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リアクション
・Chapter21
「なんとか、ここまで来れた……」
柊 真司(ひいらぎ・しんじ)はただひたすらに、軍事施設を駆け抜けた。
ヴィクター・ウェストが黒幕であることは、宇宙のイコン群を見れば明らかであるように思えた。
しかし、密かにレーザー発射施設へ向かうにも、足がない。そこで作戦部隊の一員として輸送機でここまで来て、降下直後の屋外戦闘に紛れてアサシンマスクを被って正体を隠し、施設に侵入したのである。
もちろん、先行していたパワードスーツ部隊の交戦が始まったのと同じくらいのタイミングとなる。とにかく自分の傷も顧みず、ただ止まることなく走り続けた。
(ほんと、いくら私を纏っているからって……無茶にもほどがあるわ)
魔鎧として纏っているリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)から呆れの声が上がる。
「……馬鹿ね、ほんとに。私のことまで庇いながら戦うなんて」
ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)も同じような調子だ。彼女も、手足から血を流している。それでも真司に比べればはるかにマシだ。
「お前を傷つけるわけにはいかないからな」
「どっちの意味で?」
その質問には答えない。どっちもだ。今は意識が眠っているが、彼女の身体が傷つくのが見たくない。それと同時に彼女を救うためには、できるだけ無傷な状態の方がいいと思っている。
おかげで、右目蓋の上が切れてまともに目を開けられず、肋骨は何本か折れている。内臓もいくつか潰れているだろう。地下一階の、あの戦隊五人組に囲まれてここまで逃げ切れただけでも奇跡だ。裏を返せば、そのくらいの無茶をしなければ、誰よりも早くこの地下二階に足を踏み入れることなど、到底不可能だっただろう。
(主よ、まだ安心はできぬぞ)
左腕に掴んでいる剣――ソーマ・ティオン(そーま・てぃおん)からテレパシーが送られてくる。彼は、剣の形態をとっているポータラカ人だ。
ここまで来れたのは、彼の力に依るところが大きい。サンダークラップとパイロキネシス――特にパイロキネシスは着ぐるみに効果的であり、地上一階の怪人はそれだけで大体しのげた。
真司自身は、アクセルギアの加速を順次上げていきながら、シュトルムヴィントで敵を振り切っていった。ワイヤークローをサイコキネシスで操るといった絡め手も交えつつ。
そして、どうしようもない状況になった時、ヴェルリアがカタクリズムで周囲を一切考慮せずに敵を弾き飛ばした。そこまでしつつもボロボロになっているのは、敵のタフさが原因だ。頭が吹き飛ぼうが体が半分になろうが、しつこく迫ってくる敵は多かった。
(あと一息だ。行こう)
「ところがまだそれは困るんだよ、これが」
地下二階の通路の奥から、高い声が聞こえてきた。今のはテレパシーであり、誰にも聞こえていないはずだ。
「あいにく、パーティ会場はまだ準備中なんだ。少し待っててくれないかな?」
少年の物腰は柔らかい。
(真司、迂闊に手を出さない方がいいわ)
(分かってる。だが……)
この先にいるというのは、間違いない。
「ヴィクター・ウェストに用がある。通してくれ」
「例外は認められないね。どうしてもっていうなら……」
少年が目を細めた。
「ボクを押し退けてって」
アクセルギアを三十倍にして即座に一歩踏み込み、真司はソーマを振り抜いた。少年の身体を斬るために。
だが、それが当たることはなかった。
宙を舞うソーマ。それを左手が握っているのを、真司は見た。
「え…………?」
左腕から血が噴き出る。何が起こったのか、理解ができない。いつ、斬られた?
「そんな速さで『自分からナイフに飛び込んだら』、腕だって吹き飛ぶよ」
少年はナイフを前に出したまま、変わらず立っていた。
「…………ッ!!」
その光景を眺めていたヴェルリアの念力が荒れ狂う。デバステーションだ。彼女の本能が、命の危機を告げているのだ。
「危ないな」
その念力を少年は一点に収束し、ヴェルリアに向かって放った。
衝撃で後方へ吹き飛ばされ、彼女は気絶した。
「ヴェル……リア……」
得体の知れない少年に、まるで歯が立たない。
「何をしていル?」
「あ、ドクター。準備は終わったの?」
「ほぼ全部ナ」
少年の背後から、派手なシャツの上に白衣を羽織った男が現れた。
「ヴィクター・ウェスト……」
「そうダ。キミは?」
「……ウー・ヂェン・スー」
偽名を名乗る。
「止血をしよウ」
その場で真司の止血をヴィクターが行った。これで、意識が途絶えることはない……はずだ。
「聞きたいことがある。クローン強化人間の作製についてだ。
……取引がしたい」
「対価ハ?」
「俺の身体を好きにしていい。代わりに、『器』だけのクローンを一人造って欲しい」
ヴィクターが訝しそうに首を傾げた。
「……なぜそこまですル? 言っておくガ、キミの身体には人体実験を施すほどの面白みはなイ」
「パートナーを救うためだ」
ヴェルリアの方を見つめる。その上で、彼女の後天的な人格が宿っている銀の十字架をかざした。
「この中に、人間一人の意識が入っている。それを、造られた肉体の方に移したい」
「クク、こいつは面白イ。『魂』の存在については証明されていないガ、それが本当だと言うのなラ、意識の宿らない単なる人型のクローンくらイ、くれてやル」
メモを取り出し、ヴィクターがさらさらと何かを記入した。
「そこへ行ケ。入力された遺伝子情報と同一の肉体を造る装置があル。意識は宿らないただの肉人形でしかないがナ。以前、肉体が損傷した時のバックアップ用の身体を造るための研究に使っていたものダ。素材を補充していないかラ、あと一度しか使えないがナ」
「……それで十分ダ」
「これも受け取レ」
それは、装置がある研究所の鍵だった。
「あとデ、その女のデータを頂ク。それが条件ダ。早く行ケ」
それだけ言い残し、彼は奥へと去っていった。
* * *
(行ったみたいだな……)
ルカルカたちが奥へと行ったタイミングを見計らい、真司は施設からの撤退を始めた。
ヴィクターは「メインイベント」が終わるまで、ここを離れるつもりはないらしい。まあ、このまま死んだとしたら、ヴェルリアのデータが取られずに済むわけだが。
「行くぞ、ヴェルリア」
「……交渉は、できたの?」
鍵を彼女に見せ、不器用に口元を緩めた。
「そう、これで……」
ヴェルリアも微笑を浮かべた。
腕一本でパートナーが救えるのなら、安いものだ。
真司たちは奪還組に見つからないよう、慎重に地上を目指した。