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リアクション
「はー、もうお腹いっぱいだよ」
ウゲンはそう言うと、隣を歩くヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)に屈託のない笑みを向けた。
ウゲンの校内での案内役は、ヘルと、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)
、そしてユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)に任されていた。
今のところ、ウゲンは大人しくヘルと呼雪に先導され、学園祭をのびのびと楽しんでいるようだ。
先ほどの食事中は、もっぱらユニコルノが文字通り【至れり尽くせり】で、ウゲンの世話をしていた。話相手は、もっぱらファルと、最近ややお子様化進行中のヘルだ。二人は一緒に学園祭を楽しむということで、ウゲンのよき遊び相手になっていた。
「ね、アーダルヴェルトさんは、どれくらい背が伸びたの?」
小柄なドラゴンに尋ねられ、ウゲンは小首を傾げてから、呼雪を指さして「これくらいかなぁ?」と答えた。
「え! そうなの? いいなー、ボクも早く大人になりたい!」
素直に羨むファルに、ウゲンはくすくすと笑っている。
「僕もだよ」
「そうなの?」
「うん。おっきくなりたいなぁ」
意気投合する二人を、やや後ろから、呼雪は冷静に見つめていた。
楽しそうにはしゃいでいる姿は、ただの子供だ。しかし、見かけ通りなどでは到底ないだろう。ただの子供が、黒薔薇の森を造り、そしてすぐさまタシガン領主の座になどつけるわけがない。
彼は一体、何者なのだろう?
あの森でのカミロとの遣り取り。カミロが学舎とイエニチェリを棄てた理由……。
全てはこの先起こる事に繋がっているのだろうか?
「ウゲン様」
相手はどんなに子供でも、タシガン領主である以上、呼雪は敬語で話しかけた。
「アーダルヴェルト卿は、お元気でいらっしゃいますか」
「うん。今日もね、一緒に来ればよかったんだけど。気が進まないっていうから、置いてきちゃった」
「そうですか……」
「ねぇ、アーダルヴェルトさんは、これからどうするの? だって、領主はもうウゲンくんなんでしょ?」
ファルが尋ねると、ウゲンは笑って。
「一緒だよ。だってまだ、僕、よくわからないから。領主って言っても、名前だけだよ」
「そうなんだぁ」
ファルは頷くが、呼雪は、彼に対しての違和感の正体に気づきはじめてもいた。
あまりにも、動じていなさすぎるのだ。記憶がないということは、自分自身に対しての不安を、普通ならば抱く。あの森で発見された当初ならばともかく、今に至るまで、この少年には『不安』というものが、一切ない。幼い故かもしれないが、しかし、そこにはある種の『確信』すらあるように呼雪には思えた。
……自分が何者にも、決して脅かされないという自信だ。
ありえない若さでイエニチェリになったという天才児だからこそ、なのだろうか。
(あるいは……なにかが裏にあるから、か?)
ふと、ウゲンが呼雪に振り返る。そして、……口元だけに、笑みを浮かべた。
その表情に、呼雪は一瞬、背筋に冷たいものが走るのを感じる。
余計なことを口にしたら、殺しちゃうよ? そう、言われた気がしたのだ。
(まさか、な)
咄嗟に言葉を失った呼雪の代わりのように、ヘルはにこにことウゲンに話しかける。
「そういえば、尋人がウゲンくんと一緒に馬に乗りたいって言ってたよー」
「馬?」
「そう。動物嫌いじゃなかったら、どうかな?」
色の違う瞳で、優しげに言うヘルに、ウゲンは「いいよ」と明るく答えた。
「ボクのシオンちゃんも、そこにいるんだよ!」
シオンは、ファルの愛馬の名前だ。……実はポニーではないのかと、もっぱらの噂だが。
「…………」
馬場へと向かう三人に付き従いながら、呼雪はまだ先ほどの感覚を忘れられずにいた。
「呼雪」
「あ、ああ。どうした? ユノ」
ユニコルノは、銀色の縦ロールの髪を揺らし、小首を傾げた。
「顔色が、よくありません」
「いや……なんでもない。大丈夫だ。それより、例の奴は、いなそうか?」
呼雪の耳にも、【シリウスの心】が奪われたことは耳に入っている。もしもそれでウゲンを襲われたりしたら、今度こそタシガンとの和平は終わりだ。
「警戒は続けていますが、今のところは問題ないようです」
ユニコルノの返答は、信頼がおける。呼雪はやや息をつくと、「そうか」と答えた。
