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リアクション
おしゃべりの時間はほんの束の間だった。
戦闘の音が急に大きくなり、詩穂達はハッとしてそちらのほうを向く。
「騎沙良、わしはいつでも行けるけぇのう」
「よしっ、じゃあ行こっか!」
ヤクザ達のもとから戻ってきた青白磁に、詩穂は元気に応じた。
青白磁の運転する八台積み亀の子車載トレーラーキャリアーカーに乗り、詩穂は戦いに出た。
不意をつかれ、レッカー車でどこかへ運び出されそうになった伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)のモヒカン型イコンは、しかし金棒で車の屋根をボコボコに叩いて逆に潰した。
運転していたチーマーがたまらず転がり出てきたところを、藤乃のイコンの手がむんずと掴む。
放せ、と騒ぐ男に藤乃が人の悪い笑みを浮かべて要求をした。
「あなた達の組織について、教えていただけますか?」
「何だと? ざっけんなよ! てめぇで調べろや! ──ぐぎゃっ」
イコンの握る手の力を少し強めると、彼は苦痛の叫び声をあげる。
「握り潰しますよ」
「ヤメロー! 親父にだって握り潰されたことねぇんだぞ!」
「ねぇ藤乃、こいつ余裕そうじゃない?」
何かのパクリのようなチーマーのわめき声に、藤乃の操縦サポートについていたオルガナート・グリューエント(おるがなーと・ぐりゅーえんと)が期待するように言った。彼女はある面では非常にサディスティックだ。
なるほど、とわざとらしく頷いた藤乃はもう一度質問を繰り返した。
しかし、答えは同じ。
この前のチーマーより根性があるようだ。
「では、何も言わなくてもかまいません。その代わり、邪癌教に入りませんか? そうしたら解放してあげます」
「ぐくっ……ナメんなよ……!」
ミシミシと軋む全身に彼も今度は言い返すゆとりはない。
藤乃の瞳が急速に温度を失っていく。
仕方ありませんね、とこぼすと同時に彼から耳障りな悲鳴が短く発され、ぐったりとなってしまった。
「あ〜あ、死んじゃったの?」
「いいえ」
藤乃は気絶した男を無造作に投げた。
その頃、青白磁の運転する大型トレーラーでは、上段の乗用車が発進準備を整えていた。乗っているのは詩穂のファンだ。
上段から車を『発射』させたい、と詩穂が言った時に立候補したのである。
クラクションの合図で乗用車が発車する。
短い助走ではさほど加速は得られなかったが、それなりに飛んだ。
助手席の詩穂が「おお〜」と思わず声を出す。
車はパラ実イコンを目指す。
思ったより飛ばなかったので、何もないところに着地するかと思われたが、チーマーにとっては運良く、パラ実イコンにとっては運の悪いことが起こった。
乗用車が藤乃のイコンにぶち当たったのだ。
双方あっけなく大破した。
どちらも乗り手は脱出できたようだ。
と、車のいなくなったトレーラーの上段に上った詩穂が、突発コンサートを始める。
「みんなが幸せになれる歌、聞いてください。『リリカルソング♪』」
殺伐とした音しかなかった戦場に、軽やかな歌声が流れ出す。
ハスター側の詩穂のファンは、彼女が自分達を応援してくれていると思い、大きく士気を上げた。
パラ実生の詩穂のファンは、そんなバカな、と愕然となる。
しかし、くじけそうになった彼らにも救いの手が差し伸べられた。
「みんなーッ! 戦いはこれからっスよーッ!」
突如、戦場のど真ん中に現れたアイドルコスチュームの……。
「サレンちゃんだーっ!」
「あんなところに!」
サレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)がパラ実生達に向かって飛び跳ねながら手を振っていた。
「パラ実の戦うみんなのために、精一杯歌うっス! だからみんなも」
続きの言葉は爆発した歓声にかき消された。
先日は同じ舞台でコンサートを開いていた詩穂とサレンも、今日は別々に分かれて歌合戦である。
「詩穂ちゃん、見ててくれー!」
「サレンちゃん、今助けに行くぞぉー!」
などなど、口々に想いのたけを吐き出しながら、働く車やパラ実イコンがより苛烈にお互いを潰しあう。
そこから飛んでくる破片や火の粉を、まるで振り付けのように軽いステップでよけるサレン。
だが、少しずつ色鮮やかなステージ衣装がほつれ、破れていく。
それでもサレンは歌うことをやめなかった。
