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仮初めの日常

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仮初めの日常

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 綾の精神状態のこともあり、その日は数分話をしただけで、ルフラは帰っていった。
 また後日、両親とも会った後で、病院の方に見舞いに訪れるそうだ。
「ああ、香苗も綾ちゃんと感動の再会で抱き合いたかったよー」
 香苗は木に八つ当たりをしながら、悔しがっていた。
「ルフラばかりずるいよー」
 ルフラが結構いい男で、それなりに頼りにもなりそうだったので、嫉妬もしていた。
 病院に戻ったら、いっぱいいっぱいお世話するんだと心に決めていく。
 香苗のそんな様子に、くすりと笑みを浮かべながら、メイベルは綾が乗る車椅子を押していく。
「会えてよかったね」
 セシリアが綾にそう声をかけると、綾は素直に頷いた。
 微笑を向けた後、セシリアは少し後ろへと下がり、フィリッパと並んで歩き出す。
「でもやっぱりメイベルは……まだ浮かない顔だね」
 小声で、セシリアはフィリッパに話しかけた。
「ですが早河綾さんとルフラさんとの再会はメイベル様にとっても区切りでもあるはずですから」
「とうとう告白するのかな? 懺悔の念で眠れない日もあったみたいだけれど、ホント、区切りになるといいね」
 セシリアの言葉にフィリッパは頷いた。
「メイベル様もこの事件を通して色々と体験されたようですので、今後もまたこのことを思い出しつつ、前に進まれることを望みます」
「良くにつけ、悪しきにつけ、色々と思いで深い事件だったね」
「決して過去にとらわれず、さりとも忘れずにいること――」
 2人は、パートナーのメイベルと早河綾をそっと後ろから見守っていく。
 メイベルはゆっくりと車椅子を押しながら、考えて、悩んで、病院に近づいた頃に綾に小さな声で語りかける。
「課外授業では、綾さんは囮、でもありました。綾さんという存在を囮に組織の目をひいていたんですぅ……」
 綾の肩がぴくりと揺れる。しかし彼女は振り向かない。
「それは綾さんと私たちの贖罪だったのですぅ。綾さんはそれと知らずに組織と繋がりましたが、そのことによってもたらされたことに対しては贖罪を終えていませんでした。確かに半身と言える存在を失いましたが、それだけでは終わらない、のですぅ」
 それから、綾にきちんと思いを話せずにいたことを、メイベルは心から謝罪をする。
「ごめんなさい。それが私達が付き添い、綾さんに優しくしてきた大きな理由なんですぅ」
 何故優しいのかという綾からの問い。
 その言葉への返答をメイベルはずっと胸に抱えていた。
「ありがとう、ございます……。みんなを、メイベルさんを、巻き込んで、ごめんなさい。ごめんなさい……。謝っただけでは許されないことも分かって、います」
 振り向かずに綾はそう答えて、手で顔を拭った。
 彼女は泣いていた。
 だけれど、これまでのように、精神的に荒れることはなかった。
「事件のことは、時間がたてば整理されるし、話も聞いてくれるようになると思うよ。人間って、思ったよりも強いからね……」
 ミルディアが綾の前に出て、そう語りかけた。
「家族や皆とも、元に戻りたいんだったら、長い時間かけて、ゆっくりと歩み寄らないとね」
 ミルディアの軽快で優しい声に、綾は首を縦に振った。
「それは、綾ちゃんもやらないといけないことだよ? 逃げて隠れながら皆が手を差し伸べることを待っていても元には戻れないから」
「百合園の人たちは、みんなあなたが思っているよりも強いですよ」
 真奈も綾に声をかける。
「あたしも手伝うから、できるだけやってみよ?」
 ミルディアの言葉に、綾は顔を上げる。
 その瞳には不安ばかり溢れていた。
「少し勇気を出してみてください。私達もフォローいたしますから」
 真奈は慈しみを込めて、綾を見る。
「何を、どうすればいいのか……分かりません。でも、迷惑かけた分……それ以上に、何かを返せるような……そんな方法を、考えていきたい、です」
 ゆっくり語られた言葉に、ミルディアは「うん!」と元気で明るい笑みを見せた。
「行こう行こう〜。早く元気になって色んなことしようね!」
 香苗も前に飛び出して、嬉しそうに微笑む。
「生きていれば、行えることは沢山ありますわ」
 陽子は綾にそう声をかける。
「それでは戻って、皆で一緒に考えてみましょう〜」
 メイベルが車椅子を押す力を強める。
 少女達は並んで歩きながら病院の門をくぐっていく。
 彼女達を狙う者はおらず、邪魔をする者もいなかった。