ウゲンを案内していった馬場では、鬼院 尋人(きいん・ひろと)が中心となって、タシガン馬術部が催し物をしている。こちらもなかなかの人気で、先ほどから参加者や見物人が引きも切らない。
「ね、かみついたりしない?」
「……大丈夫……馬はこわくない……こちらがこわがらなければ……」
呀 雷號(が・らいごう)が、慣れない薔薇学の制服姿で、乗馬体験参加の子供にそう説明をしている。彼が行っているのは、大きな黒い馬の背中に、手をかして子供を乗せてやると、そのまま手綱をひいて馬場を一週する、というものだ。
本来、雷號は人は苦手なのだが、子供は実は好きだ。人混みも、ろくりんピックのおかげで、多少は免疫がついたようだった。
一方。
「乗馬体験をお待ちになる方は、こちらへどうぞ。ようこそいらっしゃいました」
そう、客をもてなしているのは、西条 霧神(さいじょう・きりがみ)だ。
もちまえの優雅な物腰で、タシガンにおける馬術の発達や、この学園についてを霧神は案内していた。そこに時折、ろくりんピックの聖火ランナーだったことなどが混じるのは、ちょっとしたご愛敬だ。
「こっちに並べば良いんですか?」
「ええ、どうぞ。……ああ、ウゲン様、ようこそいらっしゃいました」
霧神は人混みを器用にすり抜け、ウゲンたち一行を出迎える。
恭しく一礼をした霧神に、ウゲンは微笑んで頷いた。
「尋人は?」
呼雪が尋ねる。
「今は、演技中です。さぁ、こちらに」
馬場の中央で、障害などの模範演技をしていた鬼院 尋人(きいん・ひろと)が、霧神の合図に気づき、颯爽と白い馬で彼らへと近寄ってきた。そして、柵前まで来ると、ひらりと馬から降り、ウゲンへと礼をする。
「来てくれたんだ、ありがとう。体調はどう?」
「もうすっかり良いよ。ねぇ、馬に触ってもいい?」
「勿論、どうぞ」
ヘルが手を貸し、ウゲンは柵を乗り越えた。そして、ゆっくりと馬に近づく。
「良い子だね」
「ありがとう。よかったら、乗ってみる?」
「本当?」
予想外に、ウゲンの反応は良く、尋人は嬉しくなった。
「勿論。手を貸すよ」
ヘルと二人で、尋人はウゲンを馬に乗せてやると、その背後に乗った。小さな身体を支えるようにして、手綱をもつ。
高くなった視界に、ウゲンは無邪気に喜んでいる。もっと楽しんで欲しくて、尋人はそのまま馬をゆっくりと歩かせた。
……その間も勿論、周囲には目を配っている。呼雪とはアイコンタクトで、周辺には危険がないことを互いに確認済みだ。
ウゲンはこの後は、舞台のほうへ案内される予定だった。……それまでに【シリウスの心】が無事回収されれば良いのだが……。
「ねぇ、君」
「な、なに?」
つい物思いに耽ってしまっていた尋人は、ウゲンに話しかけられて、ややたじろぐ。
「【シリウスの心】って、知ってる?」
(え……!)
唐突にその単語を出され、尋人は動揺してしまう。
「この学校にあるんでしょう? アーダルヴェルトが言ってたよ」
「そう、なんですか?」
そういえば、霧神が日々を過ごしているタシガンの吸血鬼の家でも、その名前はこのところ噂になっていると言っていた。何故か、急にだと。
「あれは、もともとはタシガンの宝らしいね。なんでも、『鍵』……だとか」
「鍵?」
「そう。扉を開けるためのものだって、伝説があるんだって。まぁ、僕はよくわからないんだけど」
尋人の胸が、ざわざわと騒ぐ。タシガンの宝。鍵。それを必要となった者が、盗んだのか。
仲間に伝えなければ……と思いつつ、尋人は動揺をなるべく顔にださずに、ウゲンへと答えた。
「オレは、見たことはないな」
「そう。ジェイダスに頼めば、見せてくれるかな?」
楽しげに尋ねられ、尋人はやや焦る。今これからと言われても、肝心のものは失われたままなのだ。
「いや……どうだろう。校長は今日は、忙しいようだから」
どうにかそう答えると、ウゲンは「そっか」とやや残念そうにしながらも、大人しく引き下がった。
ただ、その口元の笑みは、なにか裏があるようにも見えた。
無事に一周を回り終わると、ウゲンは「ありがとう」と馬から降りた。それから、早速愛馬を連れてきたファルやヘルと、楽しげに話している。
「早川」
尋人はそっと呼雪に近づくと、先ほど馬上でウゲンが話していたことを伝える。
「……鍵?」
「そうなんだ。みんなにも、伝えてくれ」
尋人にはまだ、ここでやることがある。呼雪は「わかった」と短く答え、頷いた。
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