危険はもとより承知でここに立ったのだ。それに、自分だけ安全なところにいる気もなかった。
そんな健気な思いが通じたのか、パラ実イコンはサレンを守るように展開していく。
ところが、ここでパラ実生の一人が気づいてしまった。
『服が破けていく→おっぱいポロリが見れる』
サレンの衣装はすでにスカート裾はギリギリ、袖も片方はなくなり今にも胸元の布がはらりとめくれそうだ。
彼は、サレンのファンという純粋な心と煩悩の間で苦悩した。一瞬だけ。
「俺は行くぜ! 戦って勝利してあのおっぱいに抱きしめてもらうんだー!」
願望を叫びながら突進した彼の乗るイコンは、ゴミ収集車に体当たりして爆発した。
サレンは衣装がダメになることも予想していたので、下に水着を着ていた。
煩悩で早とちりした彼には気の毒だが、少しずつ破れていく衣装の下から水着姿のサレンが現れてくるというのも、それはそれで全裸になるよりもエッチだと思うパラ実生達だった。
爆発音にも負けない歌声と働く車と天御柱学院のイコンに比べて驚くほどコミカルな作りのパラ実イコンと。
今回もキマクの住人に引き続き依頼を受けてチーマーと戦いに来た斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)だったが、想定外にもほどがある現状に呆然となっていた。
「この間のあれはいったい……リーゼント型にモヒカン型……初めて関わるイコンがこれって……渋谷も働く車って……何だ、この光景は……」
「まぁ気持ちはわかるがね。一応言っておくわ。しっかりしてね。気を確かに」
動揺するパートナーを珍しいと思いつつも、同情もするネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)。
邦彦は開いていた口をふさぐと、諦観の眼差しで戦場を見渡し作戦を練った。
どんな状況であれ、依頼されたからには遂行するのみである。
それがプロだ、と強く言い聞かせた。
「ガソリンタンクだ。後は脆いと言ってもイコンはイコン。パワーは侮れん。何とかしてくれるだろう」
と、いうわけで邦彦とネルが用意したのは砂糖。
リヤカーいっぱいに積んできた。
作戦の詳細を聞いてからずっと微妙な表情をしていたネルが、とうとう口を開く。
「実行する前に二つ、いい?」
「ん?」
「ガソリンに砂糖って本当に効果あるの? 確か都市伝説の可能性もあったような……? それに、ちょっとパラ実生に頼りすぎじゃない?」
「今日は、ずいぶんと手厳しいな」
ガソリンに砂糖混入の効果のほどはネルの言う通り不確定である。パラ実イコンの力をあてにしているのも確かだ。
だが、イコンを借りずに働く車に対抗しようとすれば、イコンに乗る者達の力は無視するわけにはいかず。いくら脆いといっても、さすがに今の自分達では生身のままでは敵わないだろう。
黙りこんでしまった邦彦に、ネルは苦笑してその背を叩いた。
「まぁいいわ。効果があれば御の字ってことで。乗り物に何かされたと思わせるだけでも、精神的に効果はあるかもしれないしね」
慰められた感が強いが、ともかく二人は壊れた働く車やイコンに隠れながら、一台の働く車に接近した。
幸い気づかれてはおらず、注入口を壊すとザザザーッと景気良く砂糖を流し込む。
素早くその場から離れた時、ようやく運転手が何かされたことに気づいたらしい。
「そこの二人ィ! 待てや!」
「わわっ、急に動かないで……!」
コンサート中の詩穂のトレーラーだった。声をあげ追いかけようと車を動かしたのは青白磁。
隙ありぃ、とパラ実イコンの集団に襲撃され、詩穂と青白磁は邦彦達を追うのはやめて脱出した。
トレーラーは二度と動かなくなってしまったが、混入した砂糖に効果があったのかは結局謎のままだった。
遅れをとってなるものか、と颯爽とリーゼント型イコンに乗り込んだ御弾 知恵子(みたま・ちえこ)は、たとえ斜め読みでもまずはマニュアルを見ておこうと座席付近を探した。
が、それらしいものはどこにもない。
一方、知恵子とは違いマニュアルはしっかり読むつもりでいたフォルテュナ・エクス(ふぉるてゅな・えくす)も、ガサゴソと辺りを見回すも何も見つからなかった。それどころか、もっと重大なことに気づく。
「チエ、大変だ。操作ボタンが一つしかない! 計器も走行距離とスピードメーターって……」
