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リアクション
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)達は夏侯 淵(かこう・えん)の意見もあり、せめて曹操から許可を取ってから残虐憲兵の取り締まりに出ようと思っていた。
たまたま一緒にミツエもいたので、そのことを切り出してみたのだが、何故かミツエははっきりした許可を与えなかった。人身売買を問題視しているのは明らかなのに。
「単純に取り締まればいいという問題じゃないのよ」
ミツエも困っている様子。
「そのことも建国宣言に盛り込まなくてはなりませんね」
諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)の言葉にミツエは小さく呻いた。
そして、ウンウン唸りながら行ってしまったのが今朝早くのこと。
仕方ないから大人しくしているかと、文化祭を楽しんでいたルカルカ一行だったが、青い髪の可愛らしい乙女が脂ぎったオヤジに買われる現場を見て、居ても立ってもいられなくなってしまったのだった。他にも、人間を鎖に繋いで檻に閉じ込めて動物のように売るなど、許しがたい行為であった。いや、ペットショップのペットのほうがまだ大切にされているだろう。
お咎めなら後でいくらでも受けてやる覚悟で、ルカルカと宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は夢見を連れて帰ろうとしている男の前に立ちふさがったのだった。
「彼女を放してもらいましょうか」
「な、何をふざけたことを! この女は私が買ったんだ。お前達にどうこう言われる覚えはないわい」
ルカルカの言葉は当然のごとく拒否された。
祥子がその向こうの青木を睨む。
「あなたはミツエの部下としてだけではなく、教導団員としても潰すわ」
ルカルカも祥子も教導団崩れとはいえ、一度は同じところに所属していた者がこのような見下げ果てた奴になっていることに憤りを覚えていた。
二人は夢見を保護し、彼女を買った男を逃がさないよう夏侯淵達に頼むと、それぞれ武器を抜き放ち一直線に青木を目指した。
ルカルカと祥子は左右に分かれ、ルカルカは上を祥子は足元を狙った。
青木元中尉の力がどれほどのものかわからなかったため、最初から全力で行ったわけなのだが……。
ギャッ、と悲鳴を上げて青木は転がされ、持っていた剣は弾き飛ばされた。
あまりの手応えのなさにルカルカと祥子は驚き、攻撃の手が止まる。
「ちょっ、ちょっと!」
ようやく呆然自失状態から立ち直ったルカルカだが、まだ戸惑いは充分に残っていた。
「私まだ何もやってないよ。ソニックブレード、まだ一回だけで……それも、ドラゴンアーツやヒロイックアサルトで強化もしてないし……」
「わ、私も轟雷閃しか使ってない……」
えええーっ!?
と、声を揃えるルカルカと祥子。
夢見と男を頼まれた夏侯淵も呆れて何も言えなくなっていた。
青木は呻き声を漏らしながら、ルカルカと祥子を憎々しげに見上げた。
「お前らいったい、何者だ……?」
「私達? そうね……ラブリーエンジェルってとこかな」
「ラブリー……だと!?」
カッと目を見開いた青木は、答えたルカルカに「ラブリーの意味を辞書で調べ直してこい」と叫びたいのをグッとこらえた。下手なことを言っては命がないと思ったからだ。
あちこち痛む体を無理矢理立たせた青木は、やがて目から力をなくしてうつむいた。
「お前達の目的は何だ?」
「捕虜の解放とあなたをミツエのところへ連行することよ」
「ミツエ? あの小娘か。……なあ、捕虜は解放しよう。ここからすぐに立ち退こう。だから、もう見逃してくれねぇか? 一番の目的は捕虜の解放だろ? ほとんどが教導団員だからな」
青木はミツエを恐れているというよりは、面倒なことを避けようとしているようだった。
しかし、ルカルカ達にそんな気は毛頭ない。
引き続き祥子が口を開いた。はっきりと拒否するために。
「そういうわけにはいかないわ。自分のやったことをしっかり反省するのね」
「頼むよ……もう二度と人を売ったりはしない」
拝むように見つめられるが、祥子の毅然とした態度は変わらなかった。
青木はうなだれる。
「そうか……俺もここまでか。仕方ねぇ、お前らには勝てそうもねぇからな。──だが、抵抗くらいはさせてもらうぜ! あれを見ろ!」
突如、顔つきも雰囲気も豹変した青木が、ルカルカと祥子にある一点を示した。
二人が見た先には、青木の手下達が捕虜の数人を捕まえて銃を突きつけているではないか。
「ちょっとでも動いてみろ、あいつを殺すぜ」
手下は人質を連れて青木の横までやって来て、銃を彼に渡した。
「この卑怯者!」
「どっちが。いきなり二人がかりで来るのはいいのか? 自分よりはるかに実力の劣る相手を徹底的に潰すのは許されるのか?」
「問題をすり替えないで!」
ルカルカの非難も青木はヘラヘラ笑うだけ。
祥子が思わずハルバードの切っ先を上げた時。
乾いた銃声音が鳴り響いた。直後に捕虜の甲高い悲鳴。
青木が人質を撃ったのだ。
跳ねた鮮血が青木の頬に散ったが、彼はまるで気にしていないようで狂ったように笑い声を上げた。
「人質ならまだまだいるぜェ? ほらほら、動くなよ! おい、お前ら。今のうちにこの生意気な女どもを痛めつけてやれ」
手に手に武器を持った青木の手下達が、徐々に輪を縮める。
