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リアクション
●2人も『住人』だ。俺たちに出来るのはこれくらいだか……!
街が少しずつ、混乱からの脱却を目指そうとしている頃、キィとホルンの身を案じた者たちが、ホルンの家を訪れていた。
「……ごめんなさいね、せっかく来てくださったのにここまでしてもらっちゃって」
「そんな、キィさんが気にすることなんて全然ないです。女の子は綺麗に、ですから」
「キィちゃん、ちょっと足上げてもらっていいかな? ……うん、もういいよっ」
申し訳なさそうな表情のキィの露になった身体を、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)とスワン・クリスタリア(すわん・くりすたりあ)が優しく拭いて綺麗にしていく。そして隣の部屋では、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)がホルンに色々と話しかけていた。
「おまえらは、どっから見ても心がばっちり繋がっている、そんな感じだな。つい最近会った仲とは思えねえぜ」
「それは買い被り過ぎだよ。……ただ、もしかしたら、俺とキィは前に一度会っているんじゃないか、そう思うこともある。そのことを俺も、そしてキィも憶えていないのは、俺とキィの間にきっと何かがあるからだろう、ともね。……この異常気象が晴れる時に、それが分かるのだろうか」
「さあな、それは俺様にも分からねえ。二人の問題にこれ以上俺様があれこれ言うのも野暮って話だしな。ただ……同じ男として言っておきてえことがある」
言葉を切って、ベアが拳を作り、ホルンの胸にとん、とぶつける。
「何があっても、逃げんじゃねぇぞ。俺様だってご主人に何かあったら、逃げねぇで立ち向かう。大切なのは、挫けねぇ心だ。それがありゃあ、大抵のことはどうにかなるもんだ」
「ホルンさん、ベア、終わりましたよ。もう入ってきてもいいですよ」
扉の向こうから、ソアの声が聞こえてくる。
「キィを大切にしてやんな。おまえの存在が、何よりの薬なんだからな」
そう言い残して、ベアが扉の向こうに消えていく。
「挫けない心……か。そうだな、その通りだ」
ホルンが胸に手を当て、その温かさを噛みしめる。戦う力はなくとも、立ち向かう力はあるはずだから――。
「ホルンさん?」
キィの気遣うような声が聞こえ、ホルンは足早に扉を潜り、ソアたちの前に姿を表す。ソアはキィの髪を梳いてあげていた。
「ところで、キィさんのその光の輪は、何なのでしょう?」
スワンの問いに、一行の視線がキィの両手首に向けられる。右手には緑に光る輪、左手には青に光る輪が現れていた。
「あの光……あたし、知ってるかも」
「そうなの、フェリスちゃん? お願い教えて、私、何も分からないの。どうやって力になればいいのかも分からない、そんなの辛すぎるよ」
呟いたフェリス・ウインドリィ(ふぇりす・ういんどりぃ)に、リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)の切実な言葉が響く。イルミンスールに来たばかりの彼女にとって、イナテミスでの出来事は刺激が強いはずであったが、それでも自分に何が出来るのかを懸命に追い求めている様子であった。
「うん、分かった。合ってるかどうか分からないけど……」
そう前置きして、フェリスが口を開く。
悪しき意思が龍となりて自然を脅かす。
それに立ち向かったのは、五名の精霊たち。
精霊たちは力を合わせ、龍を五色のリングに封印する。
リングは五名の精霊に渡り、そして長い月日が流れた……。
語られたのは、架空の国の御伽話のような、にわかには信じがたい話。
「封印された龍の伝説……もしそれが本当だとしたら、今この街で起こってる天変地異はその龍によって引き起こされた……?」
リースの呟きに、異を唱えるようにベアが口を挟む。
「待て待て、えっと何だったか、五色のリング? 後、五名の精霊? それはいいとしたって、もう一つの五名の精霊って何だよ、俺様初耳だぞ」
「五色のリングは多分、『シルフィーリング』『アイシクルリング』『ファイアーリング』『ブライトリング』『カオティックリング』だよね。その次の五名の精霊はセリシアさん、カヤノさん、サラさん、セイランさん、ケイオースさんだとして……最初の五名の精霊は誰なんでしょう?」
ソアが両手の指で数を数えながら呟く。五色のリングについては『アインスト』の創立者、カイン・ハルティスによって解明がなされ、レプリカ品がイルミンスール魔法学校の購買に並んでいる。また、セリシアを始めとした精霊の長『精霊長』ともイルミンスールは面識がある。分からないのは最初の五名の精霊、話では龍を封じたとされる者たちであった。
「あぁもう、一体何が何なの!? 私は一体何をすればいいの!?」
「あー落ち着け落ち着け。頭に血が上ったら、余計分かんなくなるぜ」
半ば錯乱しかけていたリースを、ベアがなだめにかかる。
「……ごめんなさい。役に立てないのかなって思ったら、ぐちゃぐちゃになっちゃって」
「ま、いいってこった」
リースが冷静を取り戻し、しばらく考え込んでいた一行の中で、ソアが口を開く。
「……今は、事態を見守るしかないと思います。でも、もしこれから、キィさんが何かを必要としているなら、私たちが力を貸す。……皆さん、それでいいでしょうか?」
意思を確認するようにソアが告げると、顔を合わせた者たちは一様に頷いた。
「済まない……君たちの心遣いには本当に感謝している」
ホルンが感謝の言葉を紡いだところで、扉を叩く音が響く。
「あっ、あたし出ますね!」
「ちょっと、フェリスちゃん?」
一番扉の近くにいたフェリスが、リースが止めるのも聞かずに扉を開ける。現れたのは見舞いに来た生徒ではなく、街の住人であるらしかった。そして、フェリスには一部の顔に見覚えがあった。
「……何?」
表情を沈めて、フェリスが隠し持ったハンドガンをいつでも抜ける位置に手を添える。訪れた住人たちは、キィとホルンのことを疑っていた人たちであった。
「ま、待ってくれ。多分、君が思っているようなことを言いに来たわけじゃないんだ」
住人の一人が弁解するように手を振りながら答える。部屋の奥からホルンがやって来るのを見て、別の住人が口を開く。
「ああ、ホルン。あたしあんたのこと疑ってたんだよ。でもね、あんたと同じところから来た子たちと、精霊たちとが街に来て、あたしたちによくしてくれたのを見て、疑うのは止めよう、って思ったのさ」
「まぁ、あれだ、余所者なのは変わらねぇけどな、それだけで悪者扱いするのは、よくねぇよな」
「もう! あんたは素直じゃないね! ……そういうわけだから。困ったことがあったら言っておくれよ。もっとも、あんたを気遣ってくれる人はもうたくさんいるみたいだけど」
「いえ、ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」
口々に気遣いの言葉をかける住人たちに、ホルンが笑みをこぼして応対する。そして、最後の一人を見送ったホルンが家に戻り、事態を見守っていた者たちに笑顔で頷くと、安堵のため息と歓声が漏れた。
「キィさん、ホルンさん、約束したよね。私達はどんなことがあっても、あなたたちのこと必ず守るから」
「あたしもだよ!」
リースとフェリスが、力強くキィとホルンに頷く。
「これから、どうなるんでしょう……」
「ま、なるようになんだろ。……うお、色々やってたら腹減った。ご主人、何か作ってくれ」
「もう、ベアったら!」
ソアとベアのやり取りに、部屋の雰囲気が解れていく。
彼らがいる限り、何があったとしても大丈夫、そんな気持ちに二人はさせられるのであった。
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