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横山ミツエの演義(第3回/全4回)

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横山ミツエの演義(第3回/全4回)

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武雲嘩砕二日目〜単純だが複雑なもの


 セラフィーナの携帯から聞こえてきた、キリン再突進の報に場は騒然となった。
「おいおい、来るのかよ。腐るって……困るぜそりぁ」
「けど、これで最後までわからなくなったなぁ。最後まで立っているのはキリンかミツエか。あるいは予想外のが出てくるか」
 やがて賭けの行方にワイワイと騒ぎ出す。
 彼らにとってミツエがどうなろうとたいした問題ではなく、それよりも自分が賭けた金がどうなるかが重要であった。
「ミツエさん、心配いらないですよ。大丈夫です」
 風祭優斗としては、仮にキリンが現れたら自分が守るからというつもりで言ったのだが、振り向いたミツエは購入したカードを握り締め、真剣な顔で何度も頷いた。
「そうよね。あたしが買ったこの券。無駄にはならないわよね」
 周りと同様、お金のことを気にしているミツエにこけそうになった優斗だった。

 それより少し前、市の外れに再び残虐憲兵青木元中尉が現れ、人を売っていた。昨日さんざんやられたのに懲りていないようだ。それどころか、手下の数を増やしている。
 その手下の中にラグナ アイン(らぐな・あいん)ラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)が紛れ込んでいた。二人は自分達を青木に世話になっている者の使いだと名乗り、実際に見せた腕を認められて青木の警護の位置についていた。
 店の位置を変えても、どこで嗅ぎつけてくるのか今日も客はやって来る。
 内心の嫌悪感を押し隠し、アインは訪れた客の身体検査を行った。客も昨日のことを知っているようで、それを受け入れている。
「すみませんね。お客さんにこんなことを」
「気にするな。何があったかはわかっている。まったく、うるさいことだな」
 こんな具合だ。
 客の相手をしているアインと他の手下の様子、それから青木の位置を確認したツヴァイは、そっとポケットに手を忍ばせパートナーへ合図を送った。
 何の邪魔も入らずに商売が進み青木の機嫌は良かった。今も捕虜が一人売れたところだ。
 その捕虜は教導団の者だったが、今の青木に元同胞であるという認識はない。何かにとり憑かれたように、ある日を境に彼は変わり果ててしまった。
 檻に目を向ければ、捕虜がビクッと震えて怯えた目で青木を見上げる。
 それに満足して目を細めた時、若い男の声がした。
「こいつを買い取ってほしいんだが」
 と、突き出されたのは長い灰色の髪の薄汚れた女だった。
 青木の前に通されたということは身体検査は済んでいる。
 青木は女に近づくと、上から下までジロジロと眺めた。女は深くうつむいているので顔は見えないが、ここに連れてこられた者はたいていこんな感じなので特に気にとめなかった。
「ふむ……洗えばけっこう綺麗になりそうだな。灰色の髪は元は銀色か? いい色だ。それだけでも欲しがる奴はいるだろう。おい、ちょっと顔を見せてみろ」
 青木が女の顎をつかんで持ち上げようと手を伸ばした時。
 突然女が手錠に繋がれていた両手を突き出して何かを叫んだ。同時にカッと閃光が走る。
 光をまともに食らった青木は、ギャッと叫んで目を押さえた。
「目が……目がぁ〜」
 と、情けない声を上げる青木に気づいてか、手下達が駆けつけてくる足音がした。
「アルマ」
 彼女を売りに連れてきた捕虜商人が声をかけると、アルマは鎖をちぎり自由になった両手をブラブラさせた。もともと引っ張れば千切れるように細工しておいたのだ。
「てめぇら何やってる!」
 押し寄せてきた青木の手下達を充分引き寄せてから、捕虜商人──如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は身体検査の時にアインからこっそり手渡されていた煙幕手榴弾を投げつけた。
 破裂音と同時に大量の煙が立ちこめ、手下達の咽る音が白煙の向こうから佑也とアルマ・アレフ(あるま・あれふ)の耳に届いた。
