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リアクション
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……おー、ようけ集まったなぁ」
泰介は集めたサインを数え、満足げだ。
彼は、薔薇学におけるイエニチェリという存在を知り、とあることを思いついたのだ。それは、イエニチェリ全員のサインを集めたら、価値がでるのではないか? ということだった。
イエニチェリは十三人と聞いている。そこで、泰輔なりに、とりあえず十五人のサインを集めることにした。そのうち何人が当たり、何人が外れになるかは、泰輔個人のお楽しみだ。
サインコンプの達成感を味わうまでのドキドキ感と、その後はレアなコレクションを高く売りに出して小銭稼ぎの楽しみも味わえる。なんとも一挙両得ではないか。
「フランツ。次は大講堂のほうに行ってみようや。目立つ演目やし、きっと派手な子が……」
そう言いながら、少し後ろで待っていた、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)の元に泰輔が戻ると、小柄な芸術家の隣には、軍服姿のやはり小柄な少年がいた。
「フランツ。どしたん? 誰や、それ」
「ああ、いえ。その……」
フランツはやや困り顔だ。ちらりと少年を見やると、なかなか端正な顔立ちをしている。しかしながら、薔薇学の生徒ではないという以上、残念ながらコレクションの対象外だ。
「君は、蒼学の生徒だね? 僕は、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)」
「そっちは教導団やないか。こないなとこで、どないしてん」
「実は、調査をしているんだが……。君は知らないかな」
「なんの?」
調査とはまた穏やかではない。きりりと表情をひきしめたままのトマスを、泰輔はやや真剣な顔で見返した。だが。
「BLというものを、君は知っているのか?」
「…………」
吹き出すかと思った。
どうやらフランツは先ほど尋ねられたらしい。「お〜ブレーネリあなーたのおうちはどこ〜」などと、無駄な美声でもって歌って誤魔化している。
「な、んや、それ」
「いや。素朴な疑問だったんだ。みんなが「BL」「BL」って言うから…。「百合」は、戦いで武器を100回打ち合わせることだと知っているんだけど」
いやそれ読み方違いますやーん! というつっこみを、あえて泰輔は堪えた。なんだかこれはこれで、おもしろそうではないか、と。
一方、トマスは相変わらず真面目な表情で言葉を続けている。
「わからないことは、人にきけっていうだろう? だから、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)先生……ああ、僕のパートナーなんだけど、先生に聞いたんだ。そうしたら、今日薔薇学の学園祭があるから、そこで見聞きしてくるといいって」
「はぁ、なるほどな」
たしかに、遠回しなようでストレートなアドバイスだ。
「そんで、わかったんか?」
「いや。先生とははぐれてしまったし、一人で調査を続けていたのだけど……なかなか」
難しい表情で、トマスは腕を組んだ。
(こらおもろいわー)
とりあえず、「それなら実践で……」とならなかったのは、トマスの幸運だろう。しかし、泰輔に助言を求めてしまったことは、幸運かどうなのか。
「……そりゃまぁ、ただ見ただけじゃ、わからへんやろうなぁ。なんたって、薔薇学のトップシークレットやねん」
「それは本当か!?」
途端にトマスはきらきらと瞳を輝かせ、泰輔に食いついてくる。それを「まぁまぁ」といなし、泰輔は声を潜めてトマスに言った。
「誰にも言うたらあかんで。実はな、薔薇学のジェイダスっちゅー校長は、とある兵器を秘密裏に作ってはるねん。イエニチェリっちゅーんは、その操縦役として選ばれとる」
「イコン……のような、ものか?」
トマスがごくりと息をのむ。泰輔は、「しっ!」と声を潜めさせ、さらに真剣な口調で続けた。
「あかんで。俺も必死に情報を探ったところや。……その、兵器のコードネーム。それが、ブラック・ラビリンス……略して、BLや」
「そうなのか!」
……よくもまぁ、これだけ口から出任せが出る泰輔も泰輔だが、あっさり信じるトマスもトマスである。
「そんなことまでご存じだとは、さすが先生だ……」
「ほんまこれ、言うたらあかんからな」
さらに口止めをする泰輔を見やり、フランツは半ば感心してしまう。
そして、そんな様子をこっそり見ていた魯粛は、なにやら嫌な予感しかない……と思っていた。
トマスはなにせ、大切な坊ちゃんだ。まさかそんな単語に興味を持つとは思わなかったが、あえて千尋の谷に我が子を突き落とす覚悟でここへと連れてきた。とはいえ、もしも不埒な輩が近づいたときには、容赦なく制裁を加えるつもりではいたが。
今トマスと話している男は、果たして害があるのかないのか、さすがに魯粛にも判断がつきかねた。そして。
「あ、先生!」
振り返ったトマスが、めざとく魯粛を見つけ、頬を紅潮させて駆け寄ってくる。
「先生、わかった! BLっていうのは……あ、いや。これは極秘か。でも、さすがだな、先生は!」
「そ、そうですか……」
一体なにを『わかった』のかは知らないが、おそらく外れているに違いない。しかし、さすがにこの場では、魯粛はそれを訂正する言葉を持たなかった。
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