〇     〇     〇


 高月 芳樹(たかつき・よしき)は、亡くなった人達の墓と慰霊碑で祈りを捧げた後、パートナー達を連れて無縁墓地へと訪れていた。
「この辺りが良さそうか」
「そうね」
 寂しげに答えたのはマリル・システルース(まりる・しすてるーす)だった。
 芳樹は台車で運んできた石を、無縁墓地の一角に置いて埋めていく。
 立てているのは――ソフィア・フリークスの墓だった。
 かつて共に戦ったことのある、マリルの願いでもあった。
「彼女の行動は決して公にはされないだろうけど……。彼女の行動を知る人達によって、存在は闇に葬られるのでしょうね」
 アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が複雑な表情でそう言った。
「それは繋がりのある人にとって、どういうことなんだろうね」
 マリルに目を向けると、マリルは悲しげな目をしていた。
「人によって違うのでしょうね」
 微かに笑みを浮かべて、アメリアは石についた泥を払っていく。
「あの子は来ておらんようじゃの。他の場所に設けている可能性も、あるかもしれんがのう」
 伯道上人著 『金烏玉兎集』(はくどうしょうにんちょ・きんうぎょくとしゅう)が、他の墓を確認しながら言った。
 あの子とは、ソフィアのパートナーになった桐生 円(きりゅう・まどか)のことだ。
 軍人達が眠る墓地でも、ここでも彼女の姿を見かけることはなかった。
「かつてのソフィアのこと、教えてくれるかの?」
 玉兎は悲しげな目をしているマリルに問いかける。
「その生い立ちから、同じ離宮を守る騎士として活動することになり、五千年前の戦いでそれぞれが封印するために別れるまでじゃ。知っている範囲で構わんのじゃぞ?」
 マリルはゆっくりと頷いて、口を開く。
「ソフィアと私達は女王の騎士として任務についている間はさほど親しい間柄ではありませんでした。彼女と深く関わることになったのは、離宮に赴任してからです。戦略や統率を重んじる彼女とは、自由奔放な気質を持つマリザや、ファビオとあまり合いませんでした。しかし、そこまで仲が悪かったわけではありません」
 マリルは自嘲気味な笑みを漏らした。
「でも、ソフィアは私達を嫌っていたかもしれませんね。少なくても好きではなかった。女王のご親族も、守りたい対象ではなかった。彼女は愛情をあらわす方ではないので、定かではないのですが……多分、そうだったのだと思います」
 そういえば、警備体制や防衛計画などの立案はいつも彼女が行っていた。
 穴などなく、真っ当な作戦と思えたけれど……。
「それらは、敵を手引きできる案だったのでしょう」
 離宮封印時は転送術者として、ソフィアは最後まで離宮に残った。
「それはこの地を守るためではなく、来るべき時に攻め落とすため、だったのね」
 寂しげに、悲しげにマリルは語った。
 それから。
 しばらく沈黙した後、ぽつりと呟く。
「ジュリオはどうするのかな」
 かつて自分達のリーダーであったジュリオ・ルリマーレンは未だ病院で治療中だ。
「精神状態が回復した後、パートナーを必要とするのかしら。お相手がどんな人物であるかによって、彼の人生も変わっていくでしょうね。彼には子孫はいるけれど……この時代に、愛していた家族はいないのだから」
 それから彼女はすっと空を見上げた。
「私達には一緒に眠った子供達もいる。それはとても幸せなこと」
 暖かな光を浴びながら微笑んでいく。
「ソフィアのお墓、立ててくれてありがとう。私達は役目を終えたわ。でも、今後もあなたについていきたい」
 マリルは芳樹に、切なげな微笑みを向けた。
 そして、一緒に石に『孤高の賢女ここに眠る』と刻んでいく。