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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

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「あっ、そういえばリンネは!? つい飛び出てっちゃったけど、大丈夫かな」
 レライアを救出しようと焦るあまり、カヤノはリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)のこともすっかり忘れていた。一旦後方まで戻ると、カヤノの視界にリンネが映る。どうやら負傷した生徒を気遣っているらしいリンネに近寄ろうとすると、真上から氷柱が落ちてくるのが視界の端に映った。
「リンネ! 上!」
 叫び、カヤノが氷柱を生成するが間に合わない。直撃する――!

「ツァンダー爆炎キーック!」

 高らかに掛け声が響き、爆炎の勢いで加速した風森 巽(かぜもり・たつみ)がさらに足に爆炎を纏い、落ちてきた氷柱を真横から蹴り飛ばす。衝撃で二つに割れた氷柱は一つがリンネの右隣、もう一つが左隣に落ちて砕け、破片がいくつか当たるもののほぼ無傷で済んだ。

「蒼い空からやってきて、凍てつく悪夢を砕く者!
 仮面ツァンダーソークー1!
  遅れた分だけ、飛ばして行くぜ!」


 これがヒーローだと言わんばかりに、銀色のマスクと赤いマフラーをなびかせ、巽が名乗りを上げる。
「リンネちゃん、大丈夫!?」
 ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が駆け寄り、リンネと負傷した生徒へ癒しの力を施す。
「ありがとう、巽ちゃん、ティアちゃん! カヤノちゃん、リンネちゃん一旦この子を連れて引くね! ティアちゃんのこと、よろしくね!」
 そう言い残して、リンネが生徒に肩を貸してエリア【E】へ下がっていく。
「よろしくって何よ、もう……」
 呟きを漏らすカヤノと、ティアの視線が交差する。通常カヤノの方が見上げる形になるが、今はティアの方が見上げる形になる。
「……何か言いなさいよ」
「余計なこと言うなって言ったのはどこのどいつだよ!?」
 ティアの反論に、そうだったわね、と前置きしてカヤノが口を開く。
「じゃあ訂正するわ、言いたいことを言いなさいよ」
「…………ああ、もう!」
 どうせ分かってるくせに、半ばヤケっぱちになってティアが矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「もっとカヤノと一緒に遊びたいよ! 美味しい物も食べに行きたいよ! 一緒にやりたいことたくさんあるよ!」
 ティアの言葉を、想いを受けて、カヤノの顔にどこか安心したような感情が浮かぶ。
「あたしだってあんたと遊びに行きたいし、もっと色んなことやってみたいわ。あんたといると面白いしね」
「うぅ……分かってるくせに、どうして言わせるんだよぉ……」
「分かってなんかないわよ」
「……へ?」
 ティアの驚いたような顔を見つめて、カヤノが口を開く。
「そりゃ、何となくは分かるけどね。一字一句分かるわけじゃない。……だから、言ってくれなきゃ分かんない。だってあたし、バカだもん」
「……うんバカだね、バカだよカヤノは、ボクにこんなことさせて!」
 ごめん、と素直に告げて、カヤノがふわり、とティアの傍に舞い降りる。
「力を貸して、ティア。今はあんたの力が必要なの」
 カヤノの『言いたいこと』を耳にして、ティアがこくり、とうな垂れる。
「……さっさと片すよ!!」
 ティアが顔を上げ、ハンマーを抱えてメイルーンを見据える。それに頷いて、カヤノが氷の剣を生み出し、構える。
(無事仲直り、のようですね。……では、こちらも行きましょうか)
 二人の成り行きを見守っていた巽が、背を向けて新たな目標へ飛び立つ。
(何とかなる……いや、何とかする!)
 その背に爆炎を纏い、雷光の煌きの如く放たれた蹴りが、特火点のように振る舞う氷柱をほぼ垂直に貫く。上部が吹き飛んだ氷柱へ、頭部が紅く熱せられたハンマーをティアがぶつける。トドメとばかりに、カヤノの生み出した氷柱がハンマーの頭部を押し込む。