「なんだ、わかりやすくていいじゃん。ボタン一個で全部の操作ができるなんてハイテクだなっ」
愕然とするフォルテュナに対し知恵子は難しくなくて良かったと喜んだ。
ナビを務めて知恵子をサポートする気でいたフォルテュナは、がっくりとうなだれる。
その間に知恵子はイコンを起動させた。
「行くぜ、フォルテュナ!」
知恵子の声に我に返ったフォルテュナは、モニターからの支援をしようと気を取り直して座席に着いた。
知恵子のイコンは金棒を振り上げ、前方で除雪車を袋叩きにしていたパラ実イコンの一団に加わった。
山奥の修行で目覚めた砕呼剃邪亜(※サイオニックのこと)の力で、周囲に転がっている石や残骸を飛ばして攻撃しようと試みたが、どうやらイコンを通しての超能力は効果がないようだった。
それでも働く車を倒すくらいなら金棒で充分そうだ。
「後ろ!」
モニターを注視していたフォルテュナがあげた緊迫した声に、知恵子は振り向きざまに金棒で背後から接近していたはしご車を薙ぎ払った。
「……ふぅ。ボタン一個とはいえ、けっこう集中力いるんだな。よし、アレで元気だそう」
知恵子がポケットからおもむろに抜き出したのは、危険な香りがプンプンする白い粉……自称小麦粉。
「やめろぉ!」
ビニールを破り、直接吸引しようとした知恵子の手から、目にも止まらぬ速さで奪い取るフォルテュナ。
「どこで手に入れて来たんだっ。疲れたならオレに言えよ、まったく」
悪い子を叱る目で言ったフォルテュナは、SPリチャージ増幅パーツにより回復力を増した力で知恵子を助けた。
疲れがとれていった知恵子は再び戦闘態勢をとる。
散水車、護送車と続けて叩き潰した知恵子だったが、働く車の残骸の陰から突進してきた大型トラックにまともに衝突され、足を潰されてしまった。
「やばい、出るぞ!」
フォルテュナが素早くハッチを開け、知恵子を掴んで外へ飛び出す。
着地して数歩も走らないうちに、イコンとトラックはドォンと火を噴いた。
爆風にあおられ地面を転がる知恵子とフォルテュナ。
ふつうなら、イコンもなくなったしと避難を考えるところだが、知恵子は「生身でも戦う!」と、タクシーに飛び掛っていった。
フォルテュナはもうしばらく知恵子を助けないと、とタクシーにしがみついたまま遠くに運ばれていってしまった見えなくなったパートナーを急いで追いかけたのだった。
知恵子のイコンに大型トラックをぶつけたのは白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)だった。
彼は標的を定めると全速で突撃をし、あらかじめ用意しておいた重石でアクセルペダルを押さえた。次に強化光条兵器の赤黒い刃をした幅広の長ドスで運転席背後を斬り開くと、荷台へと移動し、そこに積んできた小型飛空艇ヘリファルテに乗って脱出したのだった。
一歩タイミングを間違えれば竜造もただではすまない作戦だったが、彼は見事にやってみせた。
もっとも、本人はできて当然と思っているようだが。
イコンを一機潰したものの、まだ満足はしていない。
竜造は次の目標を決めると、今度はヘリファルテをそのイコンに向けて急降下させる。
ゴウゴウと耳元で風が唸り、風圧に目を細める。
イコンが空からの攻撃に気づいたが──。
「遅ぇよ!」
竜造はグッと両足に力をこめると、座席から飛んだ。
ヘリファルテはイコンに激突。
モウモウとあがる黒い煙の下に隠されたイコンの頭上に竜造は着地した。
光条兵器でハッチを斬って捨てると、パイロットの驚愕の目と合う。
もともと目つきの悪い竜造にニヤリと凶悪な笑みで見下ろされたパラ実生は、逃げる間もなく彼に掴み上げられ、外へ放り投げられた。
蓮田レンがその様子を見ていた。
「無茶苦茶や奴だ……だが、悪くねぇな」
竜造が参戦する前、少しだが言葉を交わした。
「どうやらてめぇのバックにはヤクザがついてるみてぇだが、実は組長の息子か何かなのか?」
本気で興味があるのかどうかわからない表情で聞いてきた竜造へ、レンは素っ気無く返した。
「それがどうした。俺が組長の息子だと何か問題でもあるのか?」
「ヘッ。パラミタに来たのはパパのお使いか? それとも親への反抗ってやつか?」
「パパのお使いねぇ……別にそれでもいいぜ。でっかいツケでの買い物だけどな!」
嫌味っぽく言った竜造にレンは暗い笑みで答えた。
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