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リアクション
唐突に董卓が「メイド喫茶」へ行こうと言い出したので、ミツエ達は『メイド喫茶・牙攻裏塞島』へと足を運んだ。
「よく知ってたわね」
道案内を買ってでた董卓にミツエが関心したように言えば、董卓は照れたように笑った。
やや大きめのテントをくぐれば、
「おかえりなさいませ、ご主人様」
と、ヨーフィア・イーリッシュ(よーふぃあ・いーりっし)が一行を出迎えた。
彼女の豊かな胸を強調するようにデザインされたメイド服と、ギリギリまでの短いスカート。けれど決して下品ではない。
こういうもてなしは初めてだった火口敦はどうしていいのかわからず、視線を彷徨わせた。が、その先で同じ格好をしたサレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)と目が合ってしまい、曖昧に笑みを作った。
席へ案内されメニューを渡されると、董卓は上から順に注文をしていく。
「波羅蜜多丼とぉ〜、ミツエパフェとぉ〜」
そこで水を飲みかけていたミツエが吹き出した。
「何パフェですって?」
「ミツエパフェだぁ〜」
じとっとしたミツエの目が注文を待っているヨーフィアへ向けられる。
ヨーフィアはまったく動じていない綺麗な笑顔で説明を始めた。
「魏呉蜀を表す三色のアイスにミツエ様の好きなフルーツをトッピングしております。ご注文くださった方には、ミツエ様のブロマイドが当たりますの」
それを聞いてミツエはようやく思い出したことがあった。
略奪品バザール組ではなくパラ実生の出店申請の中に妙な質問があったことを。
「そういえばメイド喫茶って書いてあったわ……」
ミツエのブロマイドがどうこうというのも許可した……ような覚えがある。
というわけで、董卓の注文が再開された。
「俺はこれだ! ドージェカレー! 辛さ100倍で頼むぜ」
元気良く和希が注文し、敦が心配そうな目を向ける。
「腹壊すっスよ」
「だーいじょうぶ。お前もどうだ?」
「やめとくっス」
ぶんぶんと首を振って拒否する敦。
と、そこに別行動をしていた曹操とラルクが入ってきて合流することになった。
ラルクも和希に張り合ってドージェカレー辛さ100倍を注文。
このメニューはけっこうな人気メニューだったりする。
厨房で忙しく調理の腕を揮っている弁天屋 菊(べんてんや・きく)はミツエ達が来たことを知ると、いろいろな意味で気合が入った。
前回の汚名返上を果たしたいし、ミツエのいるところトラブルありというわけで、喧嘩や食中毒などの陰湿なやり口にも警戒がいる。さらには虹キリンが突っ込んでくる可能性もあるのだ。
「よぅし、しっかりやるよ!」
菊は自分の気も引き締めるように声を出した。
だが、菊はもう一つの脅威を失念していた。
「菊、買出しに行ってこようか」
「頼むよ。忙しいのに悪いね」
「お互い様だろ。それに卑弥呼が行ってくれたから、多少は手も止まるだろうしね」
菊とガガ・ギギ(がが・ぎぎ)は顔を見合わせて苦笑する。
失念していたもの──董卓の無限の食欲だった。
今日一日分の材料があと三分の一ほどにまで減ってしまった。
ドージェカレー辛さ100倍もヒーヒー言いながらも平らげた。和希やラルクも諦める気はないようだが、いまだ格闘しているというのに。
そこで、董卓が惚れこんだ貂蝉を降霊して気を引こうと親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)が出動したのだ。
董卓のために特大のアイスを盛った器から、卑弥呼は手ずから三色アイスを食べさせる。そして会話もする。こうすることで食事の手を押さえようというのだ。
「そういえば董卓様は昨日鏖殺寺院の者に出くわしてしまったとか。何もされませんでしたか?」
「肉まんをもらったんだぁ〜」
「董卓様……」
嬉しそうな董卓に思わず漏れた貂蝉の向こうの卑弥呼のため息。
