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リアクション
タシガンを被う霧は深い。
夜にもなると、一歩先が見えないほどだ。
うっすらと灯る街灯の朧気な光を頼りに、謙信は石畳の街を竜司とともに歩いていた。
酒場を出た後、謙信は一切口を開かなかった。
謙信は目的地も告げないまま黙々と歩き続ける。
居心地の悪さを払うように、竜司は口を開いた。
「なぁ…話がややこしくてイマイチ理解できなかったんだけどよ」
思い切って話かけたものの、これではまるで馬鹿みたいだ。
エースたちが来る直前に謙信が話そうとしていたことも気になる。
「とりあえず何だ。お前は領主の間者…みたいなもんなのか?」
竜司の問いかけに謙信はこくりと頷いたように思えた。
「じゃぁ、さっきの連中が言っていたエテルなんとかの事件とかいうのにも、お前っつうか、領主が関わっていたってことか?」
今度の問いには、はっきりとした返事が返ってきた。
「命が惜しければ領主に関わるなと、さっきも言ったはずだけど?」
謙信は竜司に領主の間者であることを告げようと思っていた。
だが、エテルニーテ家のことまで伝えるつもりはなかった。
あれはまさしくタシガン家に纏わる暗部だ。
下手に関われば命がない。
だが、真性の馬鹿なのか、命知らずなのか、竜司は豪快に笑い飛ばした。
「関係ねぇよ。俺は薔薇学じゃねぇし。むしろ薔薇学関係の揉め事は大歓迎だ」
「そういや最初に会ったときも、嫌いだと、言っていたっけ」
あっさりと言い放つ竜司に釣られるように謙信もまた僅かに口角を上げた。
謙信が笑ったことに気を良くした竜司は、さらに言葉を続ける。
「なぁ? もしも領主をぶっ倒したら、お前も自由になれるんじゃねぇのか?」
竜司に深い意図があったわけではない。
ただの思いつきだ。
ただ、謙信が一人で何か重いものを背負っていることだけは分かる。
それを肩代わりしてやるつもりは毛頭ないが、笑い飛ばしてやることくらいはできる。
「物騒なことを言う男だね」
「ただ相手の言うことに従っているだけじゃ、何も変わらねぇぜ。どうせならこうドカンと派手に行こうぜ!」
夜空に向かって拳を突き上げる竜司に、謙信は苦笑いで答えた。
彼女の唇から漏れた言葉は、まるで独り言の如く密やかなものだ。
「…あの方には誰も叶わない。
…もしも叶う者がいるとしたら、領主の血縁者か、エテルニーテ家の生き残りくらいだ…」
「どういうことだ? あ〜いや、話したくねぇっつうなら無理に聞かねぇけどさ」
先を聞きたい気持ちを抑えつつ、竜司はそう嘯いた。
無理に聞こうとして警戒されたら元も子もないからだ。
その態度が気に入ったのか、謙信はゆっくりと口を開いた。
「…アンタは神子を知っている?」
「なんだそりゃ?」
いきなり話が変わった。
怪訝に思った竜司は顔をしかめる。
「神子とは女王を復活させる力を持つ者だ。タシガン家はその血族なのさ」
「だったらさっきのエテル…」
途中まで言いかけて竜司は言葉を切った。
どうやら竜司の頭では、エテルニーテ家という家名が覚えられないらしい。
面倒くさくなった竜司は自己流に省略することにした。
「エテ公は何なんだよ?」
すでに滅びたとはいえタシガン有数の貴族を猿呼ばわりとは、竜司も怖いもの知らずである。
苦笑を浮かべつつも謙信は説明を続けた。
「タシガンの神子の血筋は現在ではいくつかの家に分散しているんだよ。エテルニーテ家はその中では最も濃い血を受け継いでいる。それ故、領主に疎まれ粛清されたのさ」
「要はお貴族様の権力争いっつう奴か」
「まぁ、そんなものだね」
実際にはそんなに簡単なものでもない上、その後もアーダルヴェルトによる神子の血族に対する粛正は密かに実行されてきているが。
この場はひとまず竜司の言葉に同意する方が良いように思えた。
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