校長室
精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~
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「おーおー、よく見えるでー。ほんま人と精霊がたっくさんやなぁ」 「ああ、皆、心から楽しんでいるように見える。見ている私まで笑顔にしてくれる」 「お父さんも、ネラちゃんみたいに肩車してあげましょうか? 私力持ちですよ」 「いやいや、気持ちだけ有難く受け取っておこう」 賑わいの絶えない通りを、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)とミーミル、ヴィオラとネラの『親子連れ』が歩いていく。といっても、人間が彼らを見れば、アルツールとヴィオラが夫婦で、ミーミルとネラが子供と思うだろうか。 「あ〜、どれもこれもおいしそうやわぁ。でも全部買えんところは、うちらが旅してた時とおんなじやな」 「そうだな。あの時はネラのおかげで助かった」 「えっと……200? ……手が足りませんっ」 「はぁ……ねーさんもちびねーさんも、お金の計算からっきしやもんなー」 そんなやり取りが、アルツールの前方で交わされている。 (こうして揃って出かける機会は滅多に無いだろうからな。世間に触れ、その中で必要なことを学んでいってほしい) そう、アルツールは三人の『娘』に願うのであった。 「今日はここで、シグルズ様のプロレス興行、司馬先生の講演が行われる。 ……うむ、ちょうどシグルズ様の試合だな」 IWE(イルミンスールレスリングエンターテイメント)正式発足後初の試合会場となっている公会堂にやってきたアルツール一行は、リングに颯爽と現れマスクを観客席へ放るシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)と、トップロープからのダイビングでリングに降り立つイルミンスール森の精 いるみん(いるみんすーるもりのせい・いるみん)の試合を目の当たりにする。 「技ならテレビと雑誌で見て覚えた! よって僕に手加減なぞ無用!」 「見ただけで覚えられるほど、プロレスの世界は甘くない! 私のイルミンスールボンバーで叩きつけてやるッ!」 両者意気込みを語った後、ゴングが鳴らされ試合が始まる。 「あれから磨きをかけた空中殺法、くらえッ!」 かつてレメゲトンと戦った時よりもキレのある動きで、いるみんがフライングクロスチョップやシャイニングウィザードを見舞うが、鋼の肉体を持つシグルズにことごとく受け止められてしまう。 「どうした! ちょこまか動き回ってるだけでは、僕には勝てない!」 逆にシグルズに掴まれ、バックドロップでリングに叩きつけられる。すぐさま起き上がりドロップキックを繰り出すが、その足を抱えたままリングに転がされ、サソリ固めを受け苦悶の表情を浮かべる。 「いるみんさん、痛そうです……」 「だが、お互いに怪我をしない程度はわきまえている。見ていて安心感はあるな」 「いけいけー、ぶちのめしたれー!」 心配するミーミルをヴィオラが安心させ、ネラは腕をぶんぶんと振っていた。 「さあ、これでフィニッシュだ!」 シグルズが腕を高く掲げ、観客にアピールした後、身体をロープに振って反動をつけ、ラリアットを見舞う。それまで投げ技や関節技に徹していたシグルズの、最初で最後の攻勢を、ふらつきながらもいるみんが回避する。必殺のラリアットを避けられたシグルズの背後に組み付いたいるみんが、 「イルミンスールボンバー2!」 頭上高く持ち上げ、リングへ叩きつける。臀部を打ちしゃがみ込むシグルズを、今度は抱え込むようにしているみんが組み、 「イルミンスールボンバー3!」 頭上高く持ち上げ、リングへ叩きつける。 「1、2……3!! 勝者、いるみーん!」 「ぬぅぅぅん!!」 鮮やかな逆転勝利を決めたいるみんが、筋肉アピールで観客に訴える。祭の興奮で既に上機嫌だった観客たちは、割れんばかりの歓声で応えた。 「やー、ええ試合やったわー」 「こうして、こう……でしょうか」 「ミーミル、決して友達にかけては駄目だからな? ……まあ、母さんが悪者に襲われた時とかなら、いいかもしれないが」 「……今この街は、シャンバラ建国と街の復興、2つの大きなエネルギーを抱え、重要な分岐点にある。 かつて辺境だったゆるヶ縁村が空京として、数多の問題を抱えつつダイナミックに成長を続けているように、この街もこれまでとは比較にならぬ成長を遂げる可能性があると言えよう。 イナテミスが地方都市で終わるか、空京の様に発展できるかは、今後の皆さん次第である」 司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)の経済振興をテーマにした講演を、アルツールと並んでミーミルたちも聞く。仲達はその後、地球の娯楽やサービスの提供から、新規ビジネスに繋げていくことを示唆し、その例として公会堂に設けられたドーナツやジェラートの販売委託を挙げていた。 「これはなかなか難しい問題やでー。 急激な成長は必ず軋轢を生む。人口が増えれば土地がいる、食べ物もいる。生産力向上のために環境が犠牲になることもある。 長い目で見れば、持続可能な成長ってもんを考えて行うことが大切やなー」 「ね、ネラ……いつの間にそんな勉強をしたんだ?」 「すぅ……すぅ……」 持論を饒舌に話すネラにヴィオラがたじろぎ、ミーミルはヴィオラの肩にもたれてすやすやと寝息を立てていた。 『……それは、精霊と人間との絆の物語の中では、闇の部分。 