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リアクション
街の人々が多く避難している公会堂、その屋根の上、二人も入れば手狭な空間で、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が手にした銃で冷気を狙撃していた。先程エルが見たのは、翡翠が放った銃の一撃が、飛んできた氷柱を砕いた、というものであった。
(一撃で破壊できるほどの強度で助かりました。これなら、必中である限り、防衛線は抜かれません……!)
銃は魔法と違い、使い手の感情や身体能力などで性能以上の威力を出すようなことはない。その代わり、撃つべき対象が性能を超えないのであれば、当て続ける限り倒し続けることが出来る。もちろん、当て続けるためには使い手の腕が相応に必要だが、その点翡翠に心配はない。彼には冷静沈着な思考と、決して曲がらぬ意思と、そして守るべき『子』たちがいる。それらがある限り、彼が狙撃を外すことはあり得ない。いや、あり得てはならなかった。
(どうも嫌な予感がするのですが……こうも攻撃が激しくては、迂闊に注意を外せませんね)
イナテミスの異常な事態が、これだけでは終わらないと踏んでいる翡翠は、街の様子も探りたいと考えていた。しかし、ここで注意を外せば、防衛線を抜かれる可能性もある。はやる気持ちを落ち着け、翡翠は前方の狙撃に集中した。
その前線では、沢渡 真言(さわたり・まこと)の放った炎弾が、氷柱ではなく前方のまるで城壁を思わせる石や鋼材で出来たバリケードに当たり、熱を帯びたそれらは冷気の侵攻を妨げると同時に、飛んでくる氷柱への抵抗となる。
(思いついたことを言ってみたに過ぎないのですが、有効であったのなら何よりです)
バリケードを作るという策は、最初燃料を集めて火を焚く方法が取られたが、飛んできた氷柱で破壊されてしまった。そのことをキメラに乗った生徒から聞いた真言は、「では、氷柱で壊れない物を利用したらどうでしょう?」と提案したのだ。それは直ぐに実行に移され、こうして生徒たちと街とを冷気から守る頼り甲斐のある壁となっていた。流石に大きく展開することは出来ないものの、それは他に集まった生徒たちがカバーしてくれる。真言は皆と築いた壁を機能させ続けることに傾注しようと決めた。
「皆さんと直したこの街を、人と精霊との絆を、このようなことで壊されるわけにはいきません。私も及ばずながら力になりたいと思います」
そう告げた真言の耳には、五色に光る耳あてが付けられていた。精霊と契約したいというわけではないけれども、精霊と共にありたいという友好の証として、彼女はそれを身に付けていた。
「……大丈夫ですよ、ティー。私には耳あてがありますからね。暖かいですよ、こんなに」
今頃は公会堂で子供たちを励ましているであろうティティナ・アリセ(てぃてぃな・ありせ)に呟くように言って、真言の掌に炎が浮かぶ――。
「みんな一緒なら怖くないですわ。みんなで寒さを吹き飛ばしましょう」
ティティナの呼び掛けで、部屋で身を潜めて悲しげな表情を浮かべていた子供たちは、少しでも自分たちの出来ることをしようと、物置場にまとめられていた使い古しの布や古着といったものを隙間に詰め、冷気対策としていた。高いところの隙間はミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)と九条 葱(くじょう・ねぎ)が空を飛んで、作業に当たっていた。
「パパの手伝いをする! と言ったんだけど、お留守番してなさいって言われたの。待ってるだけじゃヤダって言ったら、街の人のフォローをお願いします、って頼まれたの! 私頑張るんだ!」
翡翠に頼みごとを受けたのが嬉しかったのか、葱がくるくると飛び回りながら、隙間風の吹いている箇所を探し当て、ミーミルに知らせる。
「そうでしたか。はい、私も街の人のため、頑張りたいと思います」
葱が示した場所に布を差し込んで、ミーミルが微笑んで答える。そうしてしばらく作業に当たり、だいたい終わったところで、子供たちとティティナ、葱、ミーミルとが輪を作って歌を歌う。暗かった子供たちの顔にも段々と、笑顔がこぼれ始めた。
「歌が聞こえると思って来てみたが、君たちだったか」
足音が響き、ケイオースが姿を見せる。その姿を認めて、ティティナが微笑みかけながら尋ねる。
「ケイオース様、またわたくしたちと一緒に歌いませんか? ケイオース様の歌声は、優しく包み込んでくださいますの」
「わ、歌われるのですか? 私、聞いてみたいです」
「私も!」
「そ、そうか。では、大したものではないが……」
