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リアクション
●街は彼らが守ってくれる! だから私達は、誰も傷つけさせない!
街のあちこちでは、襲い来る自然の災害に対し、混乱が見られた。
それは無理もない、街の人々の誰もが、このような事態に遭遇したことがないのだから。
そんな中、イナテミスの復興に携わった生徒たち、そして精霊たちは、街と街の人々を守るために奮闘する。
彼らの頑張りに、少しずつ街は勇気付けられていくのであった。
和原 樹(なぎはら・いつき)がフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)、ヨルム・モリオン(よるむ・もりおん)と先日修理を手伝った、花の苗が収められている小屋を訪れると、中では街の男性が、小屋の内側の壁を厚手の布で覆う作業を終えたところであった。
「おぉ、あんたらか。寒くなってきたんで、気になって来ちまっただ」
そこで樹は、数個ずつにまとめられた苗に、小枝や蔦をより合わせて作った籠がかけられているのを目にする。小屋の中はサラが供給した炎のおかげでまだ温かさが保たれているが、外の気温は今も徐々に下がっている。苗を守りたい男性のせめてもの策だろうか。
「おじさん、後は俺たちが代わりに番をするよ。おじさんは街の中心部へ避難して」
「ん? 言ってくれんのはありがてぇけど……」
樹の言葉に、男性は樹たちと苗と交互に視線を向ける。彼も一緒になってこの苗を守ってきた者として、最後まで面倒を見たい思いがあるのは確かだ。しかし、彼は樹たちとは違い一般人である。それに、ここを守り抜いた後のことは、彼がいなければ出来ないことの方が多い。
「皆が冷気を食い止めに行ってるし、『氷雪の洞穴』って所に行ってる人たちが原因を解決してくれるはずなんだ。それまで必ず、俺たちがこの小屋を守ってみせる。だから、任せてもらえないかな?」
紡がれた樹の言葉に、やがて男性は首を縦に振る。
「分かった。ここはあんたらに任せるだ。そん代わり、苗が無事だったら、きっと立派な花を咲かせてやんべ」
手を差し出した男性の手を、樹が取る。畑仕事で硬くなった掌からは、確かな温もりが感じられた。
「よし、直ぐに作業に取り掛かろう。俺とヨルムさんで小屋の周りに土嚢を積み上げる。フォルクスは暖炉の様子を確認して」
「了解した。樹、ヨルム殿、外は冷える、無理は禁物だ」
「ああ。ここで俺たちが倒れては、元も子もないからな」
外に出た樹とヨルムは、水路が決壊した時の緊急用に積み上げられていた土嚢を運んで、風が直接当たる壁から優先的に積み上げていく。高いところはヨルムが飛んで置いたりと手分けしながら、あるだけの土嚢を壁の前に積み上げる。どのみち水路は使用できないので問題はなく、冷気をたっぷりと含んだ風が直接当たるのを防げるこの策は相応に有効であった。
「今の温度は……やはり少し下がっているか。燃料もそう多くはないが……今を乗り切れなければ意味がない」
男性から教えられた温度を元に、フォルクスが燃料を追加して小屋の温度を適切に保とうとする。
「はー、寒さで手が悴むよ。……そういや、ここはまだ薪を使ってるんだな」
冷えた身体を温めるために戻ってきた樹が、暖炉にくべられた薪を見て呟く。主要都市では太陽光や風力等のエネルギーによるシステムが広まりつつあるものの、そこから少し離れれば、今も人間は薪を割り燃料としているのである。
「炭の方が長時間一定温度を保つのにいいって聞いたけど、でも、そういうことを易々と教えていいのか、悩むよな」
樹の疑問はもっともで、便利だからといって新しい技術をどんどん広めたとしても、それで必ずしも人々の生活が豊かになるとは限らない。必ず何がしかの失うものがあるはずなのだ。
「そうだな。俺も君の故郷が辿ってきた道を聞いて、それは本当に必要なものだったのだろうかと思うことがある。ただ、隠してしまっても俺たちと街の人々との距離は縮まらないようにも思う。一つの技術が本当に街のためになるかどうか、話し合えるようになるといいのだが」
