ながら、シャムスは微笑んだ。 「まさか……お前たちに助けられるとはな……」 だがどこかで、それも予感していたのかもしれない。 あの時、椋とモードレット、二人と出会った時から。二人の目を見た、あの瞬間から。 「オレも、まだまだ……!」 そう言ってシャムスは、剣を握り直す。 二人に負けじと、その背中を追った。 |
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