 慌てふためく手下達の姿を見れないことを残念そうにしているアルマの手を引き、佑也は人身売買所のスペースの後ろ側に並ぶ大きな木箱の陰に身を隠した。
 煙による咳き込みと目の痛みが、煙が流れることでようやく引いてきた手下の一人が吼えた。
「あの二人はどこへ消えた!?」
「あちらへ行きましたよ。ボクは青木さんを見ますので、お願いします」
「任せとけ。あいつら、バラバラにして店の前に飾ってやるぜ!」
 ツヴァイが指したまるで見当違いの方向へ疑いもせず手下達の何人かが走っていった。
 その背を馬鹿にしたような目で見送るツヴァイ。
 佑也、アルマ、アイン、ツヴァイの四人は人身売買所を潰すべく、一芝居打ったのだ。
 そして、この混乱に乗じた者が三名。
 菅野 葉月(すがの・はづき)は手下達の目がどれもこちらを向いていないことを確認すると、木箱の陰から身を滑り出した。後ろのミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)に手で合図をすると、ついてくる気配があった。
 まだ白煙が残っているのも幸いだった。
 一番近くの檻の前で足を止めた葉月が周囲を見張っている間に、ミーナが器用に鍵を開けていく。
 何が起こっているのかわからず、ただ怯えているだけの捕虜にミーナは安心させるように微笑みかけた。
「助けにきたよ。こんなとこ、早く出よう」
 捕虜はハッと目を見開いたかと思うと、ミーナを突き飛ばすような勢いで檻の開閉口から這い出てきた。
 そして、そのまま逃げようとする捕虜へ葉月が声をかけて止める。
「もうじき戻ってくる青木へ仕返しをしてから逃げませんか?」
「仕返しだって……!?」
「ええ。今、市ではこんな話で盛り上がってるんですよ。──残虐憲兵青木を倒した者は、ミツエのおっぱい揉み放題」
「な、な、そんなの関係ねぇよ! ミツエのおっぱいなんかどうでもいいっ。それより、どっちへ逃げたらいいんだ?」
 真っ青な顔でわめく元捕虜は、完全に青木への恐怖に飲まれていた。今日までよほど恐ろしい思いをしてきたのだろう。
 白煙もだいぶ晴れてきている。戦うようにと悠長に説得している時間はなさそうだ。もたもたしていると葉月とミーナも面倒なことになってしまうだろう。
 そのことを素早く頭の中でまとめた葉月は、元捕虜に逃げ道を指示した。
 礼を言って走っていくその背に、
「もう捕まらないでくださいね」
 と、声をかけたが聞こえたかどうか。
 それにしても檻の数が多い。昨日よりも増えている。
 ミーナ一人では間に合わないかと思われた時、もう一人が檻の開錠に加わった。
「向こうの方はすでに開けました」
 橘 恭司(たちばな・きょうじ)だった。
 そこからは、ミーナと恭司の二人がかりで競うように檻を開放していき、見張りの葉月が逃げ道を教えて次々と逃がしていった。
 最後の一人を逃がした頃には、煙はすっかり風に流されて視界は開けていた。
 だから、視力を取り戻した青木が殺意もむき出しに葉月達を睨みつけていることにもすぐに気がつくことができた。
「怖い怖い。早く行こうよっ」
 もう捕虜はいないから逃げよう、とミーナが葉月の腕を引っ張る。
 葉月は頷くと恭司にも声をかけた。
「君も早いとこ行きましょう」
「いや、俺はここに。まだ、やることがありますので」
 そう答えた恭司の目は、じっと青木を見据えていた。静かだが怒りのこもった目で。
 葉月はそれ以上は誘うことをせず、じゃあね、と軽く手を上げてミーナと去っていった。
 青木は護衛につけていたアインとツヴァイを従え、狂気じみた目で恭司を睨んでいた。逃げた葉月とミーナは後で捕まえて痛めつけようとでも思っているのかもしれない。
「あいつを血祭りにあげるぞ……」
 唸るように言った青木だったが、返ってきたのは従う返事ではなく、背中に押し付けられた固く冷たい感触だった。
「血祭りに上げられるのはあなたのほうです」
 それと同じくらい冷たいアインの声。
 気づけば青木は囲まれていた。
 味方と思っていたアインとツヴァイは実は敵で、消えたと思っていた佑也とアルマはショットガンをこちらに向けていたり、魔法の準備を整えていたり。
 恭司もライトブレードを抜いていた。
「さて、覚悟はいいですか?」
 いやに落ち着いた声で恭司が死刑宣告のように告げた時、通りの向こうからクラクションを鳴らしながらトラックが突っ込んできた。