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リアクション
ダージリンの午後
課せられた勉学をやっと終えると、三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)は少し息抜きでもと談話室に入った。
よく磨き上げられた飴色の床に、アンティークのテーブルと椅子。自然とほっと息が漏れる、落ち着いた空間だ。
のぞみが談話室に入ったことに気づき、沢渡 隆が控えめに頭を下げる。それにのぞみは微笑みかけた。
「おじさま、一緒にお茶でもいかがですか?」
隆の淹れた紅茶が飲みたい、という期待をこめて見つめると、隆はかしこまりましたと頭を下げた。
隆はのぞみの父の執事であり、執事修行中の沢渡真言の父でもある。本来は『おじさま』と呼ぶのも良くないのだけれど、公の場以外ではのぞみはこの呼称で通している。
「のぞみお嬢様、お待たせ致しました」
ほどなくお茶の用意をした隆が戻ってくると、見事な手つきでカップに紅茶を注ぎいれた。
白磁のカップに注がれた紅茶から、ふわっと爽やかなマスカテルフレーバーが漂う。
「ありがとう」
礼を言って、のぞみは優雅な手つきでカップを取り上げた。パラミタにいる時には口調も態度も砕けているけれど、家にいる時には猫をかぶっている。着ているものも上品なワンピースだ。そうしないとすぐに小言が飛んでくるから仕方ない。
隆が淹れてくれた紅茶は、きりっとした渋みとすっきりとした後味を持つダージリンのセカンドフラッシュ。のぞみの好みを熟知している。
紅茶を飲んで落ち着いたのぞみは、隆に宣言しようと思っていたことを思い出した。
「あの……おじさま」
「はい、何でございましょうか」
即座に返事をする隆に、のぞみは真言の主人になると決めたことを告げようと口を開き……けれど、再び口を閉ざした。やっぱり宣言するならふたり一緒の時の方が良い。
無意識にのそみは胸元のペンダントを握り締める。真紅のガラスに蒼い花の描かれたそれは、真言とお揃いの色違い。
隆はちらっとのぞみの手に目を走らせたが、何も言わずに視線を戻す。何か気づいているようだけれど、それをのぞみに知らせる気はないらしい。
宣言をする代わり、のぞみはパラミタでの真言の様子を隆に話した。元気にやっていると伝えると、隆は穏やかに首を振った。
「娘のことはどうかお気になさらず」
そう言っていても、隆も真言の様子は気に掛けていて、こっそりとパートナーに様子を聞いていたりするのだけれど。
のぞみは隆に真言の様子を伝えられたことに満足すると、カップの紅茶を飲み干した。
「おじさま、もう1杯紅茶をいただけます?」
「はい、かしこまりました」
隆は完璧な動作で再び紅茶をのぞみのカップに注ぎいれた。
……そんな頃。
談話室を覗きこむ人影があった。
その人影は和やかにお茶の時間を楽しんでいるのぞみと隆の様子に、ちっと小さく舌打ちをすると、腹立たしげに身を翻して廊下を戻って行ったのだった……。
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