地球の人間が石油を使い出したのは、せいぜい150年ほど前である。それまでは薪や炭、水力、風力など自然に寄りそう形で暮らしてきたのだ。それでこれからも暮らしていけるなら、わざわざ持ち込む必要はない。無暗に持ち込むのではなく、十分な話し合いをした上で利用するかしないかを決めるようにすれば、変化による軋轢は最小限に抑えられるのだろう。
「うん。そういう場を持てるようにするためにも、俺たちは頑張らないといけないんだよな。……よし、暖まった。作業を再開しよう、ヨルムさん」
頷いたヨルムと共に、樹が外へ出て行く。
外はますます寒さが厳しくなっていた。
「ぶぇっくしょいぃ!! ちくしょうめ、あれくらいで風邪引くたぁ、俺もヤキが回ったかぁ?」
「そりゃあんた、毎日毎日夜遅くまで――っと、もう年なんだから、あんまり無理すんじゃないよ」
「あの、大丈夫ですか?」
吹雪が襲ってくる前日のこと、いつもいるはずの大工がいないのに気付いた神野 永太(じんの・えいた)が、街の人に大工の住んでいる家を聞いて訪れてみたところ、大工は風邪を引いて寝込んでいた。
「来てくれたのにすまねぇなぁ。兄ちゃんなら俺が手を貸さなくたって、修理くらいできんだろ? 顔を見りゃ分かるよ、兄ちゃん、俺が止めたって修理しに行く。素人は無理すんなって言いてぇけど、ハッ、このザマじゃ言えねえよな――ぶぇっくしょいぃ!!」
女性から受け取った手拭いで鼻をかんだ大工が、女性に何かを言いつける。何度かやり取りがあった後、女性が頭からすっぽりとかぶるタイプの上着を持って来て、永太に手渡す。
「……これは?」
「俺が愛用してるヤツだ。持ってけ、お守り代わりだ。兄ちゃんの気が済むまでとことん修理してこい! そんで、ぜってぇ返しに来いよ!」
その声は、とても風邪を引いている者の声には聞こえない、しっかりとした声だった。
「何もこのような時まで、修理をしなくてもよいと思うのですが……」
冷気がイナテミスへ迫り来る最中、燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)が少々呆れた様子で、永太へ視線を向ける。永太は大工から受け取った上着を身に付け、道具の詰まった箱を抱えていた。
「せっかく大工さんに教えてもらった技術だ、この街のためにもっと活かしたい」
告げる永太の中には、自分がもっと頑張れていれば、大工に無理をさせずに済んだ、という思いがあった。
「……永太が無理をして、風邪を引かれては心配されるでしょう。わたくしも手伝います」
「ザイン……ありがとう」
そして、永太とザインの二人は、強度に不安を残す箇所から重点的に修理を始める。たとえ冷気が襲って来ても大丈夫なようにとの思いを込めて、永太は道具を振るう。
壁の直ぐ向こう側では、侵攻を妨げられた冷気が邪魔をする者たちを排除するべく、氷柱をそれまでよりも多く飛ばして生徒たちを攻撃する。この氷柱の厄介なところは、生徒たちへの攻撃であると同時に、イナテミスに対する攻撃でもあるという点である。
飛んできた氷柱の一部が、生徒たちの壁を抜けてイナテミスの壁へ迫ろうとしたその時、控えていた白乃 自由帳(しろの・じゆうちょう)の走らせた炎が氷柱を砕き、蒸発させる。いわば最終防衛線としての役割を果たすべく、エルは禁じられた言葉と紅の魔眼とで高められた魔力を存分に行使して、飛んできた氷柱を撃ち落としていく。
(洞穴では龍が復活したと聞きますのに、ここには冷気だけとは安直に過ぎますわ。他にも何かあるかも知れませんわね)
これからのことを考えていたエルの視界の端で、飛んできた氷柱が何もないところで砕け散るのが映る。しかしエルには、どうしてそうなったのかの見当がついていた。
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