ミーミルと葱にも誘いをかけられ、苦笑しつつケイオースがすっ、と口を開く。響く歌声が、周りの闇を温かく、寒さから守ってくれる存在のように思わせる。
やがて歌を歌い終えたケイオースへ、惜しみ無い拍手が向けられる。
「……ありがとう。俺を救ってくれた人の前で歌うというのは、不思議なものだな」
「いい歌でしたよ。ティティナさんが言ったように、包み込んでくれるような歌でした」
「ああ、そう思ってくれたのなら、よかった」
ケイオースがそう呟いたところで、弦が弾かれる音が聞こえてくる。その安らぎを与えるような音色に皆が振り向くと、ウードを演奏するケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)の姿があった。
「あ……え、えっと、いい歌声が聞こえてきたから、演奏もあった方がいいかなって……」
視線を向けられて萎縮してしまうケイラに、ケイオースが笑みを浮かべて言葉をかける。
「……そうだな、君の言う通りだ。歌には演奏が必要だ。君の奏でる優れた演奏なら、なおさらね。では、彼女の演奏も加えて、もう一曲といこうか」
「あ、私もいいですか? なんだか私も歌いたくなっちゃいました。ケイオースさん、ケイラさん、よろしくお願いしますね」
立ち上がったミーミルが二人に頭を下げて、そしてケイオースの隣に立つ。
「えっと、じゃあ……行きますねっ」
緊張で震える手を堪えて、ケイラがウードの弦を弾く。ミーミルはまだしも、五精霊長に名を連ねるケイオースの前で演奏することに、やはり最初は硬さがあったものの、『街の人達の心を落ち着かせられれば……』という気持ちは、それを補って余りあるものであった。
そして、ケイラの演奏に合わせて、ケイオースの低くお腹に響くような声とミーミルの高く透き通るような声が絡み合い、聞く者に安らぎと勇気を与えてくれるような歌が部屋に広がっていく。子供たちは歌うのも忘れ、大人たちも耳を傾けるように、その歌声に身を委ねていった。
「なんか歌が聞こえてくっから、気になって来ちまった。こっちにいた方が安心できっかもな」
公会堂の入り口で、御薗井 響子(みそのい・きょうこ)から毛布と当面の食料を受け取った街の住人が、どこかほっとしたような表情を浮かべて中に入っていく。ケイオースとミーミルの歌は闇を伝い、家に閉じこもっていた住人の一部を公会堂に引き寄せる効果をもたらしていた。
「……これで、500人……だいたい、三分の一くらい……」
背中から伸びるマニピュレータで配布物の仕分けをしつつ、響子は公会堂にいる住人を数え、リストにまとめていく。イナテミスの人口は約3500、街を一時的に出ている人、異常気象により戻れない人を省くと半分くらいになるものの、それでも1000人以上が未だ家にいる計算である。しかし、公会堂の収容人数にも限りがある。街で一番大きい建物とはいえ、数百人もいれば圧迫感を感じさせてしまう。
「……連れてきた。中の案内は頼む」
響子の前に、老年の女性を抱えてきたマラッタ・ナイフィード(まらった・ないふぃーど)が現れ、慎重に女性を降ろして立ち去っていく。まだ公会堂にいない住人の中で、足腰が弱いなどで有事の際に危機に陥りやすいと思われる住人から優先的に公会堂へ避難することを勧めるように方針を切り替え、響子が報告した所へマラッタが足を運び、望むならこうして連れていっているのである。
「ありがとうさね。あの子、顔は怖いけど、気の利くいい子だね。精霊って聞いて、色々話し込んじゃったよ。あたしらには何の力もないけど、頑張っておくれ」
「……はい」
物資を受け取った女性に言葉をかけられ、響子が微笑みを浮かべた。
「なんやもー、ろくなこと書いとらんなー。これじゃ渡したって意味ないわー」
かろうじて灯りの差し込む場所で、バシュモ・バハレイヤ(ばしゅも・ばはれいや)が自分が設置した目安箱の中身を選別していた。最初は投函された量の多さに喜んでいたバシュモだが、その意見が「街にもっと幼女を」「男の娘ってよくね?」「ネコミミ萌え〜」などなどなどなど、意見というより個人の趣味と欲望を書き綴ったものばかりで、バシュモも段々と辟易していた。
「あちゃー、最後の一枚になってしもたわー。どうせこれもろくなこと……ん?」
ぞんざいに紙を開いたところで、そのいかにも子どもが書きましたと主張せんばかりにはみ出た文字を追って、バシュモの動きが止まる。
『ふんすいを なおしてくれて ありがとう』
「……これは、うちがもらってえーよな」
紙を丁寧に折って、落とさないように仕舞って、バシュモが箱を持って立ち上がる。
後でケイラに見せてあげよう、そう思いながら。
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