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リアクション
ところで、種モミの塔から種モミっぽいイコンで出撃した御人良雄はどうしているかというと。
ザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)とフォン・アーカム(ふぉん・あーかむ)に守られて働く車の壁を突破しようとしていた。
種モミっぽいせいかやたらと敵が寄ってくるが、ザウザリアスの攻撃ならぬ口撃で敵勢を怯ませている。
「良雄の救世主の一柱はドージェよ! 良雄が本当に危機の時はナラカから駆けつけてくるわ。最強救世主軍団を相手にあなた達が勝てるわけがないのよ。素直に負けを認めなさい!」
驚いたのはチーマーだけでなく良雄やパラ実生もだ。
「良雄様はついにドージェ様をも従者に! な、何ということじゃーッ!」
良雄についてきたパラ実生の異様な盛り上がりに、良雄は訂正の言葉も入れられなかった。
一方チーマーも呻き声しか出せない。
しかし、彼らの後ろにいるのは邪神ハスターだ。クトゥルフにだって負けないだろう。
「ふっ……奴を倒してハスターへの生贄にするぞ!」
チーマーは重量級の働く車を総動員して良雄に突っ込んできた。
「ああっ、パワーを抑えたあのイコンじゃやられちまう!」
良雄を守ろうと飛び出そうとしたパラ実生達を、フォンの乗るモヒカン型イコンが制した。
「キミ達はこの先の戦いに必要になりましょう」
そう言って良雄をかばうように前に回りこみ、大型重機の突撃を一身に引き受けた。
鼓膜がどうにかなりそうな轟音とイコンの装甲がひしゃげる音、飛び散る危険な火花。
「フォンさん! 何てことを!」
「……大丈夫でしたね? 向こうの車両もダメージを受けています。僕はここまでです……負けないでください」
穏やかな声に良雄が何か返す前に通信は切れた。
良雄のイコンに向かい合うようにして守ったフォンのイコンが、すがるように倒れてくる。
良雄はそれを支えようと手を伸ばし──。
「あれ?」
間抜けな声があがったと同時に、足を掬われ背中を地面に強く打ちつけた。
知っている者がいればわかっただろう、柔道の立ち技の一つ、大外刈りだと。
座席に背中を強かに打った良雄は、痛みと混乱でパニックを起こしかけていた。
今、転ばされた? いや気のせいっスよね? いやいやしかし……。
目を白黒させている良雄に、フォンの信じられない言葉が耳を打つ。
「出てこないとコクピットに手を突っ込んで握り潰しますよ」
「きゃあああああ!」
顔面蒼白となった良雄は女の子のような悲鳴をあげて外に飛び出した。
フォンのサポートをしていたリデルア・アンバー(りでるあ・あんばー)がそれを見ておもしろそうに笑う。
「大外刈りによって倒されたイコンから転がり出てきた良雄、地面に這いつくばってヒィヒィ言ってるジャン! ジジィのファ●クのほうがもっとイイ声で啼くジャン!」
リデルアはノリノリで解説を始めた。
「誰のせいで這いつくばってると思ってるっスか!」
「何にも聞こえないじゃ〜ん」
リデルアは良雄の抗議に舌を出す。
そしてフォンとリデルアは良雄の種モミっぽいイコンを奪うと、
「御人良雄は今生身で転がってますよ〜!」
と、大声で喧伝しながら去っていってしまった。
ギャアアァ!