しかし、確かな事実として、語り継がれるだけの光を持った物語』 サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)の読み上げる声と共に幕が開かれ、暗がりの中で光に照らされたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、訪れた観客を真っ直ぐに見据えて、はっきりとした言葉を口にする。 「……これは、私たちの愚かな過ちの軌跡。 そしてもう二度と、人間、そして精霊に同じ過ちを繰り返してほしくないから。 今のこの平和な時にあえて、私たちは伝えます」 イルミンスールの精霊祭、『黄昏の瞳』の企みにより激動の一日となったその日、心を乱したパートナーのために奮闘した人間たち。 彼らに囚われの身であったセイランが力を貸したことは、多くの人間は今日まで知らずにいた。 ……そして、もしかしたらこの話は、わざわざ掘り返すようなものではなかったかもしれない。 「……いえ、わたしくとお兄様にも、お手伝いさせてください。 あなた方の物語は、伝えるべき光と闇の両方を備え持っています」 しかし、当の本人の一人であるセイラン、そしてケイオースは、挨拶に来たリカインの話を聞いて即座に、協力の意思を告げた。 セイラン、そしてケイオースが経験したことは、精霊に周知の事実として伝わっている。精霊長自らが物語の紡ぎ手となることは、精霊たちに自制の心、そして隣人と協力し合う心を再認識させることに寄与するはずである。 「それに、精霊と人間とは、既に手を取り合う者同士。 ……友の手伝いをする、それは友として当たり前のことではないか?」 ステージに立つリカインの脳裏に、ケイオースがかけた言葉が思い返される。 (私を友として認めてくれる者たちのために…… 少しでも、私の想いを伝える……!) やがて、リカインの眼前に闇を纏ったキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)が現れる。 「……ワレハチカラヲノゾム……ソレダケノコトダ」 あの時と同じ台詞を吐いて、キューが闇の刃を生み出しリカインに迫る。 「我は、立っているだけでいいのか?」 「ああ。当時のことは、セイランが記憶していたのを引き継いだ。君には闇を纏ってもらい、俺がその闇を通じて君の身体を動かす。君は力を抜いてじっとしてくれればいい」 劇が始まる前、ケイオースに呼び出されたキューは、劇への協力を頼まれる。 「やはり君が演じてこそのものだと、俺は思う。無理を言っているかもしれないが、協力してほしい」 当時のことを何も覚えておらず、それでも何か力になれないかと思っていたキューは、即座に案に乗った。 「光は闇に、闇は光に…… 善悪聖邪を超え巡りし力、 その境界たる刹那をここに現せ! ……コールニュートラル!」 セイランの発生させた光を抱いて、リカインがキューを包み込むように抱きしめる。 「リカイン……我をまだ、パートナーと呼ぶか? 「当たり前でしょ。キューは私のパートナーよ」 自制を忘れず、協力を惜しまず、末永く共に歩み続ける。 そんなメッセージを伝えようとした劇は、拍手と共に幕を下ろした。 (あはは……おかしいなぁ。 確か私達は、ケイオースに楽しんでもらいたくて演奏をしようって話だったのに、どうしてこうなったんだろう) 再び幕が開かれ、ステージではリュートを携えた五月葉 終夏(さつきば・おりが)、それぞれタンバリンとフルートを手にしたタタ・メイリーフ(たた・めいりーふ)とチチ・メイリーフ(ちち・めいりーふ)が、集まった聴衆者の視線を一心に浴びていた。 「楽しい精霊祭を!」 確かに最初は、ケイオースに音楽を聞かせようと、街中を歩いていたケイオースを見つけ恭しくお辞儀をし、リュートを鳴らす……そこまではよかった。 「あら、素敵な音楽ですわね。 ……そういえばお兄様、最近歌を覚えたとお聞きしましたわ。 是非ともわたくし……いえ、他の皆様にも聞いてもらってはいかがかしら?」 そこへ、音楽を耳にしたセイランがやって来て、ケイオースに歌を聞きたいとせがむ。 「いや、俺の歌などまだまだ……」 断ろうとするケイオースだが、セイランは引かず、ついには公会堂の施設を利用してコンサートを開くことまで計画してしまった。 「……済まない、急で申し訳ないが、一緒に出てもらえないだろうか。 君たちの演奏なら、俺も上手く歌えるような気がするんだ」 (……ううん。ケイオースが私たちを演奏のパートナーに選んでくれたんだ。 音楽家……の卵として、誇りに持たないと!) 終夏がうん、と頷いて、自信を胸に真っ直ぐ聴衆者を見つめる。その態度がタタとチチにも伝わり、二人がぱっ、と笑顔を浮かべて頷き合い、それぞれ得意とする楽器を構える。 『楽しい精霊祭を!』 三人の奏でる楽器から、まるで踊り出したくなるような旋律が紡がれていく。 実際に聴衆者の中には、身体を左右に動かしたり、メロディーを口ずさむ者もいた。 ♪――♪―― ステージ袖から、セイランの用意したタキシードに蝶ネクタイ姿のケイオース――「歌い手は、このような格好をするとお聞きしましたわ」と後にセイランは言った――がステージ中央へと歩きながら、伸びやかなヴォイスを披露する。 「まさか、歌うことになるとは思わなかったが…… これで俺もようやく、平和を願う精霊祭の一員として振る舞えるだろうか」 ステージに上がる前呟いた、ケイオースの言葉が思い出される。 (もう十分、ケイオースは振る舞えてるよ。うん、私達が保証する!) 終夏たちの音楽に合わせて歌うケイオースの背中に、終夏が心で語りかける。 ――想いを込めた音楽は、ちゃんと心に届く。