「董卓様、その者の正体はきっと呂布に違いありません。お気をつけくださいませ」
「奉先か……でも、女だったなぁ〜。儚げな感じの女だった。……あ、男もいたなぁ。そうかぁ、あいつが奉先かぁ〜」
一人納得する董卓。
貂蝉はすかさず董卓に囁いた。
「董卓様、呂布の裏をかきましょう。お手伝いいたします」
「そうだなぁ、あいつは油断ならんからなぁ〜」
メニエス・レインと共にいた鏖殺寺院の男は、知らぬ間に呂布にされてしまった。
ふと、間があいた時、何かが倒れる音と小さな悲鳴が上がった。
目を向ければ、ヨーフィアが何とも悩ましげな格好で倒れている。いや、転んだのだろう。
その時に乱れたスカートの裾からは、なまめかしい太ももがギリギリまで見えていた。もう少しスカートがまくれてしまえば下着が見えていただろう。
圧倒的多数の男性客の視線が白い脚に釘付けになっている。
「もう、こんなところで転ぶなんて……」
ササッとスカートを直すヨーフィアから、わざとらしく視線をそらす。
見えそうで見えないもどかしさを、自分のプロポーションをしっかり把握しているヨーフィアは最大限に利用して引き出していた。
その演技力に舌を巻くサレン。
彼女はヨーフィアに強く言い聞かせられていたことがある。
あなたも自分の武器を利用しなさい、と。
サレンは素直にそれを聞き入れ、たった今入ってきた客二人に実行した。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
胸元を大きく開けたメイド服から、いやらしくならない程度に見せてご挨拶。ちょっと恥ずかしい。
ほとんどの客は、ふだんがどうであれそれなりに場をわきまえてくれるのだが、今回の客は鈍い客だったようで。
ここをお触りバーか何かと勘違いしたようだ。
執拗に体に触れようとするのをさりげなくかわしながら、サレンは店の趣旨を伝えて納得してもらおうと頑張った。ここが外だったなら遠慮なくぶっ飛ばしているところだ。
「ここは気分を楽しむ店なんスよ。お客さんもそういう雰囲気を満喫してくれませんか?」
「だから、オレがご主人でオマエが召使いなんだろ? ご主人の命令だ、脱げよ」
横ではもう一人が下卑た笑いを見せている。
サレンは笑顔が引きつりそうになるのをグッとこらえた。下手に乱闘になって店をメチャクチャにはできない。
何とか穏便にすませたい。
テーブルでデザートをつつきながらその様子を見ていたミツエが席を立とうとした時。
「これは、対虹キリン用に用意していたものだが……」
と、バケツを持ったガガが困った二人組とサレンの間に割って入った。
バケツの中身はアルカリ性洗剤。
虹キリンの起こす腐食作用が酸によるものと仮定して用意したものだ。これが混ざることにより危険なガスが発生し、キリンをくたばらせる作戦だった。店が襲われた時の最後の手段である。
「このまま浴びても……特に目に入ったらキツイだろうねぇ」
凄味のある緑の瞳で睨まれ、二人組は逃げていった。
ホッと胸を撫で下ろすサレン。
「お礼を言うっスよ。それにしても、本当にぶっかける気だったっスか?」
「ははは、これはただの水だよ」
そんな危険な液体を客のいるところに持ってこれるかい、とガガは豪快に笑った。
安心したサレンも一緒になって笑ったが、ふと思った。
「そのキリンは今頃どうしてるんスかねぇ」
昨日の虹キリン戦を知らない者はいない。
いつの間にか嘘も本当もごっちゃでその時の様子は市に広まっていた。
そして、それを利用して開かれた『キリンさん討伐トトカルチョ』。
店で景気良く通り客に声をかけているのはセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)である。
ふと、客の流れが途切れた時、セラフィーナは今頃キリンの走る荒野にいるだろうパートナーを思った。
「そろそろ連絡が来てもいい頃ですが……」
討伐を実況中継するのだと出かけていった彼女からの連絡は、まだない。