捕虜を殺すことに何の躊躇いもない青木に、戦慄すると同時に心の底から怒りと嫌悪感を覚えたルカルカと祥子だったが、その人質のために攻撃に出ることができなかった。
これから聞けるだろう、彼女達の苦痛の声と表情を想像してヒャハハハと笑う青木の鼻先すれすれを雷が襲った。
「外したか」
いつの間に上空で待機していたのか、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の轟雷閃だった。
「よくやった、カルキノス」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がこの隙を見逃さず、青木達にバニシュを放った。
閃光に目をくらまし、邪悪溢れる彼らは身を焦がされるような苦痛に襲われた。
夏侯淵がヒロイックアサルト『疾風』で自身を強化し、人質をとっている手下達へ次々と矢を射掛けていく。
腕に足に突如襲い掛かる激痛に、一時的に視界を潰された手下達は恐慌状態に陥った。
ダリルの魔法は人質の目もくらませてしまったため、湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)が混乱の中に走り込んで彼らを助け出した。
捕虜達をかばうようにして夏侯淵のもとへ駆けるランスロットを狙う手下に気づいたセリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)が、その手下が火術を使おうとしていることを察知してファイヤプロテクトを張った。
それにより、軽い火傷で済んだランスロットに、再度火術を放とうとした手下だったが、突然糸が切れたように倒れた。
「二度目は許しまへん」
声だけが小さく落とされる。
光学迷彩で姿を隠していた山城 樹(やましろ・いつき)だった。そのまま彼は事の元凶へと向き直ったが、青木は手下数人とほうほうの態で逃げ出していったところだった。
その姿はあっという間に人ごみに紛れて見えなくなった。
「まったく、悪党は逃げ足が早いどすなぁ」
光学迷彩を解きながら、樹はため息混じりにこぼした。
この後、捕虜達は全員解放された。
ただし、この件の証人として夢見と彼女を買った男はミツエのいる本部へ連行されたのだった。
ルカルカ達が本部に来る前に、事の次第はミツエの耳に届いていた。
「青木は逃がしちゃった」
悔しそうにするルカルカをミツエは「昔から悪党の逃げ足はオリンピック選手よりも早いのよ」と、樹のようなことを言って宥めた。それから、夢見と男に視線を移す。
夢見に見覚えのあったミツエは意外そうに目を見開く。
「首がどこなのかわからなかったの」
悪びれもせず言って肩をすくめた夢見にミツエは苦笑し、彼女を買った男は「騙したのか!」と目を剥いた。
ミツエはルカルカと祥子から、青木のことや人身売買所の有様を事細かに聞いた。
ルカルカ達も、第二第三の青木が出ることを懸念して、取り締まりを厳しくするべきだと訴えた。
それでも、ミツエの反応は鈍い。
「何を躊躇うの?」
「確かにあたし達の感覚からすれば青木のやったことは最低も最低のことなんだけどね。祥子達が青木と戦ってる時、周りの人達の反応はどうだった?」
ミツエの質問に答えたのはセリエだった。彼は思い出しながらゆっくりと言う。
「そういえば、淡白でした……いえ、どうしようか迷っているような……」
まさに今のミツエと同じだ、とセリエは気づいた。
「あたしも百合園出て一人になってわかったのよ。ここで生きる人達のあり方が。でも、国を作る以上は放置できない問題なのも確かよね。明日、このまま青木が戻って来なければ、このことは建国宣言で発表するわ。もし戻ってきたら、青木を捕まえるわよ。今日はご苦労様。あたしがはっきりしなかったせいで、迷わせちゃったわね」
悪かったわ、とミツエは謝罪の意を示した。
そして、夢見と男についてだが、彼女を買った男にはその分の金額を返して、このまま黙って帰ってくれるよう言った。
夢見を大変気に入っていた彼はとても渋ったが、周りの冷たい視線には逆らえずムッツリしながら帰っていった。
これでこの場は解散となったが、夏侯淵が曹操を呼び止めた。
「殿は自ら国を興し覇道を歩むのではなく、ミツエのもとについたのは何故か? 何故他人の下につくようなことをなされた?」
かつては曹操の下で共に中華統一を目指したのだから、当然の疑問だった。
曹操は懐かしそうに夏侯淵を見つめる。
「ついに朕には身につかなかった、漢の太祖の皇氣を見たからだ。託しても良いと思った」
ミツエが天下三合の計を成し遂げた時、曹操の中華統一の夢も果たされる。
そういうことだった。
曹操と別れた後、外で待っていたランスロットに夏侯淵はこのことを話した。そして、ランスロットは何故祥子と契約したのか尋ねた。
「彼女に呼び出された以上、何か縁があったのでしょう。私自身の過去や想いと、祥子自身のそれとの間に通じるものがあったのかもしれません。──道を誤らないこと。それが私の望みであり、祥子への望みです。ミツエとの関わりが、かつての私の歩んだ道にならないことを祈るばかりです」
ミツエと曹操の縁。通じ合ったもの。関わったことでこれからどう進んでいくのか。
夏侯淵は、自分とルカルカとの関係も含めてしばらく考えに沈んだ。
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