と、叫ぶ良雄とパラ実生。
良雄は「いらんこと言うな」という意味で、パラ実生達は「クトゥルフの力が解放される」という意味で。
まったく噛みあっていない双方に、ザウザリアスがさらに混乱の種をまく。
「良雄、もっと自分を追い込むのよ。そうすれば救世主は必ずあなたの前に現れるわ!」
「それはいつの話っスかぁ!」
ザウザリアスからの答えはない。
パラ実生達はクトゥルフに加えてドージェまでナラカから這い上がってくる、と大恐慌に陥っていた。
良雄からイコンを奪ったフォンは、情報撹乱でチーマーやパラ実生の追っ手の携帯での索敵から逃れていたが、生身で、肉眼で敵を見つけている者には通用しなかった。
「何故かしら……あのイコン、とても襲いたくて仕方がないわ」
クスクスと笑うメニエス・レイン(めにえす・れいん)の視線は、種モミっぽいイコンにロックオンされている。
いつも傍に控えているミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)もそちらを見やると、同意するように頷いた。
メニエスはハスター側として戦場に赴いていたので、略奪心を煽る視線の先のイコンへ攻撃をするのに遠慮はいらなかった。
ミストラルがメニエスの前に立つと、愛用のカタールで邪魔なパラ実イコンへ斬りかかる。
ギィィン、と金属同士のこすれる音が鼓膜を突いた。
ミストラルがわずかに眉を寄せる。
「ふぅん、意外と固いのね」
メニエスの感想にミストラルはイコンへの対抗心に火がついたか、反撃してきた手をかわすと、関節部分へ鋭い突きを入れた。
ミストラルが作っていく道を何の心配もなさそうに歩くメニエスは、ミゲルに「好きに使っていいわよ」と提供したロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)とティア・アーミルトリングス(てぃあ・あーみるとりんぐす)のほうへ目を向けた。
ロザリアスに毎日のように殴られた痣だらけの顔で現れたティアに、ミゲルは始め真面目な顔で「追い剥ぎにでもあったのですか」と尋ねたものだった。
しかし、メニエスは小さく笑い、ミストラルは静かに佇み、ロザリアスは意地悪く忍び笑いをもらす様子を見ると、納得したように頷いてみせた。
彼はティアを三人の奴隷と判断したのだ。
なので、ロザリアスに大型のローラー車を与え、それで好きに遊んできてくださいと言った。
今、ロザリアスはローラー車でティアを追いかけてとても楽しそうだ。
やがてメニエスも種モミっぽいイコンに魔法が届く距離まで近づいた。
「今度はあたしがやるわ」
ミストラルに告げると、メニエスはサンダーブラストを唱えた。さらにファイアストーム、ブリザードと叩きつけていく。
種モミっぽいイコンは、他のパラ実イコンよりは耐性があるようだったが、さすがにメニエスの強力な魔法の連続には耐えられず、糸が切れたようにくず折れた。
中からフォンとリデルアが脱出する姿が見えたが、追撃はしなかった。
イコンを奪われた良雄はというと、引き返す気はないがどうやってこの機械だらけの戦場を突破しようかと考えていた。
が、いくら考えても答えは出ないので、最初から出ていた唯一の答え『徒歩』で向かうしかない、と諦めた時だ。
不良達には天敵とも言えるサイレンが急接近し、砂埃を巻き上げてパトカーが滑り込んできた。
目をまん丸にして引け腰になっている良雄の前にパトカーから降りてきたのは、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)。
良雄を見つけるなりきつい視線を向けてくる。
月夜はパトカーをミゲルから借りる際、引き換えに出撃前の働く車の整備をしてきたのだ。
「これは助かりますね」
「戦いに出たら帰ってこれるかわからないから……先に私ができることを精一杯やらせてもらう」
「義理堅い方です」
そんな短い会話を交わした。
月夜に恨まれる覚えなどない良雄が息を飲んで身を固くしていると、周りにいた徒歩のパラ実生達が突然騒ぎ出した。ある箇所から蜘蛛の子を散らすように逃げている。
何事かと見てみれば、妖艶な女がどす黒い気配をこれでもかと発していた。
影響圏内にいなくても背筋がゾッとする。
呪術師の仮面で顔がわからないのがいっそう不気味だ。
「しばし、おとなしくしていてもらおうか? 邪魔をしたいというのなら……覚悟はよいな?」
仮面越しのくぐもった声。
彼女を遠巻きにするパラ実生達は、生唾を飲み込み頷いた。
周りが静かになるのを待っていたかのように、パトカーからもう一人出てきた。
月夜ほど苛烈ではないが、それ故にかえって威圧感を覚える目で見られる良雄。
わけがわからないといった顔の良雄に、樹月 刀真(きづき・とうま)はバスタードソードの切っ先を向ける。
「環菜が御人良雄の愛人? ざけんな、そんなことありえるわけないだろ……良雄、ぶっ殺す!」
普段の丁寧な言葉遣いも消し飛ぶほど、刀真は環菜と良雄にまつわる噂に腹を立てていた。
その背を、呪術師の仮面の女──玉藻 前(たまもの・まえ)は心配そうに見守っている。
(刀真も月夜も……。だが、もしも我が同じ目にあったら、同じように怒ってくれるのであろうか?)