「爆熱粉砕! 氷槌破砕!
 フレイムハンマー!!」

 
 生じた貫徹力に耐え切れず、氷柱は折れ、地面に横たわる。
 少しずつ、メイルーンという要塞に生徒たちが迫ろうとしていた――。

「ぐ……俺のことはいい、早く隠れろ!」
「だが、お前が――」
「早く! ブレスが来るぞ――」
 
 メイルーンの冷気放射がエリア全体を包み込む。その冷気が去った後には、遮蔽物に隠れ損ねた生徒の氷像が出来上がっていた。
「何て冷気だ、こうも綺麗に氷像にしちまうなんてな」
 再び冷気が来ないのを確認して、ゲー・オルコット(げー・おるこっと)が呟きを漏らす。ともかく、凍りついた生徒を一刻も早く救い出さねば、ここでさらに氷柱の一つでも食らおうものなら、グロテスクどころではない展開が待っている。
「ドロシー、撹乱をやってくれるか。自分はアイツらを後方へ運んで回復を試みる」
「分かりました」
 ドロシー・レッドフード(どろしー・れっどふーど)が頷き、戦闘用の大型の狼に跨り、潜んでいた遮蔽物から飛び出す。あえて注意を惹かせるために狼に吼えさせ、氷柱の射線を駆け抜けていく。機動力を持った新たな敵の出現にメイルーンは反応し、特火点役の氷柱をドロシー迎撃に向ける。複数の氷柱が飛び交い、地面や別の氷柱にぶつかり破片が煌く中を、一体となったドロシーと狼が舞う。
「よし、今だ!」
 ドロシーがメイルーンの注意を惹きつけている間、ゲーは他の生徒たちと協力して氷像となった生徒を運び出し、負傷した生徒を連れて後退を図る。周囲で流れ弾の如く飛んできた氷柱が砕け散り、時折破片が当たるなど楽では無かったが、エリア【F】から【E】に戻る道に入ると、それら氷柱の影響からは逃れることが出来た。
「まずは一安心、ってところだな。さて、急いでこの氷像を運んじまうか。この寒さじゃ溶かそうにも溶けなくなっちまう」
 攻撃を受ける心配はなくなったが、いつまでも凍り付いたままでは回復させるのにも時間がかかる。それは戦力の低下を招き、必然、怪我人はさらに多くなる。いずれゲーや他の生徒だけでは手が足りなくなってしまう前に、戦力の維持を図る必要があった。
「怪我人を運んできた。回復と、氷を溶かすための手段を講じなければならないが、用意は出来ているか?」
「ああ、出来ている。凍り付いている生徒はこっちへ運んでくれ。ジーナ、怪我人の治療をお願いしてもいいかな?」
「はい、七尾先輩」
 ゲーによって運ばれた氷像と化した生徒が、七尾 蒼也(ななお・そうや)ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)の用意した解凍器具――元々はコタツだったのを、ペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)の機晶石による出力アップによりその位置付けになった――にかけられ、かろうじて回復を果たす。
「おつかれさまです♪ ただいまゐる民のお雑煮をサービスしてます☆ 温まっていってくださいね」
 電力変換で自らが動力源になりつつ、温泉食堂『ゐる民』の店員も兼ねてお雑煮を振る舞うペルディータ。彼女のおかげで身も心も温まった生徒たちは、再びメイルーンと戦うだけの力と勇気をもらったのであった。
「はい、もう大丈夫です。皆さん、無理をしないで危なくなったら直ぐに戻ってきてください」
 怪我人に癒しの力を施し、冷気に対する抵抗の力を付与させたジーナが、エリア【F】に向かっていく生徒たちを見送る。本来ならば自分も向かうべきなのかも知れないことは頭では分かっていても、メイルーンを倒すことだけが本当に正解なのか……そう考えるとどうしても二の足を踏んでしまう。
(悩む時間は過ぎた、とガイアスは言うけど……私はまだ答えを出せない。私に何が出来るのか……)
 ふと、人の気配を感じてジーナが振り向く。そこには蒼也の姿があった。
「……悩んでいたみたいだけど、大丈夫?」
「あ、はい……ごめんなさい、気を使わせてしまって」
 蒼也は笑って、いいよ、と答える。
「……ユキノシタって姓は、雪の下で寒さに耐えて頑張ってるってことだよな。それってすごいことだと思う」
「七尾、先輩?」
 突如蒼也が口にしたことに、ジーナが首を傾げる。蒼也の言葉が続く。
「燃える炎のように目立ちはしないけど、ちょうどコタツの熱のように、じんわりと人を、心を温めている。俺もそんな、誰かをじんわりと癒せるような、そんな風になれたらなと思う」
「七尾先輩は、今でも十分なれていると思います。私なんて七尾先輩が言うほどまだまだ……」
 ジーナの言葉を遮って、蒼也が口にする。
「俺がこうしていられるのも、ジーナ、お前がいるからだ。お前がいるから、俺は頑張れる」
「七尾先輩……」
 決して冗談で言っていないことは、蒼也の様子から容易に理解できた。
「……あ、いや、ごめん、何か変なこと言っちゃって」
「いえ……」
 ジーナが黙ってしまったのを、気を悪くさせたのかと思い蒼也が謝る。それに首を振って、ジーナが答える。
「私の出来ることをします、今は……。七尾先輩と一緒に」
「ジーナ……ああ、そうだな」
 ジーナの微笑みを受けて、蒼也も微笑みで答える。