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リアクション
(ふぅ、危ないところだったネ)
エメナ・マ’マァク……本名、キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)は、そう息をつきつつ、己の変装の完璧さにほくそ笑んだ。
パートナーである茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)は、百合園学園で祈りの日々を過ごしている。このところ、キャンディスの噂を聞かないので、平穏な生活らしいが……。
とりあえず、キャンディス自身は、ろくりんピックのマスコットキャラクターとして活躍した後、充電期間として、人々の前から姿をくらましていた。
ファンには悪いけれども、今の自分の使命は2022年冬季『ろくりんピック』を成功させる事。その為にもここで燃え尽きる訳にはいかないのだ。そのために、有名人とばれない様に変装し、しばらくの間ヴァイシャリーを離れ、こうして薔薇学に潜入したのである。
タシガンを選んだのは、イエニチェリという美形集団がいる薔薇学ならば、自分の完璧な(本人談)容姿もさほど目立たないであろう、という理由だった。
(ミーの正体がバレたら、この平穏な生活もジ・エンド……気をつけなければネ)
キャンディスは内心で呟き、あくまで大人しく、せっかくだから薔薇学の生徒と交流でも計ろうとしているのだが、どうしても持ち前のサービス精神が顔をのぞかせてしまうのは止められないらしい。
今も、パンフレットを広げて、地図を確認する四人連れを前にして、ついキャンディスは声をかけてしまった。
「なにか、お困りですかネ?」
「いや……」
「美味しいケーキはどこで売ってるの!?」
断ろうとしたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)を遮って、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)がはきはきと答える。幼い少年に仮面越しに微笑みかけ、キャンディスは答える。
「ティールームのケーキはどれもおすすめですヨ。他に、薔薇のシフォンケーキやクッキーは、名物だけあってなかなかですネ。場所はこのあたりで……」
「……薔薇学生ではないようだけど、詳しいんだな」
エースにじっくりと姿を観察され、キャンディスはびくりと肩を揺らした。
「いえ! 楽しんでいってくださいネ!」
そう笑顔で手をふると、再び彼はその場を足早に立ち去った。しかし、自ら選んだ隠遁とはいえ、孤独感は否めない。
(……人気者のサガですネ……)
ふぅ、とため息をつくキャンディス。……彼が、実際には『ろくりんくん』なるキャラの存在は、すでに人々にとって記憶から薄れつつある、という現実に気づくのは、まだ先のことのようだ。
エースにしてみれば、元は母校だ。迷うことはない。今日は、かつての母校の学園祭を来客の立場から楽しんでみたいという理由で、ここへ訪れていた。
自分が在校生であれば、来客者へ1グループにつき1人以上薔薇学生をアテンダントとして案内役を付けるというのを提案する所なのだが、今回はどうもそのような考えをする者はいなかったらしい。声をかけてくる生徒は多いものの、自分は元同級生なのだし、それは当たり前の話だ。結論としては、「おもてなし」において、エースとしては今回の対応は減点に思えた。
(仕えられる事を普通だと思っていると、そういう事には逆に気が廻らないかもしれないけれど)
そんなことを考えつつ、つい来客者への対応をチェックしてしまうエースだった。
一方。
「じゃあ次はケーキだね!」
クマラはそう言うと、さっそく歩きだそうとする。甘いものが大好きで、楽しそうなことが大好きな彼にとっては、今日はまさに『お祭り』だ。
しかし、そんな彼を、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)とエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が止めた。
「今クレープを食べたばかりですよ、クマラ」
温和な口調で、エオリアが窘める。
「少しは食べ物以外も見てまわりたいね」
メシエはそう言うと、同意を求めるようにエオリアに視線をやった。
「そうですね。私も、他の企画も見て回りたいです」
「えぇー」
クマラは不満げに唇を尖らせるが、エオリアの「クレープのレシピはお訊きしましたよ」との言葉に、やや溜飲を下げたようだった。
「あ、そうだ。オイラも、お芝居は観たいよ!」
「クマラもか?」
メシエが少しばかり意外そうに尋ねると、クマラは大きく頷き。
「だって、ルドルフが主演ってことは、ロミオなんでしょ。やっぱり仮面なのかなぁって、オイラそこが気になって気になって!」
クマラらしい理由に、エオリアは笑みを零した。
「まあ、観劇は賛成しよう」
「メシエも気になるのか?」
エースの問いかけに、メシエは首を横に振って。
「私は薔薇学の教養面に少し興味があるね」
「教養?」
「美や愛の価値は明確な基準がある訳ではないからね。自分の生命よりも重い価値を見出す人もいれば、そうじゃない人にとっては何の意味も価値もないものだ。……『自分にとって価値ある物』が何なのかを示すのが芸術だと私は考えるのでね。薔薇学の子達は何に価値を見出しているのだろうねぇ」
メシエはそう語ると、やや皮肉げに笑った。
タシガン出身の吸血鬼である彼は、地球人が短期間でパラミタに入ってきた事に対して、あまり良い感情を持っていないせいもある。
「ロミオとジュリエット、ってのは意外だけどな。オスカー・ワイルドの作品なんか色々と薔薇学っぽいテイスト満載で面白かったのにね」
そう言いつつも、エースもそれなりに興味はあるようだ。
「じゃあそれまでは、他の展示も見てまわりましょう」
エオリアはそうまとめると、デジカメの電池の残量をちらりと見た。
入り口の荷物チェックで、帰りにデータを見られるかもしれないと聞いて驚いたが、撮影禁止というわけでもない。四人でこうして回る他校の学園祭というものも、思い出にたくさん撮っておこうと思いつつ、退屈がったクマラが迷子にならないよう、エオリアは彼の手をとった。
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