二人への心配以外の感情も微妙に入り混じっていたが、今は見えないふりをする。
「俺は蒼空学園の樹月刀真だ! 【星帝】御人良雄に決闘を」
「ほわぁぁあああ!」
刀真の鬼気迫る勢いに、良雄は間抜けた悲鳴をあげた。
「あれは事故っス! いつの間にかそんなことになってただけっス!」
小型飛空艇レース(【ろくりんピック】小型飛空艇レース/村上収束マスター)のあの時、環菜の睨みが恐ろしくで震えることしかできなかった良雄。好きな人には無邪気に応援され、打ちのめされた痛い記憶。
「環菜さんとは、何もないっス!」
言い切った良雄の目をじっと見つめ、本当かどうか刀真が見極めようとしていた周りで、ワッとパラ実生が騒ぎ出した。
「環菜が良雄様に捨てられた!」
「死者に残す心はないってことか!」
「超クール!」
「いや、あの……そうじゃなくて……」
良雄が言いかけた言葉は、怒号のような雄叫びにかき消された。
と、そこに盛り上がるパラ実生を弾き飛ばす勢いで軍用バイクが横滑りしてきた。
見覚えのある顔に「あっ」と声をあげる良雄。
「よっ、助けに来たぜ!」
百々目鬼 迅(どどめき・じん)だった。
刀真と良雄のやり取りを知らない迅は、良雄のイコンがなくなっていることに気づく。が、深くは聞かずに跨っているバイクの横、サイドカーを指差した。
「危なっかしいイコンから降りてたのはちょうどいい。あれより早く、敵の大将のトコに連れてってやるぜ。何たって俺は……」
そこで迅はチラリとパトカーに挑戦的な目を向ける。
「暴走族なんだからな!」
こんな危険地帯を走っていかなくてすんだ、と良雄は大喜びだ。
そして、それ以上に違う熱を持って盛り上がるパラ実生達。
彼らはザウザリアス・ラジャマハールの言葉を忘れていなかった。
「あの人が良雄様の救世主……? ドージェ様ではなく?」
「ドージェ様が遣わせたんじゃ?」
「良雄様あああああ!」
もはや暴走気味のパラ実生達に何を言っても無駄と諦めた良雄は、サイドカーに乗り込むと、刀真に一言、
「環菜さんとのことは誤解っスから!」
と、告げて発進の衝撃に耐えた。
パラ実生達は、イコンであるいは走って、またはスパイクバイクで良雄に続く。
良雄の事実とは違う、環菜は良雄に捨てられた、という新たな噂はあっという間にキマクに広まった。
「うーす……調子はどうだい?」
まだ影も形も見えないがパラ実生の気勢を感じ取ったレンがわずかに表情を険しくさせた時、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)の呑気な声がかかった。
「あれ、もしかしてちょっと不機嫌?」
「いや別に。何か用か?」
「用ってほどのもんはねぇけど」
と、レンに差し入れの缶ジュースを押し付けるトライブ。
そして、一緒に来たジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)を見やる。
「あいつがミゲルにまた会いたいって言うからさ」
「へぇ、物好きな」
自分のパートナーに遠慮のないことを言うレンに、トライブは思わず苦笑する。
もし今、レンがジョウの心を知ったらもっと驚いただろう。彼女はミゲルに対し、憧れや崇拝に似た感情を抱いていたのだから。
けれど、それだけではない。
(物語だとドン・キホーテは、あまり幸福な人ではなかったから……)
心配だったのだ。
「お忙しいかもしれないけど、時間があればミゲルさんの……ううん、ドン・キホーテの冒険のお話が聞きたいです」
どこか不安げに見上げるジョウに、ミゲルは重々しく頷き口を開く。
「よろしい。では平原で一戦を交えようとした二つの大軍と同じ場所に居合わせた時のことを話しましょう」
二つの大軍は二つの羊の群だったという落ちの話だ、とジョウには見当がついた。しかし、何も言わずに話に耳を傾ける。
また始まった、とレンは呆れた顔でそれを見ている。
話の邪魔をするように缶ジュースの口を開けたが、ミゲルとジョウの耳には届いていなかった。
「……ミゲルの奴、ジョウに手ェ出したりしないよな?」
「お前の女か?」
「そういうんじゃねぇけど……」
今のところはミゲルの態度にトライブが心配するような気配はないが。
トライブは自分の缶ジュースを飲み干して、その心配を振り払った。
それから、わずかに真剣味を増した目をする。
「パラ実に一回や二回勝ったくらいで調子に乗ってると、痛い目見るぜぇ。あいつらなかなかしぶとい連中の集まりだからな」
「そうみてぇだな。妙に意気盛んなところがある」
レンの目は、先ほど感じた気勢の高まりを感じた方向へ。
トライブもそちらを見るが、働く車とパラ実イコンが投げあいぶつかり合いしているシュールな光景があるだけだった。
天御柱学院の生徒達に少し同情しつつ、口からはまったく別のことを出す。
「蒼学やツァンダにも喧嘩売ってくるなら、敵になるぜ」
肯定も否定もせず、レンはニヤリとしただけだった。
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